室町時代 むろまちじだい

🕒 1336年11月07日 〜 1573年 🍵 室町時代
📍 場所: 京都府 京都 👤 関連: 足利尊氏,足利義満,足利義政
1336年に足利尊氏が建武式目を制定し、京都に室町幕府を開いてから、1573年に15代将軍義昭が織田信長に追放されるまでの約240年間。前半は朝廷が二つに分かれて戦う南北朝時代でしたが、3代将軍足利義満がこれを統一し、幕府の全盛期を築きました。明(中国)との勘合貿易で経済が発展し、金閣や銀閣に代表される華やかな文化(北山・東山文化)が花開きました。しかし後半は、跡継ぎ争いから始まった応仁の乱をきっかけに幕府の力が衰え、実力主義で下剋上が横行する戦国時代へと突入していく、波乱万丈の時代です。
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天皇が2人!?南北朝の戦い

鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇の政治(建武の新政)に不満を持った足利尊氏は、天皇に反旗を翻して京都を制圧し、新しい天皇(北朝)を立てて室町幕府を開きました。一方、逃げ出した後醍醐天皇は南の吉野(奈良県)で「私こそが本物の天皇だ!」と主張(南朝)。日本に「北朝」と「南朝」という2つの朝廷が同時に存在し、約60年間も全国の武士を巻き込んで争い続ける南北朝時代という大混乱から室町時代はスタートしました。
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最強の3代将軍・足利義満の登場

この大混乱を終わらせたのが、室町幕府の全盛期を築いた3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)です。彼は強力な軍事力で言うことを聞かない有力な武士(守護大名)たちを次々と倒して権力を集中させました。そして1392年、ついに南朝の天皇を説得して北朝に合流させ、日本を一つにまとめること(南北朝の合一)に成功!京都の「室町」という場所に超豪華な邸宅(花の御所)を建て、武士だけでなく貴族のトップにも君臨しました。
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海賊対策バッチリ!勘合貿易

足利義満は、明(中国)との間で利益の大きい貿易(日明貿易)を始めました。しかし当時、日本の周辺の海には「倭寇(わこう)」という海賊がウロウロしていました。そこで、正式な貿易船と海賊船を見分けるために「勘合(かんごう)」という半分に割った証明書の札を使いました。この勘合貿易によって、日本からは刀や銅を輸出し、明からは大量の銅銭や高級な絹織物、書画などを輸入して、幕府は莫大な利益を上げました。

ピカピカの金閣!北山文化

莫大な富を手にした足利義満が、京都の北山に建てた超豪華な別荘が「金閣(鹿苑寺)」です。公家(貴族)の優雅な文化と、武士の力強い文化、そして中国(明)の禅宗の文化を見事にミックスさせたこの華やかな文化を北山文化と呼びます。この頃、観阿弥・世阿弥(かんあみ・ぜあみ)の親子によって、能(のう)や狂言(きょうげん)といった日本を代表する伝統芸能も大成し、貴族や武士たちを魅了しました。
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農民たちの怒り爆発!土一揆

華やかな文化の裏で、一般の農民たちの生活は苦しいものでした。借金に苦しむ農民たちは、「郷村(ごうそん)」という村ごとの自治組織で強く団結するようになります。そして1428年の「正長の土一揆(しょうちょうのつちいっき)」を皮切りに、「借金を帳消しにしろ(徳政令を出せ)!」と武器を持って酒屋や高利貸しを襲撃する土一揆(つちいっき)が頻発するようになります。幕府は民衆のパワーを抑えきれず、社会は次第に不安定になっていきました。
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京都が灰に…応仁の乱の勃発

8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)の時代、将軍の跡継ぎ問題と、有力な大名である細川氏と山名氏の権力争いが合体し、1467年に応仁の乱(おうにんのらん)が勃発しました。全国の大名が東軍と西軍に分かれて京都に集結し、なんと11年間もダラダラと戦い続けたのです!この戦いで美しい京都の町は焼け野原となり、幕府の権威は完全に失墜。日本は果てしない戦乱が続く戦国時代へと転げ落ちていきました。
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ワビサビの心…銀閣と東山文化

応仁の乱で京都が燃えている中、政治から逃げ出した8代将軍・足利義政は、京都の東山に「銀閣(慈照寺)」を建てて芸術の世界に引きこもりました。金閣のギラギラした華やかさとは対照的に、静かで落ち着いた「わび・さび」を重んじる東山文化です。雪舟(せっしゅう)の水墨画や、畳を敷き詰めた書院造(しょいんづくり)、お茶(茶道)やお花(華道)など、現代の私たちの「和風」な生活スタイルの基本は、まさにこの時代に完成したのです。
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実力がすべて!下剋上の世の中

幕府の力が無くなると、「家柄や身分なんて関係ない、強い奴が勝つ!」という下剋上(げこくじょう)の風潮が日本中を席巻します。家来が主人を倒したり、守護大名が家臣に国を乗っ取られたりするのが当たり前になりました。こうして実力でのし上がり、自分の領地(国)を独自の法律(分国法)で厳しく支配するようになった新しい戦国武将たちのことを戦国大名と呼びます。武田信玄や上杉謙信などがその代表です。
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鉄砲とキリスト教の伝来

戦国時代の真っ只中である16世紀半ば、ヨーロッパから全く新しいモノが日本にもたらされました。1543年に種子島(鹿児島県)に漂着したポルトガル人から鉄砲が伝わり、戦いの戦術を劇的に変えました。さらに1549年には、スペインの宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、キリスト教を伝えました。これらの新しい技術と宗教は、日本の歴史のスピードをさらに加速させていく強烈なスパイスとなりました。
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信長の登場と室町幕府の滅亡

戦国大名たちが天下統一を目指して争う中、尾張(愛知県)から圧倒的なスピードで勢力を伸ばしてきたのが織田信長でした。信長は15代将軍・足利義昭(あしかがよしあき)を助けて京都に入りますが、やがて対立。1573年、信長は義昭を京都から追放しました。これにより、足利尊氏から15代、約240年間続いた室町幕府はついに滅亡。時代は、信長と豊臣秀吉が活躍するダイナミックな「安土桃山時代」へと移り変わっていくのです。
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