江戸時代において、江戸幕府から正式に歌舞伎の興行を行うことを許可(公許)された、特権的な3つの歌舞伎劇場の総称です。
江戸で最初に幕府の許可を得た、江戸歌舞伎発祥の最も格式高い芝居小屋です。初代中村勘三郎が猿若町(現在の台東区)に櫓を上げました。座元の証である「猿若」の座紋を掲げ、江戸歌舞伎の中心的存在として大いに栄えました。
中村座に次いで幕府の許可を得た芝居小屋で、市村羽左衛門が座元を務めました。市村座は若手や華やかな演目を得意とし、中村座とともに江戸の歌舞伎興行を牽引しました。「市村座の助六」など数々の名演を生み出しました。
中村座、市村座とともに公許された芝居小屋で、森田勘弥が座元を務めました(後に守田座と改称)。経営難で興行権を控櫓(河原崎座)に譲ることもありましたが、幕末から明治にかけては本所から浅草(猿若町)、さらには新富町へと移転しながら興行を続けました。
森田座(守田座)が経営難や火災などで興行を行えなくなった際に、その権利を代行して興行を行うことが許された「控櫓(ひかえやぐら)」です。事実上の江戸四座目として機能し、後に歌舞伎座へと発展する重要な役割を担いました。