| 一問一答クイズ [No.11736] | |
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| 制限時間 : 無制限 | |
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| 出題数 | 2234人中 |
| 正解数 | 1623人 |
| 正解率 | 72.65% |
| 作成者 | とらのすけ (ID:1091) |
| 最高連続正解数 | 0 問 |
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正解:③
解説:水色桔梗は元々美濃の土岐源氏の旗印で、光秀は美濃源氏の出身だった為この旗印を用いたものと思われている。
正解:①
解説:徳川家の宗派が浄土宗だった為用いたと言われています。
正解:本陣がそこにあり大将が居るというしるし
解説:旗や馬印は主に本陣に立てられ、見方の伝令役などに判り易いように用いられた。また敵方に対しての威嚇などの効果も狙っていたと言われている。
正解:④
解説:井伊家は元武田家の家臣で、武田の赤備えを引き継いだものと思われる。
正解:④
解説:NHKの大河ドラマ天地人でブームになった直江兼続が用いていたものと伝えられています。
正解:④
解説:越前も尾張も元々は斯波氏が治めていましたが、夫々の国の被官である朝倉氏と織田氏に下克上で乗っ取られてしまいました。
正解:③
解説:二頭立浪は道三自身が意匠した旗印であると言われています。
正解:④
解説:「酒は飲め飲め、飲むならば〜」で有名な黒田節は官兵衛が家臣の母里太兵衛に家宝の槍を望まれ、大杯一杯の酒を飲み干したらくれてやると言い、母里が飲み干した為日本号を取られたという逸話から出来た歌である。
正解:④
解説:柿崎は馬印以外に家紋にも「真向い大根」という図柄を用いている。
正解:①
解説:南部晴政は24代目 南部晴継は25代目 南部利直は27代目
正解:①
解説:三刀屋久扶(みやとひさすけ) 尼子家臣です。 初代諏訪部幸扶の子孫が出雲国飯石郡三刀屋郷にて地頭を務め そこから「三刀屋」を名乗ったのが三刀屋氏の始まりとされています。
正解:③
解説:・足利義冬は11代将軍の義澄の次男。 ・足利義晴は12代将軍で義冬の兄。 ・足利義澄は11代将軍で義冬の父。 ・足利義助は義冬の次男で、14代将軍の足利義栄の弟。
正解:②
解説:三好長慶は、三好氏の当主。主君の細川氏を倒し、将軍・足利義輝を操って、近畿・四国一帯を治めた。
正解:赤座直保
解説:赤座直保は、朝倉家臣。朝倉家滅亡後は、織田信長や豊臣秀吉に仕えた。関ヶ原の戦いでは、西軍に付くが脇坂安治、小川祐忠、朽木元綱らと共に東軍に寝返り大谷吉継らを攻撃した。
正解:④
解説:・槇島城は、京都府南部にあった800ha以上の巨椋池という池に浮かぶ小島に築かれた城。伏見城完成に伴い廃城。 ・二条城は織田信長、徳川家康が京都に築いた城。現在は、家康の二条城のみが残る。 ・如意ヶ岳城は大文字山に築かれていた山城。 ・伏見城は豊臣秀吉が京都郊外に築いた隠居城。
正解:②
正解:①
正解:③
正解:13
正解:④
正解:本多忠勝
正解:②