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貞観格式 編纂 じょうがんきゃくしき へんさん 政治

🕒 869年4月13日 〜 871年
📍 場所: 京都府 平安京(京都) 👤 関連: 清和天皇,藤原良相,藤原氏宗
869年から871年にかけて、清和天皇(せいわてんのう)の命令により編纂された法令集『貞観格式(じょうがんきゃくしき)』が完成・施行されました。約50年前に作られた弘仁格式以降に溜まった追加法令(格)と施行マニュアル(式)を再び一つに整理整頓したものです。藤原良相が開始し、藤原氏宗らが引き継いで完成させました。前の弘仁格式、のちの延喜格式と合わせて「三代格式(さんだいきゃくしき)」と呼ばれ、平安時代の法律と政治をアップデートして社会を安定させた重要な法令集です。
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半世紀ぶりの法律大掃除

820年に完成した『弘仁格式(こうにんきゃくしき)』から約半世紀。平安時代の日本は、再び深刻な「ルール迷子」の状況に陥っていました。基本の法律に付け足された追加ルールである「(きゃく)」や、役所のマニュアルである「(しき)」が、50年の間にまたしても山のように積み重なってしまったのです。新旧のルールが入り乱れ、現場の役人たちは「一体どの法律を使って裁判や政治を行えばいいのかわからない」という大混乱に直面していました。
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清和天皇と良房の決断

この法律の渋滞を解消しようと立ち上がったのが、幼くして即位した清和天皇(せいわてんのう)と、彼をサポートして事実上の最高権力者(摂政)となった藤原良房(ふじわらのよしふさ)です。彼らは天皇を中心とした安定した政治体制(貞観の治)を築くため、散らかった法律を最新の社会状況に合わせて再び一つのルールブックに整理整頓するという、国家の巨大なアップデートプロジェクトをスタートさせました。
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偽籍と逃亡農民の増加

当時の日本社会は、大きな変化の波に直面していました。重い税金から逃れるために自分の性別や年齢を戸籍で偽る「偽籍(ぎせき)」や、土地を捨てて逃げ出す農民が急増し、古い法律だけでは犯罪やトラブルを取り締まることが難しくなっていたのです。新しい法令集には、ただ昔のルールをまとめるだけでなく、こうした「リアルな社会の闇」にどう対応するかという、現場の役人たちの切実な課題を解決する役割も求められていました。
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藤原良相の抜擢と無念の死

この超巨大プロジェクトの最初のリーダーに大抜擢されたのは、右大臣の藤原良相(ふじわらのよしみ)でした。彼は優秀な学者や法律の専門家たちを集め、膨大な古文書の山から必要な法令を探し出すという、途方もなく地道な作業を開始します。しかし、プロジェクトが佳境に入った頃、無念にも良相は病に倒れて帰らぬ人となってしまいます。リーダーを失い、法令集の編纂は一時的に大きな危機に直面することになりました。
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遺志を継いだ藤原氏宗

しかし、国家の大事業をここで止めるわけにはいきません。良相の遺志を継いで新たなリーダーとなったのが、藤原氏宗(ふじわらのうじむね)という人物でした。氏宗たちは、残された膨大なメモや分類された法令の束を引き継ぎ、決して諦めることなく不眠不休で作業を続けます。「現場で本当に使える法律を作らなければならない」。彼らの執念により、止まりかけていた国家プロジェクトは再び力強く前進し始めました。
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869年、『貞観格』の完成

そして869年(貞観11年)4月13日、ついにルール部分をまとめた『貞観格(じょうがんきゃく)』全12巻が完成し、天皇に提出されました。これまでの法令が見事にジャンル分けされ、後ろの2巻には特別な「臨時法令」が収録されるなど、現場の使いやすさにこだわった画期的な構成でした。そして同年9月にはついに全国の役所での施行(運用)が始まり、法律の混乱という長年のストレスが解消されることになったのです。
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『貞観式』の完成と運用

ルールの整理(格)に続いて、今度は役所の細かい手続きやマニュアルをまとめた『貞観式(じょうがんしき)』全20巻の編纂も急ピッチで進められました。そして2年後の871年、こちらも無事に完成します。この「格」と「式」の二つが揃ったことで、『貞観格式(じょうがんきゃくしき)』という完璧な最新版の法律マニュアルが誕生しました。これにより、朝廷の裁判や政治のスピードは劇的に向上し、社会に再び秩序が戻りました。

律令体制の限界と延命治療

貞観格式』の完成は、確かに政治をスムーズにしました。しかし、農民が税金から逃げ出すといった根本的な社会のズレを完全に止めることはできませんでした。つまり、基本の法律(律令)をイチから作り直すのではなく、「追加ルールでなんとか対応する」というこの方法は、律令国家という古いシステムの崩壊を少しでも遅らせるための、国を挙げた「延命治療」のような役割も果たしていたのです。
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テストに出る!三代格式

中学生や高校生の歴史のテストでは、この『貞観格式』は超重要キーワードとして頻出します。一つ前の『弘仁格式』、そしてこの後、醍醐天皇の時代に作られる『延喜格式(えんぎきゃくしき)』と合わせて、これら三つの法令集を「三代格式(さんだいきゃくしき)」と呼びます。平安時代の政治の流れを理解する上で、この三つの法令集が順番に作られ、法律がアップデートされ続けたことは絶対に覚えておくべきポイントです。
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歴史への影響と社会の基盤

貞観格式』の編纂は、ただの法律の整理整頓ではありません。国家が直面するトラブルに対して、法律という「理性的なルール」で解決しようとした平安貴族たちの知恵と努力の結晶です。この法律のアップデートがあったからこそ、天皇を中心とする日本の政治システムは崩壊することなく維持され、のちの国風文化などが花開く基盤となりました。平安時代の安定と繁栄を影で支えた、歴史の決定的な契機と言えるでしょう。
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