平安時代の中期、紫式部(むらさきしきぶ)という漢文や和歌に非常に優れた教養豊かな女性がいました。道長は自分の娘・藤原彰子(ふじわらのしょうし)を一条天皇の妃として宮中に送り込んでいました。「娘の周りに優秀な家庭教師(女房)を集めて、天皇の気を引こう!」と考えた最高権力者・藤原道長は、才能の噂を聞きつけて紫式部をスカウトし、強力なパトロンとして彼女を宮中へ送り込んだのです。
宮中で働きながら紫式部が書き進めたのが、全54帖(章)にも及ぶ世界最古の長編恋愛小説『源氏物語』です。主人公の光源氏(ひかるげんじ)は、天皇の息子として生まれながら臣下(家来)となった、誰もがうらやむ超イケメンで才能あふれる貴公子。彼が宮廷の様々な美しい女性たちと繰り広げる華やかな恋愛模様と、その裏にあるドロドロの嫉妬や苦悩が、リアルな心理描写でドラマチックに描かれています。
『源氏物語』の根底に流れるテーマが、テストに必ず出るもののあはれという言葉です。これは、美しい花が散っていくのを見たり、人の心の移り変わりを感じたりした時に湧き上がる「しみじみとした深い感動や、どこか悲しい気持ち」のことです。明るく知的な感動を描いた清少納言の『枕草子』(「をかし」の文学)とは対照的に、『源氏物語』は人間の心の奥底にある「もののあはれ」を深く描き出しました。
この大作を生み出した原動力は、日本独自に作られた「ひらがな(かな文字)」の発明です。それまで公式な文章はすべて難しい漢字(漢文)でしたが、女性たちが自分の繊細な感情や話し言葉を「かな文字」で自由に表現できるようになったことで、日本文学は爆発的に進化しました。中国(唐)の真似ではない、日本の風土や感情に合った国風文化(こくふうぶんか)が、ここで最高の花を咲かせたのです。
面白いことに、紫式部は自分の日記(紫式部日記)の中で、先輩作家である清少納言のことを「得意げに漢字を書き散らしているけど、よく見ると間違いだらけ。あんな人の末路はロクなものじゃない」とボロカスに批判しています。実際には二人が宮中で一緒に働いた時期はありませんが、仕えていたお姫様同士(彰子と定子)がライバル関係だったこともあり、歴史に名を残す二人の天才女性作家の強烈な対抗意識が垣間見えます。
紫式部が書いた『源氏物語』は、当時の貴族たちの間で「続きが早く読みたい!」と大ブームを巻き起こしました。それから1000年以上経った現代でも、現代語訳はもちろん、漫画や映画、舞台など様々な形にアレンジされて愛され続けています。さらに、世界20カ国以上の言葉に翻訳され、「世界最古にして最高の長編小説の一つ」として海外でも高く評価される、日本が世界に誇るスーパーベストセラーなのです。