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和同開珎 発行 わどうかいちん はっこう

🕒 708年05月11日 📜 飛鳥時代
📍 場所: 奈良県 藤原京 👤 関連: 元明天皇
708年、武蔵国(現在の埼玉県)で質の良い銅が発見されたことを記念して「和銅」と元号を改め、日本で初めて本格的に流通した公式な貨幣(お金)である和同開珎が発行されました。唐(中国)の「開元通宝」というお金を真似て作られた丸い形で真ん中に四角い穴が空いた銅銭です。国は「これからはお米や布の代わりに、このお金を使って税金を払ったり買い物をしたりしなさい!」と人々に強制的に使わせようとしましたが、すぐには浸透しませんでした。
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「やった!良い銅が見つかったぞ!」

708年、武蔵国・秩父(現在の埼玉県)から、「非常に質の良い銅(和銅)が採れました!」と、ピカピカの銅の塊が朝廷に献上されました。当時の日本では銅はとても貴重だったため、元明天皇(げんめいてんのう)は大喜び!「これは国が栄える素晴らしいお告げだ!」と感激し、わざわざ年号を「和銅(わどう)」に変更するほどのお祭り騒ぎになりました。このラッキーな出来事が、新しいお金を作るキッカケになったのです。
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デザインは中国の丸パクリ?

せっかく見つかった銅を使って、国は公式なお金を作ることにしました。それが和同開珎です。デザインは、お手本にしていた唐(中国)の「開元通宝(かいげんつうほう)」というお金をそっくりそのまま真似しました。「丸い形(天を表す)」の真ん中に「四角い穴(地を表す)」が空いているという、東アジアのスタンダードなスタイルです。この四角い穴には、紐を通して何枚もまとめてジャラジャラと持ち運ぶのに便利という実用的な意味もありました。
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「かいちん」?「かいほう」?名前の謎

このお金に刻まれた4つの漢字、「和」「同」「開」「珎」。実は最後の「珎」という字の読み方については、昔から学者たちの間で「ちん」と読むか「ほう」と読むかで意見が真っ二つに分かれています。「珍しい宝物」という意味で「かいちん」と読む説と、「国に広く流通する宝」という意味で「かいほう」と読む説です。現在ではどちらで読んでも正解とされていますが、歴史のちょっとしたミステリーですね。
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「こんな金属の塊、何に使うの?」

朝廷は「これからはお米や布じゃなくて、この和同開珎で買い物や税金の支払いをしなさい!」とドヤ顔でお触れを出しました。しかし、それまで「物々交換」が当たり前だった一般の農民たちは大混乱。「え?この食べられない金属の塊に、お米と同じ価値があるの?意味がわからない…」と、お金の「価値」という目に見えない概念を全く理解できず、なかなか使おうとしてくれませんでした。
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国のごり押しキャンペーン!蓄銭叙位令

お金が全然流行らないことに焦った国は、711年に蓄銭叙位令(ちくせんじょいれい)という法律を作りました。これは「お金をたくさん貯金した人には、ご褒美として役人のランク(位)をアップさせてあげるよ!」という、国を挙げた超強力な普及キャンペーンです。しかし、これには大きな落とし穴がありました。「お金を使わずに貯め込んだ方が偉くなれる」というルールにしたせいで、みんながお金を隠し持ってしまい、肝心の「市場でお金を回す」という目的は完全に失敗してしまったのです。
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お金が活躍したのは「都」だけ?

結局、和同開珎がスムーズに使われたのは、新しい都である平城京(奈良県)の周辺や、都に住んでいる役人、大きな商人の間だけでした。地方の農民たちの生活では、まだまだお米や布を使った物々交換がメインのままでした。それでも、国が「これは価値があるものだ」と保証した公式な貨幣(皇朝十二銭の第一号)を発行したことは、日本がきちんとした経済の仕組みを持つ独立国家になったことをアピールする、非常に重要なステップでした。
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