📜 日本史 年表
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1333年 〜 1336年
05月22日
建武の新政
けんむのしんせい
詳細 🔗
時代
★ 超重要
1333年に鎌倉幕府が滅亡した後、
後醍醐天皇
が始めた天皇中心の新しい政治体制です。約150年続いた武士の政治(幕府)を終わらせ、昔のような天皇がすべてを決める理想の国づくりを目指しました。しかし、武士の不満を無視して貴族ばかりを優遇したため、一緒に幕府を倒した
足利尊氏
らが猛反発。政治の混乱も重なり、わずか3年足らずで崩壊してしまいます。その後、朝廷が二つに分かれる
南北朝時代
へと突入していく、短くも激動の時代です。
1334年
5月3?日
建武の徳政令
けんむのとくせいれい
行事
締結している売買、貸借、寄進などの契約について、無条件または一部条件を付きで契約関係の継続、破棄をすることができる法令。
1334年
05月22日
建武の新政
けんむのしんせい
詳細 🔗
政治
★ 超重要
鎌倉幕府を倒した
後醍醐天皇
が、約150年ぶりに始めた「天皇中心の新しい政治」です。これを
建武の新政
(けんむのしんせい)と呼びます。しかし「新しい」と言いながら、中身は昔の平安時代に戻ろうとする時代遅れなものでした。命がけで戦った武士たちへのご褒美(恩賞)は少なく、公家(貴族)ばかりをひいきしたため、武士たちの不満が大爆発!わずか2年半で
足利尊氏
らに反乱を起こされて失敗に終わります。この失敗がキッカケで、日本に2人の天皇が存在する大混乱の
南北朝時代
へと突入していく、歴史の特大ドミノの1枚目です。
1335年
青沼合戦(信濃国、現:長野県、岐阜県一部)
あおぬまかっせん
合戦
1335年
井手の沢の戦い(武蔵国、現:東京都、埼玉県、神奈川県一部)
いでのさわのたたかい
合戦
1335年
建武の乱(日本各地)
けんむのらん
合戦
1335年
矢作川の戦い(三河国、現:愛知県東半部)
やはぎがわのたたかい
合戦
1335年
手越河原の戦い(駿河国、現:静岡県中東部)
てごしがわらのたたかい
合戦
1335年
箱根・竹ノ下の戦い(駿河国、現:静岡県中東部)
はこね、たけのしたのたたかい
合戦
1335年
千田荘の合戦(下総国、現:千葉県北部、茨城県南西部)
せんだしょうのかっせん
合戦
1335年
07月
中先代の乱
なかせんだいのらん
詳細 🔗
合戦
★ 超重要
1335年、滅亡した鎌倉幕府の復活を目指し、北条氏の生き残りである
北条時行
(ほうじょうときゆき)が起こした反乱です。これを
中先代の乱
(なかせんだいのらん)と呼びます。
建武の新政
に不満を持っていた武士たちが次々と味方し、時行はなんと鎌倉を奪い返すことに大成功!しかし、わずか20日後に
足利尊氏
に鎮圧されたため「二十日先代の乱」とも呼ばれます。この事件をキッカケに尊氏が天皇の命令を無視して独立(裏切り)することになるため、室町幕府と
南北朝時代
への扉をこじ開けた「歴史の重要なドミノ」となる大事件です。
1336年
南北朝の動乱
なんぼくちょうのどうらん
詳細 🔗
合戦
★ 超重要
1336年、建武の新政に失敗した
後醍醐天皇
に対し、武士の支持を集めた
足利尊氏
が反旗を翻して勃発した巨大な内戦です。京都を制圧した尊氏は新しく光明天皇を立てて
北朝
(ほくちょう)とし、逃げた後醍醐天皇は奈良の吉野で
南朝
(なんちょう)を開きました。日本に二人の天皇が存在するという異常事態は、全国の武士たちの領地争いを巻き込んで泥沼化します。1392年に第3代将軍・
足利義満
によって統一されるまで、約56年間も続く室町時代の歴史の決定的な契機となりました。
1336年
豊島河原合戦(摂津国、現:大阪府北西・南西部、兵庫県東部)
てしまがわらかっせん
合戦
1336年
多々良浜の戦い(筑前国、現:福岡県)
たたらはまのたたかい
合戦
1336年
近江の戦い(近江国、現:滋賀県)
おうみのたたかい
合戦
1336年
2月10日
豊島河原合戦
てしまがわらがっせん
合戦
新田義貞、北畠顕家を総大将とする後醍醐天皇軍と足利尊氏を総大将とする反乱軍が豊島河原(大阪府箕面市・池田市)で激突した戦い。結果:後醍醐天皇軍が勝利して、足利尊氏は九州方面へ敗走した。
1336年
05月25日
湊川の戦い
みなとがわのたたかい
詳細 🔗
合戦
重要
1336年、九州で大軍勢を集めて京都へ迫る
足利尊氏
(あしかがたかうじ)を、天皇側の
新田義貞
(にったよしさだ)と
楠木正成
(くすのきまさしげ)が現在の兵庫県(湊川)で迎え撃った激しい戦いです。結果は圧倒的な兵力を持つ足利軍の勝利となり、天才戦術家として名高い楠木正成はここで無念の戦死を遂げました。この
湊川の戦い
に勝利した尊氏が京都を制圧して新たな天皇を立てたことで、日本が真っ二つに割れる
南北朝時代
(なんぼくちょうじだい)へと突入していく歴史の大きな転換点となりました。
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