古代の日本において、空高くそびえ立ち、時おり煙を噴き上げる富士山は、神様が住む神聖で恐ろしい山として人々に畏れられていました。平安時代の人々は、火山の噴火や地震などの自然災害は「神様の怒り」や「政治の乱れ」が原因で起こると信じていたのです。そのため、朝廷(政府)は富士山の神様である「浅間大神(あさまのおおかみ)」に高い位を与えて機嫌をとり、噴火などの災害が起きないように必死に祈りを捧げていました。
しかし864年(貞観6年)の初夏、富士山の北西斜面(現在の長尾山付近)から、突如として激しい地震と共に黒煙が空高く立ち上りました。これが記録に残る富士山最大級の噴火、貞観大噴火(じょうがんだいふんか)の始まりです。大地が裂け、ドロドロに溶けた真っ赤なマグマが地鳴りのような轟音とともに噴き出しました。当時の歴史書である『日本三代実録(にほんさんだいじつろく)』には、空を焦がす炎や降ってくる火山灰の恐怖が生々しく記録されています。
噴火の勢いは凄まじく、斜面から流れ出した大量の溶岩は、ふもとにあった多くの村々や豊かな家屋を次々と飲み込んでいきました。燃え盛るマグマが迫り来る中、住み慣れた家や財産をすべて捨てて、人々は必死に逃げ惑うしかありませんでした。歴史書には、家が焼かれ、行く当てを失った難民が多数発生したことが記されています。この大災害の報告を受けた京都の朝廷も、あまりの被害の大きさにパニックに陥り、すぐに対応に追われることになります。
「富士山の神様が激怒している!」。報告を受けた京都の朝廷は、これは国家の重大な危機であると捉えました。当時の政治のトップにいた貴族たちは、被害を受けた人々に税金を免除するなどの救済措置(支援)を指示する一方で、神様の怒りを鎮めるための儀式を急いで行いました。占いによって「浅間神社の神主の祈り方が足りないせいだ」という結果が出たため、朝廷は新しい神社(現在の富士山本宮浅間大社)を建てて、神仏の力でなんとか噴火を止めようと必死に祈りました。
この噴火がもたらした最大の変化は、富士山のふもとの地形を全く別の姿に変えてしまったことです。当時、富士山の北側には「剗の海(せのうみ)」と呼ばれる巨大な美しい湖がありました。しかし、山から流れ下ってきた大量の溶岩(青木ヶ原溶岩)がこの湖に流れ込み、湖の大部分を埋め尽くしてしまったのです。高温のマグマが水と触れ合って大量の水蒸気を上げながら、広大な湖がブクブクと音を立てて大地へと変わっていく光景は、まさに地獄絵図でした。
巨大な湖であった「せのうみ」は、溶岩によって真ん中を分断され、生き残った水たまりが二つの小さな湖として残されました。これが、現在富士五湖(ふじごこ)として有名な精進湖(しょうじこ)と西湖(さいこ)です。この二つの湖は、今でも地下で水が繋がっているため、水面の高さが常に同じであるという不思議な特徴を持っています。貞観大噴火の凄まじいエネルギーが、現代の私たちが知る富士山周辺の美しい自然の風景を作り出した決定的な契機となったのです。
約2年間にもわたって流れ続けた膨大な量の溶岩は、やがて噴火の終息とともにゆっくりと冷え固まりました。しかし、そこには草木一本生えない、黒くてゴツゴツとした広大な岩石の砂漠が広がっていました。水分を持たず、栄養分もない溶岩の台地は、生き物が住むことのできない「不毛の大地」となってしまったのです。村人たちは住む場所を完全に奪われ、富士山の北西斜面は長い間、死の世界として放置されることになりました。
しかし、大自然の生命力は非常に力強いものでした。冷え固まった溶岩のひび割れに、風で運ばれてきた土埃や、鳥が落とした小さな種が入り込みます。何百年という途方もない時間をかけて、コケが生え、小さな草が育ち、やがて木々が根を張り始めました。土がない過酷な環境でも、植物たちは溶岩を抱きかかえるようにして必死に成長を続けたのです。不毛だった黒い大地に、少しずつ緑の命が復活していく、壮大な自然のドラマが始まりました。
千年以上の時が流れた現在。かつてドロドロのマグマに覆われていたその場所には、見渡す限りの深い緑の大森林が広がっています。これが、風の音で木々が海の波のように揺れることから名付けられた青木ヶ原樹海(あおきがはらじゅかい)です。この森の地面をよく見ると、今でもゴツゴツとした黒い溶岩がそのまま転がっており、その上に木々が不思議な形で根を張っているのがわかります。樹海は、富士山の噴火の歴史を現代に伝える生きた化石なのです。
貞観大噴火の後も、富士山は江戸時代の「宝永大噴火(ほうえいだいふんか)」など、歴史上で何度も大きな噴火を繰り返してきました。私たちは美しい富士山を見ると心が癒されますが、実はその美しい姿は、恐ろしい火山の噴火によって形作られたものなのです。昔の人々が富士山を「怒らせてはいけない神様」として恐れ敬ったように、私たちも自然の偉大な力と恐ろしさを忘れず、火山の歴史から教訓を学んでいくことがとても大切です。