645年、飛鳥の宮殿で歴史を動かす大事件が起きました。のちの天智天皇となる中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と、中臣鎌足(なかとみのかまたり)が、絶大な権力を握って天皇さえも脅かしていた蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺するクーデター「乙巳の変(いっしのへん)」を起こしたのです。この大事件の直後、新しい政治のトップとして孝徳天皇(こうとくてんのう)が即位し、「これからは豪族ではなく、天皇を中心とした全く新しい国を作るぞ!」と強い決意を固めました。
新しい国づくりの強いシンボルとして彼らが取り入れたのが、当時のお手本だった中国(唐)の進んだシステムである「元号(年号)」でした。それまで日本には「今年は◯◯年」という全国共通の統一された年の数え方がありませんでした。そこで、天皇自身が「時代に名前をつける」ことで、日本の時間を天皇が支配していることを国内にアピールしたのです。こうして誕生した日本で最初の元号が「大化(たいか)」であり、受験でも必ず問われる超重要キーワードとなっています。
記念すべき最初の元号である「大化」には、「天皇の大いなる徳(優しさや立派さ)によって、人々を平和で良い方向へ変化させる(化育する)」という壮大な意味が込められています。これまで蘇我氏などの豪族たちが、それぞれの土地や人々をバラバラに支配していた状態から、「これからは天皇が日本全体を一つにまとめるんだ!」という、新しい政府の強烈なメッセージと願いが、このたった二文字にギュッと詰まっていたのです。
この「大化」への改元をスタート合図として、新しい政府は次々と大きな改革を打ち出していきます。翌年には、これまで豪族たちが持っていた土地と人々をすべて国のものにする「公地公民(こうちこうみん)」のルールを発表するなど、国のシステムを根本から作り直す壮大な大改革が始まりました。歴史の授業で誰もが必ず習う「大化の改新」とは、ある一つの事件のことではなく、この「大化」という元号の時代に行われた一連の政治改革の全体を指す言葉なのです。
実は、「大化」のあともしばらくは元号が使われない時期がありましたが、8世紀(大宝の時代)頃から途切れることなく使われるようになりました。現在、世界中で「元号」というシステムを使い続けている国は日本だけです。1300年以上前の飛鳥時代に、中大兄皇子たちが「大化」という元号を作ったあの日から、「昭和」「平成」そして「令和」へと、なんと240個以上の元号のバトンが日本の歴史と共に途切れることなく受け継がれていると思うと、とてもワクワクしますね。