歴史のテストに必ず出る万葉集(まんようしゅう)は、今から約1200年前の奈良時代にまとめられた、日本に現存する最古の和歌集です。全20巻という大作の中に、約4500首もの歌がぎっしりと収められています。最大の特徴は、天皇や貴族といった身分の高い人たちだけでなく、名もなき農民や兵士の歌まで、あらゆる階層の人々のリアルな声がそのまま記録されていることです。身分に関係なく人間の素直な感情が表現されている点が、現代の私たちをも惹きつける魅力となっています。
奈良時代には、まだ私たちが普段使っている「ひらがな」や「カタカナ」は存在していませんでした。そこで、中国から伝わった漢字の「意味」を無視して、「音」だけを日本語の発音に当てはめて文章を書くという画期的なアイデアが生まれました。これを万葉仮名(まんようがな)と呼びます。例えば「やま」という言葉を「夜麻」と書くような工夫です。この万葉仮名の発明によって、日本人は初めて自分たちの言葉と感情を文字にして残すことができるようになった歴史の重要な分岐点と言えます。
万葉集に収められている歌は、作られた時代によって大きく4つの時期に分けられます。第1期は、大化の改新から壬申の乱にかけての飛鳥時代です。この頃は、天皇や皇族による力強く素朴な歌が中心でした。中でも有名なのが、絶世の美女とうたわれた額田王(ぬかたのおおきみ)です。彼女をめぐって、天智天皇と天武天皇という二人の権力者が恋の火花を散らしたドラマチックな歌は、当時の激動の政治情勢の裏側にあった、生々しい人間模様を現代に伝えてくれます。
第2期になると、天皇に仕えて専門的に歌を作るプロの歌人(宮廷歌人)が登場します。その代表格が、テストにもよく出る柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)です。彼は天皇の偉大さや国の出来事を、力強く壮大なスケールで詠み上げました。彼の歌は非常にテクニカルで美しく、後の時代の人々から「歌聖(歌の神様)」と崇められるようになります。人麻呂の活躍によって和歌は単なる個人の感情表現から、国家の威信を高めるための洗練された文学へと大きく進化を遂げたのです。
第3期を代表するのが、中国(唐)に渡って最新の学問を学んだ山上憶良(やまのうえのおくら)です。彼は他の貴族たちのように美しい自然や優雅な恋を詠むのではなく、社会の厳しい現実に目を向けました。特に有名な「貧窮問答歌(ひんきゅうもんどうか)」では、重い税金に苦しむ貧しい農民の悲惨な生活や、子供を想う親の深い愛情をリアルに描き出しました。高い身分でありながら、底辺で生きる人々の苦しみに寄り添った彼の歌は、万葉集の中でも異彩を放っています。
万葉集をさらに特別なものにしているのが、東国(関東地方)から九州の警備に派遣された兵士たちが詠んだ防人(さきもり)の歌です。彼らは家族と引き離され、命の危険がある遠い任地へと無理やり送られました。「二度と生きて帰れないかもしれない」という恐怖の中で、残してきた妻や両親を想って詠まれた悲痛な叫びが、そのままの言葉で記録されています。国家の防衛という大きな歴史の裏で泣いていた、名もなき人々の真実の姿を現代に伝える極めて貴重な歴史的史料です。
全20巻におよぶこの巨大な歌集の完成に深く関わったとされるのが、第4期を代表する貴族の大伴家持(おおとものやかもち)です。彼は万葉集全体の約1割にあたる400首以上もの歌を残しています。彼が759年の正月に詠んだ「新しき 年の初めの 初春の…」という喜びの歌が、万葉集に収められている最後の歌となっています。そのため、歴史学的にはこの759年が、万葉集という壮大なプロジェクトが最終的に完成・編纂された年であると考えられているのです。
大伴家持の人生は、決して華やかなだけではありませんでした。大伴氏は古くから天皇に仕える名門の軍事貴族でしたが、藤原氏などの新興勢力との激しい権力闘争に敗れ、一族は次第に衰退の道を辿っていました。家持自身も何度も政治的な陰謀に巻き込まれ、左遷や左降を繰り返す苦難の人生を送ります。彼が万葉集の編纂に情熱を注いだ背景には、消えゆく名門の誇りや、失われていく古き良き日本の心を、和歌という形で永遠に書き残しておきたいという強い執念があったのかもしれません。
なぜ奈良時代の人々は、これほど膨大な歌を集めたのでしょうか。当時は中国(唐)の圧倒的な文化が日本に入ってきており、漢詩(中国の詩)を作ることが貴族の教養とされていました。しかし、日本固有の言葉である「和歌」を集大成することは、「中国の真似ではない、日本独自の素晴らしい文化があるのだ」という国家のプライドを示す重要な意味を持っていました。万葉集の編纂は、日本独自の国風文化が花開いていくための準備段階とも言える、歴史の重要な分岐点だったのです。
万葉集で使われた万葉仮名は、その後、平安時代に入って少しずつ崩して書かれるようになり、やがて日本独自の文字である「ひらがな」へと進化していきます。そして、この「ひらがな」の誕生が『古今和歌集』や『源氏物語』といった華やかな平安文学を生み出す決定的な契機となりました。身分を問わず日本人の心の原点を記録した万葉集は、単なる古い本ではなく、日本という国の文化とアイデンティティの端緒を開いた、計り知れない価値を持つ歴史的遺産なのです。