旧石器時代 きゅうせっきじだい

🕒 数十万年前 〜 紀元前14000年頃 🪨 旧石器時代
日本列島がまだユーラシア大陸と陸続きで、厳しい寒さの「氷河期」だった時代。人々は打製石器(だせいせっき)を使い、マンモスやナウマンゾウなどの大型動物を狩り、木の実などを採集しながら、獲物を追って移動するテント生活を送っていました。長年「日本には旧石器時代はない」と思われていましたが、群馬県の岩宿遺跡の発見によって日本の歴史が大きく覆りました。土器がまだ発明されていなかったため「無土器時代」とも呼ばれる、人類の壮大なサバイバルの時代です。
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氷河期の大地と陸続きの日本

約250万年前から約1万年前まで続く地球は、現代よりもはるかに寒い「氷河期」でした。海水が凍って氷河となったため海面が低く、現在の日本列島はユーラシア大陸と陸続きになっていました。そのため、今の日本海は巨大な湖のようになっていたと考えられています。この陸続きの道を歩いて、人類の祖先たちははるか遠くのアフリカやアジア大陸から、少しずつ日本へとやってきました。まだ国境も海もない、果てしなく広がる大地を旅して到達したのが、日本における旧石器時代の始まりです。
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巨大生物を追うサバイバル生活

氷河期の厳しい寒さの中、人々は主に狩猟と植物の採集をして暮らしていました。当時の森や草原には、寒さに強くて毛むくじゃらのマンモスや、オオツノジカ、そしてナウマンゾウといった巨大な動物たちが群れをなして生息していました。旧石器時代の人々は、これらの巨大生物の群れを追いかけながら、動物の肉を食べて命をつなぎ、毛皮を服にして寒さをしのいでいました。冷蔵庫やスーパーがない時代ですから、獲物が移動すれば人間もその後を追って移動し続けるという、サバイバルな毎日だったのです。
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最強の武器「打製石器」の誕生

巨大なマンモスやナウマンゾウを倒すために、人類は画期的な道具を生み出しました。それが、石と石をぶつけて鋭い刃先を作った打製石器(だせいせっき)です。動物の皮を剥ぐための「ナイフ形石器」や、木を削るための「尖頭器(せんとうき)」など、用途に合わせていろいろな形の石器を自分たちで作りました。まだ金属がない時代でしたが、黒曜石などの硬い石を割って作った打製石器の切れ味は抜群で、この石の武器を槍の先に取り付けることで、巨大な動物にも立ち向かうことができたのです。
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火の使用と人類の進化

旧石器時代の人々にとって、石器と同じくらい重要だったのが「火」の存在です。最初は雷などで自然に起きた火を大切に保存して使っていましたが、やがて木をこすり合わせて自分たちで火を起こす技術を発見しました。火を使うことで、動物の肉を焼いて美味しく安全に食べられるようになり、厳しい氷河期の寒さから身を守り、恐ろしい猛獣を追い払うこともできるようになりました。暗闇を照らす火の周りに人々が集まることで、コミュニケーションが生まれ、人類はさらに賢く進化していったのです。
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歴史を覆した「岩宿遺跡」の奇跡

長年、「日本には旧石器時代は存在しない」と信じられていました。火山灰が積もった「関東ローム層」という赤い土の層からは、人間の生きた痕跡が出ないとされていたからです。しかし1946年、青年・相沢忠洋(あいざわただひろ)が、群馬県の岩宿遺跡(いわじゅくいせき)の赤い土の層から、見事な打製石器を発見しました!この大発見により、「日本にも何万年も前から人が住んでいた!」ということが証明され、日本の歴史が大きく塗り替えられるという奇跡のドラマが生まれました。

身軽なキャンパー?移動式テント生活

獲物を追いかけて常に移動する生活だったため、この時代の人々は「定住(ずっと同じ場所に住むこと)」をしませんでした。そのため、立派な家を建てることはなく、動物の骨や木の枝を骨組みにして毛皮を被せた簡単な「テント」のような住居を作ったり、自然にできた「洞窟」や岩の陰をキャンプ地として利用していました。獲物がいなくなると、すぐにテントを畳んで次の狩場へと旅立ちます。現代のキャンパーのような、身軽で大自然と一体になった自由なライフスタイルを送っていたのです。
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湖底に眠る狩りの記憶「野尻湖」

旧石器時代の人々がどんな動物を狩っていたかを知る重要な手がかりが、長野県にある野尻湖(のじりこ)の遺跡です。ここでは湖の底から、大量のナウマンゾウやオオツノジカの化石と一緒に、人間が作った打製石器が発見されました。どうやら当時の人々は、巨大なナウマンゾウをみんなで協力して湖の浅瀬に追い込み、動けなくなったところを石器の槍で一斉に攻撃して仕留めていたようです。湖の泥の中には、当時の壮絶な狩りの様子が、タイムカプセルのように生々しく保存されていました。
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ご先祖さまの姿「港川人」

当時の人々がどんな顔や姿をしていたのかを知るための重要な化石も見つかっています。沖縄県で発見された港川人(みなとがわじん)の化石です。約2万年前の人骨が、全身ほぼ完全な状態で石灰岩の割れ目から発見されました。彼らの身長は現代人よりも少し小柄で150センチメートルほどですが、手足の筋肉が非常に発達しており、険しい自然の中を力強く走り回っていたことが分かります。その他にも、静岡県の浜北人など、日本のあちこちで私たちの直接の祖先となる人々の化石が発見されています。
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言葉の誕生と強固なチームワーク

巨大な動物を倒すには、一人や二人の力では絶対に不可能です。旧石器時代の人々は、家族や親戚が十数人集まった小さなグループ(群れ)を作って行動していました。「あっちからマンモスを追い込め!」「今だ、槍を投げろ!」と、狩りの作戦を立てたり合図を送ったりするために、徐々に「言葉」が発達していったと考えられています。厳しい氷河期を生き抜くための最大の武器は、鋭い石器でも燃え盛る火でもなく、仲間を信じて助け合う強固なチームワークとコミュニケーション能力だったのです。
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氷河期の終わり、そして次の時代へ

約1万年前、長く厳しかった氷河期がついに終わりを告げ、地球は少しずつ暖かくなっていきました。氷が溶けて海面が上昇したことで、大陸と繋がっていた陸地は海に沈み、現在のような海に囲まれた「日本列島」の形が完成します。気候が暖かくなるとマンモスなどの大型動物は絶滅し、代わりに豊かな森が育ち、ドングリなどの木の実がたくさん採れるようになりました。環境の激変に合わせて、人々は土器を発明し、新しいライフスタイルである「縄文時代」へと新たな一歩を踏み出していくことになります。
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