日本の歴史上において、政治に深く介入して国を乱した、あるいはその強烈な個性や嫉妬深さから、後世の文学や歴史書で「悪女」としてのレッテルを貼られた代表的な女性たちの総称です。
平安時代初期、平城天皇の寵愛を受け、兄の藤原仲成とともに政治に深く介入し専横を極めました。嵯峨天皇と対立して平城上皇をそそのかし、「薬子の変」と呼ばれるクーデターを引き起こしましたが失敗し、自ら服毒自殺を遂げたことで国を傾けた悪女として名を残しています。
源頼朝の正室であり、頼朝の死後は「尼将軍」として鎌倉幕府の実権を握りました。嫉妬深く、頼朝の愛妾の家を破壊させたエピソードや、実の父や子を追放・暗殺してまで北条氏の権力維持を図った非情な政治手腕から、日本史上最も恐れられた悪女の一人として描かれます。
室町幕府第8代将軍・足利義政の正室です。我が子(義尚)を将軍にするために有力守護大名と結託し、京都を焼け野原にした「応仁の乱」を引き起こした最大の元凶とされています。戦乱の最中にも関所を設けて金儲けに走り、莫大な財産を築き上げた強欲な悪女として有名です。
徳川家康の正室ですが、今川義元の姪であったため、今川氏没落後は家康との関係が冷え切りました。非常に嫉妬深く気性が激しかったとされ、武田信玄と内通しているという疑いをかけられ、織田信長の命によって息子の松平信康とともに殺害された悲劇と悪女の伝承を持ちます。
豊臣秀吉の側室(茶々)であり、秀頼の母です。秀吉の死後、豊臣家の実権を握りましたが、徳川家康との対立を深め、大坂の陣において徹底抗戦を主張しました。その高慢な態度と政治的判断の誤りが、結果的に豊臣家を滅亡に導いたとして、国を滅ぼした悪女の代名詞とされます。
日本の歴史において、天皇や朝廷の権威を脅かしたり、既存の秩序を大きく破壊して権力を握ろうとしたために、後世の歴史書などで「逆賊」や「大悪人」として描かれた3人の人物です。
奈良時代の僧侶で、孝謙(称徳)上皇の病を治したことで深い寵愛を受け、太政大臣禅師や法王という破格の地位にまで上り詰めました。さらには宇佐八幡宮の神託を偽造して自らが天皇の位(皇位)に就こうとした「宇佐八幡宮神託事件」を引き起こした大悪人として歴史に名を残しています。
平安時代中期に関東地方で大規模な反乱(承平天慶の乱)を起こした豪族です。一族の争いから国司を追放し、朝廷から独立して自ら「新皇」を名乗り、関東に独立国家を築こうとしました。朝廷に対する最大の反逆者とされましたが、関東では英雄としても信仰されています。
鎌倉幕府を打倒して建武の新政に貢献しましたが、後に後醍醐天皇と対立して反旗を翻し、京都に別の天皇(北朝)を立てて室町幕府を開きました。天皇に弓を引いた「朝敵・逆賊」として、特に江戸時代後期から戦前にかけての皇国史観において日本史上最大の悪人として非難されました。
日本各地で古くから開かれている朝市の中で、特に歴史が長く、出店数や規模が大きく全国的に有名な代表的な朝市の総称です。(※呼子を含めて四大朝市と呼ばれることもあります)
千葉県勝浦市で安土桃山時代(1591年)から約400年以上続いている朝市です。太平洋に面した豊かな漁場を背景に、新鮮な魚介類や干物はもちろん、地元農家が持ち込む季節の野菜や果物などが並び、活気ある売り声が響き渡ります。
石川県輪島市で平安時代から1000年以上の歴史を持つとされる日本最古級の朝市です。名産の輪島塗の漆器をはじめ、日本海で獲れた新鮮な魚介類や海女さんが採った海藻、民芸品などが多数並び、地元の人々と観光客との温かい交流の場となっています。
岐阜県高山市の宮川沿い(宮川朝市)や陣屋前で開かれる朝市です。江戸時代から米市や桑市として始まりました。新鮮な高原野菜や果物、飛騨地方特産の漬物、そして「さるぼぼ」などの伝統的な民芸品が並び、古い街並みと調和した風情あふれる朝市です。
佐賀県唐津市呼子町で開かれる、港町ならではの活気あふれる朝市です。江戸時代に漁師と農民が物々交換を行ったのが始まりとされ、名物の「呼子のイカ」をはじめとする新鮮な海産物やウニ、サザエ、干物などが約200メートルの通りに所狭しと並びます。
日本の歴史上、主君や親の無念を晴らすために行われた数多くの「仇討ち(敵討ち)」の中で、そのドラマ性から歌舞伎や浄瑠璃の題材となり、庶民から絶大な人気を集めた3つの事件です。
1702年(元禄15年)、赤穂藩の旧家臣である大石内蔵助ら四十七士が、主君・浅野内匠頭の仇である吉良上野介の屋敷に討ち入り、本懐を遂げた事件です。『仮名手本忠臣蔵』として芝居化され、武士の忠義の象徴として日本で最も有名な仇討ち物語となりました。
1634年(寛永11年)、渡辺数馬が義兄である剣豪・荒木又右衛門の助太刀を得て、弟の仇である河合又五郎を伊賀国上野で討ち取った事件です。荒木又右衛門が「三十六人斬り」という超人的な活躍をしたという誇張された伝説が広まり、講談などで大人気を博しました。
1193年(建久4年)、曾我十郎・五郎の兄弟が、父の仇である工藤祐経を富士の巻狩りの際に討ち取った事件です。見事に仇を討ちながらも悲劇的な最期を遂げた兄弟の物語は「曾我物語」として語り継がれ、武士の鑑として後世の能や歌舞伎の重要な題材となりました。
日本の河川の中で、古くから水害を頻発させ、治水が非常に困難であった3つの代表的な大河の総称です。それぞれ長男、次男、三男に見立てた異名を持ちます。
群馬県の大水上山を水源とし、関東平野を流れて太平洋に注ぐ日本最大の流域面積を誇る一級河川です。「坂東太郎」と呼ばれ、古くから荒々しい流れで大規模な水害をもたらしました。江戸時代の利根川東遷事業をはじめとする治水工事を経て、現在は首都圏の重要な水資源となっています。
熊本県から大分、福岡、佐賀を経て有明海に注ぐ九州最大の河川です。「筑紫次郎」の異名を持ち、急勾配で降水量の多い地域を流れるため幾度も洪水を繰り返しました。流域の人々は水害と闘いながら豊かな筑紫平野を開拓し、現在も治水と利水の両面で重要な役割を担っています。
高知県から徳島県を流れて紀伊水道に注ぐ四国最大の大河です。「四国三郎」と呼ばれ、四国山地を横断する急流と台風の常襲地帯という条件が重なり、古くから激しい洪水を引き起こしてきました。早明浦ダムの建設などにより治水が進み、吉野川の恵みは四国の農業を支えています。
日本各地で行われる神輿(みこし)の渡御において、神輿を激しく揺さぶったり、ぶつけ合ったりする、極めて勇壮で荒々しい3つの代表的なお祭りの総称です。
宮城県の鹽竈(しおがま)神社で毎年3月に行われる火伏せと厄除けの祭りです。重さ約1トンもある白木造りの巨大な神輿を、白装束の若者たちが16名交代で担ぎ、急な参道の石段を荒々しく下り、市内を激しく揉み合いながら練り歩く、非常に勇壮で危険を伴う熱気あふれる祭りです。
兵庫県姫路市の松原八幡神社で秋に行われる祭礼です。その名の通り、3基の神輿を激しくぶつけ合わせて壊れるほど練り合わせる神事が最大の見どころです。神輿がぶつかり合う音と担ぎ手の怒号が飛び交う、日本国内でも屈指の激しさと熱気を誇る「けんか祭り」の代表格です。
愛媛県松山市北条地区にある鹿島神社などを中心に行われる秋祭りです。急な石段の上から神輿を文字通り「放り投げる」ように落としたり、神輿を川や海に投げ込んだり、さらには神輿の上に人が乗って激しく揺さぶるなど、常軌を逸した荒々しさで神を喜ばせるという豪快な祭りです。
江戸時代に天下を治めた大名たちが、後世の子孫や家臣たちに向けて残したとされる、人生の訓戒や為政者としての心構えを説いた3つの有名な教訓の総称です。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず…」で始まる有名な遺訓です。忍耐の大切さ、怒りを敵と思うこと、そして足るを知ることの重要性を説き、長く苦労を重ねて天下を獲った家康の人生哲学が凝縮されています。
水戸黄門として知られる徳川光圀が残したとされる遺訓(義公遺訓)です。「苦なる事も楽しき事も、皆此の世のかりの宿の事なれば…」などと説き、奢り高ぶらず、民を思いやり、道理を重んじて生きるという儒教的な君主の理想像が示されています。
仙台藩の初代藩主・伊達政宗(貞山公)が残したとされる遺訓です。「仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に過ぐれば諂い(へつらい)となる…」など、五常(仁義礼智信)の徳のバランスの重要性を説き、戦国武将らしい実践的な教えとなっています。
幕末の倒幕運動から明治維新にかけての激動の時代において、国家の枠組みを根底から変革し、近代日本の基礎を築き上げることに最も大きな功績を残した3人の志士の総称です。
薩摩藩の下級武士から身を起こし、薩長同盟の締結や江戸無血開城を主導した明治維新の最大の英雄です。その無私で情に厚い人柄は多くの人々から慕われましたが、のちに明治政府と対立し、西南戦争を起こして悲劇的な最期を遂げました。
長州藩の代表として、かつて敵対していた薩摩藩の西郷らと手を結び「薩長同盟」を締結して倒幕を決定づけました(当時は桂小五郎)。維新後は五箇条の御誓文の起草や版籍奉還の推進など、日本の近代的な政治思想の骨格を作ることに多大な貢献をしました。
西郷隆盛の幼馴染であり、ともに薩摩藩を率いて倒幕を成し遂げた冷徹な実務家です。維新後は内務卿として絶大な権力を握り、富国強兵や殖産興業、地租改正などの急進的な近代化政策を冷徹に推し進めましたが、不平士族の恨みを買い暗殺されました。
260年続いた江戸幕府を打倒し、天皇を中心とした近代国家・日本を樹立する「明治維新」という歴史的偉業において、中心的な役割を果たした薩摩・長州の3人の指導者の総称です。
幕府軍との戦い(戊辰戦争)において、圧倒的なカリスマ性で新政府軍を勝利に導きました。情にあつく保守的な士族からの人望が厚かったため、近代化を急ぐ大久保利通らの新政府と路線が対立し、最後は反乱軍の将として城山に散った日本史上屈指の英雄です。
長州藩のリーダーとして、幕末の京都で幾度も命の危機を乗り越え(逃げの小五郎)、倒幕の論理を構築しました。廃藩置県によって大名の領地を国家に返還させるという、血を流さずに封建制度を解体する離れ業を成し遂げた、卓越した政治的先見性を持つ人物です。
国家の近代化には強大な中央集権国家の建設が必要不可欠であると信じ、西南戦争などでかつての盟友・西郷隆盛を討伐してまでも、日本の富国強兵政策を強引に推し進めました。冷酷な独裁者とも呼ばれましたが、近代日本の礎を築いた最大の功労者です。
全国に約3万社あるとされる「稲荷神社(五穀豊穣や商売繁盛の神様)」の中で、特に信仰を集める総本宮や、神仏習合の歴史を残す代表的な3つの寺社の総称です。
全国の稲荷神社の総本宮であり、和銅4年(711年)に伊奈利山に神が鎮座したのが始まりとされます。五穀豊穣、商売繁盛の神として絶大な信仰を集め、祈願と感謝の印として奉納された朱塗りの「千本鳥居」が続く神秘的な光景は世界中から人々を引きつけます。
正式名称は「妙厳寺」という曹洞宗の寺院ですが、境内に祀られている鎮守・豊川吒枳尼真天(だきにしんてん)が白い狐にまたがっていることから「豊川稲荷」として広く信仰を集めています。境内奥にある「霊狐塚」には信者から奉納された千体以上の狐の石像が並びます。
正式名称は「最上稲荷山妙教寺」といい、豊川稲荷と同じく神仏習合の形態を残す日蓮宗の寺院です。1200年以上前に報恩大師が開山したと伝えられ、「不思議なご利益がある」として祈願に多くの人が訪れます。参道にそびえ立つ巨大な大鳥居がシンボルです。
日本の山岳のうち、特に岩壁や岩稜が険しく、本格的なロッククライミングやアルパインクライミングの対象となる代表的な3つの岩場(谷川岳、穂高岳、剱岳)の総称です。
群馬県と新潟県の県境にある双耳峰を持つ越後山脈の霊峰です。特に東面の「一ノ倉沢」などの岩壁は日本有数の規模を誇り、ロッククライミングの聖地となっています。しかし、急激な気象変化と険しい地形から遭難者数が非常に多く、「魔の山」とも呼ばれる厳しさを持っています。
飛騨山脈(北アルプス)南部に位置し、日本第3位の標高を誇ります。岩峰群が連なる険しい山容で、滝谷は日本屈指の岩場に数えられます。井上靖の小説『氷壁』の舞台としても有名であり、日本を代表するアルパインクライミングの対象として多くの登山家を魅了しています。
飛騨山脈(北アルプス)北部に位置し、氷河の浸食によって形成された峻険な山容から「岩と雪の殿堂」と称されます。国内有数の危険な岩稜帯を持ち、一般登山道でも鎖場が連続する屈指の難易度を誇ります。登頂の困難さから、古くは近づいてはならない信仰の対象でもありました。
日本国内において、庭園や盆栽、街路樹などに用いられる「植木」の栽培や品種改良が古くから盛んに行われ、全国有数の出荷量を誇る3つの代表的な産地の総称です。
福岡県久留米市(特に田主丸地区など)は、江戸時代から続く日本有数の植木の産地です。温暖な気候と筑後川の豊かな水に恵まれ、久留米ツツジをはじめとする多種多様な花木や果樹の苗木生産が非常に盛んであり、全国へ向けて大量の植木を出荷しています。
埼玉県川口市の安行(あんぎょう)地区は、江戸時代に開拓されて以来、関東地方最大の植木の産地として発展しました。江戸(東京)という巨大な消費地に隣接する利点を活かし、高度な造園技術や盆栽の栽培技術が受け継がれており、「植木の里」として広く知られています。
兵庫県宝塚市の山本地区は、平安時代を起源に持つとされる歴史ある植木の産地です。特に江戸時代に木接大夫(きつぎだゆう)と呼ばれる人物が優れた「接ぎ木」の技術を開発したことで飛躍的に発展しました。現在でも高度な技術による美しい庭木や花木が生産されています。
古代日本において、若い男女が特定の時期に山や市庭などに集まり、互いに和歌(歌)を掛け合いながら求愛や交流を行った、大規模な祭りの舞台となった3つの代表的な場所です。
茨城県にある名峰で、古代東国における最大の歌垣の聖地でした。『万葉集』には高橋虫麻呂が筑波山の歌垣の様子を詠んだ歌が収められており、春と秋に大勢の男女が集い、自由におおらかに愛を語り合った古代のロマンを今に伝えています。
佐賀県にある山で、九州地方における代表的な歌垣の舞台です。『肥前国風土記』には、春の季節に近隣の村々から若い男女が着飾って集まり、手を取り合って歌い舞い、数日間にわたって恋の駆け引きを楽しんだ様子が生き生きと記されています。
大阪府の北部(豊能郡など)にある山で、かつては「歌垣」そのものの名が山の名前として定着しました。近畿地方における代表的な求愛の場で、山の頂上で男女が集って歌を交わしたとされ、現在もハイキングコースとして親しまれています。
1990年代後半から2000年代にかけての平成のJ-POP全盛期において、圧倒的なCD売上(ミリオンセラー)とカリスマ性で社会現象を巻き起こした3人の女性アーティストの総称です。
1998年に15歳でデビューし、デビューアルバム『First Love』が日本国内の歴代アルバムセールス第1位(約765万枚)という前人未到の記録を打ち立てました。本格的なR&Bを取り入れた革新的な楽曲と、圧倒的な歌唱力・表現力で日本の音楽シーンの歴史を完全に塗り替えた天才シンガーソングライターです。
1990年代に小室哲哉プロデュースによるダンスミュージックで大ブレイクし、彼女のファッションやメイクを真似る「アムラー」と呼ばれる社会現象を巻き起こしました。2018年の引退に至るまで、一切のMCを挟まずに歌とダンスだけで魅せる圧巻のライブパフォーマンスで、世代を超えたトップスターとして君臨しました。
1998年にデビューし、自ら作詞を手掛ける孤独や絶望、そして希望を綴った歌詞が同世代の若者(特に女子高生)から強烈な共感と支持を集めました。ヒョウ柄や大きなサングラスなどの派手なファッションでも時代を牽引し、「女子高生のカリスマ」として平成のポップカルチャーを象徴する存在となりました。
日本国内で作られる伝統的な団扇(うちわ)の中で、国の伝統的工芸品に指定されるなど、その高度な製造技術や美しさ、歴史的価値が特に高い3つの産地とうちわの総称です。
千葉県の南房総市や館山市周辺で作られるうちわです。細い女竹(めだけ)をそのまま柄として使い、上部を細かく割って骨を作る「丸柄」という一本の竹から作られる構造が特徴です。美しい半円形の形としなやかな風が魅力であり、関東を代表する工芸品です。
京都で作られる、非常に優雅で芸術性の高いうちわです。「挿柄(すげえ)」と呼ばれる、骨を作る部分と持ち手(柄)の部分を別々に作って後から柄を差し込む構造が最大の特徴です。透かし彫りや美しい絵柄が施されており、宮廷文化の雅を今に伝える実用的な芸術品です。
香川県の丸亀市周辺で作られるうちわで、現在でも日本のうちわ生産量の約9割という圧倒的なシェアを占めています。江戸時代に金毘羅参りの土産物として作られたのが始まりで、一本の太い竹を平らに削って持ち手を作る「平柄」が特徴であり、実用的で丈夫なうちわです。
日本全国に存在するうどんの中で、特に歴史が深く、製法や食感において際立った特徴を持つ代表的なうどんの総称です。(※3つ目には諸説あります)
香川県特産のうどんで、日本で最も知名度と消費量が高いと言えます。足で生地を繰り返し踏むことによって生まれる「強いコシ」と、イリコ(煮干し)をベースにした風味豊かなダシが最大の特徴です。かけ、ぶっかけ、釜揚げ、醤油うどんなど多様な食べ方があり、うどん巡りをする観光客も絶えません。
秋田県湯沢市稲庭町で作られる伝統的な「手延べ干しうどん」です。江戸時代から一子相伝の技として受け継がれ、藩主への献上品にもなりました。平べったい細麺でありながら、練りから乾燥まで数日をかける丁寧な手作業によって、滑らかで絹のようなツルツルとした喉越しと、上品なコシを持っています。
群馬県渋川市伊香保町にある水澤観世音の周辺で、参拝客に振る舞われたのが発祥とされる手打ちうどんです。上州産の良質な小麦粉と水沢山の湧き水を使用し、生地を鍛えては寝かせる工程を繰り返すため、透き通るような白い麺と、モチモチとした強い弾力が特徴です。冷たいざるうどんで食べるのが一般的です。
長崎県の五島列島で古くから作られている手延べうどんです。生地を延ばす過程で、五島特産の椿油を塗って熟成させるのが最大の特徴です。この椿油によって、細麺でありながら切れにくく、非常になめらかな喉越しと強いコシが生まれます。茹で上げた熱々のうどんをアゴ(トビウオ)出汁で食べる「地獄炊き」が名物です。
昭和期の日本映画の黄金時代を支え、それぞれの圧倒的な映像美と独自の作風で、カンヌやヴェネツィアなど世界の映画祭で高く評価された3人の巨匠の総称です。
『雨月物語』や『西鶴一代女』などで知られる巨匠です。1カットを途中で切らずに長く撮り続ける「長回し(ワンシーン・ワンカット)」の手法や、徹底したリアリズムによる完璧主義で、女性の悲哀や情念を流麗かつ絵画的な映像美で描き出し、ヨーロッパの映画監督に多大な影響を与えました。
『東京物語』や『晩春』などで知られる巨匠です。カメラを極端に低い位置に固定する「ローアングル(畳の目線)」や、登場人物がカメラに向かって話しかける独特の構図を用い、日本の伝統的な家族の崩壊や人間の孤独を静謐で詩的なタッチで描き出し、世界映画史上の最高傑作と評されています。
『七人の侍』や『羅生門』などで知られる、「世界のクロサワ」と称される巨匠です。ダイナミックなアクションシーン、マルチカメラ(複数台のカメラ)による撮影、そして雨や風などの自然現象を効果的に使った力強い映像演出で、ハリウッドの映画監督たち(スピルバーグやルーカスなど)に絶大な影響を与えました。
日本の映画産業において、自社で巨大な撮影所(スタジオ)を持ち、映画の製作、配給、そして全国的な映画館の興行(上映)までを独占的に行ってきた3つの大手映画会社の総称です。
阪急電鉄の小林一三によって設立された、現在日本の興行収入トップを独走する最大の映画会社です。「ゴジラ」シリーズや黒澤明監督作品をはじめ、近年はスタジオジブリ作品や新海誠監督作品、大ヒットアニメ映画の配給において圧倒的なシェアとブランド力を誇っています。
時代劇や「仁義なき戦い」などの任侠映画、ヤクザ映画で昭和の映画界に一大ブームを巻き起こした映画会社です。また、仮面ライダーやスーパー戦隊などの「特撮ヒーローもの」や「東映アニメーション」によるテレビアニメ作品の製作でも世界的な強みを持ち、独自のファン層を開拓しています。
歌舞伎の興行から始まり、映画界に進出した歴史ある映画会社です。小津安二郎監督などの名匠を多数輩出し、庶民の日常や人情の機微を描いたホームドラマを得意とします。特に山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズ(寅さん)は、国民的な映画として松竹の看板作品となりました。
江戸時代において、江戸幕府から正式に歌舞伎の興行を行うことを許可(公許)された、特権的な3つの歌舞伎劇場の総称です。
江戸で最初に幕府の許可を得た、江戸歌舞伎発祥の最も格式高い芝居小屋です。初代中村勘三郎が猿若町(現在の台東区)に櫓を上げました。座元の証である「猿若」の座紋を掲げ、江戸歌舞伎の中心的存在として大いに栄えました。
中村座に次いで幕府の許可を得た芝居小屋で、市村羽左衛門が座元を務めました。市村座は若手や華やかな演目を得意とし、中村座とともに江戸の歌舞伎興行を牽引しました。「市村座の助六」など数々の名演を生み出しました。
中村座、市村座とともに公許された芝居小屋で、森田勘弥が座元を務めました(後に守田座と改称)。経営難で興行権を控櫓(河原崎座)に譲ることもありましたが、幕末から明治にかけては本所から浅草(猿若町)、さらには新富町へと移転しながら興行を続けました。
森田座(守田座)が経営難や火災などで興行を行えなくなった際に、その権利を代行して興行を行うことが許された「控櫓(ひかえやぐら)」です。事実上の江戸四座目として機能し、後に歌舞伎座へと発展する重要な役割を担いました。
江戸時代に発生した深刻な凶作や自然災害の中で、全国的な食糧不足を引き起こし、多数の餓死者を出して幕府の根幹を揺るがした3つの悲惨な大飢饉の総称です。
1732年(享保17年)、主に西日本でイナゴなどの害虫(ウンカ)が大量発生して稲を食い荒らしたことが原因で起こった大飢饉です。徳川吉宗による享保の改革の最中に起こり、幕府はサツマイモなどの救荒作物の栽培を強く奨励するようになりました。
1782年(天明2年)から数年にわたり続いた、江戸時代で最大かつ最悪の飢饉です。浅間山や岩木山などの大規模な火山噴火による日照不足と冷害が重なり、東北地方を中心に数十万人の餓死者が出たとされ、一揆や打ちこわしが頻発して田沼意次の失脚に繋がりました。
1833年(天保4年)から数年にわたり続いた大飢饉です。長雨や冷夏による全国的な大凶作が原因であり、米価が異常に高騰しました。この飢饉をきっかけとして、大坂で「大塩平八郎の乱」という元役人による大規模な反乱が起きるなど、幕府の権威が大きく失墜しました。
江戸時代から東京(江戸)を中心に発展し、独自の製法やつゆの味を持ち、現在でも系統を受け継ぐ老舗として暖簾を守り続けている3つの蕎麦屋の系統です。
信州(長野県)出身の布屋太兵衛が麻布で創業したのが始まりです。蕎麦の実の中心部分のみを使用した「一番粉」で打つため、麺が素麺のように真っ白で、ほのかな甘みと上品な喉越しが特徴です。大名屋敷にも出入りを許されたことから「御前蕎麦」とも呼ばれ、高級路線の蕎麦として発展しました。
雑司ヶ谷などの竹やぶに囲まれた場所にあった蕎麦屋が起源とされています。蕎麦の甘皮まで挽き込んだ風味豊かな麺で、やや緑色がかった色をしています。最大の特色は醤油の味がキリッと立った非常に濃くて辛い「つゆ」であり、麺の先だけをつゆに少しつけて粋に食べる「江戸前蕎麦」の代名詞的な存在です。
実は江戸ではなく、大坂(大阪)の「砂場(大坂城築城の際の砂置き場)」にあった蕎麦屋がルーツです。江戸時代に江戸へ進出し、独自の系統を築きました。一番粉と二番粉をブレンドした細めの蕎麦で、かつお出汁がしっかりと効いた、藪蕎麦に比べるとやや甘めでまろやかな関西風のつゆが特徴です。
幕末の江戸において、身分を問わず実力主義で門弟を受け入れ、数多くの維新の志士や優れた剣客を輩出して隆盛を極めた、3つの代表的な剣術道場の総称です。
「技の千葉」と称された千葉周作が開いた北辰一刀流の道場です。剣術の技術を体系化して合理的な指導を行ったため大流行し、坂本龍馬や清河八郎、山南敬助など、幕末の歴史を動かした数多くの志士たちがこの道場で剣の腕を磨きました。
「力の斎藤」と称された斎藤弥九郎が開いた神道無念流の道場です。荒々しく実戦的な打ち込み稽古を重視したことで知られます。桂小五郎(木戸孝允)が塾頭を務めたほか、高杉晋作や伊藤博文など、長州藩出身の志士たちが多数ここで学びました。
「位の桃井」と称された桃井春蔵が開いた鏡新明智流の道場です。品格と精神性を重んじる美しい剣術を指導し、武士としての教養も身につくとして人気を集めました。土佐藩の武市半平太(武市瑞山)が塾頭を務めたことでも有名です。
江戸時代に屋台などのファストフードとして誕生し、せっかちな江戸っ子たちに愛され、現代の日本料理の代表格へと発展した3つの料理の総称です。
うどんに比べて素早く茹で上がり、手軽に食べられることから、江戸の屋台で大流行した麺料理です。特につなぎに小麦粉を二割混ぜた「二八蕎麦」が主流となり、鰹節の効いた濃い目の辛汁(つゆ)に麺の先だけを少しつけて、粋に啜って食べるのが江戸っ子のスタイルとして定着しました。
元々は魚を塩と米で発酵させた「なれずし」が主流でしたが、江戸時代後期に華屋与兵衛らが、酢飯に江戸前(東京湾)で獲れた新鮮な魚介を乗せてすぐに食べる「握り寿司」を考案しました。立ち食いの屋台で手軽に食べられるファストフードとして大ヒットし、現在の寿司の原型となりました。
東京湾(江戸前)で豊富に獲れる魚介類(アナゴ、芝エビ、キスなど)に小麦粉の衣をつけて、ごま油などの油で高温で揚げた料理です。串に刺して揚げたものを屋台で立ち食いするのが始まりで、油の香ばしさとタネの旨味が江戸庶民の胃袋を掴み、大衆的な惣菜から徐々に高級料理へと進化していきました。
江戸時代において、諸国から将軍家(徳川家)へ献上された特産品の中で、特に希少で珍重された3つの高級海産物珍味の総称です。
江戸時代、長崎奉行から将軍家へ献上された肥前国(長崎県)特産の「からすみ」です。ボラの卵巣を塩漬けにして天日干しにしたもので、当時から長崎はからすみの名産地として知られていました。製法は中国から伝わったとされ、その美しい琥珀色と濃厚な味わいは、江戸の権力者たちにとってこの上ない贅沢品でした。
徳川御三家の一つである尾張藩から将軍家へ献上された、三河湾や伊勢湾で獲れる良質なナマコの腸を使った「このわた(塩辛)」です。知多半島などの漁師が作るこのわたは風味が格別であり、尾張藩の特産品として保護されていました。塩気が強く磯の香りが豊かなこのわたは、大名たちの酒席を彩る最高級の肴でした。
福井藩(越前国)から将軍家へ献上された「越前雲丹(えちぜんうに)」です。日本海で採れる良質なバフンウニの生殖巣に塩をまぶして水分を抜き、旨味を極限まで凝縮させた保存食です。越前海岸の海女たちが手間暇かけて作る塩うには、生のウニにはないねっとりとした深いコクがあり、江戸時代から全国に名声を轟かせていました。
江戸時代の大名家において、家督相続や派閥争いから発生した大規模な内部抗争(お家騒動)の中で、幕府を巻き込むほどの深刻な事態となり、後世の文学や芝居の題材となった3つの事件です。
江戸時代初期に福岡藩で起きた騒動です。専横を振るう2代藩主・黒田忠之に対し、重臣の栗山大膳が「藩主に謀反の疑いあり」と幕府に直訴しました。幕府の裁定によって大膳は盛岡へ流罪となりましたが、結果として藩はお取り潰しを免れ、大膳の忠義とされました。
江戸時代前期に仙台藩で起きた騒動(寛文事件)です。幼い藩主の亀千代を巡る派閥争いが激化し、幕府の大老・酒井忠清の屋敷での尋問中、原田甲斐が伊達安芸を斬殺するという刃傷沙汰に発展しました。歌舞伎『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の題材として有名です。
江戸時代中期に加賀藩で起きた騒動です。藩主・前田吉徳に重用されて権力を握った足軽出身の大槻伝蔵が、吉徳の死後に保守派からの反発を受けて流罪となり、さらに藩主暗殺未遂事件の濡れ衣を着せられて切腹に追い込まれました。封建社会の身分闘争の側面を持つ事件です。
江戸時代初期に中国(明)から渡来し、日本に黄檗宗(おうばくしゅう)を伝えた3人の高僧の総称です。彼らがもたらした力強い「明朝体」の書風は、日本の書道に大きな革新をもたらしました。
日本からの度重なる招請を受け、63歳の高齢で来日して黄檗宗を開いた偉大な高僧です。京都の宇治に萬福寺を建立し、日本の仏教や文化に絶大な影響を与えました(インゲン豆の由来でもあります)。丸みがありながらも骨太で力強い独特の書風を残しています。
隠元禅師の弟子であり、師の後を継いで日本の黄檗宗の第2代管長(萬福寺の住職)となった高僧です。隠元とともに明の新しい文化や芸術を日本に根付かせました。その書は、師である隠元よりもさらに大胆で躍動感に満ちた豪放な筆致が特徴とされています。
隠元禅師の弟子であり、師の招きに応じて来日した高僧です。九州の小倉に福聚寺を建立するなど、西日本を中心に黄檗宗の布教に尽力しました。流麗でありながらも力強い連綿(文字を繋げて書くこと)を用いた独特の美しい草書体を得意としました。
江戸時代から昭和初期にかけての大相撲の歴史において、並外れた怪力と圧倒的な勝率で数々の伝説的な記録を残し、相撲を国民的スポーツに押し上げた3人の偉大な力士の総称です。
江戸時代中期に活躍した第4代横綱であり、事実上の初代横綱とも言われる存在です。63連勝という当時の大記録を打ち立て、体格だけでなく相撲の技術や品格においても極めて優れており、現在の大相撲の基礎や「横綱」という絶対的な地位の権威を確立した大功労者です。
江戸時代後期に活躍した、大相撲史上最強と謳われる伝説の力士です。生涯戦績254勝10敗、勝率.962という二度と破られることのない驚異的な記録を残しました。あまりにも強すぎたため、突っ張りや張り手などの技が「禁じ手」にされたという規格外の逸話を持っています(最高位は大関)。
昭和戦前に活躍した第35代横綱です。右目が見えないというハンデを抱えながらも、「木鶏(もっけい)」の境地に至る強靭な精神力で、現在も破られていない「69連勝」という不滅の金字塔を打ち立てました。彼の連勝がストップした際には「イマダモッケイタリエズ」と打電し、その潔さも伝説となりました。
日本の神社において、その年の五穀豊穣を祈願するために、神田(しんでん)で古式ゆかしく田植えを行う代表的な3つの伝統神事の総称です。
伊勢神宮内宮の別宮である伊雑宮(いざわのみや)で毎年6月に行われる、国の重要無形民俗文化財に指定されている神事です。勇壮な竹取神事の後に、白装束の田道人や華やかな衣装の早乙女らによって古式ゆかしく田植えが行われ、豊作と大漁を祈願します。
千葉県の香取神宮で毎年4月に開催される歴史ある祭礼です。色鮮やかな衣装をまとった稚児や早乙女たちが、古歌を歌いながら境内の神田で苗を植え付けます。神事の際に行われる独特の舞や、豊穣を願う厳かな雰囲気が、春の訪れとともに地域の人々に親しまれています。
大阪市の住吉大社で毎年6月に行われる、国の重要無形民俗文化財です。単なる田植えではなく、神田の周囲で八乙女による田舞や、武者による風流武者行事、住吉踊りなどの多彩な伝統芸能が次々と奉納される、非常に華やかで大規模な芸能の祭典としての側面を持っています。
1980年代前半の日本のテレビ・お笑い界において、圧倒的な視聴率と人気を誇り、冠番組を多数抱えてお茶の間のエンターテインメントを支配した3人の大物コメディアンの総称です。
「欽ちゃん」の愛称で親しまれ、コント55号として一世を風靡したのち、『欽ドン!』や『欽どこ』などの冠番組で素人や若手芸人の才能を引き出す独特の演出(欽ちゃんファミリー)で大成功を収めました。1週間の出演番組の視聴率の合計から「視聴率100%男」と呼ばれた絶対的なテレビの王者です。
サングラスにオールバックのスタイルで登場し、四カ国語麻雀やイグアナのモノメなど、マニアックでアングラな「密室芸」でデビューしました。その後、『笑っていいとも!』の司会に抜擢されたことで、知的で肩の力の抜けた軽妙なトークが広く受け入れられ、お茶の間の「昼の顔」として国民的な人気を獲得しました。
漫才コンビ「ツービート」として漫才ブームの頂点に立ち、強烈な毒舌と社会風刺で一時代を築きました。その後、ピン芸人として『オレたちひょうきん族』などで「たけし軍団」を率いて体を張った過激な笑いを提供し、若者から熱狂的な支持を集め、のちに映画監督(北野武)としても世界的評価を得ることになります。
1980年代後半以降の日本のテレビ・お笑い界において、長年にわたり不動のトップに君臨し続け、現代のバラエティ番組の基礎を築き上げた3人(および4人)の国民的司会者の総称です。
『笑っていいとも!』で32年間という同一司会者による生放送のギネス世界記録を樹立しました。他者の良さを引き出す「受け身の笑い」や、博識を活かした『ブラタモリ』などの番組で見せる知的で飄々とした司会進行は、日本のお笑い界において唯一無二のポジションを確立しています。
過激なバラエティ番組から教養番組(『世界まる見え!テレビ特捜部』など)の司会まで幅広くこなし、鋭い視点での社会評論やコメンテーターとしても絶大な影響力を持ちます。同時に「世界のキタノ」としてベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞するなど、天才的なクリエイターとしても活躍を続けています。
「お笑い怪獣」と称される、圧倒的なトーク力と反射神経を持つ天才芸人です。『オレたちひょうきん族』や『男女7人夏物語』などで大ブレイクし、『踊る!さんま御殿!!』など自身の冠番組では、ゲストの魅力を最大限に引き出しながら絶対に笑いに変えるという、ノンストップのしゃべりで頂点に君臨しています。
上記のBIG3に次ぐ存在、あるいは「BIG4」として並び称されることもある人物です。ミュージシャンとしてデビュー後、多趣味で肩の力の抜けたアメリカンなライフスタイルと軽妙なトークが支持され、『所さんの目がテン!』や『ポツンと一軒家』など数多くの長寿番組の司会を務める天才的なタレントです。
四方を海に囲まれた島国である日本の貿易と物流を支え、世界的な規模の船隊(タンカー、コンテナ船、自動車船など)を運航する3つの巨大海運企業の総称です。
三菱グループの中核企業の一つであり、1885年に設立された日本最古かつ最大手の海運会社です。「二引の旗(にびきのはた)」を社旗とし、世界的なネットワークを持つ自動車専用船やLNG船、豪華客船「飛鳥II」の運航など、多角的な総合物流事業を展開する世界の海運業界のリーディングカンパニーです。
三井グループの海運会社で、大阪商船と三井船舶の合併などを経て誕生しました。鉄鉱石や石炭を運ぶばら積み船(ドライバルク船)や、原油タンカー、LNG船などのエネルギー輸送分野において世界トップクラスの船隊規模を誇り、資源国と日本を結ぶエネルギーのシーレーンを力強く支えています。
川崎造船所(現在の川崎重工業)の船舶部から独立して誕生した海運会社です。社旗の赤い「K」のマークから「K LINE」のブランドネームで世界的に知られています。日本初の自動車専用船を就航させたパイオニアであり、現在も自動車輸送事業やエネルギー資源の輸送に強みを持つ、機動力に優れた海運大手です。
昭和期の日本映画界において誕生し、特撮技術の粋を集めた大迫力の映像で日本中を熱狂させ、現在でも世界的な知名度を誇る3大怪獣キャラクターの総称です。
1954年に東宝映画で初登場した「怪獣王」です。水爆実験によって目覚めた太古の恐竜の生き残りとされ、放射能の恐怖の象徴として描かれました。口から放つ放射熱線と圧倒的な破壊力で、日本の特撮怪獣映画の金字塔として世界中のクリエイターに影響を与え続けています。
1961年に東宝映画で初登場した、巨大な蛾の怪獣です。インファント島という架空の島の守護神であり、「小美人(双子の妖精)」の歌声によって呼び出されます。他の怪獣とは異なり、人間の味方や地球の平和を守る母性的な存在として描かれることが多い人気キャラクターです。
1965年に大映(現在のKADOKAWA)がゴジラに対抗して生み出した、巨大な亀の怪獣です。円盤のように回転して空を飛ぶ能力や、火炎を噴き出す能力を持ちます。「子どもの味方」という明確なヒーロー性を持っており、ゴジラと並んで昭和の特撮映画ブームを力強く牽引しました。
日本の古典怪談や演劇(歌舞伎や落語など)の演目において、恨みを持った幽霊が登場し、恐ろしさと深い悲哀を描いたことで後世まで語り継がれている3つの有名な怪異譚の総称です。
江戸時代後期に四代目鶴屋南北が書き上げた歌舞伎の狂言です。夫である民谷伊右衛門の非道な裏切りにより、毒薬で顔を醜く崩され無念の死を遂げた妻・お岩が、恐ろしい怨霊となって夫や関係者を次々と呪い殺していく、日本で最も有名で恐ろしい怪談の代表作です。
家宝の皿を割った(あるいは隠された)濡れ衣を着せられて井戸に投げ込まれて殺された下女・お菊の怨霊が、夜な夜な井戸から現れて「1枚、2枚…」と皿を数えるという怪談です。播磨国を舞台にした「播州皿屋敷」や、江戸を舞台にした「番町皿屋敷」など、全国に様々なバリエーションが存在します。
明治時代に初代三遊亭圓朝が創作した落語の怪談噺です。美しい娘・お露の幽霊が、カラン、コロンという下駄の音とともに牡丹の柄の灯籠を下げて、生前愛した浪人・新三郎の元へ夜這いに通い、最後は彼をあの世へと連れ去ってしまうという、恐ろしくも美しく切ない怪異譚です。
大正から昭和にかけて誕生した、未婚の女性だけで構成され、西洋のミュージカルやレビューを取り入れた華やかな舞台で日本の大衆演劇に一時代を築いた3つの歌劇団の総称です。
1914年に小林一三によって創設された、現在も絶大な人気を誇る日本最大の歌劇団です。「清く 正しく 美しく」をモットーとし、花・月・雪・星・宙の5組体制で、男役トップスターを中心とした豪華絢爛なミュージカルとレビュー(『ベルサイユのばら』など)でファンを魅了し続けています。
1922年に松竹によって大阪で創設され(かつての大阪松竹歌劇団)、宝塚歌劇団と人気を二分しました。「歌の宝塚、ダンスのOSK」と称されるほど、スピーディーで迫力あるラインダンスなどの群舞に高い技術を持ちます。一時的な解散危機を乗り越え、現在も関西を中心に力強く活動を続けています。
1928年に松竹によって浅草に創設された歌劇団です(正式名称:松竹歌劇団)。国際劇場の広大な舞台を活かし、ターキー(水の江瀧子)や男装の麗人・レビューの女王と称されたスターたちを多数輩出し、東京の下町の娯楽の王者として君臨しました。1996年に惜しまれつつ解散しました。
日本を代表する3つの大河の総称です。長さ(信濃川)、流域面積(利根川)、そして北海道の広大な大地を流れる石狩川という、それぞれ日本有数のスケールを誇る河川が選ばれています。
長野県(長野県内では千曲川)から新潟県を流れて日本海に注ぐ、長さ367kmで日本最長の河川です。越後平野などの広大な穀倉地帯を潤し、日本の米作りを支える重要な水資源となっています。かつては水害が頻発していましたが、大河津分水などの治水工事により改善されました。
群馬県の大水上山を源流とし、関東平野を東に流れて太平洋に注ぐ河川です。「坂東太郎」の異名を持ち、流域面積は日本最大(16,840平方キロメートル)を誇ります。首都圏の水資源や農業用水として極めて重要な役割を果たしており、日本の社会経済を支える大動脈です。
北海道の中央部を流れ、日本海に注ぐ大河です。流域面積は利根川に次いで国内第2位、長さは信濃川、利根川に次いで第3位の規模を誇ります。かつては蛇行を繰り返す暴れ川でしたが、治水工事によって直線化が進み、石狩平野は北海道最大の農業地帯へと発展しました。
日本の歴史上において、動員された兵力の規模や戦いの激しさ、そしてその後の歴史を大きく変えることになった天下分け目の重要な3つの大合戦の総称です。
1600年(慶長5年)に美濃国関ヶ原で行われた、日本の歴史を決定づけた最大の野戦です。徳川家康率いる東軍と、石田三成率いる西軍が激突し、小早川秀秋の裏切りなどにより東軍が勝利しました。この戦いによって豊臣政権は崩壊し、260年続く江戸幕府の基礎が築かれました。
戦国時代において、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が、北信濃の領有権を巡って12年間で計5回にわたり繰り広げた壮絶な戦いです。特に1561年の「第四次川中島の戦い」は両軍に多数の死傷者を出した最大の激戦であり、信玄と謙信の一騎打ちの伝説など数々のドラマを残しています。
1359年(正平14年/延文4年)に、南北朝時代の九州における覇権を懸けて行われた九州最大の激戦です。懐良親王・菊池武光率いる南朝方約4万と、少弐頼尚率いる北朝方約6万が大保原(福岡県小郡市など)で激突し、南朝方が劇的な勝利を収めて九州を一時的に平定しました。
日本国内において、多くの人にアレルギー症状(くしゃみ、鼻水、目のかゆみなど)を引き起こす原因となる代表的な3つの植物の総称です。
日本の国土に広く植林されたスギの木から、主に2月から4月にかけて大量に飛散する花粉によって引き起こされるアレルギー疾患です。日本人患者の約7割を占めるとも言われる国民病であり、春先になると多くの人がマスクや薬を手放せなくなる、日本の春の悩ましい風物詩となっています。
スギ花粉の飛散ピークから少し遅れて、主に3月から5月頃にかけて飛散するヒノキ科の植物による花粉症です。ヒノキ花粉のタンパク質構造がスギ花粉とよく似ているため、スギ花粉症の患者の多くがヒノキ花粉にもアレルギー反応を示し、春先の辛い症状をゴールデンウィーク頃まで長引かせる原因となります。
主に8月から10月にかけての秋の季節に飛散する、キク科の雑草であるブタクサによる花粉症です。日本における秋の花粉症の代表格であり、空き地や河川敷などに広く自生しています。樹木の花粉と違って背が低いため飛散距離は短いですが、近づくと強いアレルギー症状を引き起こします。
石灰岩が雨水や地下水によって浸食(溶食)されて形成された日本のカルスト地形の中で、特に規模が大きく景観が美しい3つの台地の総称です。
福岡県北九州市の小倉南区に広がるカルスト台地で、国の天然記念物に指定されています。なだらかな緑の草原に白い石灰岩が羊の群れのように点在する「羊群原(ようぐんばる)」と呼ばれる景観が特徴です。地下には千仏鍾乳洞などの貴重な鍾乳洞が多数存在しています。
山口県美祢市の中・東部に広がる日本最大級のカルスト台地です。見渡す限りの草原に無数の白い石灰岩柱が林立し、四季折々の美しい風景を作り出しています。特別天然記念物に指定されており、地下には東洋屈指の大鍾乳洞である「秋芳洞(あきよしどう)」が広がっています。
愛媛県と高知県の県境にある尾根沿に広がる、標高約1,000m〜1,500mに位置するカルスト地形です。天空の道と呼ばれるドライブルートが整備されており、白い石灰岩と放牧された牛たちが織りなす牧歌的な絶景を、眼下に広がる山々とともに楽しむことができます。
日本の河川を舞台にして行われ、水神への信仰や水難・疫病除けを祈願し、提灯で飾られた豪華な船が水面を行き交う3つの代表的な水上祭礼の総称です。
600年以上の歴史を持つ津島神社の祭礼です。天王川に数多くの提灯を半円形に飾り付けた「まきわら船」が浮かび、宵闇の水面を黄金色に照らし出しながら優雅に進む様子は、日本の夏の夜を彩る最高に美しい光景の一つとして、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。
平清盛が始めたとされる厳島神社の神事です。旧暦の6月に、瀬戸内海の海上を舞台に、雅楽を奏でながら御座船(管絃船)が進むという、平安貴族の舟遊びを神事化した優雅なお祭りです。満月の夜の海に提灯の灯りが揺れ、雅楽の調べが響き渡る神秘的な光景が広がります。
菅原道真公を祀る大阪天満宮の祭礼で、火と水の祭典と呼ばれます。大川(旧淀川)に100隻以上の船が行き交う「船渡御(ふなとぎょ)」が最大の見どころであり、船上で奏でられるお囃子、かがり火、そして夜空を焦がす数千発の奉納花火が一体となり、水都・大阪の夏の夜を熱気で包み込みます。
江戸時代初期の寛永年間において、それまでの形式的な和様の書から脱却し、個性的で斬新な書風を確立して日本の書道史に大きな影響を与えた3人の文化人の総称です。
京都の裕福な刀剣の鑑定家の家に生まれ、書だけでなく陶芸や漆芸、茶の湯などあらゆる分野で天才的な才能を発揮した総合芸術家です。俵屋宗達の絵に光悦が書を添えた和歌巻など、大胆で装飾性の高い「光悦流」の書風で琳派の芸術の基礎を築きました。
安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した公家であり、関白まで務めた人物です。公家の伝統的な定家流の書風に、武士のような力強さと豪放磊落さを取り入れた独自の「近衛流」を創始しました。和歌や連歌にも優れ、文化人として絶大な影響力を持ちました。
石清水八幡宮の社僧であり、茶人や画家としても活躍した文化人です。空海や小野道風の書風を深く研究し、丸みを帯びた優美でありながらも引き締まった独自の「松花堂流(滝本流)」を確立しました。ちなみに、料理の「松花堂弁当」は彼が愛用した絵の具箱が由来です。
江戸時代後期の寛政年間において、卓越した才能を持ちながらも世間の常識にとらわれず、強い信念を持って尊皇論や海防論を説き、全国を旅した3人の優れた思想家の総称です。
仙台藩の学者で、ロシアなどの外国船の接近に危機感を抱き、国防の重要性を説いた『海国兵談』や『三国通覧図説』を著しました。しかし、幕府の政策を批判したとして寛政の改革を主導する松平定信によって処罰(蟄居)され、失意のうちに亡くなりました。
上野国(群馬県)出身の思想家で、生涯にわたり全国を旅して尊皇思想を説いて回りました。京都の三条大橋で御所に向かって土下座して拝礼したというエピソードが有名で、幕末の志士たち(吉田松陰など)に精神的な影響を多大に与えた先駆者です。
下野国(栃木県)出身の学者で、荒廃していた全国の歴代天皇の陵墓(天皇陵)を自らの足で踏査し、『山陵志』という書物にまとめました。「前方後円墳」という言葉を初めて用いた人物であり、彼の地道な研究は幕末の尊皇攘夷運動を思想的に裏付けるものとなりました。
江戸幕府の第11代将軍・徳川家斉のもとで老中首座となった松平定信を支え、「寛政の改革」という厳格な幕政改革を協力して推し進めた3人の重要人物の総称です。
白河藩主であり、田沼意次の後を受けて老中首座に就任しました。天明の飢饉で疲弊した幕府財政と乱れた社会風紀を立て直すため、祖父である徳川吉宗の享保の改革を理想とし、極めて厳格な「寛政の改革」を断行した中心人物です。
陸奥国泉藩の藩主で、老中として松平定信の改革を強力に補佐しました。財政再建や農村復興の政策立案に深く関与し、特に経済面での手腕を発揮しました。定信が将軍の父の処遇を巡る「尊号一件」で対立して失脚した際にも、共に幕府を去るという忠義を見せました。
伊勢国八橋藩(のちの三河国八橋藩)の藩主で、若年寄として松平定信を支えました。定信とは個人的にも親交が深く、学問を重んじる思想を共有していました。文武の奨励や風紀の引き締めなど、定信の理想とする政治の実現に向けて実務面で多大な貢献をしました。
江戸時代後期の寛政の改革において、幕府が朱子学を正学として奨励した「寛政異学の禁」を主導し、幕府の学問所である昌平坂学問所で教鞭をとった優れた儒学者の総称です。
伊予国(愛媛県)出身の儒学者で、大坂で塾を開いた後に幕府に招かれました。柴野栗山とともに寛政異学の禁を強く推進し、朱子学を幕府の正学として確立させることに尽力しました。性格は非常に厳格であり、昌平坂学問所の教育の基盤を築き上げました。
讃岐国(香川県)出身の儒学者で、阿波国で活躍した後に幕府の儒官に登用されました。松平定信の信任を受け、朱子学以外の学問(古学など)を異学として排斥する政策を主導しました。非常に博識であり、寛政の三博士の中心的な存在として活躍しました。
肥前国(佐賀県)佐賀藩の儒学者でしたが、その学識の高さを買われて幕府に登用されました。同じく朱子学を重んじ、昌平坂学問所で多くの門人を育成しました。彼の学統は幕末まで長く影響を持ち続け、のちに佐賀藩が近代化を進める精神的な土壌ともなりました。
江戸出身の朱子学者で、上記の三博士に彼を加えて「寛政の四明(しめい)」と呼ぶこともあります。昌平坂学問所の教官を務めたのち、代官として地方の農村復興など実務面でも大きな功績を残し、学問と政治の実践を両立させた人物として評価されています。
慈悲の心で人々を救うとされる「観音菩薩(聖観音)」を本尊として祀る寺院の中で、門前町の賑わいや信仰の歴史において特に代表的な3つの寺院の総称です。
東京都台東区にある都内最古の寺院で、正式には金龍山浅草寺といいます。「浅草の観音様」として江戸時代から庶民の絶大な信仰を集めました。大提灯が吊るされた雷門や、食べ歩きで賑わう仲見世通りなど、日本を代表する観光地として国内外から年間約3000万人が訪れます。
愛知県名古屋市中区の大須商店街の中心にある真言宗智山派の寺院で、正式には北野山真福寺宝生院といいます。元々は美濃国大須(岐阜県羽島市)にありましたが、徳川家康の命により名古屋に移されました。国宝の古事記の最古の写本などを所蔵する「大須文庫」があることでも有名です。
三重県津市にある真言宗の寺院で、正式には恵日山観音寺といいます。和銅2年(709年)に創建されたと伝わる古刹であり、江戸時代には伊勢神宮参拝の折に立ち寄る名所として大いに栄えました。毎年2月の節分に行われる「鬼押さえ」の行事は、厄除けの行事として多くの人で賑わいます。
旅行や観光で訪れた際、事前の知名度や期待値が非常に高かったにもかかわらず、実際の規模や周辺の景観を見て拍子抜けしてしまうとされる代表的な観光地の総称です。
北海道札幌市の中心部に建つ、国の重要文化財である旧札幌農学校演武場です。クラーク博士の構想で建てられた歴史的価値の高い建物ですが、周囲を近代的な高層ビル群に囲まれてしまっているため、広大な大自然の中にあると想像していた観光客がギャップに驚くことで知られます。
高知県高知市の中心部にある、よさこい節にも歌われた有名な橋です。かつては堀川に架かる風情ある橋でしたが、川の埋め立てと道路拡張により、現在は道路脇に非常に短く再現された赤い欄干の橋が置かれているだけとなっており、そのスケールの小ささが話題となります。
長崎県長崎市の東山手町にある、かつて外国人居留地であった情緒あふれる石畳の坂道です。異国情緒を期待して訪れる観光客が多いですが、実際には「普通の急な住宅街の坂道」に感じられることも多く、期待値とのギャップからがっかり名所に数えられることがあります。
沖縄県那覇市の首里城の入口にある、中国風の美しい装飾が施された門です。二千円札の図柄にもなるほど有名ですが、広大な城郭や御殿を期待して訪れた観光客が「門があるだけ」と感じてしまうことが要因とされます(現在は首里城全体の復興が進められています)。
日本の各地域に根付く県民性や気質の中で、特に自分の信念を曲げず、強情で妥協を許さないとされる3つの代表的な気質の総称です。
青森県の津軽地方に伝わる気質です。「じょっぱり」とは意地っ張りや強情っぱりを意味し、雪深い厳しい自然環境の中で培われた、一度決めたことは絶対に譲らない芯の強さと、口数は少ないが情に厚いという粘り強い性格を表しています。
高知県(旧土佐国)の男性の気質を表す言葉です。「いごっそう」は快活で反骨精神に富み、権力に屈することなく自分の信念を堂々と貫き通す気骨のある性格を指します。坂本龍馬などに代表される、豪快で議論好きな南国特有の気質です。
熊本県(旧肥後国)の気質を表す言葉です。「もっこす」とは、正義感が極めて強く、曲がったことや不正を極端に嫌い、たとえ自分が不利になっても妥協を許さない純粋で頑固な性格を指します。不器用ながらも真面目で一本気な九州男児の象徴です。
日本の自然景勝地の中で、火山活動や風雨の浸食などによって形成された、特異で奇抜な岩肌や地質を持つ3つの代表的な名勝の総称です。
大分県の山国川上中流域に広がる、凝灰岩や溶岩が浸食されてできた広大な渓谷です。競秀峰などの奇岩や絶壁が連続する独特の風景は、江戸時代の文人・頼山陽が称賛したことで広く知られるようになりました。菊池寛の小説『恩讐の彼方に』の舞台となった青の洞門もここにあります。
香川県の小豆島の中央に位置する渓谷で、約1300万年前の火山活動によって形成された岩石が長い年月の地殻変動と浸食によって生み出した奇岩群が特徴です。日本三大渓谷美の一つともされ、ロープウェイからは空と海、そして切り立った奇岩と紅葉が織りなす圧倒的な絶景を楽しめます。
群馬県にある上毛三山の一つで、険しい岩峰が林立する特異な山容で知られています。白雲山、金洞山、金鶏山などの総称であり、風化によって尖った岩がノコギリの歯のように連なる姿は圧巻です。奇岩の合間を縫うように登山道や鎖場が整備されていますが、国内屈指の険しい山です。
日本各地に伝わる祭礼の中で、一般的なお祭りとは大きく異なる風変わりで独特の風習や、熱狂的で危険を伴う激しい神事が行われる代表的な祭りの総称です。(※5つ挙げられます)
7年に1度(寅と申の年)行われる諏訪大社最大の神事です。山から切り出した重さ10トンを超える巨大なモミの木(御柱)に氏子たちがまたがり、急斜面を滑り落ちる「木落し」や、川を渡る「川越し」など、熱狂的で危険を伴う勇壮な行事が続く、日本を代表する激しい奇祭です。
大晦日の夜に行われる、国の重要無形民俗文化財およびユネスコの無形文化遺産です。鬼の面とケデ(ワラで作った衣装)を身にまとった神の使い(なまはげ)が、「泣く子はいねぇが」と大声を上げながら家々を練り歩き、怠け者を戒め、無病息災や田畑の豊作をもたらすという伝統行事です。
富士山の夏山登山の終わりを告げる、毎年8月下旬に行われる秋祭りです。富士吉田市の本町通りに高さ3メートルにも及ぶ巨大な松明(たいまつ)が数十本並べられ、夜になると一斉に火が放たれます。街全体が炎に包まれるような大迫力の光景は、富士山信仰の篤さを今に伝えています。
大井神社で3年に1度開催される祭礼です。木馬(きんば)に乗った子供や、大奴(おおやっこ)と呼ばれる男たちが、金襴緞子の豪華な丸帯を木太刀に掛けて練り歩くという非常に特異な風習があります。大井川の川越人足たちの力強さと、安産祈願の風習が結びついた珍しいお祭りです。
厳冬の深夜、岡山市の西大寺(観音院)で行われる非常に激しいお祭りです。数千人ものふんどし姿の男たちが本堂にひしめき合い、住職が投下する2本の「宝木(しんぎ)」をめぐって激しい争奪戦を繰り広げます。宝木を手にした者はその年の「福男」と呼ばれ、幸運が訪れるとされています。
日本の戦国時代において、圧倒的な兵力差を覆すために、夜間の暗闇や天候を利用した奇襲攻撃によって劇的な大逆転勝利を収めた3つの有名な合戦の総称です。
1546年(天文15年)に武蔵国河越城で起きた戦いです。圧倒的大軍(約8万人)で城を包囲した上杉連合軍に対し、北条氏康率いるわずか8000の軍勢が深夜に甲冑を脱ぎ捨てた軽装で奇襲を掛けました。油断していた連合軍は総崩れとなり、北条氏の関東覇権を決定づけました。
1555年(弘治元年)に安芸国の厳島(宮島)で行われた戦いです。毛利元就が、強大な勢力を持つ陶晴賢の大軍を狭い島におびき寄せ、暴風雨の深夜に小船で海から背後に上陸して奇襲攻撃を掛けました。陶軍は壊滅し、毛利氏が中国地方の覇者へと飛躍する決定的な勝利となりました。
1560年(永禄3年)に尾張国桶狭間で行われた、戦国時代で最も有名な奇襲戦です。駿河の大名・今川義元の約2万5000の大軍に対し、織田信長はわずか2000の兵で、豪雨に乗じて本陣を強襲し、見事に義元を討ち取りました。無名だった信長が天下布武へと乗り出す原点となりました。
飛騨山脈(北アルプス)の登山道において、特に傾斜が厳しく、標高差が大きな過酷な3つのルートの総称です。北アルプスを目指す登山者の大きな壁となります。
剱岳へ至る一般登山道の中で最も長く険しいルートで、馬場島から標高差約2,200mを登り切ります。後半には鎖場も連続し、確かな体力と技術が要求される上級者向けの過酷な尾根として知られています。
高瀬ダムを起点とし、烏帽子岳へ向かって一気に高度を上げる急勾配の尾根です。急登ではありますが、階段などが一定間隔でよく整備されているためペース配分がしやすく、裏銀座縦走を目指す登山者に重宝されるルートです。
中房温泉から燕岳へ至るルートで、北アルプス表銀座縦走のスタート地点として非常に人気があります。急登ではありますが、途中に合戦小屋があるなど休憩ポイントが多く、名物のスイカを楽しみながら初心者でも挑戦しやすいルートです。
第二次世界大戦後の日本において、国の独占事業を運営するために特別法に基づいて設立され、のちに中曽根内閣の行政改革によって民営化された3つの巨大な公共企業体の総称です。
1949年に発足し、日本の国有鉄道網を全国規模で運営していた巨大な公共企業体です。新幹線の建設など日本の高度経済成長を支えましたが、モータリゼーションの進展などで莫大な赤字を抱え、1987年(昭和62年)に分割民営化されて現在のJRグループ(北海道、東日本、東海など)となりました。
1949年に発足し、国が独占的に行っていた「たばこ」と「塩」の製造・販売事業、および樟脳(しょうのう)の専売事業を引き継いだ公共企業体です。貴重な国家財源を確保する役割を担っていましたが、1985年(昭和60年)に民営化され、現在の日本たばこ産業株式会社(JT)へと生まれ変わりました。
1952年に発足し、日本国内の電気通信業務(電話や電報)を独占的に運営していた公共企業体です。「一家に一台の電話」を普及させ、日本の通信インフラの基礎を築き上げました。通信の自由化と競争原理の導入を目的として1985年(昭和60年)に民営化され、現在のNTTグループとなりました。
戦前の旧学制において、官立の工科系大学として設立され、日本の近代化と工業化を支える高度な技術者や研究者を育成した3つの名門工科大学の総称です。
日本初の工業教育機関である東京職工学校を前身とし、戦前に官立大学へと昇格しました。日本の理工系総合大学の最高峰として、基礎科学から応用工学まで幅広い分野で世界トップレベルの研究と教育を行ってきました。現在は東京医科歯科大学と統合し、東京科学大学となっています。
1896年に設立された大阪工業学校を起源とし、後に官立大学へ昇格、最終的には大阪帝国大学の工学部へと発展的に吸収された教育機関です。「東の東工大、西の阪工大」と称され、日本のものづくり産業や関西の重化学工業の発展を優れた技術面から強力に支えました。
かつて日本の統治下にあった関東州の旅順(現在の中国遼寧省大連市)に設立された官立大学です。広大な大陸のインフラ整備や資源開発を担うエリート技術者を育成する拠点として設立され、優れた研究実績を残しましたが、第二次世界大戦における日本の敗戦とともにその歴史の幕を閉じました。
戦前の旧学制において、官立の「大学」への昇格を果たし、日本の商業・経済学の高等教育や高度なビジネス人材の育成を牽引した3つの名門商業大学の総称です。
森有礼が創立した商法講習所を起源とし、日本で最初の官立単科大学として設立されました。実学を重んじる気風のもと、「キャプテンズ・オブ・インダストリー(産業界のリーダー)」の育成を掲げ、日本の経済界や学術界に多数の優秀な人材を輩出してきた一橋大学の前身です。
五代友厚らが創立した大阪商業講習所を起源とし、商都・大阪の強力な財界の支援を受けて設立された市立の大学です。実践的なビジネス教育と高度な学術研究を両立し、関西の経済界を支える重要な教育機関として発展しました。現在の大阪公立大学(旧大阪市立大学)の源流です。
兵庫県神戸市の官立神戸高等商業学校を前身として設立された大学です。国際貿易港を擁する神戸の地理的特性を最大限に活かし、海運や国際経済、そして経営学の研究にいち早く取り組みました。日本の経営学発祥の地として知られる、現在の神戸大学の中心的な前身校です。
日本の海域の中でも、特に地形が狭く、干満による海水の出入りが激しいため、川の急流のように速い潮流が発生する3つの海峡の総称です。
瀬戸内海の愛媛県今治市と大島の間にある海峡で、島々が点在する複雑な地形により、最大で時速約18kmという激しい潮流が発生します。大小の渦が巻く海の難所であり、国際的にも重要な航路であるため、特殊な航行ルールが定められていることでも知られています。
長崎県の佐世保湾と大村湾を結ぶ海峡の一つで、西海橋が架かる場所です。針尾島と西彼杵半島の間の狭い水道を、大村湾の海水が干満のたびに猛烈な勢いで出入りするため、巨大な渦潮が発生します。春の「うず潮まつり」にはその迫力ある自然現象を見ようと多くの人が訪れます。
鹿児島県の阿久根市と長島を隔てる海峡です。八代海(不知火海)と東シナ海を結ぶ水路となっており、干満の差が大きいため激しい潮流が川のように流れます。かつて薩摩藩の参勤交代のルートでもありましたが、海の難所として知られ、現在は黒之瀬戸大橋が架けられています。
日本周辺の海域において、地形的な要因や潮の干満差により、極めて速い潮流(海水の流れ)が発生する3つの海峡の総称です。
淡路島と四国(徳島県鳴門市)の間にある海峡で、瀬戸内海と紀伊水道の潮位差によって生じる激しい潮流が特徴です。最大流速は時速20kmに達し、世界最大規模の「鳴門の渦潮」を発生させます。海の難所であると同時に、そのダイナミックな景観は世界中の観光客を魅了しています。
愛媛県今治市と大島の間にある瀬戸内海中部の海峡です。多数の島々が点在する複雑な地形により、潮流が速く方向も頻繁に変わるため、「一泊まり、二抜け、三戻り」と称されるほど古くから航海の難所として知られています。海の男たちの卓越した操船技術が求められる海域です。
本州(山口県下関市)と九州(福岡県北九州市)を隔てる海峡です。日本海と瀬戸内海を結ぶ海上交通の要衝ですが、潮の満ち引きによって1日に4回も流れの向きが変わり、潮流が速いため操船が非常に難しい海域です。源平合戦の最終舞台である壇ノ浦の戦いもこの急潮が影響を与えました。
戦前の帝国大学令によって設立された7つの帝国大学のうち、特に歴史が古く、現在でも日本の学術研究や高等教育の頂点に君臨する3つの国立大学の総称です。
日本で最初に設立された帝国大学(東京帝国大学)であり、言わずと知れた日本の最高学府です。法学や官僚養成を中心として発展し、政財界や行政、学術界に数多くのトップエリートを輩出し続けており、日本の近代化と国家の発展に極めて重要な役割を果たしてきました。
東京に次いで設立された日本で2番目の帝国大学(京都帝国大学)です。「自由の学風」を建学の精神とし、学生の自主性を重んじる文化があります。これまでに多数のノーベル賞受賞者を輩出しており、基礎研究や独創的な学問分野において世界トップクラスの評価を受けています。
緒方洪庵が設立した適塾を源流とし、大阪の市民や政財界の強い要望と資金援助によって設立された帝国大学(大阪帝国大学)です。医学や理学、工学分野などの理系研究に定評があり、産学連携の先進的な取り組みや、実学を重んじる気風で日本の大学を力強くリードしています。
日本の数ある登山道の中でも、特に傾斜が厳しく、登頂までに多大な体力を要求される3つの代表的な尾根ルートの総称です。登山者の登竜門とも言えます。
北アルプスの烏帽子岳に至る登山道で、高瀬ダムから取り付き、一気に高度を稼ぐルートです。急勾配が連続しますが、登山道自体は比較的よく整備されており、北アルプス裏銀座縦走の玄関口として多くの登山者に利用されています。
南アルプスの甲斐駒ヶ岳へ至るクラシックルートで、標高差約2,200mという日本有数の標高差を誇ります。古くからの信仰の道でもあり、刃渡りなどの鎖場や梯子が連続する、非常に体力を要する険しく過酷な道のりです。
谷川岳のトマの耳へ直登する尾根ルートで、森林限界を超えると険しい岩場や鎖場が連続します。滑落の危険が伴う厳しいルートですが、視界が開けてからは谷川連峰の雄大な景色を楽しみながら登ることができるため非常に人気があります。
日本の河川の中で、特に流れが速く、かつて水運の難所として知られた3つの代表的な川の総称です。いずれも山間部を縫うように流れる特徴があります。
山形県内のみを流れ日本海に注ぐ大河です。松尾芭蕉が「五月雨をあつめて早し最上川」と詠んだことでも有名で、特に中流部の最上峡は川幅が狭く急流となります。かつては紅花などを運ぶ舟運の動脈として栄え、現在ではスリル満点の舟下りが観光客に人気を集めています。
長野県・山梨県を流れ、静岡県で駿河湾に注ぐ一級河川です。南アルプスなどの急峻な山岳地帯を源流とするため非常に勾配が急であり、土砂の流出量が多いことでも知られています。江戸時代には角倉了以による開削で富士川舟運が発達し、年貢米や物資の輸送に大きく貢献しました。
熊本県南部の人吉盆地を貫流し、八代海に注ぐ河川です。特に人吉から八代にかけての区間は山間部を縫うように走る激流であり、江戸時代に林正秋の尽力によって開削されるまでは水運が不可能でした。現在では球磨川下りやラフティングのメッカとして全国から観光客が訪れます。
日本の特定の地域において、地形の影響などにより局地的に発生する、被害をもたらすほど強烈な3つの強風(おろし風)の総称です。
山形県の庄内平野、特に立川町(現在の庄内町)の清川地区周辺で吹く局地的な強風です。最上川が山地を抜けて峡谷から平野に出る地形で、風が収束して吹き降ろすために猛烈な風となります。古くから農作物や家屋に甚大な被害をもたらしてきましたが、現在ではこの風を利用した風力発電が盛んに行われています。
岡山県北部の津山市から奈義町にかけての那岐山(なぎさん)南麓で発生する強烈な局地風(おろし風)です。台風が四国沖から紀伊半島を通過する際、北寄りの風が那岐山系を越えて一気に吹き降ろす現象であり、屋根瓦が飛んだり家屋が倒壊したりするほどの局地的な突風災害を過去に何度も引き起こしています。
愛媛県四国中央市(旧伊予三島市・川之江市など)の法皇山脈北麓で吹く強烈な南風です。主に春から秋にかけて、南から太平洋側の湿った空気が四国山地を越える際に発生するフェーン現象を伴うおろし風です。風速が台風並みになることもあり、農作物への被害が大きいため、防風林や石垣などの対策が取られてきました。
「清水の舞台」で世界的に有名な京都の清水寺をはじめ、豊かな湧き水を起源とし、十一面観音などを本尊として信仰を集める代表的な3つの「清水寺」の総称です。
京都の音羽山の中腹に建つ、世界遺産にして日本で最も有名な寺院の一つです。「清水の舞台から飛び降りる」の語源となった本堂の舞台や、寺の由来となった清らかな水が湧き出る「音羽の滝」があり、国内外から年間を通じて無数の観光客や参拝客が訪れます。
兵庫県加東市の標高約500mの御嶽山頂にあり、「播州(ばんしゅう)清水寺」と呼ばれます。西国三十三所観音霊場の第25番札所であり、推古天皇の勅願によって創建されたと伝わる古刹です。山の上でありながら水が湧き出たという伝説があり、桜や紅葉の絶景スポットとしても人気です。
島根県安来市にある天台宗の古刹で、「安来(やすぎ)清水寺」と呼ばれます。厄払いの観音様として地元で篤く信仰されています。境内には山陰地方で唯一の美しい三重塔がそびえ、精進料理が名物です。鬱蒼とした杉木立に囲まれた静寂な空気は、訪れる人の心を洗います。
キレット(切戸)とは、稜線がV字型に深く切れ込んだ険しい地形のことです。日本の山岳において、特に規模が大きく、通過に高い技術と度胸が要求される3つの難所の総称です。
槍ヶ岳と穂高岳(北穂高岳)を結ぶ縦走路にある、国内で最も深く険しいV字の切れ込みです。長谷川ピークや飛騨泣きといった難所が連続し、両側がスッパリと切れ落ちたナイフリッジを歩くため、一般登山道の中で最も危険度の高いルートとされています。
五竜岳と鹿島槍ヶ岳の間に位置する深い切れ込みです。大キレットほどの高低差はないものの、足場が狭く、鎖や梯子が連続する険しい岩稜帯です。鞍部にはキレット小屋が建っており、後立山連峰を縦走する登山者にとっての重要な通過点です。
「かえらずのキレット」と読み、白馬鑓ヶ岳と唐松岳の間にある天狗の大下りから不帰ノ嶮にかけての険しい岩稜帯です。名前の通り、一度入ったら生きては帰れないと言われたほどの難所で、垂直に近い鎖場やもろい岩場が続く後立山連峰屈指の難ルートです。
京都の八坂神社(祇園社)を総本社とする、牛頭天王(スサノオノミコト)を祀る神社で、主に夏の疫病退散を祈願して行われる3つの代表的な祭礼の総称です。
1000年以上の歴史を持つ八坂神社の祭礼で、日本三大祭の一つでもあります。7月の1ヶ月間にわたり神事が行われ、特に「コンチキチン」の祇園囃子とともに絢爛豪華な山鉾が都大路を巡行する山鉾巡行は圧巻であり、国内外から多くの観光客を集める夏の風物詩です。
鎌倉時代に疫病退散を祈願して始まったとされる櫛田神社の奉納神事です。締め込み姿の男たちが、重さ1トンを超える巨大な飾り山笠(舁き山)を担いで博多の街を疾走する「追い山」が最大のクライマックスであり、その勇壮さとスピード感は博多っ子の熱い魂の象徴です。
鎌倉時代から続く田出宇賀神社と熊野神社の合同祭礼です。国の重要無形民俗文化財に指定されており、花嫁姿の女性たちが神饌を供える「七行器(ななほかい)行列」や、巨大な屋台が町を練り歩く屋台運行、そして子供歌舞伎の上演など、華やかで伝統的な行事が目白押しです。
日本の水産業を支える数多くの漁港の中で、水揚げ量や水揚げ金額が全国トップクラスであり、多様な海産物が集まる3つの代表的な漁港の総称です。
千葉県銚子市にある、全国屈指の水揚げ量を誇る日本一の漁港です。親潮と黒潮がぶつかる絶好の漁場(犬吠埼沖)を控え、イワシ、サバ、サンマなど多種多様な魚が水揚げされます。首都圏の食卓を支える水産物流通の巨大な拠点であり、周辺には水産加工場が密集しています。
静岡県焼津市にある、遠洋漁業の国内最大の拠点港です。赤道付近から南半球にまで至る世界中の海で操業する大型漁船が帰港し、冷凍カツオやマグロの水揚げにおいては日本一を誇ります。水揚げ金額も極めて高く、周辺には高度な冷凍・加工施設が立ち並ぶ「魚の町」です。
北海道釧路市にある、道東の海産物が集結する日本有数の漁港です。かつては北洋漁業の基地として長年にわたり連続水揚げ量日本一を記録した歴史を持ちます。現在でもスケトウダラ、サンマ、イワシなどの水揚げが盛んであり、北海道の水産業と地域経済を牽引する重要な港です。
高層ビルの頂上部や山頂の特殊な構造物などに設置され、空中に浮かんでいるような感覚で壮大なパノラマの絶景を楽しむことができる3つの展望施設の総称です。
大阪府大阪市の新梅田シティにある、2棟の超高層ビルの頂上部を円形のルーフで連結した世界的にも珍しい建築物です。地上170mにあるオープンエアの「空中庭園展望台」からは、風を感じながら大阪のビル群や六甲山、淡路島などを360度のパノラマで見渡すことができます。
東京都豊島区池袋にあるサンシャイン60の最上階(海抜251m)に位置する展望台です。かつては東洋一の高さを誇りました。現在は「てんぼうパーク」としてリニューアルされ、都会の空に浮かぶ公園のような空間から、東京タワーやスカイツリー、富士山などを一望できます。
石川県白山市の獅子吼(ししく)高原にある、空中に飛び出すようなスリルを味わえる展望ゴンドラ(展望施設)です。ゴンドラに乗って空中を滑空しながら、眼下に広がる広大な手取川扇状地や日本海の美しい大パノラマを、まるで鳥になったかのような視点で楽しむことができます。
日本の空調(エアコン)市場において、高い技術力とシェアを持ち、世界市場でも活躍する3つの代表的なメーカーの総称です。
大阪府大阪市に本社を置く、空調事業とフッ素化学事業を柱とするグローバル企業です。「うるるとさらら」などの家庭用エアコンから、巨大なビル用マルチエアコンまで幅広く手掛け、空調専業メーカーとしては売上高世界一を誇る圧倒的なトップ企業です。
東芝の空調部門とアメリカのキヤリア社が合弁して設立されたメーカーです。「大清快」などのブランドで知られ、世界で初めてインバーターエアコンを開発した高い技術力を持ちます。業務用空調に強みを持ち、ヒートポンプ技術などを牽引してきました。
神奈川県川崎市に本社を置くメーカーで、「nocria(ノクリア)」ブランドの家庭用エアコンで知られています。世界で初めてフィルター自動おそうじ機能を搭載したエアコンを発売するなど革新的な機能開発に定評があり、中東や欧州など海外市場でも高いシェアを誇ります。
日本の山岳地帯において、地震や豪雨などによって発生した大規模な山体崩壊(地すべりや土砂崩れ)の中で、特に規模が大きく歴史に記録されている3つの場所の総称です。
1858年(安政5年)に発生した飛越地震によって、富山県と長野県の県境にある立山連峰の鳶山(とんびやま)が大規模に崩壊した現象です。この崩壊によって大量の土砂が常願寺川を堰き止めて天然ダムを形成し、その後数回にわたって決壊(土石流)を引き起こしました。富山平野に甚大な被害をもたらし、現在も大規模な砂防工事が続けられています。
1911年(明治44年)に、長野県小谷村にある稗田山(ひえだやま)の北側斜面が、長雨による地下水の増加によって突如として大規模に崩壊した地すべり災害です。崩壊した土砂は浦川を堰き止めて巨大な天然ダムを形成し、それが決壊して姫川の下流域に大洪水をもたらしました。日本の20世紀における最大規模の土砂災害として知られています。
1707年(宝永4年)に発生した日本最大級の地震である宝永地震によって、静岡市の南アルプス南部、大谷嶺(おおやれい)の山体が大規模に崩壊した現象です。日本最大級の崩壊地として現在でも荒々しい山肌がむき出しになっており、崩落した土砂は安倍川を流下して静岡平野を形成する要因の一つとなりました。現在も土砂の流出が続いています。
日本の神社の参道は一般的に鳥居から拝殿へ向かって上り坂になっていますが、逆に参道が階段などで下っていく地形に造営された、全国でも非常に珍しい3つの神社の総称です。
群馬県富岡市にある上野国一宮で、非常に格式の高い神社です。大鳥居をくぐった後、急な石段を数十メートル下った谷底のような平地に極彩色で彩られた本殿や拝殿が建っているという、独特の景観を持ちます。古代の地形を活かした配置と考えられており、国の重要文化財に指定されています。
宮崎県日南市の日向灘に面した断崖絶壁にあり、朱塗りの門をくぐって海側へ向かって石段を下っていくと、海食洞(波で削られた洞窟)の中に色鮮やかな本殿が鎮座しています。神話の山幸彦の伝説にまつわる神社であり、亀石に運玉を投げ入れる願掛けでも有名な絶景のパワースポットです。
熊本県阿蘇郡高森町にある歴史ある神社です。鳥居をくぐると、苔生した長い石段を深い森の谷底へ向かって下っていき、その先に静寂に包まれた社殿が現れます。阿蘇の神話に登場する神様を祀っており、古代の祭祀場のような神秘的で厳かな空気を今に伝えています。
九州地方北部で秋に行われる収穫感謝の祭礼「くんち(宮日、供日)」の中で、特に規模が大きく、山車や奉納踊りが華やかで全国的に有名な3つの祭りの総称です。
長崎市の氏神である諏訪神社の秋季大祭で、寛永11年(1634年)に遊女が神前で謡曲を奉納したのが始まりとされます。南蛮や紅毛、中国の文化が融合した長崎ならではの異国情緒あふれる奉納踊りが特徴で、「龍踊(じゃおどり)」や「阿蘭陀漫才」など、国際色豊かな演目が観客を魅了します。
福岡市の櫛田神社で毎年10月に行われる秋の豊穣感謝祭です。博多どんたくが夏の祭りであるのに対し、おくんちは秋の訪れを告げる厳かな神事です。神牛が引く牛車を中心とした御神幸行列が博多の街を練り歩き、五穀豊穣や商売繁盛を祈願する、地域に根差した伝統行事です。
佐賀県唐津市の唐津神社の秋季例大祭で、国の重要無形民俗文化財です。最大の見どころは、漆の一閑張りで作られた「赤獅子」や「鯛」「シャチ」などの巨大で極彩色豊かな14台の曳山(やま)です。「エンヤ、エンヤ」の掛け声とともに旧城下町を疾走する姿は、勇壮にして華麗な唐津の誇りです。
日本の山岳地帯において、川の浸食によって形成された深く険しいV字谷のうち、特に規模が大きく景観が壮大な3つの渓谷の総称です。
新潟県十日町市に位置し、信濃川の支流である清津川が形成した渓谷です。両岸にそそり立つ見事な六角柱状の岩壁(柱状節理)が特徴で、国の名勝および天然記念物に指定されています。安全に絶景を楽しめる「清津峡渓谷トンネル」は、現代アートと融合した観光名所としても人気です。
富山県の黒部川上中流域に形成された、日本で最も深く険しいとされるV字谷です。飛騨山脈(北アルプス)を分断するように削られた圧倒的なスケールの渓谷美を誇ります。かつての電源開発のための資材運搬用鉄道をルーツとする「黒部峡谷トロッコ電車」からの眺めは絶景です。
三重県多気郡大台町にある宮川上流の渓谷で、国内有数の多雨地帯である大台ヶ原を源流とします。手つかずの原生林と、シシ淵やニコニコ滝など数多くの巨大な滝やエメラルドグリーンの淵が連続する秘境です。険しい登山道が続くため、本格的な装備が必要な上級者向けの渓谷です。
日本の化粧品業界において、高度な研究開発力によって高品質なスキンケア・メイクアップ製品を生み出し、グローバルに展開する3つの代表的なメーカーの総称です。
1872年に東京・銀座で日本初の民間洋風調剤薬局として創業した、国内シェア第1位の圧倒的なトップメーカーです。「SHISEIDO」や「クレ・ド・ポー ボーテ」といった高級プレステージブランドを世界中で展開し、最先端の皮膚科学研究と高いブランド力で、アジアをはじめグローバル市場で確固たる地位を築いています。
日用品・トイレタリー(洗剤やヘアケアなど)で国内最大手であると同時に、化粧品事業でもカネボウ化粧品などを傘下に収めることで業界2位の規模を誇ります。「ソフィーナ」や「KATE」、「RMK」など、基礎化粧品から若者向けのメイクアップブランド、百貨店向けの高級ブランドまで、幅広い層に向けた商品展開が強みです。
1946年創業で、業界に先駆けて美容液やパウダーファンデーションを開発した技術力に定評があるメーカーです。「雪肌精」や「コスメデコルテ」、「ジルスチュアート」など、熱狂的なファンを持つ独自のブランドを多数育成してきました。フィギュアスケートなどのスポーツ支援を通じてブランド価値を高める戦略でも知られます。
日本各地で行われる神輿や山車(屋台・太鼓台)の渡御において、それらを激しくぶつけ合い、時には流血の事態を招くほど荒々しく勇壮な3つの代表的な祭りの総称です。
金糸銀糸で立体的な刺繍が施された、重さ約3トン、高さ5メートル以上の巨大な「太鼓台」が市内を練り歩きます。複数の太鼓台が激しくぶつかり合う「鉢合わせ」は非常に危険で大迫力であり、男たちの闘争心と地域間の強烈なライバル意識が剥き出しになる、四国を代表する荒々しいお祭りです。
伊萬里神社の御神幸祭で、「トンテントン」という太鼓の音に合わせて、荒神輿と団袋(だんぶくろ)と呼ばれる山車が市内各所で激しくぶつかり合います。最後は川に両者が飛び込み、早く引き上げられた方によってその年の豊漁か豊作かを占うという、命がけの激しい神事として知られています。
飯坂温泉の八幡神社で秋に行われる祭礼です。神輿の宮入りの際、それを阻むように若者たちが担ぐ6台の巨大な屋台(太鼓台)が激しくぶつかり合います。提灯が揺れ、屋台同士がぶつかって木組みがミシミシと軋む音や若者たちの怒号が飛び交い、温泉街が異様な熱気と興奮に包まれます。
日本の各都道府県が制定している「県民歌」の中で、制定からの歴史が古く、現在でも学校行事などで歌われ、県民に非常に深く定着し愛されている3つの楽曲の総称です。
1930年(昭和5年)に制定された、現行の都道府県民歌としては日本で最も古い楽曲です。「秀麗無比なる鳥海山よ…」で始まる格調高い歌詞と、山田耕筰による重厚な作曲が特徴で、秋田の雄大な自然を讃えており、現在でも式典などで秋田県民に歌い継がれています。
1947年(昭和22年)の昭和天皇の山形県行幸を記念して制定された県民歌です。「最上川」などの豊かな自然を詠み込んだ歌詞が特徴です(※後に1982年に新設された「最上川」という曲が事実上の県民歌として定着していますが、歴史的な三大県民歌としては旧山形県民歌が挙げられます)。
長野県の県歌である「信濃の国」は、1899年(明治32年)に教育用の唱歌として作られ、後に正式な県歌に制定されました。長野県の歴史や地理、偉人などが網羅された全6番からなる長い歌ですが、長野県民のほぼ全員が歌えると言われるほど、全国で最も愛され定着している県民歌です。
江戸時代中期から後期にかけて、国学者であり歌人の賀茂真淵(かものまぶち=県居大人)の門下生として学び、非常に優れた和歌を残した3人の女性歌人の総称です。
賀茂真淵の門人として万葉調の和歌を学んだ女性歌人です。真淵から深く才能を愛され、優れた歌才を発揮しました。夫の死後に尼となり、その生涯で詠んだ和歌は『里の落葉』という家集にまとめられ、江戸時代後期の女流文学を代表する作品の一つとなっています。
京都の裕福な商家に生まれた女性歌人です(ゆや しずこ)。幼い頃から古典に親しみ、賀茂真淵に入門して本格的に和歌を学びました。若くして亡くなりましたが、彼女の遺した和歌は『文布(しずのはた)』に収められ、その繊細で美しい表現が高く評価されています。
江戸時代中期に活躍した女性歌人です(うどの よのこ)。真淵の門下として万葉集の研究と作歌に励み、豊かな感性と万葉調の力強さを併せ持つ和歌を多数詠みました。家集に『生野集』があり、県門の三才女の一人として国学の発展と女性の教養の高さを示しています。
江戸時代中期の元禄年間(17世紀末から18世紀初頭)に、上方(京都・大坂)を中心に町人文化が花開いた「元禄文化」において、文学の各分野で頂点を極めた3人の巨匠の総称です。
大坂の豊かな町人文化を背景に、「浮世草子」と呼ばれる新しい小説のジャンルを確立した作家です。『好色一代男』や『日本永代蔵』などの作品で、町人の色恋沙汰や金儲けの悲喜交々を現実的かつユーモラスに描き出し、近世文学にリアリズムをもたらしました。
人形浄瑠璃や歌舞伎の脚本を手掛けた、日本を代表する偉大な劇作家です。『曽根崎心中』や『冥途の飛脚』などの世話物(町人の日常や心中事件を描いた作品)で、義理と人情の間で苦悩する人間の姿をドラマチックに描き出し、当時の庶民の涙を誘いました。
連歌の形式から独立した「俳諧(俳句)」を、芸術的な文学の域へと高めた偉大な俳人です。「わび・さび」や「かるみ」といった高い美意識を持つ「蕉風俳諧」を確立し、『奥の細道』をはじめとする紀行文を通じて、日本の自然の美しさと精神性を簡潔な言葉で表現しました。
日本国内にある湖沼の中で、表面積が特に大きく、地理的・水資源的にも重要な役割を担っている上位3つの湖の総称です。
滋賀県の面積の約6分の1を占める、日本最大の面積(約670平方キロメートル)を誇る淡水湖です。約400万年の歴史を持つ古代湖の一つであり、固有種を含む豊かな生態系を育んでいます。近畿地方1400万人の生活や産業を支える「命の水がめ」として極めて重要な存在です。
茨城県から千葉県にまたがる、日本で2番目に大きな湖です。かつては海とつながる内海でしたが、河川の堆積作用などで現在の形になりました。ワカサギなどの漁業が盛んであり、また水郷筑波国定公園に指定されるなど、首都圏近郊の貴重な自然環境や農業・工業用水の水源となっています。
北海道のオホーツク海沿岸に位置する、日本で3番目に大きく、汽水湖(海水と淡水が混ざる湖)としては日本最大の面積を誇る湖です。砂州によって海と隔てられており、ホタテガイやカキの養殖が非常に盛んです。冬には湖面が凍結し、北海道ならではの雄大な自然景観を楽しむことができます。
日本の大学の校歌の中で、特に知名度が抜群に高く、メロディの美しさや歌詞の格調高さから、一般の人々にも広く親しまれている3つの名曲の総称です。
1907年(明治40年)に制定された早稲田大学の校歌です。相馬御風による建学の精神を盛り込んだ格調高い歌詞と、一度聴いたら忘れられない雄大なメロディが特徴です。東京六大学野球の応援などを通じて全国に響き渡り、日本で最も有名な校歌の一つとして広く定着しました。
1920年(大正9年)に制定された明治大学の校歌です。日本を代表する偉大な作曲家である山田耕筰が作曲を手掛けた、力強くも美しい西洋音楽の旋律が特徴です。「権利自由」「独立自治」という明治大学の揺るぎない建学の精神が、若者の情熱とともに高らかに歌い上げられています。
1931年(昭和6年)に制定された法政大学の校歌です。著名な詩人である佐藤春夫が若者の理想と情熱を描いた美しい歌詞と、指揮者の近衛秀麿による優雅でありながらも力強く前進するマーチ調のメロディが、見事に調和した芸術性の高い名曲として高く評価されています。
日本の太平洋ベルトに位置し、戦前から日本の経済成長とモノづくりを強力に牽引してきた、製造業の生産額や規模が極めて大きい3つの巨大な工業エリアの総称です。
東京湾の西岸(東京〜横浜〜川崎など)に広がる工業地帯です。印刷業や出版業などの都市型工業の割合が高いのが特徴で、かつては日本の工業出荷額のトップでした。鉄鋼や石油化学プラントから、先端的な精密機械まであらゆる産業が密集する日本の経済の中枢です。
愛知県(名古屋市周辺)を中心に、岐阜県や三重県にまたがる日本最大の工業地帯です。トヨタ自動車に代表される「輸送用機械器具製造業(自動車産業)」が圧倒的なシェアを占めており、長年にわたり日本の製造品出荷額等の第1位を独走し続けるモノづくりの心臓部です。
大阪湾沿岸(大阪〜神戸〜和歌山など)に広がる工業地帯です。戦前は繊維工業などを中心に日本最大の工業地帯として繁栄しました。現在でも金属工業や化学工業、機械工業などの重化学工業が盛んであると同時に、中小企業による高度な部品製造技術の集積地としても有名です。
日本の海上物流および工業活動の中心地として、広大な港湾施設が整備され、日本の経済成長を支えてきた3つの代表的な湾岸エリアの総称です。
日本の首都圏を抱える湾で、東京港、横浜港、川崎港、千葉港などの巨大な港湾施設がひしめき合っています。日本最大の消費地へ物資を供給する物流拠点であると同時に、京浜工業地帯や京葉工業地域を形成し、自動車、鉄鋼、石油化学などの巨大プラントが立ち並ぶ、日本の経済活動の最重要エリアです。
愛知県と三重県にまたがる湾で、名古屋港や四日市港などの国際拠点港湾を擁しています。特に名古屋港は、背後に世界的な自動車産業を中心とする中京工業地帯を控えているため、自動車の輸出台数や総取扱貨物量において長年にわたり日本一を誇っています。日本のものづくり産業と世界を直接結びつける巨大な海のゲートウェイです。
近畿地方の中心部にある湾で、大阪港や神戸港といった歴史ある国際貿易港を抱えています。阪神工業地帯の重化学工業を支える物流拠点であるだけでなく、神戸港はかつてアジア最大のハブ港として機能していました。関西国際空港などの人工島が造成されるなど、物流・産業・旅客輸送の複合的な拠点として機能しています。
日本を代表する3つの巨大な国際拠点空港の総称です。いずれも国際線・国内線の充実したネットワークを持ち、日本の空の玄関口として重要な役割を担っています。
千葉県成田市にある日本最大の国際拠点空港です。1978年に新東京国際空港として開港し、首都圏と世界を結ぶ空の玄関口として機能しています。国際線の旅客数および貨物取扱量は日本一であり、多数の海外航空会社が就航するハブ空港として、日本のグローバル化を支える最も重要なインフラの一つです。
大阪府泉佐野市などの沖合、大阪湾の人工島に1994年に開港した国際空港です。完全な海上空港であるため、騒音問題が少なく、日本で初めて24時間運用を実現しました。関西圏の国際的なゲートウェイとして、アジアをはじめとする世界各地からの観光客を迎え入れ、西日本の経済発展に大きく貢献しています。
愛知県常滑市の伊勢湾海上の人工島に2005年(愛知万博の開催に合わせて)開港した国際空港です。愛称は「セントレア」。国内線と国際線の乗り継ぎが非常にスムーズな構造になっており、使いやすさが世界的に高く評価されています。中部地方の製造業を支える貨物拠点としての役割も担っています。
かつての日本国有鉄道(国鉄)において、鉄道の運行における最大の難所とされた、非常に急な勾配が連続する3つの代表的な山越え区間の総称です。
群馬県の横川駅と長野県の軽井沢駅の間(信越本線)にあった、66.7パーミル(1000m進むと66.7m登る)という国鉄最急勾配の難所です。かつては歯車を噛み合わせるアプト式が採用され、後には専用の強力な電気機関車(EF63形)を連結して急勾配を上り下りしました。1997年の北陸新幹線(長野行新幹線)開業に伴い、惜しまれつつ廃止されました。
福島県と山形県の県境を越える奥羽本線の区間で、最大38パーミルの連続勾配と豪雪地帯という二重の過酷な条件を持つ難所です。かつては機関車が牽引する列車を安全に運行させるため、スイッチバック(ジグザグに登る線路)が連続して設置されていました。現在は山形新幹線が開業し、スイッチバックは廃止されましたが、その遺構は残されています。
広島県の山陽本線にある瀬野駅と八本松駅の間の区間で、鉄道ファンの間では「瀬野八(せのはち)」と呼ばれます。22.6パーミルの急勾配が連続するため、特に重い貨物列車がこの峠を越える際には、列車の最後尾に専用の「補助機関車(補機)」を連結して後ろから押し上げる必要があります。現在でもこの補機による運行が見られる数少ない区間です。
1949年(昭和24年)の夏に、日本国有鉄道(国鉄)の人員整理を巡る激しい労働争議のさなかに相次いで発生した、現在も謎が多く残る3つの未解決・怪事件の総称です。
1949年7月5日朝、出勤途中の国鉄の初代総裁・下山定則が突然失踪し、翌日未明に常磐線の線路上で轢死体となって発見された事件です。自殺か他殺かについて警察の捜査や法医学者の見解が真っ向から対立し、GHQの関与を疑う陰謀論も飛び交いましたが、最終的に真相が明らかになることなく迷宮入りしました。
下山事件のわずか10日後、1949年7月15日に中央線の三鷹駅構内で起きた事件です。無人の電車が突然暴走して車止めを突き破り、脱線・転覆して多数の死傷者を出しました。労働組合の組合員らが起訴されましたが、裁判で1人を除く全員が無罪となり、有罪とされた1人も無実を訴え続けたまま獄死するなど、背後関係に深い謎が残されています。
三鷹事件から約1ヶ月後の1949年8月17日、東北本線の松川駅〜金谷川駅間で、線路のレールが故意に外され、旅客列車が脱線・転覆し乗務員が死亡した事件です。当初は労働組合員ら多数が逮捕され死刑判決も出ましたが、弁護団の執念の調査によりアリバイが証明され、最終的に全員の無罪が確定しました。真犯人は現在も不明のままです。
日本の「国道」でありながら、道幅が極端に狭い、未舗装、崖っぷち、落石の危険があるなど、走行が過酷で危険な3つの代表的な国道の俗称です。
福井県大野市から長野県飯田市に至る国道ですが、特に岐阜県の木曽川沿い(恵那市周辺)の区間は「日本最凶の酷道」と呼ばれます。崖崩れや路肩の崩落が放置され、事実上の廃道となっている通行止め区間が存在し、自動車での通り抜けが不可能な極めて危険な道として知られています。
三重県尾鷲市から和歌山県御坊市に至る、紀伊半島の険しい山々を横断する国道です。数字の語呂合わせから「死にゴー」とも呼ばれます。ガードレールがない切り立った断崖絶壁、落石、すれ違い不可能な狭い道幅が延々と続くため、運転には極度の緊張と高い技術が要求される過酷な路線です。
徳島県徳島市から高知県四万十市に至る、四国山地を横断する総延長約340kmの国道です。愛好家からは「ヨサク」の愛称で呼ばれます。整備された区間も増えましたが、依然として車1台がやっと通れるような薄暗い峠道や、急カーブが連続する区間が多く残り、四国の山深さを思い知らされる酷道です。
日本国憲法において、すべての国民が社会を維持・発展させるために果たすべき責任として定められている3つの基本的な義務の総称です。
日本国憲法第26条第2項に定められた義務です。すべての国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女(子ども)に普通教育(義務教育)を受けさせる義務を負います。これは子どもの学習権を保障し、健全な社会人を育成するための国の根幹に関わる重要な義務です。
日本国憲法第27条第1項に定められた「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」という規定です。国民が自らの労働によって生活を維持し、社会の生産活動や発展に貢献することが求められています。ただし、働く意思や能力がない人に強制労働を強いるものではありません。
日本国憲法第30条に定められた「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」という規定です。国や地方自治体が教育、福祉、インフラ整備などの公共サービスを提供し、社会全体を維持していくために必要な費用(税金)を国民が分担して納めるという、最も基本的な義務です。
大きな湖の畔に築かれ、豊富な湖の水を天然の堀や水運の要衝として巧みに利用した、景観も美しく風情のある3つの代表的な城の総称です。
島根県松江市の宍道湖のほとりに築かれた城です。現存天守の一つであり、国宝に指定されています。城の周囲には湖と繋がる複雑な堀が巡らされており、その水路を小船で進む「堀川めぐり」の遊覧船が市民や観光客に深く親しまれています。
滋賀県大津市の琵琶湖に突き出た岬(膳所崎)に築かれた城です。徳川家康の命により藤堂高虎らが築城を手掛け、湖水に浮かぶような美しい姿から「錦が浦の城」とも呼ばれました。明治時代に廃城となりましたが、現在は膳所城跡公園として整備されています。
長野県諏訪市の諏訪湖のほとりに築かれた城で、かつては諏訪湖の波が城の石垣に直接打ち寄せるほど湖に近接しており「諏訪の浮城」と呼ばれました。現在は干拓や開発により湖畔からは少し離れてしまいましたが、復興された天守がそびえています。
日本各地の祭礼において、豪華な山車(曳山や屋台)の上を舞台として、地元の小中学生の子どもたちが大人顔負けの本格的な歌舞伎を演じる3つの代表的なお祭りの総称です。
長浜曳山祭の中で演じられる子供歌舞伎です。豊臣秀吉の時代から続くとされ、豪華絢爛な曳山の舞台上で、5歳から12歳くらいの男の子が大人顔負けの本格的な歌舞伎の演目を披露します。厳しい稽古を重ねた子どもたちの見事な演技と見得を切る姿に、観客から惜しみない喝采が送られます。
埼玉県小鹿野町の小鹿野歌舞伎や秩父市の屋台歌舞伎など、秩父地方一帯に伝わる伝統的な農村歌舞伎の中で、子どもたちが主役となって演じる演目です。地域が一体となって伝承に取り組み、豪華な衣装と本格的な舞台装置で演じられる姿は、地域の絆の強さの象徴となっています。
石川県小松市で毎年5月に開催される「お旅まつり」の中で上演される子供歌舞伎です。小松は古くから勧進帳の舞台(安宅の関)として知られる歌舞伎の町であり、見事な彫刻や漆塗りが施された曳山を舞台に、地元の少女たちが情感豊かに演じる見事な芝居が、訪れる人々を魅了し続けています。
江戸時代中期に、江戸の木挽町(現在の東京都中央区銀座の東側)に立ち並び、江戸歌舞伎の興行の中心地として賑わった3つの芝居小屋の総称です。
江戸時代初期に幕府から公許を得て木挽町に開かれた芝居小屋です。大いに繁栄しましたが、1714年に大奥の御年寄・絵島と歌舞伎役者・生島新五郎の大スキャンダル(絵島生島事件)の舞台となったため、幕府の怒りを買って取り潰され廃座となりました。
山村座の跡地に隣接する形で発展した、江戸三座の一つに数えられる公許の芝居小屋です。経営難による休座を繰り返しながらも木挽町の顔として存在し、幕末に天保の改革によって浅草の猿若町へ強制移転させられるまでこの地で興行を続けました。
森田座のすぐ隣に建てられた、森田座が休業した際に興行を行う「控櫓」です。森田座の経営不振により事実上メインの芝居小屋として機能することが多く、木挽町の芝居文化を支えました。この木挽町界隈の歌舞伎の歴史は、現在の歌舞伎座(銀座四丁目)へと受け継がれています。
日本の古墳時代に築造された数多くの古墳の中で、墳丘の全長が圧倒的に大きく、古代の大王(天皇)の強大な権力を象徴する3つの巨大な前方後円墳の総称です。
大阪府堺市の百舌鳥古墳群にある、墳丘長が約486メートルという日本最大(世界最大級)の面積を誇る巨大な前方後円墳です。宮内庁によって第16代・仁徳天皇の陵墓として治定されており、三重の濠に囲まれたその鍵穴型の壮大な姿は世界遺産に登録されています。
大阪府羽曳野市の古市古墳群にある、墳丘長約425メートルの日本で2番目に長い前方後円墳です。しかし、墳丘の高さや土の盛り上がりが非常に大きく、全体の体積(総体積)においては日本一の規模を誇ります。第15代・応神天皇の陵墓として治定されています。
大阪府堺市の百舌鳥古墳群にある、墳丘長約365メートルの日本で3番目の規模を持つ前方後円墳です。第17代・履中天皇の陵墓として宮内庁に治定されています。周囲には多数の陪塚(ばいちょう)を伴い、古代日本の国家形成の歩みを知る上で極めて重要な巨大遺跡です。
日本国内において、店舗数や売上高のシェアが圧倒的に大きく、人々の日常生活のインフラとして深く定着している3つの大手コンビニエンスストアの総称です。
アメリカ発祥の氷小売店をルーツとし、日本で初めて本格的なフランチャイズ方式のコンビニを展開した最大手チェーンです。国内店舗数、売上高ともに圧倒的な第1位を誇ります。「セブンプレミアム」などの高品質な独自開発商品(PB商品)や、美味しいお弁当・お惣菜の提供で業界を牽引しています。
西友の小型店舗からスタートした日本発祥のコンビニチェーンであり、国内店舗数第2位の規模を誇ります。サークルKサンクスなどとの経営統合を経て大きく成長しました。看板商品である「ファミチキ」をはじめとするホットスナックが絶大な人気を集めており、無印良品とのコラボ等も話題を呼びました。
アメリカの牛乳屋(ローソンミルク社)をルーツに持ち、ダイエーの傘下として日本でチェーン展開を始めた国内第3位のコンビニです。「マチカフェ」などのカフェメニューや、「プレミアムロールケーキ」に代表される高品質なオリジナルスイーツブランド(Uchi Café)の開発において業界をリードしています。
江戸時代中期に、第8代将軍・徳川吉宗と第9代将軍・家重によって創設された、御三家に次ぐ格式を持ち、将軍の後継者を提供する役割を担った3つの徳川一門の総称です。
第8代将軍・徳川吉宗の次男である宗武(むねたけ)を祖として創設された家です。江戸城の田安門の内に屋敷を与えられたことが名前の由来です。松平定信(寛政の改革を主導)など優秀な人物を輩出しましたが、幕末に至るまで田安家から将軍が選ばれることはありませんでした。
第8代将軍・徳川吉宗の四男である宗尹(むねただ)を祖として創設された家です。江戸城の一橋門の内に屋敷を与えられました。御三卿の中で最も影響力を持ち、第11代将軍・家斉や、江戸幕府最後の第15代将軍・徳川慶喜などを輩出し、幕末の政治に深く関与しました。
第9代将軍・徳川家重の次男である重好(しげよし)を祖として創設された家です。江戸城の清水門の内に屋敷を与えられました。御三卿の中で最も設立が遅く、当主が不在となる時期も多かったため、歴史的な影響力は田安家や一橋家に比べるとやや控えめでした。
1960年代(昭和30年代後半)の日本の歌謡界において、若者を中心に爆発的な人気を博し、元祖・男性アイドル歌手として時代を築いた3人のスター歌手の総称です。
1960年に『潮来笠』でデビューし、和服姿にエレキギターという斬新なスタイルで一躍スターとなりました。吉永小百合とのデュエット曲『いつでも夢を』は日本レコード大賞を受賞し、国民的な大ヒットを記録するなど、御三家の筆頭として活躍しました。
1963年に詰襟の学生服姿で歌ったデビュー曲『高校三年生』がミリオンセラーとなる大ヒットを記録しました。その清潔感あふれる姿は当時の若者(特に女学生)から絶大な支持を集め、青春歌謡というジャンルを確立した、永遠の青春スターです。
1964年に『君だけを』でデビューし、甘いマスクと情熱的な歌声でファンを魅了しました。アップテンポな『星のフラメンコ』などのヒット曲を連発し、「太陽の王子」と呼ばれました。後に時代劇俳優(江戸を斬るなど)としても大成功を収めました。
江戸時代において、徳川将軍家に次ぐ極めて高い格式と特権を持ち、将軍家の血統が途絶えた場合には次期将軍を輩出する資格を持っていた徳川氏の3つの親藩の総称です。
徳川家康の九男・義直を祖とする尾張藩(現在の愛知県西部)の藩主家です。御三家の中で最高の石高(約62万石)と筆頭の格式を誇り、名古屋城を居城としました。しかし、歴史上において尾張家から将軍が輩出されることは一度もありませんでした。
徳川家康の十男・頼宣を祖とする紀州藩(現在の和歌山県・三重県南部)の藩主家です。御三家の中で第2の格式を持ち、和歌山城を居城としました。第8代将軍の徳川吉宗(享保の改革)や、第14代将軍の徳川家茂など、幕府の危機に際して実際に将軍を輩出し権勢を振るいました。
徳川家康の十一男・頼房を祖とする水戸藩(現在の茨城県北部)の藩主家です。石高は約35万石で将軍の継承権はありませんでしたが、江戸に常駐して将軍を補佐する「天下の副将軍」としての特別な役割を担いました。「大日本史」を編纂した徳川光圀(水戸黄門)などが有名です。
江戸時代の日本において、革新的な商法を導入して大成功を収め、現在の日本の大手百貨店のルーツとなった、特に規模の大きい3つの有名な呉服店の総称です。
1673年に三井高利が江戸の日本橋で創業した呉服店です。「店前現銀売り(たなさきげんきんうり)」や「越後屋、三越(みつこし)」という現代のスーパーマーケットのような画期的な小売システムを導入して大繁盛し、現在の三越百貨店(三越伊勢丹)へと発展しました。
1662年に近江商人である大村彦太郎が江戸の日本橋で創業した小間物屋・呉服店です。江戸の庶民から愛され、「白木屋、越後屋、大丸屋」と並び称されました。後に百貨店となり東急百貨店日本橋店として親しまれましたが、1999年に閉店し(跡地はコレド日本橋)、その長い歴史に幕を閉じました。
1717年に下村彦右衛門が京都の伏見で創業した呉服店で、後に江戸にも進出しました。「先義後利(義を先にして利を後にする)」という理念を掲げて繁盛し、現在の「大丸百貨店(J.フロント リテイリング)」へと発展し、関西を中心に全国で確固たる地位を築いています。
日本において、古くから芝居小屋や映画館、飲食店が密集し、庶民の娯楽や歓楽の中心地として発展してきた3つの代表的なエリアの総称です。
東京都新宿区にある、飲食店、映画館、ライブハウス、キャバレーなどが密集する日本最大規模の歓楽街です。戦後の復興計画の中で、歌舞伎の劇場を誘致して健全な娯楽センターにする構想があったことから「歌舞伎町」と名付けられました。現在も眠らない街として、国内外から非常に多くの人々が訪れる巨大な盛り場です。
京都府京都市中京区にある新京極通を中心としたエリアです。明治時代初期に、寺院の境内が整理されて作られた通りであり、かつては芝居小屋や寄席、映画館などが立ち並ぶ西日本有数の娯楽の中心地でした。現在では修学旅行生や観光客で賑わうアーケード商店街となり、お土産屋や飲食店が密集する活気ある通りです。
大阪市中央区にある「ミナミ」を代表する繁華街・歓楽街です。江戸時代には刑場や墓地がありましたが、明治時代以降に劇場や映画館が次々と建設されて大歓楽街へと変貌しました。なんばグランド花月などの演芸場もあり、大阪の「お笑い」や「食」の文化を象徴する、活気と熱気に満ちた日本有数の盛り場として知られています。
日本国内に存在する一本桜の中で、樹齢が1000年を超えるなど極めて古く、幹の太さや枝振りが圧倒的なスケールを誇る3つの名木の総称です。
福島県田村郡三春町にある、推定樹齢1000年を超えるベニシダレザクラの巨木です。四方に力強く伸びた太い枝から、薄紅色の小さな花が無数に咲き誇り、その姿がまるで水が流れ落ちる滝のように見えることから「滝桜」と呼ばれています。国の天然記念物に指定されており、開花期には全国から花見客が押し寄せます。
岐阜県本巣市にある、推定樹齢1500年以上のエドヒガンザクラです。蕾のときは薄いピンク色、満開になると白色になり、散り際には特有の淡い墨色を帯びることから「淡墨桜(うすずみざくら)」の名が付きました。継体天皇が手植えしたという伝説が残り、過去に何度か枯死の危機に瀕しましたが、人々の保護活動により蘇りました。
山梨県北杜市の実相寺境内にある、推定樹齢2000年とも言われるエドヒガンザクラです。日本最古にして最大級の巨桜であり、日本武尊が東征の折に植え、後に日蓮聖人が祈願して枯れかかった木を蘇らせたという伝説が残っています。ゴツゴツとした太い幹には神々しいほどの生命力が宿り、国の天然記念物の第一号に指定されました。
日本全国にある桜の名所の中で、その規模、美しさ、歴史的背景などから特に代表的とされる3つの桜の名所の総称です。
青森県弘前市の弘前城跡に広がる公園です。ソメイヨシノを中心に約2600本の桜が咲き誇り、弘前城の天守や堀とのコントラストが見事です。特に、散った花びらが堀の水面を覆い尽くす「花筏(はないかだ)」は絶景として世界的に知られています。
長野県伊那市にある高遠城址公園は、固有種である「タカトオコヒガンザクラ」が約1500本植えられています。ソメイヨシノよりも小ぶりで赤みが強く、満開時には公園全体が濃いピンク色に染まるその美しさは「天下第一の桜」と称賛されています。
奈良県吉野郡にある吉野山は、古来より修験道の聖地であり、桜は蔵王権現の神木として保護されてきました。下千本、中千本、上千本、奥千本と山全体を覆うように約3万本のシロヤマザクラが咲き乱れる壮大な景観は、他に類を見ない圧倒的なスケールです。
戦国時代から安土桃山時代にかけて、天下統一という偉業を成し遂げ、あるいは基礎を築き、現在の日本の骨格を作り上げた愛知県(尾張・三河)出身の3人の偉大な武将の総称です。
尾張国(愛知県西部)出身の戦国大名です。古い権威を打ち壊し、鉄砲の導入や楽市・楽座などの革新的な政策で天下統一の基礎を築き上げました。本能寺の変で家臣の明智光秀に裏切られ志半ばで倒れましたが、「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」の句でその激しい気性が表現されます。
尾張国の農民の出身から、織田信長の草履取りを経て天下人へと大出世を遂げた戦国一の英雄です。信長の死後、明智光秀を討ち破り、検地や刀狩りなどの政策を行ってついに天下統一を成し遂げました。「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」と、その卓越した人たらしと知恵が表現されます。
三河国(愛知県東部)出身の武将で、幼少期を人質として過ごすなど多くの苦難を乗り越えました。信長、秀吉の時代を忍耐強く生き抜き、関ヶ原の戦いに勝利して江戸幕府を開き、260年続く泰平の世を築き上げました。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」と、その忍耐強さが表現されます。
大正から昭和戦前期の歌舞伎界において、圧倒的な人気と実力で東京の歌舞伎(江戸歌舞伎)の黄金時代を築き上げた、名前に「衛門」が付く3人の不世出のトップスターの総称です。
近代歌舞伎における最高峰の女形役者として君臨した名優です。小柄でありながらも、舞台に上がると圧倒的な美しさと色気を放ちました。六代目尾上菊五郎や初代中村吉右衛門とともに歌舞伎の黄金期を牽引し、彼が演じた数々の役柄は現代の女形の絶対的な手本となっています。
その生涯を通じて若々しく響く見事な美声(音声)と、誰もが認める端正な顔立ちから「永遠の若衆」と称された、大正・昭和を代表する大スターです。「助六」や「切られ与三郎」などの粋でいなせな江戸っ子の二枚目役を得意とし、絶大な人気を誇りました。
関西出身でありながら東京で活躍し、端正な容姿と深い知性を感じさせる気品ある立役(男役)として大成した名優です。特に、時代物の堂々たる武将役や、深い悲しみを表現する役柄で右に出る者はおらず、十五代目羽左衛門らとともに名舞台を数多く残しました。
室町幕府において、将軍を補佐して国政を統括する最高職である「管領(かんれい)」に就任することができる、足利一門の中でも極めて格式の高い3つの有力な守護大名家の総称です。
足利氏の有力な一門であり、室町幕府の管領を最も多く輩出した名門です。特に本家の「京兆家」は、摂津・丹波・讃岐などの畿内と四国に広大な領国を持ちました。応仁の乱で東軍の総大将を務めた細川勝元や、後に幕府の実権を握った細川政元など、幕政に絶大な影響力を持ちました。
足利氏の有力一門で、室町幕府初期に管領として大きな権力を握りました(武衛家)。越前、尾張、遠江などの重要な国々の守護を兼ねていましたが、次第にお家騒動(武衛騒動)などが頻発して勢力を弱め、応仁の乱以降は越前の朝倉氏や尾張の織田氏などの家臣に下剋上されて没落しました。
足利一門の有力な大名で、紀伊、河内、越中などの守護を務め、管領を輩出する名門でした。しかし、家督相続をめぐる激しいお家騒動が応仁の乱の勃発の直接的な引き金となるなど、室町幕府の衰退と戦国時代の幕開けに大きな影響を与え、やがて没落していきました。
日本国内に存在する、古くから不思議な伝説や由来を持ち、誰が何の目的で作ったのか謎に包まれている3つの奇妙な石造物や遺物の総称です。
鹽竈神社の末社である御釜神社に安置されている4つの鉄製の釜です。古くから「神竈(かみかま)」と呼ばれ、釜の中の水は干ばつでも枯れることがなく、大雨でも溢れないとされています。さらに、国家に異変が起こる前触れとして水の色が変化するという不思議な伝説が残されており、古代から篤い信仰を集めています。
兵庫県の生石(おうしこ)神社のご神体として祀られている、巨大な石造物です。横幅約6.4m、高さ約5.7m、重さ推定500トンという途方もない大きさの岩が、水面に浮かんでいるように見えるため「浮石」とも呼ばれます。誰がいつ、何の目的でこの巨大な岩を加工したのか全くわかっていないミステリー遺跡です。
鹿児島県と宮崎県の県境にある高千穂峰(標高1574m)の山頂に突き刺さっている青銅製の鉾(ほこ)です。日本神話において、イザナギとイザナミが日本列島を創る際に使ったものと伝えられています。幕末には、坂本龍馬が新婚旅行でこの地を訪れ、この天逆鉾を引き抜いてしまったという有名な逸話が残されています。
日本に存在する古い橋の中で、特殊な架橋構造や独特の形状を持ち、技術的にも景観的にも極めて珍しいとされる代表的な橋の総称です。(※5つ挙げられます)
山口県岩国市の錦川に架かる、5連の美しい木造アーチ橋です。釘を一本も使わずに組まれた木組みの技術は世界的に見ても非常に高度であり、川の氾濫による激しい水流にも耐えうるしなやかさと、幾何学的な美しさを併せ持ちます。
山梨県大月市の桂川の深い渓谷に架かる橋です。川幅が狭く橋脚を立てられないため、両岸の崖から「刎木(はねぎ)」と呼ばれる木材を何層にも重ねてせり出させ、その上に橋桁を載せるという非常に珍しい「刎橋」の構造を現在に残しています。
富山県の黒部川に架かっていた橋で、両岸から大木をせり出させる「刎橋(はねばし)」の構造としては日本最大級でした。度重なる洪水の影響などにより残念ながら現在は失われていますが、その雄大な姿は日本の架橋の歴史に深く刻まれています。
徳島県の秘境・祖谷(いや)の渓谷にある、シラクチカズラという植物の蔓(つる)を編んで作られた原始的な吊り橋です。源平合戦に敗れた平家の落人が、追手が迫った際にすぐに切り落とせるように作ったというロマンあふれる伝説が残っています。
栃木県日光市の二荒山神社の入り口、大谷川に架かる美しい朱塗りの橋です。伝説では、勝道上人が川を渡れずに祈ったところ、神が現れて赤と青の2匹の蛇を放ち、それが橋に姿を変えたと伝えられており、世界遺産「日光の社寺」の一部です。
江戸時代に出版された風俗・性愛に関する文学(好色物)の中で、極めて特異な内容や構成を持ち、色道(遊郭の作法や男女の性愛)について深く探求された3つの代表的な作品です。
江戸時代初期に出版された好色本で、遊郭や遊女に関する逸話、色道に関する知識、さまざまな性的なエピソードをオムニバス形式で集めた書物です。単なるポルノグラフィではなく、当時の町人の風俗や性文化を知る上での貴重な民俗学的資料ともなっています。
江戸時代に出版された艶本(春本)の一つです。男女の性愛の秘術や作法、体位などを詳細かつ赤裸々に解説した指南書としての側面を持ちます。当時の性科学や医学的な知見も一部交えられており、江戸時代の性に対するおおらかで探求心にあふれた文化を反映しています。
江戸時代中期に出版された好色本です。「あなをかし」とは「ああ、面白い」「ああ、不思議だ」といった意味があり、男女の性的な営みを滑稽に、あるいはユーモラスに描いた物語集です。人間の本能や欲望を肯定的に捉え、笑いへと昇華させた江戸文学の奇書です。
家屋が密集して村を形成するのではなく、広大な農地の中に家屋がポツンポツンと点在して広がる「散居村(さんきょそん)」の景観が特に見事な3つの平野の総称です。
富山県西部に広がる日本を代表する散居村で、約7000戸の農家が点在しています。それぞれの家屋(アズマダチ)は、冬の季節風や吹雪から家を守るために「カイニョ」と呼ばれる杉などの屋敷林で囲まれており、水田に水が張られる春先には、展望台から見下ろすと島々が浮かぶような絶景となります。
岩手県南部の奥州市などに広がる日本最大級の扇状地です。豊富な雪解け水を利用して古くから水田開発が行われ、広大な田園地帯に農家が点在する散居集落が形成されました。「エグネ」と呼ばれる屋敷林が家々を囲み、東北の厳しい自然環境と共生してきた独特の美しい農村景観を保っています。
島根県の斐伊川下流域に広がる平野で、度重なる洪水対策や季節風から家を守るため、「築地松(ついじまつ)」と呼ばれる独特の屋敷林を持つ農家が点在しています。黒松をL字型などに高く刈り込んだ築地松の景観は非常に美しく、出雲地方の伝統的な田園風景のシンボルとなっています。
江戸時代の儒学者・林春斎が著書の中で卓越した絶景として称賛した、日本の海沿いにある3つの代表的な名勝地の総称です。
宮城県の松島湾に浮かぶ260余りの島々が織りなす景勝地です。松の緑と白い岩肌、そして穏やかな海のコントラストが美しく、伊達政宗ゆかりの瑞巌寺などの歴史的建造物も点在します。古くから多くの文人墨客に愛され、松尾芭蕉もその美しさに言葉を失ったという逸話が残ります。
京都府北部の宮津湾にある、全長約3.6kmの砂州です。約8000本の松並木が続き、股のぞきをして逆さに見ると、海と空が逆転し天に架かる橋のように見えることからその名が付きました。雪舟の「天橋立図」にも描かれるなど、日本古来の白砂青松を象徴する景観です。
広島県の瀬戸内海に浮かぶ島で、島全体が神聖な信仰の対象とされてきました。海上に建つ大鳥居と、潮の満ち引きによって海に浮かぶように見える寝殿造りの厳島神社がシンボルであり、世界文化遺産にも登録されています。自然と歴史的建造物が見事に調和した世界的にも稀有な景観です。
古代律令国家(飛鳥〜奈良時代)において、畿内(都)を防衛するために交通の要衝に設置された、特に重要な3つの関所(関)の総称です。
東海道の要衝である伊勢国(三重県亀山市)に設置された関所です。都へ通じる太平洋側の主要ルートを監視・防衛する目的がありました。天皇の崩御や反乱などの非常事態(固関)の際には、真っ先に封鎖される重要な関所であり、発掘調査によって当時の城壁の跡などが確認されています。
東山道の要衝である美濃国(岐阜県関ケ原町)に設置された関所です。壬申の乱において大海人皇子(後の天武天皇)がここを封鎖して勝利したことが起源とされています。東国からの軍勢を食い止める最大の防衛拠点として機能し、この関所より東側を「関東」、西側を「関西」と呼ぶようになりました。
北陸道の要衝である越前国(福井県敦賀市周辺)に設置された関所です。日本海側から畿内へ侵入するルートを防衛するために設けられました。しかし、平安時代(延暦年間)に交通ルートの変化や防衛ラインの見直しにより廃止され、その役割は京都に近い「逢坂関」へと引き継がれました。
愛発関が廃止された後、平安時代に近江国と山城国の境(滋賀県大津市)に新たに「三関」の一つとして設置された関所です。京都のすぐ東側に位置し、多くの貴族や旅人が行き交ったため、清少納言や蝉丸など百人一首に数多くの和歌が詠まれた文学的にも非常に有名な関所です。
古代律令制下の日本において、国政を統括する最高機関である「太政官」のトップに君臨した、極めて権力と地位の高い3つの官職の総称です。
日本の律令制において、全ての官僚の頂点に立つ最高位の役職です。「則闕(そっけつ)の官」と呼ばれ、ふさわしい適任者がいない場合は空席とされるほど極めて名誉で特別な地位でした。平清盛や豊臣秀吉など、歴史上の限られた最高権力者のみが就任しました。
太政大臣が空席であることが多かったため、日常の国政を統括する事実上の最高責任者(行政のトップ)として機能した役職です。朝廷の儀式や会議を主宰し、藤原氏などの有力な大貴族の長がこの役職に就き、絶大な権力と影響力を振るいました。
左大臣に次ぐ太政官のナンバー2の役職であり、左大臣とともに国政を動かす重要な地位です。左大臣が欠員や病気などで職務を行えない場合には、右大臣がその職務を代行しました。平安時代には菅原道真が右大臣に就任し、後に左遷された歴史が有名です。
人間の体内にいる三尸(さんし)の虫が天帝に悪事を報告するのを防ぐため、徹夜で過ごす「庚申信仰」において、特に深く信仰を集めた代表的な寺院の総称です。
京都市東山区にある日本最古の庚申堂で、正式には大黒山金剛寺といいます。「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿を祀り、欲望を我慢して願いを叶える色鮮やかな「くくり猿」のお守りが、インスタ映えスポットとして若い女性や観光客から絶大な人気を集めています。
大阪市の四天王寺の南側に位置する庚申堂です。日本最初の庚申尊出現の地とされており、豊臣秀吉によって再建された歴史を持ちます。病気平癒や厄除けのご利益があるとされ、庚申の日にはコンニャクを北に向かって無言で食べるという独特の風習が現在も伝えられています。
東京都台東区の入谷にあったとされる庚申堂で、江戸時代には江戸における庚申信仰の中心地として大いに栄え、多くの参拝客で賑わいました。残念ながら現在は堂宇は現存していませんが、その跡地周辺には石碑などが残り、かつての熱狂的な江戸の民間信仰の歴史を伝えています。
岐阜県中津川市の宿場町に残る庚申堂です。中山道を往来する旅人や地元の人々から深く信仰されました。青面金剛(しょうめんこんごう)を本尊として祀り、現在でも庚申講の行事が行われるなど、地域に密着した古い信仰の形を色濃く残している貴重な史跡です。
古代日本の文献や伝承に登場し、日本の架橋技術の黎明期に造られたとされる、歴史的意義の深い3つの古い橋の総称です。
京都府宇治市の宇治川に架かる橋で、646年に道登という僧侶によって架けられたと伝えられています。源氏物語の「宇治十帖」の舞台になるなど、古くから日本の歴史と文学に深く関わり、流失と再建を繰り返しながら現在もその美しい姿を保っています。
京都府の淀川(木津川・宇治川などの合流地点付近)に架かっていたとされる幻の橋です。奈良時代の行基が架橋したと伝えられていますが、川幅が広く水流が激しいため洪水で度々流失し、平安時代以降は再建されずに渡船へと変わりました。
滋賀県大津市の琵琶湖から流れ出る瀬田川に架かる橋で、古くから「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた京都防衛と交通の最重要拠点でした。壬申の乱や承久の乱など、日本の歴史を決定づける数多くの激しい戦いの舞台となりました。
日本に現存する古代の石碑の中で、飛鳥時代から奈良時代という極めて古い時期に建立され、当時の政治や社会を知る上で歴史的価値が最高クラスの3つの金石文の総称です。
宮城県多賀城市にある奈良時代(762年)に建立された石碑です。多賀城が平城京や各国境からどれくらい離れているかを示す距離や、多賀城の創建と改修の歴史が刻まれています。古代の東北地方における律令国家の最前線拠点(鎮守府)の姿を示す極めて重要な史料です。
群馬県高崎市にある奈良時代(711年)に建立された石碑です。周辺の3つの郡から300戸を分割して新たに「多胡郡(たごぐん)」を建郡したという行政の出来事が、和銅という年号とともに記されています。特別史跡に指定され、ユネスコの「世界の記憶」にも登録されています。
栃木県大田原市にある飛鳥時代(700年頃)に建立された石碑で、国宝に指定されています。那須国造(なすのくにのみやつこ)であった那須直韋提(なすのあたいいで)の生前の功績を称え、彼の子息が建てたものです。中国大陸の六朝風の美しい書体で彫られており、書道史においても貴重です。
平安時代の仮名書道において、その流麗な筆致と高い芸術性から最高峰の傑作とされ、後世の書家たちの手本として珍重された3つの名筆(古筆)の総称です。
『万葉集』などの和歌を書写した古筆で、伝承では小野道風の筆とされています。元々は粘葉本(でっちょうぼん)という冊子でしたが、後に分割されて掛軸などにされました。余白をたっぷりと取った大胆な散らし書きが特徴で、仮名書道の極致とされています。
『古今和歌集』の四季の歌を書写した古筆で、伝承では紀貫之の筆とされています。茶人・佐久間将監が京都の寸松庵という茶室で愛蔵していたことからこの名が付きました。力強くも優雅な連綿(文字を連続して書くこと)が美しく、気品あふれる名品です。
清原深養父の和歌集を書写した古筆で、伝承では藤原行成の筆とされています。書かれている紙の形がほぼ正方形で、酒を量る「升(ます)」の形に似ていることから名付けられました。繊細で流れるような細い線で書かれており、優美な平安朝の美意識を伝えています。
和歌山県和歌山市において、正月などに地元の由緒ある3つの神社を順番に巡って参拝し、一年の平穏と幸福を祈願する伝統的な風習(三社参り)です。
和歌山市にある、日前神宮と國懸神宮という2つの大社が同じ境内に鎮座する非常に格式高い神社です。天照大御神を祀り、伊勢神宮に次ぐ尊崇を集めてきました。紀伊国一宮として地元の人々から深く信仰されており、三社参りの中心となる神社です。
和歌山市にある、日本の初代天皇である神武天皇の長兄・彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を主祭神として祀る神社です。境内には命の御陵(お墓)があり、戦前は官幣大社として高い格式を誇りました。静寂に包まれた厳かな雰囲気が漂う、三社参りの重要な一社です。
和歌山市にある、日本中に木を植えて回ったとされる木の神様「五十猛命(いたけるのみこと)」を主祭神として祀る紀伊国一宮です。厄除けや病気平癒のご利益があるとされ、境内にはくぐると厄除けになるという「厄難除け木の俣くぐり」の御神木があり、多くの参拝客で賑わいます。
日本の室町時代から戦国時代にかけて、海外貿易や国内の海上交通の要衝として特に繁栄した3つの代表的な港湾都市(津)の総称です。
現在の三重県津市にあたる港町で、伊勢湾に面した良港として栄えました。京都や奈良といった畿内と、東国を結ぶ海上交通の要衝であり、多くの物資や旅人が行き交いました。しかし、1498年の明応地震による大津波で港が壊滅的な被害を受け、その後の地形変化によって港としての機能は衰退していきました。(「津」という地名の由来です)
現在の福岡県福岡市(博多区)にあたる港町です。古くから日本と中国大陸や朝鮮半島を結ぶ外交と貿易の最前線であり、遣隋使や遣唐使の時代から重要な拠点でした。中世には日宋貿易や日明貿易で巨万の富を築き、豪商(博多商人)たちが自治的な都市運営を行うなど、国際色豊かで活気あふれる巨大な港湾都市として繁栄しました。
現在の大阪府堺市にあたる港町です。戦国時代には、明(中国)との勘合貿易や、ポルトガル・スペインとの南蛮貿易の拠点として大繁栄しました。鉄砲の製造地としても知られ、豪商(堺商人)たちが周囲に環濠を巡らせて独自の自治を行う「自由都市」として発展しました。千利休などに代表される茶の湯文化が花開いた場所でもあります。
平安時代中期において、それまでの力強い中国(唐)の書風から脱却し、日本特有の優美で柔らかな「和様(わよう)」の書道を完成させた、3人の偉大な書家の総称です。
中国の書風を基礎としながらも、それに日本の柔らかく流麗な感覚を取り入れ、和様の書の基礎を築いた「三蹟」の筆頭です。花札の「柳にカエル」の絵柄のモデルとしても有名です。彼が書いたとされる『継色紙』や『屏風土代』は、豊かでふくよかな筆致の最高傑作として尊ばれています。
小野道風の書風を受け継ぎつつ、さらに感情豊かでダイナミックな独自の書風を確立した書家です。特に草書(くずし字)を得意とし、非常にスピード感があり自由奔放に筆を走らせた書跡が特徴です。『離洛帖(りらくじょう)』などの書状(手紙)に、その天才的な筆の運びを見ることができます。
小野道風や藤原佐理の書風をさらに洗練させ、気品とバランスに満ちた完成された「和様の書」を確立した書家です。彼の書風は「世尊寺流(せそんじりゅう)」と呼ばれ、その後の日本の書道の絶対的な手本として長く受け継がれました。『白氏詩巻』などの美しく整った書跡を残しています。
江戸時代の中期から後期にかけて、財政難や社会不安によって行き詰まった幕府の体制を立て直すため、幕府の最高権力者たちが主導して断行した3つの大規模な政治改革の総称です。
第8代将軍・徳川吉宗が主導した幕府再建の改革です。「米将軍」と呼ばれた吉宗は、新田開発の奨励や定免法による年貢増徴で幕府財政を立て直しました。また、目安箱の設置による庶民の意見聴取や、公事方御定書の制定による裁判基準の明確化など、実用的な政策を推進しました。
老中・松平定信が主導した、非常に厳格で道徳的な改革です。天明の飢饉による社会不安を鎮めるため、倹約令を出して風紀を厳しく取り締まりました。また、「寛政異学の禁」で朱子学以外の学問を制限し、「棄捐令」で旗本や御家人の借金を帳消しにして救済を図りましたが、厳しすぎて反発を招きました。
老中・水野忠邦が主導した、幕府の権威回復を目指す強権的な改革です。株仲間の解散を命じて物価引き下げを試みたり、「人返しの法」で江戸に流入した農民を村へ強制送還させたりしました。さらに「上知令」で江戸や大坂周辺の土地を幕府直轄領にしようとしましたが、猛反発を受けて失敗し失脚しました。
日本の歴史の中で生まれ、高度に洗練された独自の様式を持ち、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている、世界に誇る3つの代表的な伝統的舞台芸術の総称です。
室町時代に観阿弥・世阿弥の親子によって大成された、日本最古の舞台芸術です。能面をつけ、極限まで無駄を削ぎ落とした象徴的な動きと、謡(うたい)や囃子(はやし)によって、人間の深い情念や死者の魂の救済を幽玄の美をもって表現する極めて芸術性の高い演劇です。
江戸時代の大坂で発展した、物語を語る「太夫」、伴奏を弾く「三味線」、そして「人形遣い(3人で1体の人形を操る)」の三位一体で表現される世界でも類を見ない高度な人形劇です。近松門左衛門の名作などに乗せて、義理と人情のドラマを感情豊かに描き出します。
江戸時代初期に出雲阿国が始めた「かぶき踊り」を起源とする、日本の大衆演劇の最高峰です。豪華絢爛な衣装と舞台装置、独特の化粧(隈取)、そして見得や六方といった大げさで様式美にあふれた演技で、江戸の庶民を熱狂させ続け、現在でも絶大な人気を誇ります。
日本の現代演劇(新劇)の歴史において、中心的な役割を果たし、日本を代表する数多くの名優や劇作家、演出家を輩出してきた伝統ある代表的な劇団の総称です。(※四大劇団とする場合もあります)
1937年に久保田万太郎、岸田國士、岩田豊雄らによって創設された日本を代表する劇団です。「文学の香りのする演劇」を目指し、杉村春子、北村和夫、江守徹などの名優を輩出しました。翻訳劇から日本の創作劇まで幅広いレパートリーを持ち、日本の演劇界を牽引し続けています。
1944年に千田是也、東野英治郎、小沢栄太郎らによって創設された劇団です。「俳優の俳優による俳優のための劇団」を理念とし、スタニスラフスキー・システムに基づく本格的な演技指導を確立しました。仲代達矢や平幹二朗など、日本映画・テレビ界を支える重鎮を数多く生み出しました。
1950年に滝沢修、宇野重吉らによって創設された劇団です。民衆の生活に根ざしたリアリズム演劇(民衆芸術)を目指し、社会的なメッセージ性の強い作品を多く上演しました。大滝秀治や芦田伸介らが活躍し、真摯で重厚な舞台作りで独自の地位を築いています。
1954年に俳優座などを退団したメンバー(土方与志ら)によって創設され、上記の3つに加えて「四大劇団」と称されることもあります。西田敏行や高畑淳子など、個性的で実力のある俳優が多数所属し、現代の社会問題を鋭く切り取る創作劇を中心に活発な活動を行っています。
戦前の日本において、特定の同族(家族)が持株会社を通じて多角的な産業(金融、商事、鉱山など)を独占的に支配し、日本経済に絶大な影響力を持った3つの巨大企業グループの総称です。
土佐藩出身の岩崎弥太郎が海運業(郵便汽船三菱会社)を起こしたのが始まりです。政府の強力な保護を受けて急成長し、造船、鉱山、銀行など重化学工業を中心に巨大化しました。戦後の財閥解体後も、スリーダイヤを掲げる「三菱グループ」として日本経済の中核を担っています。
江戸時代の豪商・三井高利(越後屋)をルーツとし、明治維新において新政府の資金繰りを支援した「政商」として特権的な地位を築きました。三井銀行や三井物産を中心に、軽工業から重工業まで幅広く展開し、戦前において日本最大の規模を誇った最強の財閥です。
江戸時代から続く別子銅山の経営(銅の精錬)を事業の基盤として発展しました。「浮利を追わず」という堅実な経営理念を持ち、銀行、金属、化学などの重工業分野を中心に結束力の強い企業グループを形成しました。関西(大阪)を拠点として発展したことが特徴です。
天皇の命によって編纂された八つの和歌集(八代集)のうち、平安時代に成立した最初の3つの勅撰和歌集のことを歴史的に「三代集」と呼びます。(※万葉集は勅撰ではないため、一般に三代集は古今・後撰・拾遺を指します)
万葉集は天皇の勅命で編纂された「勅撰和歌集」ではないため、厳密には三代集には含まれませんが、古今和歌集以前の日本の和歌の原点として比較される重要な存在です。約4500首が万葉仮名で記され、素朴で力強い感情表現(益荒男ぶり)が和歌の古典として尊ばれています。
905年に醍醐天皇の命により成立した、日本初の勅撰和歌集であり、三代集の筆頭です。紀貫之らが撰者となり、知的な技巧を凝らした理知的な和歌(たをやめぶり)が特徴です。仮名による最初の文学作品であり、その後の日本の貴族文化における美意識の絶対的な基準となりました。
951年に村上天皇の命により成立した、第2の勅撰和歌集です。古今和歌集に漏れた優れた歌を集めるという目的で、梨壺の五人(清原元輔など)が編纂にあたりました。贈答歌(手紙としての和歌)が多く収められており、当時の貴族たちの恋愛や人間関係、宮廷の日常が生き生きと描かれています。
天皇の命によって平安時代に編纂された、日本の和歌の歴史を形成する最初の3つの勅撰和歌集(八代集の最初の3つ)の正式な総称です。
醍醐天皇の勅命によって編纂された第1の勅撰和歌集です。「春・夏・秋・冬」や「恋」といった和歌の部立(ジャンル分け)を確立し、繊細で優美な国風文化の基礎を築きました。紀貫之が記した仮名序は、日本の文学論の最初期のものとして極めて高く評価されています。
村上天皇の勅命によって編纂された第2の勅撰和歌集です。古今和歌集に収録されなかった歌を中心に集められました。言葉の技巧よりも、実際の生活や恋愛におけるリアルな感情のやり取り(贈答歌)が多く、当時の宮廷社会の生々しい人間模様を映し出しています。
花山院の親撰(あるいは藤原公任の撰)とされる第3の勅撰和歌集です。三代集の最後を飾る歌集であり、古今集の優美さと後撰集の日常性を引き継ぎつつ、清少納言や和泉式部といった新しい時代の女流歌人たちの歌も積極的に採用され、平安中期の和歌の集大成となりました。
現代の日本において、人口、経済力、産業、インフラ、文化のあらゆる面で国の中核を担い、日本を代表する3つの巨大な政令指定都市(および特別区)の総称です。
政治、経済、情報、文化のすべてが一極集中する日本の首都であり、東京都区部(東京23区)だけで約970万人の人口を抱える世界有数のメガシティです。多国籍企業の本社が密集し、金融やサービス業を中心としたグローバル経済の中心地として絶大な影響力を持っています。
西日本の経済と文化の中心地であり、約270万人の人口を抱える日本第2の大都市です。古くから商都として栄えた活気と独自の食文化(粉もんなど)を持ち、関西国際空港を擁するなどアジアに向けたビジネスとインバウンド観光の強力な拠点として機能しています。
日本列島の中央に位置し、約230万人の人口を抱える中京圏の中核都市です。周辺地域を含め、自動車産業や航空宇宙産業といった世界トップクラスの「ものづくり産業」が集積しており、日本経済の貿易黒字を底辺から支える極めて強力な産業基盤を持っています。
日本の国土構造において、大都市を中心に通勤・通学などで日常的に結びついた広域的な経済圏・生活圏のうち、日本の人口の過半数が集中する3つの巨大な都市圏の総称です。
東京都を中心核として、神奈川県、埼玉県、千葉県などを含む広大な都市圏です。日本の総人口の約3割にあたる3700万人以上が居住し、GDPにおいても世界最大規模の圧倒的な経済力を誇る、日本および世界の中心的なメガリージョンとして機能しています。
大阪市を中心核として、京都市、神戸市を含む2府4県(大阪、京都、兵庫、奈良、滋賀、和歌山)などにまたがる都市圏です。約1900万人が居住し、多様な歴史文化と、家電や医薬品などの産業基盤を併せ持つ、首都圏に次ぐ日本第二の広域経済・文化圏です。
名古屋市を中心核とし、愛知県、岐阜県、三重県の東海3県を中心とする都市圏です。約1100万人が居住し、世界をリードする自動車産業などの製造業が極めて強力に集積しており、日本のモノづくりの心臓部として機能する堅実で強固な経済圏です。
江戸時代中期に人形浄瑠璃(文楽)の演目として初演され、後に歌舞伎の演目としても大成功を収め、現在に至るまで繰り返し上演され続ける3つの最高傑作の総称です。
1748年初演。実際に起きた「赤穂浪士の討ち入り事件」を、時代を室町時代(太平記)に移し替え、浅野内匠頭を塩冶判官、吉良上野介を高師直として描いた壮大な復讐劇です。武士の忠義だけでなく、お軽と勘平の悲恋など多彩な人間模様が描かれる不朽の名作です。
1746年初演。平安時代の菅原道真の筑紫への左遷(大宰府流罪)を背景に、道真の筆法を伝授される武部源蔵の苦悩や、道真に恩義を持つ三つ子の兄弟(梅王丸・松王丸・桜丸)が敵味方に分かれて争い、我が子を犠牲にしてまで忠義を貫く姿を描いた重厚な悲劇です。
1747年初演。源平合戦の後、兄の頼朝に追われて逃亡する源義経の物語を軸に、「実は生きていた」平家の武将たち(平知盛、平維盛、平教経)の数奇な運命や、狐の化身である「狐忠信」の親子の情愛などをダイナミックかつ幻想的に描いた、変化に富むエンターテインメント大作です。
安土桃山時代において、豊臣秀吉の死後に政権の運営を担った「五大老」と「五奉行」の間で意見が対立した際に、その仲裁や調整を行うために置かれたとされる3人の大名の総称です。
豊臣秀吉の古くからの家臣で、四国の讃岐国に広大な領地を与えられていました。温厚な性格で知られ、三中老の一人として五大老(徳川家康など)と五奉行(石田三成など)の間の対立を調停する役割を期待されましたが、関ヶ原の戦いでは西軍に属し苦境に立たされました。
秀吉の若い頃からの側近であり、「仏の茂助」と呼ばれるほど温和で誠実な人柄で人望が厚かった武将です。中老として豊臣政権の崩壊を防ぐために奔走しましたが、関ヶ原の戦いの直前に襲撃を受けて重傷を負い、本戦には参加できませんでした(息子が東軍に参加)。
秀吉の家臣として、鉄砲隊などを率いて数々の武功を挙げた武将です。駿河国の要衝を任され、三中老に名を連ねました。関ヶ原の戦いの際には徳川家康(東軍)への合流を決めましたが、合戦の直前に病死してしまったため、実際に調停役として活躍することは少なかったとされます。
平安時代後期における日本国内で、政治的、宗教的、あるいは軍事的な中心地として人口が密集し、高度な都市文化が栄えていた3つの代表的な大都市の総称です。
794年の建都以来、天皇が居住する日本の政治と文化の中心(平安京)です。貴族文化が極まり、源氏物語などの国風文化が花開いた場所であり、全国の富と物資が集まる日本最大にして最も華やかな巨大都市でした。都市の規模や洗練度において他の追随を許さない存在でした。
かつての都(平城京)であり、平安京遷都後も「南都」と呼ばれました。東大寺や興福寺といった強大な力を持つ大寺院(南都七大寺)が集積しており、広大な荘園から富を集める一大宗教都市として独自の権力を持ち、朝廷も無視できないほどの繁栄と影響力を維持していました。
現在の岩手県にある、奥州藤原氏が100年近くにわたり栄華を極めた都市です。莫大な砂金の富と北方交易を背景に、中尊寺や毛越寺など京都に匹敵する壮麗な仏教文化(浄土庭園など)を築き上げ、朝廷の支配が及ばない東北地方の政治・経済の完全な独立中心地として繁栄しました。
江戸時代の日本において、人口が集中し、政治、経済、文化の中心として独自の役割を担いながら圧倒的な繁栄を誇った3つの巨大都市の総称です。
天皇が御所を構える「王城の地」であり、西陣織や清水焼などの高度な伝統工芸、学問、芸術、そして宗教の中心地として栄えました。人口は約40万人を数え、雅で洗練された文化を全国へ発信し続ける特別な権威と歴史を持った都市でした。
諸大名の蔵屋敷が立ち並び、全国から米や特産物が集まる「天下の台所」と呼ばれた物流と商業の最大拠点です。堂島米会所での先物取引など高度な金融経済が発達し、活気あふれる町人文化(上方文化)が花開いた人口約40万人の巨大都市でした。
徳川将軍家が幕府を置く日本の政治と軍事の中心地です。参勤交代により全国の大名や武士が集住し、それを支える商人や職人が大量に流入したことで、18世紀初頭には人口100万人を超える世界最大規模の巨大消費都市へと爆発的に成長しました。
日本の仏教信仰において、古くから霊験あらたかであるとして天皇や貴族、そして広く庶民から特別に深い信仰を集めてきた、3体の歴史的な如来像の総称です。
長野県の善光寺の御本尊であり、日本最古の仏像と伝えられる「一光三尊阿弥陀如来」です。絶対秘仏であり誰もその姿を見ることはできませんが、宗派を問わずすべての人を極楽浄土へ導くとされ、「一生に一度は善光寺参り」と言われるほど全国から無数の参拝者を集めています。
京都の嵯峨嵐山にある清涼寺の御本尊である釈迦如来立像です。インド、中国を経て日本へ伝わったとされる「三国伝来」の尊像で、国宝に指定されています。胎内から絹製の精巧な五臓六腑が発見されたことでも知られ、生身の釈迦として篤く信仰されています。
京都の中心部にある因幡堂(平等寺)の御本尊である薬師如来像です。平安時代に因幡国(鳥取県)の国司の元へ海から飛来し、その後京都へ飛んでいって安置されたという不思議な伝説を持ちます。病気平癒、特にがん封じの仏様として古くから人々の深い信仰を集めています。
歌舞伎(時代物)に登場する老女(老尼)の役の中で、単なる年寄りではなく、深い教養や凄み、武家の妻としての威厳を持ち、立女形(最高位の女形)が演じるべき3つの大役の総称です。(※4つ挙げられる場合もあります)
『近江源氏先陣館』に登場する、敵味方に分かれて戦う佐々木盛綱・高綱兄弟の老母です。孫(小四郎)の切腹を目の当たりにしながらも、武家の母として気丈に振る舞い、肉親の情愛と武士の義理の板挟みになる凄絶な悲劇を演じ切る、三婆の筆頭とされる大役です。
『菅原伝授手習鑑』に登場する、菅原道真の伯母です。道真の大宰府への左遷に同行できず、涙ながらに木像を彫って別れを惜しむ一方で、悪人に対しては太太しく毅然と立ち向かうという、愛情深さと激しい気性を併せ持つ立派な老尼です。
『信州川中島合戦』に登場する、山本勘助の老母です。長尾景虎(上杉謙信)が勘助の家に配膳の礼を尽くしに来た際にも、敵将である景虎を決して主君とは認めず、頑なに配膳を拒否し続けるという、強烈な忠義と威厳、そして胆力を持った老女です。
『ひらかな盛衰記』に登場する、梶原源太景季の母です。敵方の娘(千鳥)と恋仲になり出陣に遅れた息子・源太を激しく叱責し、武士の面目を保つために涙を飲んで我が子を勘当するという、非情な決断の中に深い母の愛を隠した重厚な演技が求められる役です。
歌舞伎(時代物)に登場する数多くの赤姫(高貴な身分の未婚の姫君)の役の中で、特に高い演技力と表現力が求められ、女形役者の試金石とされる最高峰の3つの大役の総称です。
『本朝廿四孝』に登場する、武田信玄の娘です。許嫁の勝頼への一途な愛のために、家宝の兜を持ち出し、狐の神力を借りて凍った諏訪湖を渡って勝頼の危機を救いに行くという、お姫様の可憐さと情熱的な激しさを併せ持つ屈指の大役です。
『祇園祭礼信仰記(金閣寺)』に登場する、雪舟の孫娘です。悪人・松永大膳によって金閣寺の桜の木に縛り付けられ、落花する桜の花びらを足のつま先で集めて見事なネズミの絵を描き、そのネズミが縄を食いちぎって逃れるという、有名な見せ場(爪先鼠)を持つ難役です。
『鎌倉三代記』に登場する、北条時政の娘です。愛する敵将・三浦之助のために、実の父親である時政を裏切って暗殺を決意するという、高貴な姫君でありながら過酷な運命に翻弄され、愛と孝の間で深く苦悩する、極めて心理描写が難しい役どころです。
平安時代初期において、中国の唐の優れた書風(王羲之や顔真卿など)を深く吸収し、日本独自の新しい書の基礎を築いた、極めて書道に秀でた3人の達人の総称です。
平安京の基礎を固めた第52代天皇であり、漢詩文や書を愛好し、宮廷における唐風文化の隆盛を強力に推し進めました。空海らとも親交が深く、残された『光定戒牒(こうじょうかいちょう)』などの書には、堂々とした力強さと天皇としての気品あふれる筆致が表現されています。
真言宗を開いた平安時代を代表する天才仏教者であり、「弘法筆を選ばず」の諺で知られる書の絶対的な天才です。遣唐使として中国で最新の書や密教を学び、『風信帖(ふうしんじょう)』などに代表される、変幻自在でダイナミック、かつ芸術性の極めて高い書体を数多く残しました。
空海や最澄とともに遣唐使として中国へ渡った平安時代初期の貴族です。唐で書の技術を高く評価され「橘秀才」と呼ばれました。残された確実な真筆は少ないものの、『伊都内親王願文(いとないしんのうがんもん)』の筆者と推定されており、力強さと躍動感に満ちた優れた書風を伝えています。
明治維新後の地方行政区画の制定において、旧幕府の直轄地の中でも特に重要な都市として他の「県」とは明確に区別され、「府」という特別な呼称を与えられた3つの行政区画です。
江戸幕府の崩壊後、江戸が東京と改称されたことに伴い設置されました。天皇の東幸によって事実上の首都となり、近代日本の政治、行政、経済の中心として急速に西洋化と近代都市化を進めました。その後、1943年(昭和18年)の東京都制施行により「東京都」となりました。
江戸時代からの「天下の台所」としての強固な経済的基盤を引き継ぎ、明治維新直後にいち早く府が設置されました。その後、「東洋のマンチェスター」と呼ばれるほど紡績などの近代繊維工業が発展し、日本経済を力強く牽引する巨大な商工業都市となりました。
明治維新によって天皇が東京へ移り(事実上の遷都)、深刻な衰退の危機に直面しましたが、他の県とは異なる歴史的重要性が考慮され府として存続しました。琵琶湖疏水の建設や日本初の市電開通など、積極的な近代化政策によってみごとに復興を遂げました。
日本の歴史的な神社仏閣に現存する土塀の中で、その建築技術の高さや歴史的背景、独特の堅牢な構造から特に名高い3つの土塀の総称です。
兵庫県西宮市のえびす宮総本社・西宮神社を囲む、全長約247メートルに及ぶ巨大な土塀です。室町時代初期に造られたとされ、土と瓦を何層にも交互に積み重ねて非常に強固に築かれているため「練塀」と呼ばれます。国の重要文化財に指定されている歴史的建造物です。
京都府の三十三間堂(蓮華王院)の南側にある、桃山時代に豊臣秀吉が寄進したとされる瓦葺きの築地塀です。桃山文化の豪壮さを伝える立派な造りで、屋根瓦には豊臣家の家紋である五三の桐が刻まれています。重要文化財に指定されており、当時の権力者の威信を今に伝えています。
愛知県の熱田神宮境内にある土塀です。1560年、織田信長が桶狭間の戦いに出陣する際に熱田神宮で必勝祈願を行い、見事に大勝したことへの御礼として奉納されました。土と石灰を油で練り固め、瓦を厚く積み重ねた非常に堅牢な造りであり、信長の信仰心を示す貴重な遺構です。
室町時代から江戸時代にかけて、朝廷や幕府の保護を受けて日本の伝統音楽である「雅楽」の演奏と伝承を独占的に担った、京都・大坂・奈良の3つの音楽集団(楽所)の総称です。
京都の朝廷に直属し、天皇や皇族の儀式・饗宴において雅楽を演奏した音楽集団です。大内氏などの有力な公家が統括し、平安時代からの伝統的な宮廷音楽の最も純粋な形を受け継ぐ、三方楽所の中心的な存在として最高の格式を誇りました。
大坂の四天王寺に所属し、聖徳太子の時代から続く伝統的な舞楽などを担当した音楽集団です。四天王寺の重要な法要(聖霊会など)での演奏を世襲で担い、力強くダイナミックな演奏スタイルが特徴でした。現在でも「天王寺舞楽」としてその伝統が受け継がれています。
奈良の春日大社や興福寺、東大寺などに所属し、南都の大寺社の祭礼(春日若宮おん祭など)で雅楽を演奏した音楽集団です。奈良時代の古い仏教音楽や神道音楽の様式を色濃く残しており、中世以降の雅楽の保存において非常に重要な役割を果たしました。
日本国内を巡業し、空中ブランコや動物の曲芸、ピエロのパフォーマンスなどの本格的なエンターテインメントショーを提供してきた、代表的な3つのサーカス団の総称です。
1902年(明治35年)に創立された、120年以上の歴史を持つ日本最大にして世界三大サーカスの一つに数えられる巨大サーカス団です。赤い大テントでの興行が特徴で、ライオンや象などの猛獣ショーや、大車輪、オートバイショーなど、伝統と革新を融合させたダイナミックな演目で全国の観客を魅了し続けています。
1942年(昭和17年)に北海道で旗揚げされた歴史あるサーカス団です。象やチンパンジーなどの動物ショーや、サーカス専用の特設テントでの大規模な興行で木下大サーカスとともに日本のサーカス文化を牽引しました。しかし、娯楽の多様化による観客減少などの影響で、2010年に惜しまれつつ事業を停止しました。
1996年(平成8年)に設立された、比較的新しい現代的なサーカス団です。動物による曲芸を一切行わず、世界中から集められたトップクラスのパフォーマーの「肉体」のみを駆使したアクロバットやジャグリング、イリュージョンなど、芸術性とエンターテインメント性を極めたスタイリッシュなショーが特徴です。
日本の私立大学の中で、特に創立からの歴史が古く、独自のリベラルな建学の精神を持ち、社会の各分野に多数の優秀な人材を輩出してきた3つの名門私大の総称です。
1858年に福澤諭吉が江戸に開いた蘭学塾を起源とする、日本最古の私立総合大学です。「独立自尊」や「半学半教」を基本理念としています。学問だけでなく実学を重んじる気風があり、政界や財界に強固なネットワークを持つ卒業生組織「三田会」の存在でも広く知られています。
1882年に大隈重信が創設した「東京専門学校」を前身とする名門私立大学です。「学問の独立」などを教旨とし、多様な個性を受け入れる「在野精神」を伝統としています。政治家や経営者だけでなく、ジャーナリズム、スポーツ、文学など多種多様な分野に優れた人材を送り出しています。
1875年に新島襄によって京都に設立された「同志社英学校」を前身とする、関西を代表する名門私立大学です。キリスト教主義教育を建学の精神とし、「良心教育」を通じて、国際性豊かで社会に奉仕する知性と倫理観を備えた人物の育成を伝統としており、西日本の私学の雄として君臨しています。
日本の歴史上、特に重要な役割を果たし、現在でもその広大な遺構が保存され学術的価値が極めて高い3つの代表的な特別史跡の総称です。
710年に藤原京から遷都された奈良時代の都「平城京」の中心部であった宮跡です。天皇の住まいや国家の儀式を行う大極殿などがありました。現在は広大な敷地が国営歴史公園として整備されており、朱雀門や第一次大極殿などが復原され、天平文化の息吹を現代に伝えています。
7世紀後半から12世紀にかけて、九州の軍事・外交・行政の中心として機能した地方最大の役所跡です。「遠の朝廷(とおのみかど)」とも呼ばれ、遣唐使の拠点や防衛の最前線としての役割を担いました。現在は礎石などが残り、周辺には大宰府政庁跡として広大な史跡公園が広がっています。
724年に創建された、古代律令国家における東北地方の政治・軍事・文化の中心拠点です。蝦夷(えみし)に対する防衛拠点としての役割や、陸奥国の国府としての機能を持っていました。現在も外郭の土垣や政庁跡の礎石などが残存し、古代日本の国家形成の歩みを知る上で極めて重要です。
日本の代表的なミックススパイスである「七味唐辛子」において、江戸時代から続く長い歴史を持ち、全国的に有名な3つの老舗店の総称です。
江戸時代初期に薬研堀(現在の東京都中央区東日本橋周辺)で創業した老舗で、七味唐辛子の発祥とも言われています。現在は浅草寺の門前に店を構え、黒ごまや陳皮の香りが特徴的です。辛さを引き立てつつも、漢方薬をヒントに調合されたという風味豊かな香りが、江戸っ子に愛されてきたピリッと辛い江戸前の七味です。
京都の清水寺の参道(産寧坂)に店を構える老舗です。江戸時代から続く京都らしい上品な配合が特徴で、唐辛子の辛さを抑える代わりに、山椒、青紫蘇(しそ)、黒ごま、白ごまなどを多めにブレンドしています。辛味よりも香りと風味を重視しており、うどんや湯豆腐など、出汁の効いた関西の薄味の料理に非常によく合います。
長野県の善光寺の門前に本店を構える老舗です。ブリキの缶に唐辛子の絵が描かれたパッケージで全国的に知られています。信州の厳しい寒さを乗り切るために、唐辛子の強い辛味をベースに、生姜や麻種などをブレンドした独特の配合が特徴です。信州そばはもちろん、豚汁などの身体が温まる料理と相性抜群の七味です。
日本の民間鉄道会社(私鉄)の中で、営業キロ数が長く、広大な路線網を持ち、地域交通や観光輸送に多大な影響力を持つ3つの大手私鉄の総称です。
大阪、奈良、京都、三重、愛知の2府3県にまたがる広大な路線網を持つ、日本の私鉄で最大の営業キロ数(約500km)を誇る鉄道会社です。通勤・通学路線のほか、伊勢志摩や吉野などの主要観光地への輸送を担っており、「しまかぜ」や「ひのとり」といった豪華で快適な特急列車を多数運行していることでも有名です。
東京都から埼玉、千葉、栃木、群馬の1都4県に広がる路線網を持ち、関東地方の私鉄で最大の営業キロ数(約463km)を誇ります。沿線には東京スカイツリーや日光・鬼怒川温泉などの一大観光地を有し、長距離を走る特急「スペーシア」などが活躍するほか、ベッドタウンから都心への重要な通勤路線としても機能しています。
愛知県と岐阜県を中心に、中京圏に緻密なネットワークを築いている私鉄で、営業キロ数は日本第3位(約444km)です。名古屋駅(名鉄名古屋駅)をハブとして各方面へ列車が発着し、空港アクセス特急「ミュースカイ」や、展望席を持つ特急「パノラマカー」の伝統を受け継ぐなど、地域に深く根ざした独自の鉄道文化を持っています。
戦国時代から江戸時代初期にかけて、徳川家康に絶対的な忠義を尽くし、数々の激戦で武功を挙げて江戸幕府の創設と天下統一に最も大きく貢献した4人の重臣の総称です。
四天王の筆頭であり、家康の若き人質時代から苦楽を共にした最古参の重臣です。長篠の戦いにおいて、武田軍の背後にある鳶ヶ巣山砦を奇襲して陥落させるという決定的な武功を挙げ、家康軍の数々の勝利に多大な貢献を果たしました。
「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」と称賛された、戦国最強とも言われる猛将です。生涯に57回の合戦に参加しながら、かすり傷一つ負わなかったという驚異的な伝説を持ちます。名槍「蜻蛉切」を振るい、敵陣に単騎で駆け入る勇猛さで恐れられました。
本多忠勝と同年代で、ともに家康の側近として活躍した智将です。武勇に優れるだけでなく、小牧・長久手の戦いでは豊臣秀吉の非を鳴らす檄文を書き記して秀吉を激怒させるなど、文書の作成や政治交渉といった文官としての能力も極めて高く、家康から深い信頼を得ていました。
四天王の中では最も若く、後から家康の家臣となった外様出身ですが、その圧倒的な武勇と政治手腕で出世を遂げました。武田氏の旧臣を率い、部隊の甲冑を赤一色に統一した「井伊の赤備え」は敵軍から悪魔のように恐れられました。関ヶ原の戦いでも大活躍し、彦根藩の基礎を築きました。
日本国内で開催されるフルマラソン大会の中で、参加人数の規模が桁違いに大きく、一般の市民ランナーが気軽に参加して楽しめるお祭りのような3つの代表的な大会の総称です。
日本最大規模の参加者(約3万8000人)を誇る都市型市民マラソンです。新宿、雷門、銀座、東京駅など、東京のど真ん中の観光名所を巡るコースであり、そのお祭り騒ぎのような熱気と沿道の途切れない声援から、市民ランナーにとって一度は走ってみたい憧れの大会の筆頭です。
茨城県土浦市などを舞台に、霞ヶ浦の湖畔を走る国内屈指の規模を誇る市民マラソンです(参加者約2万人)。比較的平坦で走りやすいコースに加え、地元の人々による名産のレンコンなどの私設エイド(給水・給食所)が非常に豊富であり、温かいおもてなしが市民ランナーから高く評価されています。
沖縄県の那覇市など南部5市町をコースとする、日本を代表する市民マラソンです。「太陽と海とジョガーの祭典」をテーマに、約3万人近いランナーが参加します。気温が高く過酷なレースですが、沿道の県民によるエイサーの応援や黒糖・フルーツなどの差し入れがあり、沖縄ならではの温かい雰囲気が魅力です。
古代から代々にわたり、日本の極めて重要な神社の最高神職(大宮司・国造など)を世襲で継承してきた、歴史と格式を誇る3つの代表的な一族(社家)の総称です。
伊勢神宮の外宮(豊受大神宮)において、代々禰宜(ねぎ)を務めてきた一族です。鎌倉時代後期には、外宮の地位を高めるために独自の神道思想である「伊勢神道(度会神道)」を大成し、中世以降の日本の神道思想の発展に極めて大きな影響を与えた格式高い一族です。
摂津国一宮である住吉大社において、代々大宮司などの最高神職を務めてきた一族です。古代から航海の神様である住吉大神に仕え、遣唐使などの国家的な対外交流においても重要な役割を担いました。和歌や文学にも優れた人物を多く輩出した名門の社家です。
出雲大社の最高神職であり、古代に出雲国を支配した出雲国造(いずものくにのみやつこ)の系譜を受け継ぐ由緒ある一族です。天穂日命を祖とすると伝えられ、神話の時代から現在に至るまで何十代にもわたって出雲大社の祭祀を厳格に執り行い続けている、日本最古の家系の一つです。
日本の鉄道路線の中で、車窓から見える風景が特に雄大で美しく、鉄道ファンや旅行者を魅了してきた3つの代表的な絶景区間の総称です。
北海道の旧国鉄根室本線・狩勝峠越えの区間(新内駅付近)の車窓です。トンネルを抜けると、眼下に広大な十勝平野がパノラマのように広がる雄大な景色が乗客を圧倒しました。1966年に新線(新狩勝トンネル)が開通したことでこの旧線は廃止され、現在は列車からその風景を見ることはできませんが、旧線跡は「狩勝ポッポの道」として整備されています。
長野県を走るJR篠ノ井線の姨捨(おばすて)駅周辺から見下ろす車窓風景です。急勾配の途中にあるためスイッチバック方式の駅となっており、車窓からは千曲川が流れる善光寺平(長野盆地)が一望できます。特に、棚田(田毎の月)が広がる景色や、夜になると盆地に広がる街の灯りが美しい夜景スポットとしても非常に有名です。
熊本県と宮崎県を結ぶJR肥薩線の、矢岳駅周辺(矢岳越え)の車窓風景です。霧島連山やえびの高原、桜島までも遠望できる壮大なスケールの山岳風景が広がります。急勾配を越えるためのスイッチバック(真幸駅など)やループ線(大畑駅)といった珍しい鉄道施設が密集しており、鉄道ファンにとっての聖地とも言える絶景区間です。
日本の出版業界において、長年にわたり圧倒的な売上規模と影響力を持ち、書籍、漫画、雑誌など幅広いジャンルを網羅する3つの巨大総合出版社の総称です。
「おもしろくて、ためになる」を理念とする日本最大の総合出版社です。野間清治によって創業され、『週刊少年マガジン』などの漫画雑誌や、数多くの文芸書、実用書、ファッション誌を幅広く発行しており、「音羽グループ」の中心として出版界のトップに君臨しています。
小学館の娯楽誌部門が独立して設立された出版社で、現在は小学館とともに「一ツ橋グループ」を形成しています。世界的な大ヒット作を連発する『週刊少年ジャンプ』をはじめとする漫画部門で圧倒的な強さを誇り、ファッション誌や文芸部門でも若年層から高い支持を得ています。
学習雑誌の出版からスタートした老舗の総合出版社で、「一ツ橋グループ」の中核です。『コロコロコミック』や『ドラえもん』など児童向けの書籍・漫画に強い歴史を持ちますが、現在は『週刊少年サンデー』などの漫画雑誌、週刊誌、図鑑や辞典の編纂など多角的に事業を展開しています。
日本の証券業界において、長い歴史と強固な顧客基盤を持ち、国内外の資本市場で圧倒的なシェアと影響力を誇る3つの巨大証券会社の総称です。
野村ホールディングス傘下の中核企業であり、日本の証券業界で長年にわたり圧倒的なガリバーとして君臨する最大手の証券会社です。強固な国内リテール(個人向け)営業網に加え、グローバルな投資銀行ビジネスを展開しており、日本の資本市場の発展を力強く牽引し続けています。
大和証券グループ本社傘下の証券会社で、業界第2位の規模を誇ります。野村證券とともに独立系の証券会社として長い歴史を持ち、個人投資家向けのコンサルティング営業や、ネット証券分野との融合に強みを持っています。リサーチ部門や法人向け投資銀行業務でも高い評価を得ています。
かつての「日興證券」をルーツに持ち、現在は三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)の傘下にある大手証券会社です。メガバンクの持つ巨大な資金力・強固な顧客基盤と連携した「銀証融合ビジネス」に強みを持ち、業界のトップ3の一角を占める総合証券会社として存在感を示しています。
日本国内で株式や債券などの有価証券の売買が行われる金融商品取引所のうち、上場企業数や取引規模が特に大きかった3つの代表的な取引所の総称です。
東京都中央区兜町にある、日本最大の金融商品取引所です。上場企業数および株式の時価総額は世界トップクラスであり、日経平均株価やTOPIXといった日本の代表的な株価指数の算出拠点でもあります。日本の資本主義の中心地として、世界中の投資家から日々膨大な資金が集まります。
大阪市中央区北浜にある取引所で、かつては「大阪証券取引所」として現物株の取引も活発に行っていました。2013年に東京証券取引所と経営統合して日本取引所グループ(JPX)となり、現在では日経225先物やオプション取引などの「デリバティブ(金融派生商品)取引」の専門市場として機能しています。
愛知県名古屋市中区栄にある金融商品取引所です。東京、大阪に次ぐ規模を持ち、トヨタ自動車などの地元企業をはじめとする中京圏の経済を支える役割を担っています。プレミア、メイン、ネクストという独自の上場市場区分を持ち、地域に密着した優良企業の資金調達の場として存続しています。
資源開発から食品、インフラまであらゆる事業に投資・参画し、世界中でビジネスを展開する日本の代表的な「総合商社」の総称です。(※一般に五大商社と呼ばれます)
三菱グループの中核企業であり、日本の総合商社の中で売上や純利益で常にトップ争いをする最大手です。天然ガスや金属などの資源ビジネスに圧倒的な強みを持つと同時に、ローソンなどの非資源分野やインフラ事業でも高い収益を上げる、非常にバランスの取れた強固な事業ポートフォリオを持っています。
繊維ビジネスからスタートした歴史を持ち、非資源分野(生活消費財、食料、情報通信など)において総合商社トップクラスの収益力を誇ります。ファミリーマートなどのリテール事業にも強く、中国などのアジア市場における独自のビジネス展開や、商社業界における働き方改革の先駆者としても高く評価されています。
「人の三井」と呼ばれる三井グループの中核企業であり、鉄鉱石やLNG(液化天然ガス)などのエネルギー・金属資源分野において国内最強クラスの権益とノウハウを持っています。近年はヘルスケアやモビリティなどの新しい産業分野への投資も積極的に行っており、グローバルな事業投資会社として進化を続けています。
住友グループの中核を担う総合商社です。資源ビジネスに加え、ケーブルテレビなどのメディア事業や、不動産事業、スーパーマーケットなどの国内リテール事業に独自の強みを持っています。リスク管理を徹底した堅実な経営手法「結束の住友」を体現する企業です。
芙蓉グループに属する大手総合商社です。古くから小麦や大豆などの穀物の取扱量において日本トップクラスを誇り、食料分野で強い存在感を示しています。また、海外における独立系発電事業者(IPP)としての電力事業など、特定の分野で業界トップクラスの実績を誇ります。
関西の演芸界において、松竹芸能に所属し長年にわたり上方漫才の舞台を牽引してきた、圧倒的な個性と爆笑の鉄板ギャグを持つ3組の大御所漫才コンビの総称です。
金ピカのド派手なスーツに身を包み、「すまんのぉ〜、笑えよ〜」「大金持ちのおぼっちゃまじゃ」という定番のホラ吹きギャグで会場を爆笑の渦に巻き込んだ、上方漫才を代表するベテランコンビです。たかしの赤いハンカチを噛むリアクションも有名です。
実の兄弟による漫才コンビで、兄のくにおのボケに対して、弟のとおるが「とおるちゃんでーす!」と自己主張の強いツッコミを入れる掛け合いで人気を博しました。テンポの良さと親しみやすいキャラクターで、松竹芸能の看板として長年活躍しました。
相方(はるか)の頭頂部の薄い髪の毛に向かって、もう一人(かなた)が息を「フッ!」と強く吹きかけると、残った長い髪がフワリとめくれ上がるという、視覚的にも強烈で誰もが笑ってしまう伝説的な鉄板ギャグを持つ、大御所漫才コンビです。
日本国内にある数多くの鍾乳洞(石灰岩の洞窟)の中で、特に規模が大きく、内部の鍾乳石や地底湖の美しさが際立つ3つの代表的な洞窟の総称です。
岩手県岩泉町にある国の天然記念物に指定された鍾乳洞です。世界有数の透明度を誇る青く澄んだ「地底湖」が最大の特徴で、現在確認されているだけでも水深120m以上に達します。ライトアップされた洞内の鍾乳石とドラゴンブルーに輝く湖面のコントラストは、息を呑むような神秘的な美しさです。
山口県の秋吉台の地下100mから200mに広がる、日本最大規模の鍾乳洞です。特別天然記念物に指定されており、観光コースだけでも約1kmあります。「百枚皿」と呼ばれる段丘状の石灰華生成物や、「黄金柱(こがねばしら)」と呼ばれる巨大な石灰華の柱など、圧倒的なスケールの造形美を楽しめます。
高知県香美市にある国の史跡および天然記念物に指定された鍾乳洞です。複雑に入り組んだ洞内には見事な鍾乳石が連なっています。最大の特徴は、洞窟の出口付近で弥生時代の土器が鍾乳石に包まれた状態(神の壺)で発見されたことであり、古代人がこの洞窟で生活していた歴史的証拠が残されています。
第二次世界大戦後の大相撲において、圧倒的な優勝回数と人気を誇り、一時代を築き上げて相撲ブームを牽引し、いずれも国民栄誉賞を受賞した3人の大横綱の総称です。
昭和30年代から40年代にかけて活躍した第48代横綱です。「巨人・大鵬・卵焼き」と子どもたちの好きなものの代名詞にされるほどの国民的な大スターでした。柏戸とともに「柏鵬時代」を築き、白鵬に抜かれるまで歴代最多であった幕内最高優勝32回という偉大な記録を残しました。
昭和50年代に活躍した第55代横綱です。史上最年少の21歳2ヶ月で横綱に昇進し、輪島とともに「輪湖時代」を築きました。その圧倒的なパワーとふてぶてしいまでの風格から「憎らしいほど強い」と形容されました。引退後は日本相撲協会の理事長として相撲界の発展に尽力しました。
昭和50年代後半から平成初期にかけて活躍した第58代横綱です。「ウルフ」の愛称で親しまれ、筋肉質の引き締まった体格から繰り出される豪快な上手投げで小兵ながら大男たちを次々と投げ飛ばしました。幕内最高優勝31回、前人未到の通算1045勝を達成した小さな大横綱です。
1960年代(昭和40年代)の歌舞伎界において、名前に「之助」が付き、その若さと美貌、華のある演技で爆発的な歌舞伎ブーム(三之助ブーム)を巻き起こした3人の若手花形役者の総称です。
のちに「昭和の海老蔵」として絶大な人気を誇り、十二代目市川團十郎を襲名した名優です。大きくて力強い目力と、華やかで豪快な立ち回り、そして江戸の荒事を見事に体現するスター性で、戦後の歌舞伎界を力強く牽引しました。
のちに七代目尾上菊五郎を襲名し、現在も人間国宝として歌舞伎界の重鎮として活躍している名優です。若き日はその端正な顔立ちと、立役(男役)と女形の両方を高いレベルでこなす類まれな才能で、多くの女性ファンを熱狂させました。
尾上松緑の長男として生まれ、力強くキレのある立ち回りと、知性的で爽やかな芸風で人気を集めました。三之助の中では最年長でリーダー格として活躍しましたが、病のため40歳の若さで早世し、後に三代目尾上松緑が追贈された伝説の花形役者です。
第二次世界大戦後の日本において、劇的な経済成長(高度経済成長)をもたらし、国民の生活水準を飛躍的に押し上げた3つの記録的な好景気の総称です。
1954年からの好景気で、「もはや戦後ではない」という言葉が経済白書に記されました。「神武天皇が即位して以来の未曾有の好景気」という意味で名付けられ、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫という「三種の神器」が一般家庭に爆発的に普及し始めました。
1958年からの好景気で、神武景気を超える「天照大御神が天の岩戸に隠れて以来の好景気」という意味で名付けられました。企業の設備投資がさらに新たな投資を生み出す「投資が投資を呼ぶ」状況となり、重化学工業が大きく発展して日本の高度成長を加速させました。
1965年からの長期間にわたる好景気で、日本神話の国生みの神「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」に由来します。カラーテレビ、クーラー、カー(自動車)の「新・三種の神器(3C)」が普及し、日本が資本主義国で世界第2位の経済大国へと躍進した黄金期です。
昭和時代に日本を襲った数多くの台風の中で、その勢力の強さと被害の甚大さから、気象庁によって特別に命名され歴史に名を残す3つの台風の総称です。
1934年(昭和9年)9月21日に高知県室戸岬付近に上陸し、関西地方を中心に未曾有の被害をもたらした台風です。上陸時の中心気圧911.6hPaは当時の日本本土での観測史上最低記録でした。強風と高潮によって大阪湾沿岸が壊滅的な被害を受け、木造校舎の倒壊により多くの児童の命が奪われるという悲惨な被害を出しました。
終戦直後の1945年(昭和20年)9月17日に鹿児島県枕崎市付近に上陸し、日本列島を縦断した台風です。上陸時の中心気圧916.3hPaという猛烈な勢力を保っていました。戦後の混乱期であったため気象情報が十分に伝わらず、広島県(原爆被災直後)での大規模な土石流など、全国で3000人以上の死者・行方不明者を出す大惨事となりました。
1959年(昭和34年)9月26日に紀伊半島に上陸し、東海地方を中心に日本の台風史上最悪の被害をもたらした台風です。猛烈な暴風に加え、伊勢湾で発生した大規模な高潮により、名古屋市周辺などの海抜ゼロメートル地帯が水没しました。死者・行方不明者は5000人を超え、これを契機に「災害対策基本法」が制定されるなど日本の防災体制の転換点となりました。
日本の歴史において、単なる事実の羅列ではなく、著者の思想や歴史哲学(歴史がどのように動き、誰が天下を治めるべきか)を交えて体系的に書かれた3つの歴史書の総称です。
鎌倉時代初期に天台宗の僧である慈円が記した歴史書です。日本の歴史が神の時代から武士の時代へと移り変わっていく過程を、仏教的な「道理(必然的な法則)」という独自の概念を用いて説明し、武家政権の成立を歴史の必然として捉えました。
南北朝時代に南朝の公家・北畠親房が記した歴史書です。日本が神の国(神国)であるという思想に基づき、三種の神器を受け継ぐ天皇こそが正統な支配者であると主張しました。南朝の正統性を理論づけるために書かれた、極めて政治的・イデオロギー的な歴史書です。
江戸時代中期に儒学者・政治家である新井白石が記した歴史書です。公家政権から武家政権へと権力が移り変わる過程を、儒教の大義名分論に基づいて段階的に分析・評価しました。近代的な歴史学の先駆けとも言える、非常に合理的で実証的な歴史論です。
2003年に「新日本三大夜景・夜景100選事務局」によって新たに選定された、日本の魅力的な3つの夜景スポットの総称です。
山梨県にある都市公園で、斜面に広がる公園内からは甲府盆地の夜景を一望できます。ドーム型のガラス温室がライトアップされる近景と、盆地に広がる街の灯り、そして天候が良ければ背景に富士山のシルエットが浮かび上がるという、他にはない幻想的で立体的な夜景を楽しめます。
奈良市にある標高342mのなだらかな山で、山頂からは奈良盆地の夜景を広く見渡すことができます。高層ビルがひしめく大都会の派手な夜景とは異なり、東大寺や興福寺といった古都の歴史的建造物のシルエットと、穏やかな街の灯りが調和した、静寂で情緒あふれる夜景が特徴です。
福岡県北九州市にある標高622mの山で、ケーブルカーとスロープカーで山頂へアクセスできます。かつて工業都市として栄えた北九州の広大な市街地や、洞海湾、若戸大橋のライトアップなど、圧倒的なスケール感と光量を持つパノラマ夜景は「100億ドルの夜景」とも称されています。
1970年代(昭和40年代後半〜50年代)の日本の歌謡界を席巻し、元祖御三家に代わって圧倒的な人気と熱狂を生み出した3人のトップ男性トップアイドルの総称です。
1971年にデビューし、確かな歌唱力と卓越したギターの演奏技術で、実力派のアイドルとして高い評価を得ました。『私鉄沿線』や『甘い生活』などの哀愁漂うヒット曲を連発し、お茶の間から音楽ファンまで幅広い層に愛されました。
1972年にジャニーズ事務所から『男の子女の子』でデビュー。その中性的な魅力と甘い声、そして華やかなダンスパフォーマンスで瞬く間にトップアイドルへと上り詰めました。現在に至るまで長きにわたり第一線で活躍し続ける、永遠のポップスターです。
1972年にデビューし、圧倒的な声量と激しいアクション、そして『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』に代表される観客と一体化する情熱的なパフォーマンスで、日本に新しいロックテイストのアイドル像を確立した、エネルギッシュな大スターです。
大正時代(1915年)に実業之日本社が主催した全国投票によって、古来の日本三景に次ぐ新しい時代の名勝として選定された3つの景勝地の総称です。
北海道南部の渡島半島に位置する、活火山である駒ヶ岳の噴火によってせき止められてできた湖沼群(大沼、小沼、蓴菜沼)です。湖畔の豊かな自然と、湖面に映る雄大な駒ヶ岳の姿が四季折々の美しい景観を作り出し、国定公園に指定されるなど北海道を代表するリゾート地として親しまれています。
静岡県の駿河湾に突き出た半島にある、約7kmにわたり約3万本のクロマツが茂る松原です。青い海、緑の松林、そして雪を戴く富士山という、浮世絵にも描かれた日本を象徴する風景が広がります。天女の羽衣伝説の舞台としても知られ、富士山の一部として世界文化遺産に登録されています。
大分県中津市を流れる山国川の上中流域に広がる、広大な渓谷美を誇る名勝です。火山活動と川の浸食によって形成された凝灰岩の奇岩や絶壁が連なり、特に秋の紅葉シーズンには岩肌と紅葉のコントラストが絶景となります。青の洞門など、自然と人間の歴史が交差するスポットも豊富です。
日本の自然崇拝において、古くから神が宿る神聖な場所として特に篤い信仰を集め、修験道などの聖地となった3つの霊山の総称です。(※諸説ありますが今回は指定の3つ)
日本最高峰であり、古来より活火山としての畏怖と美しい山容から、神が宿る山として信仰されてきました。浅間神社の総本宮があり、江戸時代には「富士講」という信仰集団が組織され、多くの庶民が霊山登拝を目指した、日本を代表する神聖な山です。
和歌山県の紀伊山地に位置する熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三山を中心とする地域です。古くから自然崇拝の聖地であり、平安時代には皇族や貴族がこぞって参詣した「熊野詣」で栄えました。神仏習合と修験道の一大拠点として世界遺産にも登録されています。
熱田は山ではありませんが、三種の神器の一つである「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を御神体として祀る熱田神宮の鎮座地として、古くから国家鎮護の神聖な場所(蓬莱山に見立てられた)として尊崇を集めました。伊勢神宮に次ぐ権威を持つとして、古代より武将や民衆から絶大な信仰を得ています。
1970年代後半の音楽シーンにおいて、自ら楽器を演奏し作曲を行うロック・ポップスの才能と、アイドル的なルックスを兼ね備え、新しい旋風を巻き起こした3人の総称です。
1976年にデビューした、日本を代表する天才ギタリストです。類まれなるギターの演奏技術に加え、甘いルックスと『気絶するほど悩ましい』『闘牛士』などのヒット曲で、当時の若い女性たちからロックミュージシャンでありながら熱狂的なアイドル人気を集めました。
1977年に18歳でデビューし、『てぃーんず ぶるーす』『キャンディ』『シャドー・ボクサー』の3ヶ月連続リリースという前代未聞のデビューを飾りすべて大ヒットさせました。ピアノを弾き語るカーリーヘアの天才ポップ・クリエイターとして絶大な人気を誇りました。
1977年にロックバンド「世良公則&ツイスト」のボーカルとしてデビューしました。『あんたのバラード』や『銃爪(ひきがね)』などで見せた、マイクスタンドを振り回す激しいアクションとハスキーでパワフルな歌声は、日本のロックバンドをメジャーシーンへと押し上げました。
日本の滝の中で、古くから神仏が宿る霊地として人々の篤い信仰を集め、宗教的な修行の場ともなってきた3つの神聖な滝の総称です。
和歌山県の熊野那智大社別宮である飛瀧神社の御神体として祀られている落差133mの直瀑です。日本古来の自然崇拝(アニミズム)の象徴であり、滝そのものが神として崇められています。古くから修験道の修行場としても知られ、今も白装束の行者が祈りを捧げる姿が見られます。
栃木県の日光山内に位置する滝で、日光を開山した勝道上人が発見したと伝えられています。仏教経典の「華厳経」から名付けられたとされ、日光修験の重要な修行場として山岳信仰と深く結びついてきました。中禅寺湖から流れ落ちる力強い姿は、神仏の威厳を感じさせます。
兵庫県神戸市の六甲山系に位置する4つの滝(雄滝、雌滝など)の総称です。古くから和歌に詠まれる名勝であると同時に、修験道の開祖である役行者が修行を開いたとされる伝説が残り、滝の周辺には龍神信仰に基づく祠が祀られるなど、都市部にありながら深い信仰の歴史を持ちます。
明治から昭和にかけて、歌舞伎(旧派)に対抗して現代の風俗や人間の愛憎を描く演劇として発展した「新派(しんぱ)」において、黄金時代を築き上げた3人の大看板役者の総称です。
新派劇の創成期から活躍した二枚目の立役(男役)俳優です。その堂々たる体格と美声、そして西洋演劇の要素を取り入れたモダンで写実的な演技によって、泉鏡花の戯曲などで絶大な人気を集め、新派の顔として長く君臨しました。
新派を代表する最高峰の女形俳優の一人です。歌舞伎の女形とは異なる、明治・大正時代のリアルな女性の心理や生活感を繊細に表現する演技スタイルを確立しました。その品格と知性を感じさせる芸風は、新派劇の芸術性を大きく高めました。
河合武雄と並び称される新派のもう一人の偉大な女形俳優です。しなやかで色気にあふれた色悪(悪女)や、情に厚い花街の女性を演じさせたら右に出る者はおらず、泉鏡花作品(『婦系図』のお蔦など)のヒロインを数多く初演し、新派の情緒豊かな世界観を決定づけました。
日本の基幹産業である自動車工業において、世界的なブランド力を持ち、国内外で圧倒的な生産台数と販売台数を誇る3つの代表的なメーカーの総称です。
愛知県豊田市に本社を置く、日本最大かつ世界トップクラスの販売台数を誇る巨大自動車メーカーです。「トヨタ生産方式(カンバン方式)」と呼ばれる徹底した効率化と高い品質管理で知られ、ハイブリッド車(プリウスなど)の普及を世界的に牽引しました。全方位的なモビリティ戦略で業界をリードしています。
オートバイの製造からスタートし、自動車、航空機(ホンダジェット)、ロボット、汎用エンジンなど多彩なモビリティを手掛ける企業です。「エンジンのホンダ」と呼ばれるほどの高い技術力を持ち、F1などのモータースポーツへの挑戦を企業DNAとしています。世界有数の四輪・二輪メーカーです。
神奈川県横浜市に本社を置く大手自動車メーカーで、古くからトヨタと並んで日本のモータリゼーションを牽引してきました。フランスのルノー、三菱自動車との強力なアライアンス(提携)を結んでおり、電気自動車(日産リーフなど)の量産化や自動運転技術(プロパイロット)の導入をいち早く進めた先進性が特徴です。
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、日本のアイドルブームの最盛期にジャニーズ事務所を牽引し、絶大な人気を誇った3つの男性アイドルグループの総称です。
1987年にデビューし、ローラースケートを履いて歌い踊るという斬新なパフォーマンスで日本中に社会現象を巻き起こした伝説的なスーパーアイドルグループです。『パラダイス銀河』や『ガラスの十代』など数々のミリオンヒットを連発し、一時代を築きました。
1988年にデビューした、ジャニーズ事務所としては珍しい本格的なロックバンドスタイルのグループです。『DAYBREAK』『TIME ZONE』などの硬派でメッセージ性の強い楽曲と、不良っぽさを残した男らしい魅力で、他のアイドルとは一線を画す人気を集めました。
1990年に「忍者」としてCDデビューを果たしたグループ(結成時は少年忍者)です。ジャニーズ伝統のアクロバットやバク転などの激しい身体表現を得意とし、日本の伝統的な要素(祭りや和のテイスト)を取り入れた楽曲『お祭り忍者』などで活躍しました。
警察庁の統計において、殺人や強盗、放火などの「重要犯罪」の認知件数が総じて多い傾向にある、人口が密集する3つの代表的な大都市圏(都道府県)です。
日本の総人口の約1割が集中し、巨大な歓楽街や繁華街を複数抱えているため、絶対的な母数の多さから重要犯罪の認知件数も全国で最も多くなります。警視庁による世界最大規模の警察組織が日々治安維持にあたっています。
西日本最大の都市圏であり、東京都に次いで人口密度が非常に高いため、重要犯罪の発生件数も上位となります。府警本部を中心とした徹底した取り締まりや、繁華街の浄化作戦などにより、治安の向上に継続的に取り組んでいます。
九州地方の拠点として人口が多く、過去には特定危険指定暴力団等による発砲事件や凶悪犯罪が相次いだ時期がありました。しかし、警察による集中的な壊滅作戦と暴力団排除条例の徹底施行により、現在は劇的な治安改善を遂げています。
江戸時代に、城下町の人口増加に伴う深刻な水不足を解消するため、高度な土木技術を用いて建設された3つの代表的な上水道施設の総称です。
徳川家康の命により整備された、江戸で最初の上水道です。井の頭池などの湧水を水源とし、木樋(もくひ)や石樋を使って地下に水道管を張り巡らせ、江戸市中の武家屋敷や町屋に綺麗な飲料水を供給し、大都市江戸の爆発的な人口増加を支えました。
兵庫県の赤穂藩において、浅野長直の命により千種川から水を引き込んで造られた上水道です。赤穂は海岸近くで井戸水に塩分が混ざるため飲料水に不向きであり、城下町の全域に網の目のように水道網を整備して各家庭に配水した画期的なインフラでした。
広島県の福山藩で、水野勝成が城下町を建設する際に芦田川から水を引き入れた上水道です。福山の城下町も干拓地であったため井戸水が塩辛く、この上水道が領民の生活を支える命の水となりました。城郭建築とともに計画的に整備された土木事業の傑作です。
日本の女子マラソン大会において、オリンピックや世界陸上などの国際大会の代表選考会に指定され、日本女子マラソン界を牽引してきた3つの権威ある国際大会の総称です。
毎年1月に大阪市で開催される、日本を代表するエリート女子マラソン大会です。御堂筋や大阪城公園などを巡るフラットで走りやすい高速コースが特徴であり、数々の日本記録や名勝負が生み出され、世界大会へ向けての有力選手の登竜門となっています。
毎年3月に名古屋市で開催される大会です。かつてのエリート限定の「名古屋国際女子マラソン」からリニューアルし、一般の女性市民ランナーも数万人規模で参加できる「世界最大の女子マラソン大会」としてギネス認定されています。完走者にティファニーのペンダントが贈られることでも人気です。
世界初の女子単独の国際マラソンとして1979年に始まった「東京国際女子マラソン」の後継大会として、2009年から横浜市で開催された大会です。山下公園や赤レンガ倉庫などを巡る風光明媚なコースでしたが、財政面などの理由により2014年をもって終了し、さいたま国際マラソンへと引き継がれました。
1970年代のデビューから現在に至るまで、自ら作詞・作曲を行い、日本のニューミュージックやJ-POPの発展に多大な貢献をし、数多くの名曲を生み出してきた3人の女性アーティストです。
「ユーミン」の愛称で親しまれ、1970年代に荒井由実としてデビューして以来、日本のポップス界を牽引し続けています。『ひこうき雲』や『春よ、来い』など、洗練された都会的なメロディと、映画のワンシーンのような情景描写豊かな歌詞で、常に時代の最先端の感覚を音楽で表現し続けてきた天才クリエイターです。
『時代』や『糸』、『地上の星』など、人間の深い情念や人生の応援歌を力強く歌い上げる、日本を代表するシンガーソングライターです。演島のような語り口と圧倒的な声量で聴く者の魂を揺さぶる一方で、ラジオパーソナリティ(オールナイトニッポン)としての明るくユーモラスな素顔も絶大な人気を集めました。
『プラスティック・ラヴ』や『元気を出して』、『駅』など、普遍的な日常の愛や人生の機微を、温かく親しみやすいメロディで包み込むシンガーソングライターです。良質なアメリカン・ポップスのエッセンスを取り入れた彼女の楽曲は、シティ・ポップの世界的ブームにより、近年海外でも爆発的な再評価を受けています。
日本の林業地帯において、何世代にもわたる人々の植林や枝打ちなどの徹底した手入れによって形成された、美しく優良な3つの人工林の総称です。
静岡県の天竜川流域(浜松市天竜区など)に広がる人工林です。明治時代に金原明善を中心に行われた治水事業と植林活動をきっかけに形成されました。温暖な気候と豊かな土壌のおかげで成長が早く、根元から真っ直ぐに育つ良質な「天竜杉」や「天竜ヒノキ」が生産され、住宅用の柱や建材として広く利用されています。
三重県南部の尾鷲市から紀北町にかけて広がる人工林です。日本有数の多雨地帯であり、急峻な地形と痩せた土壌という厳しい環境下で、ゆっくりと時間をかけて育てられる「尾鷲ヒノキ」が有名です。年輪が緻密で非常に強度が高く、油分を多く含むため美しい光沢があり、高級柱材や建具材として高い評価を得ています。
奈良県の吉野川流域(川上村、東吉野村など)に広がる、約500年の歴史を持つ日本最古の人工林地帯です。通常よりも苗木を非常に狭い間隔で植える「密植」と、何度も間伐を繰り返す独自の手法により、真っ直ぐで年輪が細かく均一な「吉野杉」が育ちます。樽丸(酒樽の材料)や高級建築材としてブランド化されています。
全国に約2300社ある「住吉神社(海の神・航海の守護神である住吉三神を祀る神社)」の中で、特に歴史が古く格式が高いとされる代表的な3社の総称です。
全国の住吉神社の総本社であり、摂津国一宮として古くから絶大な信仰を集めています。海中から現れたとされる住吉三神などを祀り、本殿は「住吉造」と呼ばれる日本最古の神社建築様式の一つ(国宝)です。初詣には毎年200万人以上が訪れます。
本州の西端、山口県下関市に鎮座する長門国一宮です。神功皇后が三韓征伐の折に住吉三神の荒魂を祀ったのが始まりとされ、非常に由緒ある古社です。室町時代に大内氏によって造営された本殿は珍しい九間社流造という建築様式であり、国宝に指定されています。
福岡市の中心部、博多区に鎮座する筑前国一宮です。日本書紀に記されたイザナギノミコトが禊祓を行った地であるとされ、全国の住吉神社の始源とする説もある歴史深い神社です。古くから海上交通の守護神として、朝廷や武将から篤く信仰されてきました。
日本の古典文学において、著者が日々の生活や自然の観察、人間社会の出来事を通じて感じた事柄を自由な形式で書き留めた、文学的価値が極めて高い3つの随筆作品の総称です。
平安時代中期に清少納言によって書かれた、日本最古の随筆です。「春はあけぼの…」で始まる冒頭が有名で、宮廷生活の華やかさや四季の自然の美しさを、鋭い観察眼と「をかし」という知的な美意識で鮮やかに描き出しており、日本の古典文学の最高傑作の一つです。
鎌倉時代初期に鴨長明によって書かれた随筆です。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…」の書き出しで有名です。大火災や地震、飢饉などの相次ぐ災害を記録し、世の無常と人間の脆さを説きながら、小さな方丈の庵で静かに暮らす心境を綴っています。
鎌倉時代末期から室町時代初期にかけて、吉田兼好(兼好法師)によって書かれた随筆です。「つれづれなるまゝに、日暮らし、硯にむかひて…」の序段で知られます。人生論、失敗談、美意識、社会批判など多岐にわたるテーマを、深い洞察とユーモアを交えて綴っています。
日本国内で開催されるクラシック音楽(オペラや歌曲など)の声楽コンクールにおいて、歴史が古く、プロのオペラ歌手への登竜門として最も権威のある3つの大会の総称です。
日本イタリア協会が主催する、イタリアのオペラや歌曲を対象とした非常に権威のあるコンクールです。優勝者(ミラノ大賞など)にはイタリアへの留学資金が授与されるなど、本場イタリアを目指す若手声楽家にとって最大の目標であり、数多くの世界的なオペラ歌手を輩出しています。
読売新聞社などが主催する、日本で最も古い歴史を持つ声楽コンクールの一つです。イタリアのベルカント唱法(美しく歌う技術)を正しく日本に普及させることを目的として創設されました。高い技術と豊かな表現力が求められ、日本のクラシック音楽界を支える重要なコンクールです。
毎日新聞社とNHKが共催する、日本国内の音楽コンクールの中で最も歴史と伝統があり、権威のある「日本音楽コンクール」の声楽部門です。ピアノやバイオリンなど他の部門と並んで、日本のクラシック音楽家の最高峰の登竜門とされ、このコンクールでの優勝は一流の証明となります。
日本の生命保険業界において、総資産、保有契約高、保険料等収入において長年にわたりトップを競い合ってきた、圧倒的な規模を誇る3つの巨大生命保険会社の総称です。
1889年に創業した日本の生命保険業界における圧倒的な最大手(ガリバー)です。相互会社という形態をとっており、全国に広がる「ニッセイのおばちゃん(生保レディ)」と呼ばれる強力な営業職員ネットワークを武器に、長年にわたり国内トップの保険料等収入と総資産を維持しています。
1902年に日本初の相互会社として設立され、その後2010年に業界の先陣を切って「株式会社化」を果たした大手生命保険会社です。積極的な海外M&A(企業買収)や、商品開発のスピード感に強みを持ち、日本生命とトップ争いを繰り広げる業界を牽引するリーディングカンパニーです。
2004年に日本最古の生命保険会社である明治生命(三菱グループ)と、安田生命(芙蓉グループ)が合併して誕生した大手生保です。相互会社体制を維持しており、地域密着型の営業や、健康増進をサポートする保険商品の開発などに注力し、強固な顧客基盤を確立しています。
日本の河川の中で、水質が極めて良好であり、美しい自然環境と豊かな生態系が保たれている3つの代表的な川の総称です。
高知県の西部を流れる四国最長の河川で、「日本最後の清流」として全国的に知られています。本流に大規模なダムがなく、沈下橋が点在する昔ながらの美しい日本の原風景が残っています。アユやテナガエビなど多様な水生生物が生息し、カヌーなどのリバーアクティビティも盛んです。
岐阜県を流れ伊勢湾に注ぐ一級河川で、中流域は「名水百選」にも選ばれています。古くから水質が良く、岐阜市や関市で行われる伝統的な「鵜飼」は、この川の清らかさの象徴でもあります。流域の文化や産業(和紙など)は長良川の恩恵を深く受けて発展してきました。
静岡県清水町を流れる全長わずか約1.2kmの日本で最も短い一級河川の一つです。富士山に降った雨や雪が地下水となり、数十年かけて湧き出た水が水源となっているため、年間を通じて水温が一定で極めて透明度が高いのが特徴です。国の天然記念物にも指定されています。
武家の名門である清和源氏(清和天皇の皇子から始まる源氏の系統)の発祥や一族の繁栄に深く関わり、源氏の氏神として崇敬された3つの由緒ある神社の総称です。
京都府京都市南区にある神社で、清和源氏の初代とされる源経基(六孫王)を祭神として祀っています。経基の邸宅跡に創建されたと伝えられ、清和源氏発祥の地として一族から大切に保護されました。境内には美しい桜や牡丹が植えられ、桜の名所としても親しまれています。
兵庫県川西市にあり、清和源氏の武士団を形成し強大な勢力を誇った源満仲をはじめ、頼光・頼信・頼義・義家の五公を祀る神社です。多田院という寺院として創建され、後に神社となりました。源氏の祖廟(そびょう)として、鎌倉幕府や室町幕府、江戸幕府の歴代将軍から手厚い保護を受けました。
大阪府羽曳野市にある、源頼義が京都の石清水八幡宮から八幡神を勧請して創建した神社です。この地を本拠地とした河内源氏(源頼朝などを輩出した系統)の氏神であり、武勇に優れた源義家(八幡太郎)ゆかりの地として、源氏の武将たちから必勝祈願の場として深く信仰されました。
日本の山岳地帯において、夏でも雪が融けずに谷筋に残る大規模な雪渓のうち、規模や美しさ、登山ルートとしての重要性から特に著名な3つの大雪渓の総称です。
長野県の白馬岳東斜面に広がる日本最大規模の雪渓で、長さ約3.5km、標高差約600mに及びます。夏場でも涼しい風が吹き抜け、上部の高山植物のお花畑と雪渓のコントラストが美しく、多くの登山者が列をなして登る人気ルートです。
北アルプスの針ノ木峠へ向かう谷筋にある大雪渓で、白馬大雪渓に次ぐ規模を誇ります。古くから立山信仰の修験者や交易の道として利用されてきました。夏でも豊富な雪が残り、アイゼンを装着しての本格的な雪渓登りが楽しめるルートです。
富山県の剱岳や立山連峰の間に位置する剱沢に広がる大雪渓で、長さは約4kmに及びます。真夏でも広大な雪原が残り、剱岳の険しい岩峰群と雪渓が織りなす圧倒的な絶景は多くの登山家を魅了しますが、雪上歩行の確かな技術が必要です。
日本国内において、全国に販売網と取材網を持ち、発行部数や社会的影響力が極めて大きい3つの代表的な日刊新聞の総称です。
1874年に創刊された、日本の新聞の中で最も多い発行部数(世界一の発行部数としてギネス認定)を誇る全国紙です。プロ野球の読売ジャイアンツを傘下に持つことでも知られます。紙面は比較的保守的・中道的な論調であり、幅広い大衆に読みやすい分かりやかな記事作りを特徴としています。
1879年に大阪で創刊された、読売新聞に次ぐ発行部数を持つ全国紙です。高校野球(夏の甲子園)の主催者としても有名です。リベラル・進歩的な論調を特徴とし、知識人や教育関係者からの支持が厚く、日本のオピニオンリーダーとしての役割を自認するクオリティペーパー(高級紙)です。
1872年創刊の『東京日日新聞』を源流とし、三大紙の中で最も古い歴史を持つ全国紙です。春のセンバツ高校野球や、将棋の本因坊戦などを主催しています。リベラル・中道的な論調であり、過去に数々の優れたスクープや調査報道を行い、新聞協会賞を最多受賞するなど高い取材力を誇ります。
日本の物流を根底から支える倉庫業界において、旧財閥系をルーツに持ち、港湾運送から国際物流、不動産事業までを幅広く手掛ける3つの巨大総合物流企業の総称です。
三菱財閥のルーツを受け継ぐ国内最大の倉庫・総合物流企業です。全国の主要港湾に巨大な物流拠点(倉庫)を構えるだけでなく、医薬品や食品などの高度な温度管理物流に強みを持っています。さらに、「ダイヤゲート海浜ビル」などに代表される大規模な不動産賃貸事業も高い収益源となっています。
三井財閥系の総合物流企業です。港湾の倉庫保管業務から発展し、現在では陸・海・空の輸送ネットワークを駆使したグローバルなサプライチェーンマネジメント(SCM)の構築に力を入れています。物流業務の一括受託(サードパーティ・ロジスティクス=3PL)において高い実績を持ちます。
住友財閥をルーツとする大手総合物流企業で、大阪を本拠地として発展しました。国際海上輸送や港湾運送事業に強固な基盤を持ち、国内外の巨大な倉庫網を活用した効率的な物流サービスを提供しています。他社同様、都心部を中心とした優良なオフィスビル等の不動産事業も堅調です。
明治時代以降の日本において、農業用水の確保、水力発電、舟運などを目的として、国を挙げて開削された3つの大規模な人工水路の総称です。
明治維新による東京への事実上の遷都で衰退の危機にあった京都を復興するため、琵琶湖の水を長大なトンネルを掘って京都に引き入れた大プロジェクトです。日本初の事業用水力発電を生み出し、インクライン(傾斜鉄道)などの貴重な産業遺産が残されています。
明治政府による士族の救済と東北開発を目的として、猪苗代湖の豊富な水を福島県郡山市周辺に引いた水路です。オランダ人技師ファン・ドールンの助言のもと建設され、水不足に悩んでいた不毛の安積原野を、現在のような豊かな穀倉地帯へと変貌させました。
栃木県北部の広大な那須野が原に、那珂川から水を引き入れた人工水路です。水が浸透しやすい火山灰地であったため深刻な水不足に悩まされていた那須野が原を、日本有数の農業地帯や広大な酪農地帯へと開拓する原動力となり、地域の発展に大きく貢献しました。
日本各地にある蕎麦(そば)の中で、麺の製法や食べ方のスタイルに独自の強い伝統があり、全国的にその名が知られている3つの郷土蕎麦の総称です。
長野県の戸隠地方に伝わる伝統的な蕎麦です。修験道の霊場であった戸隠の宿坊で参詣者に振る舞われたのが始まりとされます。麺の水を切らずに「ぼっち盛り」と呼ばれる独特の小分けした盛り方で丸い竹ざるに盛り付けるのが特徴で、大根おろしを薬味に使うことも多く、山芋をつなぎにしない蕎麦本来の風味を楽しめます。
島根県の出雲地方で食べられる郷土蕎麦です。蕎麦の実を殻(甘皮)ごと挽く「挽きぐるみ」の製法で作られるため、麺の色が黒っぽく、香りと風味が非常に強いのが特徴です。丸い漆器の器(割子)を三段に重ねて提供される「割子そば」が有名で、つゆを直接器にぶっかけて食べる独特のスタイルを持っています。
岩手県(主に盛岡市や花巻市)に伝わる、エンターテインメント性の高い独特の蕎麦です。給仕さんが「はい、じゃんじゃん」などの掛け声とともに、客が持っているお椀に一口大の蕎麦を次々と投げ入れるように補充し、客がお椀の蓋を閉めるまで食べ続けるというスタイルです。元々は地主が多くの客をもてなすための風習でした。
日本の損害保険業界における度重なる再編・統合を経て誕生した、自動車保険や火災保険などで国内市場の大半のシェアを占める3つの巨大な損害保険グループの総称です。
東京海上グループの中核企業であり、日本の損害保険業界でトップの正味収入保険料と強固な収益力を誇るリーディングカンパニーです。1879年創業の日本初の損保会社である東京海上をルーツとし、企業向けの海上保険などに伝統的な強みを持つと同時に、海外展開でも業界を牽引しています。
三井海上と住友海上が合併して誕生し、現在はMS&ADインシュアランスグループの中核を担う大手損保です。同じグループ内のあいおいニッセイ同和損保と合わせると国内最大規模のシェアとなります。アジアを中心とした海外市場の開拓に積極的で、高い成長力を見せています。
安田火災、日産火災、日本興亜損保などが統合を繰り返して誕生したSOMPOホールディングスの中核企業です。単体の損害保険会社としては国内最大級の収入保険料規模を誇ります。国内の自動車保険や火災保険に強固な基盤を持ち、介護・ヘルスケア事業など多角的な展開を進めています。
大正時代において、その際立った美貌と知性、そして波乱万丈な人生が当時のメディア(新聞や雑誌)で大きく取り上げられ、社会の注目を一身に集めた3人の女性の総称です。
浄土真宗本願寺派(西本願寺)第21代法主・明如の次女として生まれ、九条良致男爵に嫁ぎました。和歌に秀でた才色兼備の女性として知られ、関東大震災の際には被災者の救護活動に尽力しました。その気高い美しさと慈愛に満ちた活動から絶大な人気を誇りました。
大正天皇の従妹にあたる華族の出身です(本名:燁子)。政略結婚で九州の炭鉱王・伊藤伝右衛門の妻となりましたが、社会運動家の宮崎龍介と恋に落ち、新聞紙上で夫への絶縁状を公開して駆け落ちした「白蓮事件」は、大正時代最大のセンセーションを巻き起こしました。
新橋で美貌と機転の良さで名を馳せた名芸妓であり、後に高名な法律家(政治家)である江木衷の妻となりました。社交界の華として華麗な生活を送り、大正デモクラシー期のモダンな女性の象徴とされましたが、晩年は夫の死や異父弟の事件などにより波乱の人生を歩みました。
自動車産業を足元から支える日本のゴム・タイヤ製造業において、高い技術力を持ち、世界シェアでも上位に食い込む3つの代表的な企業の総称です。
福岡県久留米市で創業し、現在では世界シェアトップクラスを誇る巨大なタイヤメーカーです。乗用車用から航空機、鉱山用巨大ダンプのタイヤまであらゆるゴム製品を製造しています。F1などのモータースポーツで培った圧倒的な技術力と、グローバルな販売網で世界のタイヤ市場を牽引し続けています。
兵庫県神戸市に本社を置き、「ダンロップ」や「ファルケン」といった世界的に有名なタイヤブランドを展開する大手メーカーです。日本で初めて自動車用近代タイヤを生産した歴史を持ち、低燃費タイヤや特殊吸音スポンジを搭載した静粛性の高いタイヤなど、独自の高付加価値製品の開発に強みを持っています。
「YOKOHAMA」ブランドで知られる日本の大手タイヤメーカーです。ウェットグリップ性能(雨の日の滑りにくさ)に特化したタイヤ「ブルーアース」シリーズや、スポーツカー愛好家から絶大な支持を集める「アドバン(ADVAN)」ブランドなどを展開し、モータースポーツやドレスアップ市場で高い人気を誇ります。
日本の推理小説(探偵小説)の歴史において、常軌を逸した複雑な構成、膨大なペダントリー(衒学趣味)、難解な文体から「読み終える前に気が狂う」などと評される3つの異端の傑作です。
夢野久作が10年以上の歳月をかけて完成させた大作です。記憶喪失の青年が精神科病院で目覚め、猟奇的な殺人事件の真相や自らの正体を解き明かしていく物語ですが、劇中劇や論文が複雑に入り組み、「これを読むと一度は精神に異常をきたす」と謳われる究極の奇書です。
小栗虫太郎が執筆した長編推理小説です。降矢木家という呪われた洋館「黒死館」で起こる連続殺人事件を、名探偵・法水麟太郎が解決する物語ですが、オカルト、神学、医学、物理学などあらゆる分野の膨大かつ難解な専門知識(ペダントリー)がちりばめられた衒学趣味の極致です。
中井英夫(塔晶夫)が執筆した長編推理小説(アンチミステリ)です。「氷沼家」で起こる連続密室殺人事件に対し、登場人物たちが次々と推理合戦を繰り広げますが、推理そのものが現実の殺人を引き起こしていくというメタフィクション的な構造を持ち、推理小説の枠組み自体を破壊した傑作です。
飛鳥時代から奈良時代にかけて、国家の強力な庇護のもとに建立され、日本の仏教の中心的な役割を担った、特に格式が高く規模が大きかった3つの寺院の総称です。
聖徳太子が建立した熊凝精舎を起源とし、飛鳥時代には「大官大寺」として国家最高の寺格を誇りました。平城京への遷都に伴って奈良に移り「大安寺」と改称されました。広大な伽藍を持ち、南都七大寺の一つとして奈良時代の仏教研究の中心として栄華を極めました。
蘇我馬子が建立した日本最初の本格的な仏教寺院「飛鳥寺(法興寺)」が、平城京への遷都に伴って奈良に移築され「元興寺」と改称されました。かつては広大な寺域を誇り、中世以降は庶民信仰の場(極楽坊)として発展しました。一部の建物や屋根瓦に飛鳥時代の遺構がそのまま残されています。
飛鳥時代に天智天皇によって建立された「川原寺」が起源とされ、飛鳥の四大寺の一つとして大官大寺や飛鳥寺と並び称されました。平城京遷都後も本寺は飛鳥に残りましたが、後に「弘福寺」とも呼ばれました。現在は広大な礎石や発掘された美しい装飾品が、当時の壮麗さを物語っています。
江戸時代において、その圧倒的な巨大さと仏教信仰の中心として、全国の庶民から広く認知され親しまれていた3つの巨大な仏像の総称です。
奈良県の東大寺大仏殿に安置されている、聖武天皇の詔により天平勝宝4年(752年)に開眼供養が行われた巨大な盧舎那仏坐像です。像高は約15メートルにも及び、二度の兵火による焼失と再建を経て、現在も日本を代表する大仏として世界中の人々から崇敬されています。
神奈川県鎌倉市の高徳院にある、像高約11.3メートルの阿弥陀如来坐像です。鎌倉時代に造立されて以来、津波などで大仏殿が流失し、室町時代以降は露座(屋外に安置)となっています。その慈愛に満ちた美しい顔立ちは、武家政権の都・鎌倉のシンボルとして不動の地位を築いています。
京都の方広寺にかつて存在した巨大な大仏です。豊臣秀吉の発願によって木造の大仏が造られましたが地震で倒壊し、江戸時代に徳川家康の支援で銅造の大仏として再建されました。当時の奈良の大仏を凌ぐ高さ約19メートルを誇りましたが、江戸時代後期の落雷による火災で惜しくも焼失しました。
明治時代以降から第二次世界大戦の戦前期にかけて、焼失した京の大仏に代わり、日本を代表する三大仏の一つとして数えられた大仏を含む総称です。
奈良時代から日本の国家鎮護の象徴として圧倒的な存在感を放つ東大寺の盧舎那仏です。戦前期においても、修学旅行生や国内外の観光客が必ず訪れる日本の最高峰の仏教美術および信仰の中心であり、大仏といえば奈良という確固たる地位を維持し続けていました。
鎌倉の露座の大仏として親しまれる阿弥陀如来像です。明治時代の廃仏毀釈の嵐を乗り越え、詩人与謝野晶子が「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」と詠んだように、近代以降もその芸術的価値と美しさが多くの文人墨客から高く評価されました。
兵庫県神戸市の能福寺に、明治24年(1891年)に豪商・南条荘兵衛の寄進によって建立された像高約8.5メートルの大仏です。京の大仏が焼失した後、新たな三大仏として親しまれましたが、昭和19年(1944年)に太平洋戦争の金属類回収令によって国に供出され、一度姿を消す悲劇に見舞われました。
戦後から現在に至るまで、奈良・鎌倉に次ぐ「3番目の大仏」として名乗りを上げている、あるいは歴史的な系譜として語り継がれる大仏たちの総称です。
現在も揺るぎない日本最大の仏教の象徴である東大寺の盧舎那仏です。1998年には「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録され、国際的な文化財保護の観点からも日本の大仏の筆頭として世界中から数多くの参拝者を集め続けています。
国宝に指定されている鎌倉の高徳院の阿弥陀如来坐像です。戦後の復興期においても湘南・鎌倉エリアの観光の目玉として親しまれ、近年では保存修復工事(クリーニング)が行われるなど、後世にその美しい姿を残すための継続的な保護活動が行われています。
太平洋戦争で金属供出され台座だけが残っていた兵庫県神戸市の能福寺の大仏ですが、戦後の復興と人々の強い願いにより、平成3年(1991年)にふたたび巨大な銅造の毘盧遮那仏として見事に再建され、改めて日本三大仏の一つとして名乗りを上げています。
江戸時代に焼失した後、天保年間(1843年)に木造の半身像として復興された京都・方広寺の大仏ですが、昭和48年(1973年)の火災によって再び焼失してしまいました。現在はその姿を見ることはできませんが、歴史上存在した巨大仏の系譜として語り継がれています。
かつて滋賀県大津市の関寺にあったとされる巨大な銅造の弥勒菩薩の半身像です。平安時代から鎌倉時代にかけて奈良・東大寺の大仏と並び称されましたが、度重なる火災や地震で失われました。現在は幻の大仏として、日本の仏教彫刻史の伝説となっています。
日本の近代化と戦後の高度経済成長を支えるため、未曾有の大工事の末に完成した、規模や貯水量、発電量が圧倒的に大きい3つの巨大ダムの総称です。
福島県と新潟県の県境にある阿賀野川水系の只見川に建設された重力式コンクリートダムです。ダムによって形成された人造湖(奥只見湖)の総貯水容量は約6億立方メートルと日本屈指の規模を誇り、国内最大級の揚水式水力発電を行っている巨大なエネルギー拠点です。
富山県の黒部川上流に建設されたアーチ式コンクリートダムで、堤高(高さ)186メートルは現在でも日本一です。世紀の大事業と呼ばれ、破砕帯での壮絶なトンネル掘削工事など、多数の犠牲を伴いながら完成しました。現在は立山黒部アルペンルートの最大の観光名所となっています。
岐阜県北部の庄川に建設された、岩石や土砂を積み上げて造る「ロックフィル式」としては当時東洋一の規模を誇った巨大ダムです。建設の際、湖底に沈む予定だった樹齢400年以上の「荘川桜」が、前代未聞の移植工事によって奇跡的に救出された感動的なエピソードでも有名です。
新春や早春の縁日において、商売繁盛や家内安全、厄除けなどを祈願する縁起物である「だるま」を売る露店が境内に多数並び、多くの参拝客で賑わう3つの代表的な市です。
今井香久山妙法寺で旧暦の正月に開催される大祭で、「日本三大だるま市」の筆頭とも言われます。全国から数十万人の参拝客が訪れ、境内には大小さまざまな「鈴川だるま」を売る露店がズラリと並びます。商売繁盛や家内安全を祈願し、活気ある声が飛び交う新春の風物詩です。
関東屈指の古刹である深大寺で毎年3月3日と4日に開催される厄除元三大師大祭に併せて行われます。境内には約300店ものだるま店が並び、「東京の春の風物詩」として親しまれています。購入しただるまに僧侶が直接、梵字の「阿」を書き入れる「だるま開眼」が名物となっています。
だるまの生産量日本一を誇る高崎市で、少林山達磨寺を中心に行われてきた伝統的な市です(現在は高崎駅前でも大規模に開催)。眉毛は鶴、鼻から口ヒゲは亀を表現した縁起の良い「高崎だるま(福だるま)」が大量に販売され、選挙の必勝祈願や企業の業績向上を願う人々で大変な賑わいを見せます。
日本の男子マラソン大会において、国際的なエリートランナーが多数参加し、オリンピックや世界陸上の代表選考会も兼ねるなど、特に格式と権威が高い3つの国際大会の総称です。
2007年に始まった、東京都心の観光名所を巡る大規模な都市型マラソンです。約3万人以上の一般市民ランナーとともに世界トップクラスのエリート選手が走ります。ワールドマラソンメジャーズ(世界六大マラソン)の一つに認定されており、世界的に最も注目される日本の大会です。
1947年から開催されている歴史ある大会で、かつては「事実上の世界一決定戦」とも呼ばれた極めてレベルの高いエリート男子限定のマラソン大会です。参加標準記録が厳しく、国内外のトップアスリートが集結し、日本マラソン界の歴史を彩る数々の名勝負が繰り広げられてきました。
1946年に大阪で始まり、のちに滋賀県の琵琶湖畔で開催されるようになった日本最古のマラソン大会です。強風などのタフな気象条件の中で行われることが多く、真の実力が試されるエリート大会として権威を誇りましたが、2021年の第76回大会をもって終了し、大阪マラソンと統合されました。
江戸時代の偉大な劇作家・近松門左衛門が、実際に起きた男女の心中事件を題材にして書き上げた人形浄瑠璃(世話物)の演目の中で、最高傑作とされる3作品の総称です。
1703年初演。大坂の醤油屋の手代・徳兵衛と、堂島新地の遊女・お初が、義理のしがらみや悪人に騙された絶望から、曾根崎の森で情死するまでを描いた近松の世話物第一作です。「この世のなごり、夜もなごり…」という美しい道行きの名文句で知られ、空前の大ヒットとなりました。
1711年初演。飛脚問屋の養子である忠兵衛が、遊女・梅川を身請けするため、絶対に手を付けてはいけない「公金の封印」を切ってしまうという物語です。後戻りできなくなった二人が、忠兵衛の故郷である大和国新口村へ雪の中を逃避行する哀切な道行きが涙を誘います。
1720年初演。紙屋の主人・治兵衛と、遊女・小春の心中事件を描いた作品です。治兵衛の妻であるおさんの自己犠牲や、二人の関係を断ち切らせようとする周囲の努力も虚しく、義理と人情の板挟みになった二人がついに網島の大長寺で命を絶つという、近松の世話物の集大成です。
日本の地方銀行の中で、総資産や預金残高、貸出金残高などが突出して大きく、全国の地銀トップクラスの規模と影響力を持つ3つの代表的な銀行の総称です。
神奈川県横浜市に本店を置く、日本の地方銀行で最大規模の総資産と預金残高を誇るリーディングバンクです。神奈川県と東京都を主要な営業地盤とし、コンコルディア・フィナンシャルグループの中核として、地域経済の発展と中堅・中小企業の支援に多大な貢献をしています。
静岡県静岡市に本店を置く地方銀行で、「しずぎん」の愛称で親しまれています。自己資本比率が非常に高く、全国の銀行の中でもトップクラスの財務の健全性と堅実な経営体制を持つことで知られています。東海地方を地盤とし、アライアンス戦略などで独自の成長を続けています。
福岡県福岡市に本店を置く、九州地方で最大規模の地方銀行です。ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)の中核銀行であり、九州全域に強固な営業基盤を持っています。積極的な広域展開やデジタル化・フィンテック戦略を進めており、地方銀行の再編を牽引する存在として注目されています。
日本国内において、華僑や華人によって形成され、中国の伝統的な文化、建築、そして本格的な中華料理を楽しむことができる3つの大規模な街の総称です。
神奈川県横浜市中区にある、日本最大かつ東アジア最大規模の中華街です。500店以上の飲食店や雑貨店がひしめき合い、牌楼(ぱいろう)と呼ばれる色鮮やかな門が街の東西南北に建っています。肉まんや小籠包の食べ歩きから、本格的な中国四大料理のフルコースまで、あらゆる中華グルメを堪能できる一大観光スポットです。
兵庫県神戸市中央区にある、関西地方を代表する中華街です。東西約270mのメインストリートを中心に、中華料理店や点心のテイクアウト店が軒を連ねています。横浜の中華街に比べるとコンパクトですが、広場にあるあずまや(亭)を中心に活気にあふれ、特に春節(旧正月)の時期には龍舞や獅子舞のパレードで大いに盛り上がります。
長崎県長崎市にある、日本で最も古い歴史を持つ中華街です。江戸時代の鎖国下でも唯一中国との貿易が許されていた長崎において、唐人屋敷の跡地周辺(新地)に形成されました。長崎名物の「ちゃんぽん」や「皿うどん」の発祥の地としても知られ、冬に開催される長崎ランタンフェスティバルでは街全体が極彩色に彩られます。
日本の歴史上において、自らの命や一族の利益を顧みず、主君や天皇に対して絶対的な忠義を尽くしたことで後世まで高く評価されている3人の歴史的人物の総称です。
平安時代末期の武将で、平清盛の長男です。父・清盛の専横が激しくなり後白河法皇を幽閉しようとした際、「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」と涙ながらに諫め、主君への忠義と親への孝行の間で苦悩した良識的な武将として知られます。
鎌倉時代末期から建武の新政にかけて後醍醐天皇に仕えた側近(公家)です。倒幕の功労者でありながら、建武の新政において恩賞が不公平であることや天皇の政治姿勢を命がけで厳しく諫めました。しかし聞き入れられなかったため、自ら出家して姿を消した清廉潔白な忠臣です。
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将(悪党)で、後醍醐天皇の倒幕運動に呼応して挙兵し、千早城などで鎌倉幕府の大軍を相手に神出鬼没の戦いを展開しました。最期は圧倒的に不利な湊川の戦いに天皇への忠義のために出陣し、壮絶な討死を遂げた「大楠公」です。
日本沿岸において、干満の差や狭い瀬戸の地形によって、海川のように激しい潮流が渦巻く3つの代表的な海域の総称です。
愛知県の渥美半島(伊良湖岬)と三重県の鳥羽市(神島)の間に位置する水道です。広大な伊勢湾と三河湾の海水が、太平洋と行き来する際の唯一の出入口となっているため非常に潮の流れが速く、海の難所として知られます。豊かな漁場でもあり、良質な海産物が水揚げされます。
山口県柳井市と屋代島(周防大島)を隔てる狭い海峡(瀬戸)です。幅が最も狭い場所で約700mしかなく、瀬戸内海の干満によって激しい潮流が発生し、大小の渦潮が見られます。古くから海上交通の難所として恐れられてきましたが、現在は大畠瀬戸に架かる大島大橋がシンボルとなっています。
長崎県の佐世保市にあり、大村湾と佐世保湾をつなぐ全長約11kmの非常に細長い海峡です。最も狭い部分の幅はわずか約10mしかなく、大村湾の膨大な海水が干満のたびに出入りするため、川の急流のような激しい潮流が生じます。「観潮橋」からの渦巻く潮の眺めが有名です。
日本古来の海産物を利用した加工食品の中で、製法が独特で希少価値が高く、酒の肴(おつまみ)として極上の味わいを持つとされる3つの珍味の総称です。
ボラ(鯔)の卵巣を塩漬けにして塩抜きしたあと、天日干しにして乾燥させた高級珍味です。名前の由来は、形状が中国(唐)の墨に似ているためとされています。ねっとりとした濃厚な旨味と独特の塩気が特徴で、薄くスライスしてそのまま酒の肴にしたり、軽く炙ったり、大根に挟んで食べるのが一般的な楽しみ方です。
ナマコ(主にマナマコ)の細長い腸(はらわた)を丁寧に集め、きれいに砂を取り除いてから塩辛にした珍味です。一匹のナマコから取れる腸の量は非常に少なく、手間がかかるため大変希少です。磯の強い香りと独特のぬめり、そして深い旨味があり、熱燗の日本酒との相性が抜群であると古くから食通に愛されてきました。
生のウニの生殖巣(卵巣や精巣)に塩を振り、水分を抜いて熟成させた「塩うに(練りうに)」のことです。特に福井県の「越前雲丹(えちぜんうに)」が有名で、バフンウニを用いて作られます。生のウニよりも旨味が極限まで凝縮されており、ねっとりとした食感と磯の香りが口いっぱいに広がる、贅沢極まりない珍味です。
日本の鉄道駅の中で、プラットホームの数や乗り入れ路線数、1日の乗降客数が桁違いに多く、巨大なターミナルとして機能している3つの代表的な駅の総称です。
日本の首都・東京の表玄関であり、全国の新幹線網の起終点となるターミナル駅です。プラットホームの数(番線数)は日本一で、JR線のほか地下鉄なども多数乗り入れています。1914年に開業した赤レンガ造りの丸の内駅舎は国の重要文化財に指定されており、日本の鉄道の中心というだけでなく、歴史的・文化的な象徴でもあります。
JR、私鉄、地下鉄の多数の路線が乗り入れる、日本の交通の要衝です。1日あたりの平均乗降客数が約350万人を超え、「世界一乗降客数の多い駅」としてギネス世界記録に認定されています。駅の構造が非常に複雑で広大であることから、迷宮を意味する「新宿ダンジョン」とも呼ばれ、絶えず多くの人々が行き交うメガステーションです。
新宿駅に次ぐ世界第2位の乗降客数を誇る、東京の副都心を代表する巨大ターミナル駅です。JR山手線や埼京線のほか、東武鉄道、西武鉄道、東京メトロなど多数の路線が乗り入れています。埼玉県方面からの通勤・通学客の重要な玄関口となっており、駅周辺には巨大な百貨店や商業施設が密集し、常に活気に満ちあふれています。
日本の在来線において、歴史が古く、長距離を結び、日本の大動脈として経済や文化の発展に大きく貢献してきた3つの主要幹線の総称です。
東京都の東京駅から兵庫県の神戸駅までを結ぶ、日本最古にして最重要の鉄道路線です。1872年に新橋〜横浜間で日本初の鉄道として開業して以来、首都圏、中京圏、近畿圏という日本の三大都市圏を結ぶ大動脈として機能し、新幹線が開業した現在でも貨物輸送や地域輸送において極めて重要な役割を果たしています。
東京都の東京駅から東北地方を縦断する大幹線です。かつては青森駅までを結ぶ日本最長の在来線(約739km)でしたが、東北新幹線の延伸に伴い一部が第三セクター化されたため、現在は盛岡駅までなどがJR線として残っています。首都圏の通勤路線として、また北日本への物流の大動脈として重要な路線です。
兵庫県の神戸駅から瀬戸内海沿いを走り、山口県を経て福岡県の門司駅までを結ぶ大幹線です。東海道本線と直結して本州と九州を結ぶ西日本の大動脈であり、かつては多数のブルートレイン(寝台特急)が行き交いました。現在も瀬戸内工業地域を支える貨物輸送の要衝であり、地域密着型の旅客輸送も担っています。
日本の高速鉄道(新幹線)において、輸送人員が多く、日本の国土を縦断・横断する重要な大動脈として機能している3つの代表的な路線の総称です。
1964年の東京オリンピック直前に開業した日本初(世界初)の高速鉄道です。東京から新大阪までを結び、日本の経済成長を強力に牽引しました。「のぞみ」を中心に過密なダイヤで運行され、1日あたりの輸送人員や本数は圧倒的で、日本のみならず世界の高速鉄道の歴史と安全性の基準を築き上げた最も重要な路線です。
東海道新幹線に続いて1972年に新大阪から岡山まで、1975年に博多まで全線開業した路線です。東海道新幹線と直通運転を行い、首都圏・近畿圏と中国地方・九州北部を結ぶ大動脈として機能しています。最高時速300kmでの営業運転をいち早く開始し、「500系」などの特徴的な車両が活躍したことでも知られます。
東京駅から東北地方を縦断し、青森県の新青森駅までを結ぶ、JR東日本管内で最長の新幹線です。1982年に大宮〜盛岡間で開業し、徐々に延伸されました。秋田新幹線や山形新幹線との「ミニ新幹線」の直通運転を行っているほか、北海道新幹線とも繋がり、東日本の広大な地域を結ぶ極めて重要な高速交通網です。
日本の民間放送において、多数の地方系列局を持ち、全国的にニュースや番組を供給する力を持った代表的な3つの巨大テレビネットワークの総称です。
日本テレビ放送網(日テレ)をキー局とする、ニュースネットワーク「NNN」および番組供給ネットワーク「NNS」の系列です。1953年に日本初の民間テレビ放送を開始した歴史を持ちます。幅広い層に支持されるバラエティ番組や、箱根駅伝などのスポーツ中継に強みを持ち、高い視聴率を誇る巨大ネットワークです。
TBSテレビをキー局とする、日本最古のニュースネットワークである「JNN」を擁する系列です。「報道のTBS」と呼ばれるほどニュースやドキュメンタリー番組の制作体制に定評があるほか、歴史に残る数多くの名作テレビドラマを世に送り出してきたことから「ドラマのTBS」としても全国の人々に親しまれています。
フジテレビジョンをキー局とする、ニュースネットワーク「FNN」および番組供給ネットワーク「FNS」の系列です。1980年代には「楽しくなければテレビじゃない」をキャッチフレーズに、数々の大ヒットお笑い番組やトレンディドラマを生み出し、日本のポップカルチャーを牽引したエンターテインメントに強いネットワークです。
学問の神様として全国的に信仰を集める菅原道真公を祀る天満宮(天神様)の中で、特に歴史が深く由緒ある3つの代表的な神社の総称です。
福岡県太宰府市にある、全国に約1万2000社ある天満宮の総本宮の一つです。大宰府へ左遷されこの地で亡くなった菅原道真公の墓所の上に社殿が造営されています。学問の神様として受験生から絶大な信仰を集め、境内には道真公が愛した梅の木が数多く植えられています。
京都市上京区にある天満宮の総本宮の一つです。道真公の怨霊を鎮めるために朝廷によって創建され、天神信仰の発祥の地となりました。国宝に指定されている豪華絢爛な八棟造りの本殿や、梅苑が有名であり、毎月25日には「天神さん」と呼ばれる縁日が多くの人で賑わいます。
山口県防府市にあり、道真公が太宰府へ向かう途中に立ち寄ったとされる縁の地に創建された神社です。道真公が亡くなった翌年の延喜4年(904年)に創建されたと伝えられ、日本で最も古い天満宮とされています。豪華な朱塗りの楼門や、秋に行われる御神幸祭(裸坊祭)が有名です。
日本国内において、電子部品、家電製品、パソコン、そしてアニメやゲームなどのサブカルチャー店舗が密集し、世界有数の規模を誇る3つの代表的な街の総称です。
東京都千代田区にある日本最大かつ世界有数の電気街(アキバ)です。戦後の闇市におけるラジオ部品の販売から発展し、高度経済成長期には家電の街として、現在ではパソコン、アニメ、ゲーム、メイドカフェなどが集積する世界的ポップカルチャーの聖地となっています。
愛知県名古屋市中区にある大須観音の門前町を中心に広がる商店街です。東京の秋葉原、大阪の日本橋と並ぶ電気街として発展し、多数のパソコンショップや電子部品店が立ち並ぶとともに、古着屋や多国籍な飲食店が混在する非常にカオスで活気あふれる街です。
大阪府大阪市浪速区にある電気街で、「でんでんタウン」の愛称で親しまれています(東京の日本橋「にほんばし」に対し、こちらは「にっぽんばし」と読みます)。古くからの古書店や家電店に加え、近年は西日本最大のオタク文化(アニメ・ゲーム)の中心地として発展しています。
日本の山岳地帯を越える峠の中で、古くから交通の要衝として歴史的意義が深く、かつ標高が高く険しい道のりである3つの代表的な峠の総称です。
北アルプスの黒部湖側と大町市側を結ぶ歴史ある峠で、かつては加賀藩の「さらさら越え」のルートの一部でもありました。日本三大雪渓の一つである針ノ木大雪渓を登り詰めた先にあり、北アルプスの東西交通の重要な拠点でした。
南アルプスにある日本で最も標高の高い峠(標高2,580m)として知られています。古くから伊那谷と大井川流域を結ぶ交易路として利用され、現在でも南アルプス南部の山々(塩見岳や荒川三山など)へ向かう登山者の重要なベースキャンプ地です。
埼玉県秩父市と山梨県山梨市を結ぶ秩父山地の峠で、日本武尊の東征伝説も残る古い歴史を持ちます。かつては秩父往還の難所として知られ、現在は直下に長大な雁坂トンネルが開通したことで自動車での往来が可能となりました。
日本の歴史的な神社仏閣の境内にある灯籠の中で、その圧倒的な大きさや奉納された数の多さ、歴史的価値において特に有名な3つの名所の総称です。
京都の南禅寺の三門前にある、高さ6メートルを超える巨大な石灯籠です。江戸時代初期に武将の佐久間勝之が寄進したもので、そのあまりの大きさから「お化け灯籠」とも呼ばれ、南禅寺の壮大な景観のシンボルの一つとして訪れる観光客を圧倒しています。
大阪の住吉大社の境内には、海上安全や商売繁盛を祈願して商人たちなどから寄進された約600基もの巨大な石灯籠が立ち並んでいます。特に江戸時代には「住吉の高灯籠」として大阪湾を航行する船にとっての灯台(目印)としての役割も果たしていた歴史があります。
奈良の春日大社には、平安時代から現在までに貴族や武士、一般庶民から奉納された約3000基もの灯籠(石灯籠と釣灯籠)があります。毎年2月の節分と8月の14日・15日の夜に全ての灯籠に火が灯される「万燈籠(まんとうろう)」の神事は、幽玄で神秘的な美しさを放ちます。
日本のテレビ特撮番組の歴史において、何十年にもわたりシリーズが継続して制作され、世代を超えて愛され続ける3つの国民的ヒーロー作品の総称です。
1966年の『ウルトラQ』や『ウルトラマン』から始まった、円谷プロダクションが制作する巨大ヒーローシリーズです。光の国からやってきた宇宙人が、地球防衛軍と協力して巨大怪獣や宇宙人と戦うというSF的かつスケールの大きな世界観で、日本の特撮文化の基礎を築きました。
1971年に石ノ森章太郎の原作で始まった、東映制作の等身大ヒーローシリーズです。バッタなどの昆虫をモチーフにした改造人間が、バイク(サイクロン号など)に乗り、悪の秘密結社と孤独な戦いを繰り広げるというダークな魅力と、「変身ポーズ」の大流行で一時代を築きました。
1975年の『秘密戦隊ゴレンジャー』から始まった、東映制作の集団ヒーローシリーズです。色分けされたスーツを着た5人(前後)のチームが、個性を活かしながら協力して悪の組織と戦い、最後は巨大ロボットに乗って敵を倒すという、お約束の美学とドラマ性が世界中で人気を博しています。
日本の47都道府県の中で、県内総生産(GDP)の規模が突出して大きく、日本経済全体を強力に牽引している上位3つの都道府県の総称です。
日本の県内総生産の約2割を単独で占める、圧倒的な経済規模を誇る自治体です。大企業の本社集中、巨大な金融市場、高度なサービス業と情報通信産業が集積しており、一国の国家予算にも匹敵する巨大な経済活動が日々行われています。
東京都に次ぐ日本第2位の経済規模を持つ自治体です。関西経済の中核として、商業、サービス業、製造業がバランスよく発展しています。近年はインバウンド需要の強力な取り込みや、ライフサイエンス分野などの新産業創出にも力を入れています。
大阪府とほぼ肩を並べる日本第3位の経済規模を持つ自治体です。トヨタ自動車をはじめとする輸送用機械器具製造業を中心とした「圧倒的な製造業の強さ」が特徴であり、製造品出荷額等においては長年にわたり全国第1位を独走し続けています。
日本の都道府県の中で、通勤や通学による周辺地域からの流入人口が多く、日中に活動している人(昼間人口)の総数が特に多い上位3つの自治体です。
周辺の埼玉、千葉、神奈川などから毎日300万人以上の通勤・通学者が大量に流入するため、夜間人口(居住者)に対して昼間人口が爆発的に膨れ上がります。そのため昼夜間人口比率が非常に高く、世界最大規模のオフィス街と商業地を形成しています。
兵庫県、奈良県、京都府などの近隣府県から、大阪市内のオフィス街や商業施設へ多くの通勤・通学者が流入します。東京都と同様に昼夜間人口比率が100%を大きく超えており、西日本のビジネスと経済活動の中枢としての役割を明確に示しています。
岐阜県や三重県などの周辺地域から、名古屋市のビジネス街や、豊田市をはじめとする県内各地の巨大な工場群へ多くの労働者が流入します。製造業の現場を支えるための大規模な人の移動が毎日発生しており、中京圏の雇用を力強く支えています。
日本の神社の象徴である鳥居の中で、その圧倒的な高さや規模、あるいは過酷な自然環境に耐えうる驚異的な建築技術において特に有名な3つの鳥居の総称です。
三輪山を御神体とする日本最古の神社の一つ、大神神社の参道にそびえ立つ巨大な鳥居です。昭和59年に建立されたもので、高さ約32メートル、柱間約23メートルという威容を誇り、耐候性鋼板で作られています。三輪山を背景にそびえる姿は圧倒的な存在感です。
瀬戸内海の海上に建つ、世界遺産・厳島神社のシンボルである朱塗りの大鳥居です。海底に埋め込まれているのではなく、鳥居自体の重み(巨大なクスノキの主柱と、笠木の中に詰められた石)だけで自立しているという驚異的な建築技術で作られています。
北陸道総鎮守として尊崇を集める福井県の気比神宮の入り口に建つ、高さ約10.9メートルの立派な木造の朱塗り鳥居です。1645年に建立され、佐渡島から流れ着いたとされるムロノキを使用して造られたという伝説があり、国の重要文化財に指定されています。
日本の沿岸などに生息する海洋生物の中で、人間を死に至らしめるほどの強力な猛毒を持つ、特に危険な3つの生物の総称です。
日本から熱帯の浅い海に生息する小型のタコで、興奮すると全身に青いヒョウ柄模様が浮かび上がります。唾液腺にフグと同じ猛毒「テトロドトキシン」を持っており、噛まれると呼吸困難や麻痺を引き起こし死に至ることもあります。絶対に素手で触ってはいけない危険な生物です。
サンゴ礁などの浅い海に生息するイモガイの一種で、美しい貝殻を持ちますが、捕食や防御のために銛(もり)のような歯舌から「コノトキシン」という強力な神経毒を注入します。刺されると激痛とともに全身の麻痺や呼吸困難に陥り、死亡例も報告されている非常に危険な巻貝です。
房総半島以南の岩礁海岸やサンゴ礁に生息するカニで、名前の通り甲羅が滑らかで丸みを帯びています。一見美味しそうですが、体内にフグ毒と同じ「テトロドトキシン」や「サキシトキシン」などの猛毒を蓄積しており、食べると重篤な食中毒を引き起こし、死亡することもあります。
日本の夏のお祭りにおいて、踊り子たちが揃いの衣装を身にまとい、お囃子や生歌に合わせて列をなして街の通りを踊り歩く(流し踊り)代表的な3つの祭りの総称です。
青森県黒石市で毎年8月に行われる盆踊りです。「エッチャホー、エッチャホー」という掛け声に合わせて、数千人の踊り子が揃いの浴衣や笠を身に着け、三味線や太鼓の生演奏とともに市中を踊り歩きます。津軽の短い夏を惜しむかのように、哀愁と情熱が入り交じった独特の熱気を持つお祭りです。
岐阜県郡上市八幡町で、7月中旬から9月上旬までのべ30夜以上にわたって開催される日本一ロングランの盆踊りです。特に8月のお盆の時期に行われる「徹夜おどり」は有名で、地元の人も観光客も輪になり、下駄の音を響かせながら朝までノンストップで踊り明かす、一体感の強いお祭りです。
徳島県発祥の、約400年の歴史を持つ日本最大規模の盆踊りです。「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ」というお囃子や「踊る阿呆に見る阿呆」の掛け声とともに、「連」と呼ばれるグループごとに独自の衣装と踊りを披露します。躍動感あふれる男踊りと、しなやかで美しい女踊りの対比が観客を魅了します。
日本のニワトリの品種の中で、特に鳴き声が長く美しく響くように改良されてきた、国の天然記念物にも指定されている3品種の総称です。
秋田県周辺、特に米代川流域で古くから飼育されてきた大型の長鳴鶏で、国の天然記念物に指定されています。「ゴッ、ゴッ、ゴォー」という太く低く、重厚感のある鳴き声が特徴です。一度の鳴き声は15秒前後に及び、その堂々とした体躯と相まって非常に威厳があります。
新潟県地方で作出された品種で、全身が美しい黒色の羽毛で覆われており、国の天然記念物に指定されています。鳴き声は声良鶏と東天紅の中間的な音階で、澄んだバリトンのような声で10〜15秒ほど長く鳴き続けます。美しい姿と響き渡る声のバランスが取れた品種です。
高知県で作出された品種で、細身で尾羽が長く、優美な姿をした国の天然記念物です。鳴き声は三大長鳴鶏の中で最も高く、澄んだ甲高い声で「コケコッコー」の「コー」の部分を15秒から20秒近くも長く引き伸ばして鳴きます。明け方の空に美しく響き渡ることで知られます。
日本の夏の時期(主に7月〜8月)に開催される大規模な祭りの中で、都市の厄除けや繁栄を祈願し、歴史的にも特に重要で盛大に行われる3つの祭りの総称です。
京都で7月の1ヶ月間にわたり開催される八坂神社の祭礼です。夏の猛暑の中で発生しやすい疫病の退散を祈願して始まりました。「コンチキチン」の祇園囃子とともに、豪華な懸装品で飾られた山鉾が巡行する姿は「動く美術館」とも称され、日本の夏の風物詩の代表格です。
大阪で7月下旬に開催される大阪天満宮の祭礼です。水都・大阪の夏を彩る最大のイベントであり、大川を無数の提灯を掲げた船が進む「船渡御」と、夜空を焦がす約3000発の奉納花火が組み合わさる光景は、猛暑を吹き飛ばすほどの熱気と幻想的な美しさに満ちています。
東京の日枝神社で6月(旧暦の夏)に行われる祭礼です。神田祭と並んで江戸幕府の公式な行事である「天下祭」とされ、江戸城内に神輿や山車が入ることを許された格式高い祭りです。現在でも、都心のビル群の中を古式ゆかしい行列が練り歩く「神幸祭」などが盛大に行われます。
江戸時代において、五・七・五の17音からなる「俳諧(俳句)」の文化を芸術の域へと高め、それぞれ独自の作風で後世の文学に決定的な影響を与えた3人の偉大な俳人の総称です。
江戸時代前期に活躍し、言葉遊びの要素が強かった俳諧を「わび・さび」「かるみ」といった高い精神性を持つ芸術(蕉風俳諧)へと昇華させた偉大な俳聖です。『奥の細道』などの紀行文を残し、「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」など、自然と心が一体となった普遍的な名句を数多く詠みました。
江戸時代中期に活躍した俳人であり、優れた文人画家でもありました。芭蕉を深く尊敬し、その精神への回帰(蕉風復興)を唱えました。画家としての鋭い視覚的センスを活かし、「菜の花や 月は東に 日は西に」など、絵画のように色彩豊かでロマンチックな情景を詠むことを得意としました。
江戸時代後期に活躍した信濃国(長野県)出身の俳人です。農民出身であり、生涯にわたる家庭の不遇や貧困などの苦労を経験しました。「雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通る」など、弱い生き物や庶民の生活に対する深い愛情とユーモア、そして哀感がにじみ出る独自の句境を切り開きました。
日本の住宅建設業界において、プレハブ工法などをいち早く導入し、規格化された高品質な戸建て住宅を全国規模で大量供給してきた3つの代表的な企業の総称です。
大阪市に本社を置く日本最大の住宅メーカーです。累積の建築戸数は世界一を誇り、鉄骨造から木造まで幅広いラインナップを持っています。高いデザイン性と環境配慮型の住宅開発に強みがあり、「シャーメゾン」ブランドの賃貸住宅事業や、大規模な都市開発ビジネスでも非常に大きな収益を上げています。
1955年に「ミゼットハウス」などのプレハブ住宅からスタートし、住宅業界のパイオニアとなった企業です。現在では戸建て住宅にとどまらず、商業施設、巨大物流倉庫、賃貸住宅、マンション開発など多角的な事業展開を行っており、売上高においては日本の建設・住宅業界でトップを独走する総合生活産業企業です。
木質パネル接着工法という独自の強靭な構造を持ち、南極昭和基地の建物を手掛けたことでも知られるハウスメーカーです。グッドデザイン賞を長年にわたり連続受賞する高いデザイン性と、「蔵のある家」に代表される大容量収納空間の提案など、独自性のある住宅設計で子育て世代から高い支持を集めています。
明治から昭和初期にかけて、過度な森林伐採や土壌流出などにより、山肌が露出した「はげ山」が特に多く存在したとされる3つの県の総称です。現在は植林により緑化が進んでいます。
古くから瀬戸焼などの陶磁器産業が盛んであり、登り窯の燃料として大量の木材が伐採されたため、瀬戸市周辺などで広大なはげ山が発生しました。土壌が花崗岩質で崩れやすかったことも要因ですが、砂防植栽などの緑化事業が長年にわたり行われ回復しました。
大津市の田上山(たなかみやま)周辺は、飛鳥時代から奈良時代にかけて平城京や東大寺などの大規模な寺院建立のため、大量のヒノキなどの木材が伐採されました。江戸時代には完全なはげ山となりましたが、明治以降にオランダ人技師デ・レーケの指導のもと砂防事業が行われました。
瀬戸内海沿岸では古くから製塩業(塩田)が盛んであり、中国山地ではたたら製鉄が行われていたため、莫大な量の薪炭材が消費されました。花崗岩風化土壌(マサ土)であったため植生が回復しにくく、広範なはげ山が広がりましたが、現在は回復しています。
武運の神として全国の武士から篤く信仰された八幡神(応神天皇など)を祀る全国約4万社の八幡宮の中で、特に格式が高い3つの総本宮や代表的な神社の総称です。
大分県宇佐市に鎮座する、全国に約4万社あるとされる八幡宮の総本宮です。奈良時代に創建され、神仏習合の発祥の地としても知られます。宇佐神宮独特の「八幡造(はちまんづくり)」と呼ばれる国宝の本殿を持ち、皇室からの崇敬も極めて厚い、格式高い神社です。
京都府八幡市の男山山頂に鎮座し、宇佐神宮から八幡神を勧請して創建されました。平安京の裏鬼門を守護する国家鎮護の神社として皇室の崇敬を集めるとともに、源氏の氏神として全国の武士から絶大な信仰を集めました。国宝の社殿群は壮麗な極彩色で彩られています。
福岡県福岡市東区に鎮座し、応神天皇が誕生した際のへその緒を納めた筥(はこ)を埋めたという伝説が残る神社です。元寇(蒙古襲来)の際に「敵国降伏」を祈願したことで知られ、勝運の神として信仰を集めています。秋の放生会(ほうじょうや)は博多三大祭の一つです。
日本全国で開催される数多の花火大会の中で、打ち上げ数、規模、歴史、そして花火師たちの技術の最高峰が集結する3つの代表的な大花火大会の総称です。
「大曲の花火」として親しまれる、日本最高峰の花火競技大会です。全国の選び抜かれた花火師たちが自らのプライドと技術を懸けて、内閣総理大臣賞を争います。昼花火と夜花火の2部構成で行われ、音楽に合わせて打ち上がる「大会提供花火」の圧倒的なスケールと芸術性は観客の涙を誘います。
毎年秋に開催される、大曲と並ぶ国内最高峰の花火競技大会です。スターマインの歴史はこの大会から発展したとも言われており、花火師たちが最新の技術を駆使した斬新で複雑な花火を次々と打ち上げます。全国の花火師の技術向上の場であり、秋の夜空を極彩色に染め上げます。
長岡空襲の慰霊と復興への祈りを込めて毎年8月に開催される花火大会です。競技大会ではなく、圧倒的なスケールと感動的な演出が特徴です。直径約650mにも広がる名物「正三尺玉」や、復興祈願花火「フェニックス」が全長約2kmにわたって打ち上がる光景は、日本一の感動を呼ぶ花火として有名です。
日本の三大都市圏(首都圏、近畿圏、中京圏)における、それぞれを代表する巨大な商業・ビジネス・エンターテインメントの中心地の総称です。
東京都に位置する日本最大の繁華街の一つです。ギネス世界記録にも認定されている「1日の乗降客数が世界一」の新宿駅を中心に、西口には超高層ビル群がそびえるビジネス街、東口には巨大なデパートや日本最大の歓楽街である歌舞伎町が広がります。多様な文化と人々が交差する、東京を象徴する圧倒的なスケールの街です。
大阪市の「キタ」と呼ばれるエリアの中心地であり、西日本最大の繁華街です。JR大阪駅や私鉄各線のターミナル駅が密集し、周辺には巨大な百貨店や複合商業施設(グランフロント大阪など)が立ち並んでいます。さらに、地下には「梅田ダンジョン」と呼ばれる世界屈指の複雑で広大な地下街が広がっているのが特徴です。
愛知県名古屋市中区に位置する、中京圏最大の繁華街です。久屋大通公園や名古屋テレビ塔(中部電力MIRAI TOWER)をシンボルとし、巨大な地下街や老舗百貨店、高級ブランドショップなどが密集しています。名古屋の商業や文化の中心地として、またビジネスの拠点としても昼夜を問わず多くの人々で賑わいを見せています。
かつての日本において、刑法犯の認知件数や犯罪発生率(人口あたりの犯罪件数)が高い傾向にあったことから、メディア等で俗に呼ばれることのあった3つの都市(府県)です。
かつて「ひったくり」や「車上ねらい」などの街頭犯罪の発生件数が長年にわたり全国ワーストを記録し不名誉なレッテルを貼られていました。しかし、警察と地域が一体となった防犯カメラの増設や防犯パトロールの強化により、近年は犯罪件数が劇的に減少しています。
自動車の保有台数が多いこともあり、かつて「自動車盗」や「車上ねらい」といった自動車関連犯罪や、住宅への侵入盗の発生件数が全国的に高い水準にありました。県警を挙げての対策強化や防犯機器の普及活動により、現在は大幅な治安改善が見られます。
世界的な観光都市であり学生が非常に多く住むという土地柄から、繁華街や駅周辺での「自転車盗難」などの軽犯罪の発生率が人口比で高い時期がありました。現在では放置自転車対策の強化や駐輪場の整備などが進み、地域の防犯意識も大きく高まっています。
世界のオートバイ市場において圧倒的なシェアと技術力を持ち、「日本の4大バイクメーカー」として世界中のライダーから愛好される企業の総称です。
創業者・本田宗一郎の情熱のもと、原付自転車からスタートして世界一のオートバイメーカーへと成長しました。累計生産台数1億台を突破した歴史的名車「スーパーカブ」に代表される高い耐久性と扱いやすさ、そして初心者からプロまで誰もが乗りやすい優等生なバイク造りが特徴です。
楽器メーカーの日本楽器製造(現在のヤマハ)から独立して誕生したメーカーです。そのルーツから「芸術的なデザインの美しさ」と、ライダーとマシンが一体となる「ハンドリングの良さ」に定評があります。「SR400」や「YZF-R」シリーズなど、感性に訴えかける美しいスポーツバイクを数多く生み出しています。
織機メーカーから出発し、小型車やオートバイの世界的なメーカーとなりました。フラッグシップモデル「隼(ハヤブサ)」や、「カタナ(KATANA)」といった非常に個性的で熱狂的なファンを持つ名車を生み出しています。独自の技術アプローチと、他社を圧倒するコストパフォーマンスの高さが特徴です。
航空機や船舶、鉄道車両などを製造する巨大重工業メーカーを母体とするブランドです。原付などの小排気量を作らず、大排気量のスポーツバイクに特化しているのが特徴で、「Ninja」や「Z」シリーズなど、武骨でパワフル、そして独自のライムグリーンカラーをまとう姿から熱烈なファンを抱えています。
日本国内にある数多くの滝の中で、その規模の大きさ、歴史的な背景、景観の美しさから特に名高い3つの名瀑の総称です。
和歌山県那智勝浦町にある滝で、一段の滝としては落差133mと日本一の高さを誇ります。古くから熊野信仰の自然崇拝の対象であり、飛瀧神社の御神体として祀られています。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部であり、圧倒的な神々しさを放つ日本の代表的な名瀑です。
栃木県日光市にある落差97mの壮大な滝で、中禅寺湖の水が岸壁を一気に落下する様子は圧巻です。周囲には十二滝と呼ばれる無数の小滝が伏流水として湧き出しており、新緑や紅葉、冬の氷瀑など四季折々の自然美を楽しむことができます。日光の代表的な観光地として知られています。
茨城県大子町にある滝で、久慈川の支流である滝川が高さ120m、幅73mの巨大な岩壁を四段にわたって落下します。その構造から「四度の滝」とも呼ばれ、西行法師が「四季に一度ずつ来てみなければ本当の良さはわからない」と絶賛したという伝説が残る、変化に富んだ美しい滝です。
幕末の動乱の中、江戸を火の海にする「江戸城総攻撃」を回避するため、命がけで新政府軍との交渉や主君の護衛に奔走した、名前に「舟」が付く3人の偉大な幕臣の総称です。
日本初の太平洋横断を果たした咸臨丸の艦長などを務めた幕府の軍事責任者です。薩摩藩の西郷隆盛と会談を行い、見事に「江戸城無血開城」を実現させました。維新後も旧幕臣の就労支援を行うなど、新旧の時代を繋ぐ非常に大きな度量を持った人物です。
勝海舟から「自分の命も名誉もいらないという始末に負えない男」と評された剣豪です。江戸総攻撃の直前、西郷隆盛の陣へ単騎で乗り込み、主君・慶喜の助命と江戸の民を救うための事前交渉を成功させた、強靭な精神力と武士道精神の体現者です。
優れた槍術の達人で、勝海舟から新政府軍との使者として推薦されましたが、主君・徳川慶喜の身を案じ、義弟である山岡鉄舟にその大役を譲りました。自らは慶喜の謹慎先で命がけの護衛を完遂し、生涯にわたり幕臣としての誇りを貫き通した硬骨の士です。
幕末の動乱期において、江戸幕府の幕臣として徳川家の存続や江戸城無血開城に多大な貢献をし、名前に「舟」の字を持つことから並び称される3人の偉大な人物の総称です。
幕府の陸軍総裁などを歴任した先見の明を持つ幕臣です。新政府軍が江戸に迫る中、圧倒的な武力衝突を避けるために西郷隆盛と直接会談し、「江戸城無血開城」を取り決め、100万人規模の江戸の街を戦火から救った最大の功労者です。
無刀流剣術の達人であり、極めて高い精神力を持つ武士です。勝海舟の命を受け、江戸総攻撃の直前に単身で新政府軍が陣取る駿府へ乗り込み、西郷隆盛と直談判を行って江戸無血開城への道筋(事前の条件交渉)を切り開いた決死の立役者です。
槍術の達人であり、山岡鉄舟の義理の兄にあたります。幕末の鳥羽・伏見の戦い後、謹慎する徳川慶喜を上野の寛永寺などで命がけで護衛しました。勝や山岡が新政府に仕えた後も、生涯にわたり決して新政府には仕えず、徳川家への忠義を貫き通した孤高の武士です。
江戸時代後期から幕末にかけて、中国(唐や晋)の古典を深く研究する「唐様(からよう)」の書風を大成させ、近代の漢字書道の基礎を確立した3人の偉大な書家の総称です。
江戸の儒学者の家に生まれ、中国の古典碑法を深く研究した書家です。豪放で力強い「米庵流」を創始し、全国の大名や武士、文化人から絶大な人気を集め、門人は数千人に及んだとされます。江戸時代最大の書道塾を開き、書道界に君臨した巨匠です。
阿波国(徳島県)出身で、京都を拠点に活躍した儒学者・画家・書家です。王羲之や空海の書を深く研究し、極めて格調高く気品あふれる「海屋流」を確立しました。また、南画(文人画)の大家としても知られ、幕末の京都における文人文化の中心的な存在でした。
越後国(新潟県)出身の書家で、江戸で活躍しました。李邕や王羲之の書を研究し、明るく端正で非常に読みやすい「菱湖流」を確立しました。その美しく整った楷書は庶民や実務家の間で大流行し、明治時代以降の習字の教科書(お手本)の基本書体となりました。
日本のパソコン市場の黎明期から成長期にかけて、魅力的な独自ブランドを展開し、国内シェアを牽引した3つの代表的なメーカーの総称です。
「PC-9800シリーズ」で日本のパソコン市場における圧倒的な標準規格(国民機)を作り上げたパイオニアです。現在は「LAVIE(ラヴィ)」ブランドを展開し、レノボとの合弁会社に移行した後も、国内トップクラスのシェアと使いやすさで広く支持されています。
1989年に世界初のノートパソコン「DynaBook」を発売し、世界のモバイルPC市場を切り拓いた先駆者です。堅牢性と高い技術力でビジネスから個人まで幅広く愛されました。現在はシャープのグループ会社であるDynabook株式会社としてブランドが引き継がれています。
1997年に誕生した「VAIO(バイオ)」ブランドで、パソコンに「洗練されたデザイン」と「AV(オーディオ・ビジュアル)機能との融合」という新しい価値観をもたらしました。スタイリッシュな外観は若者を魅了し、現在は独立したVAIO株式会社として事業を継続しています。
日本国内において、大地のエネルギー(気)が集まる特異な地形や断層帯に位置し、訪れる人に不思議な癒やしや活力を与えるとされる代表的な3つの聖地の総称です。
日本の最高峰である富士山は、複数の巨大な活断層(糸魚川静岡構造線など)が交わる場所に位置する巨大な活火山です。古来より圧倒的な大地のエネルギーを放出する神聖な山として浅間信仰の対象となっており、日本最大のパワースポット(龍脈の源)として世界中から人々が訪れます。
長野県伊那市にある標高1052mの峠です。日本最大級の巨大断層である「中央構造線」の真上に位置しています。両側からの地層のエネルギーがぶつかり合って磁場が打ち消し合う「ゼロ磁場」と呼ばれる特異な空間となっており、「気が集まる場所」として癒やしを求める多くの人が訪れます。
石川県の能登半島最先端に位置する岬(聖域の岬)です。南からの対馬暖流と北からのリマン寒流という「海の海流」が交わり、さらに上空では偏西風などの「大気の気流」が融合する世界的にも稀有な地形です。大自然のエネルギーが凝縮される神秘的な聖域として注目されています。
江戸時代の歌舞伎興行において、正規の「江戸三座」が火災や借金などで経営不振に陥り休座した際に、臨時で興行を行う権利を持っていた3つの代行芝居小屋(控櫓)の総称です。
江戸三座の筆頭である「中村座」が休座となった際に、代わって興行を行う権限を持っていた控櫓です。江戸中期に一時的に興行を行いましたが、その後は活動の記録が途絶え、実質的な機能は失われていきました。
「市村座」が休座となった際に、代わって興行を行う権限を持っていた控櫓です。市村座が財政難に陥った際などに数回にわたって代行興行を行いましたが、天保の改革以降は興行を行うことができず、歴史から姿を消しました。
「森田座(守田座)」の控櫓です。森田座は経営基盤が弱く頻繁に休座したため、控櫓の中では最も頻繁に代行興行を行い、実質的な江戸三座の一角として機能しました。幕末から明治にかけて大いに繁栄し、現在の「歌舞伎座」の源流となりました。
車輪のついた巨大な山車(曳山)を大勢の人々で曳き回す形式のお祭りの中で、歴史的背景や規模、地域との結びつきにおいて代表的とされる3つの祭礼の総称です。
疫病退散を祈願して始まった八坂神社の祭礼で、曳山祭のルーツにして最高峰です。特に「辻回し」と呼ばれる、巨大な鉾の車輪の下に青竹を敷いて豪快に方向転換させるダイナミックな技術は、巡行の大きな見せ場として沿道の観客を大いに沸かせます。
飛騨高山の春と秋を彩る祭礼で、釘を一本も使わずに組み立てられ、漆塗りや精巧な彫刻が施された屋台(曳山)が特徴です。熟練の曳き手たちによる見事な屋台の操縦技術は、山間部の町人文化が生み出した最高の芸術とエネルギーの結晶です。
豊臣秀吉が長浜城主だった時代に男の子が生まれたことを祝って町民に砂金を振る舞い、町民がそれをもとに曳山を作ったのが始まりとされます。豪華な装飾が施された曳山を舞台に、地元の子供たちが大人顔負けの「子供歌舞伎」を演じるのが最大の特徴です。
豪華絢爛な装飾が施された山車(曳山・屋台・山鉾)が街を練り歩くお祭りのうち、特にその工芸技術の粋を集めた美しさが際立つ3つの祭礼の総称です。
毎年12月に開催される秩父神社の例大祭です。冬の夜空に盛大な花火が打ち上がる中、極彩色に彫刻された重さ10トンを超える屋台や笠鉾が、急坂(団子坂)を提灯を揺らしながら引き上げられるクライマックスは、熱気と興奮の極みです。
1000年の歴史を持つ八坂神社の祭礼で、日本三大美祭の筆頭です。最大の見どころである山鉾巡行では、西陣織やゴブラン織りなどの豪華な装飾品で飾られた山鉾が都大路を優雅に進みます。「動く美術館」とも称される圧倒的な美しさと格式があります。
春の「山王祭」と秋の「八幡祭」の総称で、美しい飛騨の匠の技が結集した屋台が古い街並みを練り歩きます。精巧なからくり人形の奉納や、夜になると数百の提灯に火が灯される「夜祭(宵祭)」の幻想的な美しさは、豪華絢爛かつ情緒あふれる見事なお祭りです。
日本の山深い地域にあり、古くから交通が不便であったため、独自の伝統文化や生活様式、あるいは平家落人伝説などが色濃く残されている3つの地域の総称です。
岐阜県大野郡白川村の庄川流域にある集落で、豪雪地帯の厳しい気候に耐えるための「合掌造り」と呼ばれる茅葺き屋根の家屋が数多く残されています。日本の原風景を今に伝える貴重な集落として、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてユネスコの世界文化遺産に登録されています。
徳島県の四国山地深く、吉野川の支流である祖谷川に沿って広がる険しい渓谷地帯です。源平合戦に敗れた平家の落人が隠れ住んだという伝説が残り、シラクチカズラを編んで作られた吊り橋「かずら橋」や、急斜面にへばりつくように点在する集落など、独特の景観と文化が残っています。
宮崎県北西部の九州中央山地に位置する、全面積の大部分を森林が占める険しい山村です。ここにも壇ノ浦の戦い後に平家の残党が逃れ落ちたという伝説が残り、それを討伐に来た源氏の武将・那須大八郎との悲恋の物語が伝わっています。日本で唯一、伝統的な焼畑農業が継承されています。
日本の山岳信仰において、「彦」の字がつく山の中で、特に修験道の霊場として篤く信仰を集めた3つの山(弥彦山、英彦山、雪彦山)の総称です。
越後平野の日本海沿いにそびえる山です。古くから神の山として信仰され、山麓には越後国一宮である彌彦神社が鎮座しています。山頂付近までロープウェイや自動車道が整備されているためアクセスが良く、山頂からは日本海や佐渡島を一望できる絶景スポットとして人気です。
福岡県と大分県の県境に位置し、古来より神の山として信仰されてきました。羽黒山、熊野大峰山と並ぶ「日本三大修験山」の一つにも数えられ、かつては多くの山伏が修行を行った修験道の霊場です。山中には英彦山神宮があり、歴史的建造物が残されています。
奇岩や巨岩が連なる険しい岩山で、日本百景の一つにも選定されています。古くから修験道の道場として知られ、信仰の山としての歴史を持つと同時に、現在では関西屈指のロッククライミングの名所として、その切り立った岩壁に挑戦する多くのクライマーが訪れます。
日本の祭礼の中で、巨大な松明(たいまつ)を燃やしたり、炎の中で神事を行ったりするなど、「火」を神聖なものとして崇め、厄除けや鎮魂を祈願する代表的な祭りの総称です。
福島県須賀川市で毎年11月に行われる鎮魂の火祭りです。伊達政宗に攻められ落城した須賀川城の戦死者の霊を弔うため、長さ10m、重さ3トンにもなる巨大な「大松明」数十本に一斉に火が放たれます。晩秋の夜空を焦がす巨大な炎の柱は見る者を圧倒します。
石川県七尾市の能登島向田町で開催される伊夜比咩神社の祭礼です。高さ約30メートルの巨大な松明の周囲を、手に手松明を持った若者たちが駆け回り、一斉に巨大松明に火を放ちます。炎の倒れた方角によって豊漁か豊作かを占うという大迫力の神事です。
京都の鞍馬にある由岐神社で行われる奇祭です。「サイレイ、サイリョウ」という掛け声とともに、子供たちの小さな松明から始まり、やがて燃え盛る巨大な「大松明」を担いだ若者たちが狭い鞍馬の集落を練り歩く、京都の秋を彩る勇壮な儀式です。
太宰府天満宮で毎年1月に行われる、火除けと厄除けの勇壮な火祭りです。鬼を追い払うために燻す「鬼すべ堂」に、数百人の氏子たちが藁などを投げ入れて激しい炎と煙を立たせ、堂の中にいる鬼を退治するという、非常に荒々しく熱気あふれる神事です。
日本の室町時代から戦国時代にかけて創始され、後世の無数の剣術や武術の流派の根本(ルーツ)となったとされる、歴史的・技術的に極めて重要な3つの古流剣術の総称です。
南北朝時代から室町時代にかけて、禅僧である念阿弥慈恩(ねんあみじおん)が創始したとされる日本最古の剣術流派の一つです。鞍馬山での修行の末に編み出したとされ、ここから一刀流などの多くの流派が派生し、現代の剣道にも大きな影響を与えています。
室町時代中期に、飯篠長威斎家直(いいざさちょういさいいえなお)が香取神宮での過酷な修行の末に創始したとされる流派です(天真正伝香取神道流など)。剣術だけでなく薙刀や槍術も含む総合武術であり、鹿島新当流などとともに「関東七流」の源流となりました。
戦国時代に、愛洲移香斎(あいすいこうさい)が日向国などの神社での参籠修行を経て創始した流派です。猿の動きからヒントを得たとされる独自の太刀筋が特徴です。この陰流を学んだ上泉信綱が、後に剣術の歴史に輝く「新陰流(柳生新陰流など)」を生み出す土台となりました。
平野部の小高い丘や小山を巧みに利用して築かれた「平山城」の中で、その縄張りの美しさや建物の規模が特に優れているとされる3つの城の総称です。
岡山県津山市にあった城で、森忠政によって築かれました。「鶴山城」とも呼ばれます。天守は失われましたが、山の斜面に沿って幾重にも折り重なるように築かれた壮大な石垣群は圧巻であり、現在は西日本有数の桜の名所として知られています。
兵庫県姫路市にある、日本を代表する世界遺産の城です。姫山という小山の上にそびえ立つ大天守と3つの小天守、そして山麓に広がる複雑に巡らされた堀と櫓の縄張りが、平山城としての最高峰の防御力と圧倒的な美しさを誇ります。
愛媛県松山市の中心部、勝山(標高132m)に築かれた城です。加藤嘉明が築城し、山頂の本丸と山麓の二之丸などを組み合わせた典型的な平山城です。現存する21棟の建造物が重要文化財に指定されており、松山市街を一望できる観光名所です。
日本の港の中で、周囲の山々や自然地形と海とが美しく調和し、素晴らしい景観を作り出しているとして古くから讃えられてきた3つの港の総称です。
静岡県静岡市清水区に位置する港で、古くから茶の輸出などで栄えました。三保の松原の緑を前景に、青い海と雪を冠した雄大な富士山を正面に望むことができる風光明媚な港です。その日本的で絵画のような美しい景観から、日本三大美港の筆頭として世界中の船乗りに愛されてきました。
兵庫県神戸市にある国際貿易港で、海に迫る六甲連山の緑と、海沿いに広がる近代的な都市のコントラストが非常に美しい港です。特に夜になると、ポートタワーの赤いライトアップや、山側から見下ろす「1000万ドルの夜景」が港を華やかに彩り、ロマンチックな景観を作り出します。
長崎県長崎市にある港で、すり鉢状の地形の底に位置する深く入り組んだ天然の良港です。周囲の山々が海を抱き込むようなその美しい形から、別名「鶴の港」とも呼ばれています。洋館が建ち並ぶ異国情緒あふれる街並みと、夜になると斜面に広がる立体的な夜景が訪れる人を魅了します。
日本国内において、古くから気候風土や歴史的背景、洗練された美容文化などの影響により、美しい女性が多いと俗に称されてきた3つの代表的な地域の総称です。
秋田県周辺の女性は「秋田美人」と称されます。冬季の日照時間が日本一短く、雪に覆われる期間が長いため紫外線による肌へのダメージが少ないことや、大陸からの混血説など諸説ありますが、透き通るように色白でキメの細かい美しい肌を持つ女性が多いと言われています。
京都府の女性は「京美人」と称されます。千年の都として培われた雅で洗練された文化や作法、そして西陣織に代表される着物文化が根付いています。また、舞妓さんや芸妓さんのような、奥ゆかしさの中にも凛とした美しさを持つ伝統的な美容の歴史が背景にあります。
福岡県の博多周辺の女性は「博多美人」と称されます。古くから大陸との貿易の玄関口として栄え、多様な人々が交差する活気ある街の雰囲気が背景にあります。美味しい食文化による健康美や、芸妓文化による高い美意識と流行に敏感でお洒落な女性が多いとされています。
日本の森林において、自然の力(天然更新)によって形成された、樹種が優良で景観も極めて美しい3つの代表的な天然林の総称です。
青森県の下北半島や津軽半島に広がるヒバ(アスナロ)の天然林です。ヒノキチオールという成分を豊富に含んでいるため、非常に強い抗菌作用や防虫効果、そして特有の強い香りを持っています。腐りにくく耐久性が極めて高いため、中尊寺金色堂などの歴史的建造物の土台や、温泉の浴槽などに珍重されてきました。
秋田県の米代川流域などに広がるスギの天然林です。厳しい寒さの中でゆっくりと成長するため、年輪の幅が狭く均等になり、木目が非常に美しく、軽くて強度が高いのが特徴です。江戸時代から貴重な木材として厳しく管理され、現在でも大館曲げわっぱなどの伝統工芸品や高級建築材として全国的に高く評価されています。
長野県の木曽谷から裏木曽にかけて広がるヒノキの天然林です。江戸時代に尾張藩によって「木一本、首一つ」と言われるほど厳格な森林保護政策がとられ、美しい森が守られました。香りが良く、木肌が滑らかで、耐久性と美しさを兼ね備えた最高級の建築材であり、伊勢神宮の式年遷宮における御神木の用材としても使われます。
日本国内において、手軽に短時間で食事ができるファストフード業界の中で、特に店舗数が多く、歴史的にも人々の生活に深く定着している3つの巨大チェーンの総称です。
1971年に東京・銀座に日本第1号店をオープンして以来、日本のファストフード文化を牽引し続けている絶対的な王者です。圧倒的な店舗数と手頃な価格、そして「てりやきマックバーガー」などの独自メニューで、子供から大人まで全世代に愛される巨大外食チェーンです。
1970年に日本に上陸した、フライドチキンチェーンの最大手です。創業者カーネル・サンダースの秘伝のレシピを守り続ける独自の味わいが特徴です。日本では「クリスマスにはケンタッキー」という独自の文化を定着させ、特別な日のごちそうとしても不動の地位を築いています。
1971年にダスキンが日本に導入した、国内最大のドーナツチェーンです。「ポン・デ・リング」や「オールドファッション」などの大ヒット商品を数多く生み出しました。カフェとしての利用や飲茶メニューの提供など、独自の進化を遂げながら日本のドーナツ市場を独占しています。
日本の仏教美術および不動明王信仰において、その色彩と霊的威厳から最高峰の傑作とされ、国宝などに指定されている3つの貴重な不動明王の仏画の総称です。(江戸五色不動を指す場合もあります)
京都の天台宗門跡寺院である青蓮院に伝わる国宝の仏画「青不動明王二童子像」です。平安時代後期の最高傑作であり、全身が青黒い色で描かれています。燃え盛る炎を背負い、力強くもどこか優しさを秘めた表情が特徴の、極めて貴重な秘仏です。
和歌山県高野山の総本山金剛峯寺(別格本山明王院)に伝わる国宝の仏画です。智証大師円珍が感得した姿を描いたとされ、体色が真っ赤に燃えるような朱色で描かれています。密教の修行において極めて重要な尊像として、厳重に守り伝えられています。
滋賀県大津市の三井寺(園城寺)に伝わる国宝の仏画です。円珍が修行中に感得した金色の不動明王の姿を描いたもので、全身が黄色(金色)で表現され、筋肉の隆起などが非常に生々しく力強く描かれています。日本の不動明王図の源流ともされる傑作です。
東京都の天台宗瀧泉寺に祀られている不動明王で、関東最古の不動霊場です。「目黒」の地名の由来ともなり、江戸時代には徳川家光の帰依を受けて大いに栄え、江戸五色不動の筆頭として現在も多くの人々の厄除け信仰を集めています。
東京都豊島区の真言宗豊山派金乗院に祀られている不動明王で、目黒不動と並ぶ江戸五色不動(目白不動)の一つです。江戸時代に徳川家光の命により「目白」の称号を与えられ、周辺の地名の由来となりました。病気平癒や厄除けの仏様として親しまれています。
人々の煩悩を焼き尽くし厄を払う「不動明王」を本尊として祀る全国の寺院の中で、特に霊験があらたかであるとして広範な信仰を集める代表的なお寺の総称です。
千葉県成田市にある真言宗智山派の大本山で、平将門の乱の平定を祈願して開山されました。歌舞伎の市川團十郎(成田屋)の信仰によって江戸庶民に広まり、現在でも初詣の参拝客数が日本屈指の規模を誇る、日本を代表する巨大な不動霊場です。
東京都目黒区にある天台宗の寺院で、慈覚大師円仁の開創と伝えられます。江戸時代には徳川将軍家の厚い庇護を受け、江戸近郊の行楽地としても大いに賑わいました。現在でも厄除け祈願の参拝者が絶えない、関東を代表する不動尊の一つです。
熊本市南区にある天台宗の寺院で、日本三大不動尊の一つに数えられます。春の大祭では、燃え盛る火の上を裸足で歩く「火渡り」や、煮えたぎる釜の湯を浴びる「湯立て」という、非常に荒行の祈祷が行われ、多くの修験者や信者が無病息災を祈ります。
福島県福島市にある曹洞宗の寺院です。800年以上の歴史を持ち、境内には奥の院の洞窟など神秘的な祈りの空間が広がります。「厄除け」「眼守」「三ヶ月」の三不動が祀られており、六三日の祈祷などで知られ、東北地方の厄除け信仰の中心地となっています。
水辺に鎮座する神社において、御神霊を色鮮やかな装飾を施した船に乗せて水上を渡御(とぎょ)する、優雅かつ壮大な3つの代表的な水上祭礼の総称です。
旧暦の6月に厳島神社で行われる、平清盛が始めたとされる優雅な海上神事です。提灯で飾られた豪華な「管絃船」が、瀬戸内海の波間を雅楽を奏でながらゆっくりと進みます。海上に浮かぶ大鳥居をくぐる姿は、平安絵巻をそのまま再現したかのような幽玄な美しさです。
日本三大祭の一つである天神祭のクライマックスを飾る神事です。菅原道真公の御神霊を乗せた船を中心に、100隻以上の船が大川を行き交います。船上でのだんじり囃子と、夜空に打ち上がる奉納花火が織りなす、水都大阪の活気あふれる一大絵巻です。
松江市の城山稲荷神社で10年に一度だけ開催される、日本最大級の船神事です。「ホーランエンヤ」という勇壮な掛け声とともに、色鮮やかに装飾された約100隻の大船団が、大橋川や宍道湖をパレードします。舳先で男たちが剣櫂(けんがい)を振るう姿は圧巻です。
日本の伝統的な神社仏閣に設けられた舞台(舞楽や能楽などを神仏に奉納するための場所)の中で、特に歴史的価値や建築美に優れた3つの舞台の総称です。
聖徳太子が建立した日本最古の官寺である大阪の四天王寺境内の池の中央に架かる、石造りの舞台です。亀の形をした池に浮かぶように造られており、毎年行われる聖霊会(しょうりょうえ)などの重要な法要の際に、雅楽や舞楽が奉納される神聖かつ歴史ある舞台として知られています。
大阪の住吉大社境内の中心にある、大きな池に架かる石造りの反橋(太鼓橋)の近くに設けられた舞台です。慶長年間に豊臣秀頼によって寄進されたと伝えられ、国の重要文化財に指定されています。毎年5月の卯之葉神事において、この舞台上で優雅な舞楽が奉納されることで有名です。
広島県の厳島神社にある、海に突き出た広大な板張りの舞台です。本殿の前に広がり、寝殿造りの美しい社殿群や大鳥居と一体となった景観は国宝に指定されています。平清盛の時代から続くといわれる舞楽が奉納され、満潮時にはまるで海に浮かんでいるかのような幻想的な姿を見せます。
日本の文学界において、作家の登竜門として、あるいは功績を讃える最高権威として機能し、メディアでも大きく報道される代表的な4つの文学賞です。(三大賞とする場合もあります)
菊池寛が友人である直木三十五を記念して創設した文学賞です。主にエンターテインメント性豊かな「大衆小説(エンタメ小説)」を対象とし、すでに実績のある中堅作家や優れた新人に贈られます。受賞作はベストセラーになることが多く、出版界に大きな影響力を持っています。
菊池寛が友人である芥川龍之介を記念して直木賞と同時に創設した文学賞です。主に芸術性を重んじる「純文学」の短編〜中編作品を対象とし、無名や新進気鋭の作家に贈られる最大の登竜門です。年2回の発表はニュースでも大きく扱われ、社会的な関心が非常に高い賞です。
1949年に読売新聞社が創設した文学賞です。小説だけでなく、戯曲・シナリオ、評論・伝記、詩歌俳句、研究・翻訳、随筆・紀行という6つの幅広い部門が設けられているのが最大の特徴です。日本の文学活動全般の向上を目指しており、非常に権威のある総合的な文学賞です。
1941年に講談社の初代社長・野間清治の遺志により創設された文学賞です。主に純文学の単行本として出版された優れた小説や評論に贈られます。すでに評価を確立しているベテラン作家や大家が受賞することが多く、日本の文壇において極めて重みと格式のある賞とされています。
昭和の日本文壇において、文学的業績だけでなく、対談や座談会、あるいは酒席などで発する「声」が非常に大きく、特徴的で迫力があったことで知られる3人の有名作家の総称です。
『地の群れ』などの作品で知られる小説家です。社会の底辺や炭鉱などを舞台にした重厚な作品を描きました。非常にエネルギッシュで声が大きく、文学論争や講演などでも圧倒的な熱量と大音声で語る姿から「全身小説家」と称され、その強烈な個性で文壇に存在感を放ちました。
『裸の王様』で芥川賞を受賞し、ベトナム戦争の従軍ルポ『輝ける闇』などで知られる小説家です。釣りや美食、世界中の旅を愛した豪放磊落な性格で、大柄な体格から発せられる野太く朗々とした大声と、ユーモアあふれる豊かな語り口は、テレビCMなどでもお茶の間に親しまれました。
『たった一人の反乱』や『裏声で歌へ君が代』などで知られる小説家・文芸評論家です。博覧強記の知識人であり、英文学や日本語論に関する深い教養を持っていました。座談会や対談などで意見を述べる際、よく響く独特の大きな声で理路整然と語る姿が印象的でした。
昭和から平成の日本文壇において、文学的な才能に加えて、俳優やスターのように端正で魅力的なルックスを持っていたことで女性ファンも多かった3人の小説家の総称です。
『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞し、『青春の門』が国民的な大ベストセラーとなった大作家です。ロシアや北欧などを舞台にしたロマンチックな作風と、長髪に彫りの深い端正な顔立ちは、1970年代の文学青年や女性たちから絶大な支持と憧れを集めました。
『忍ぶ川』で芥川賞を受賞した小説家です。青森県の出身で、自身の過酷な家族の歴史や運命を見つめ直した、透明感と叙情性に満ちた私小説を数多く残しました。その繊細で静謐な作風にふさわしい、知的で憂いを帯びた美しい顔立ちが多くの文学ファンを魅了しました。
『驟雨』で芥川賞を受賞した小説家(第三の新人)です。男女の繊細な心理や性を、洗練された都会的な筆致で描きました。スマートで洒落た身なりと、ニヒルでダンディな風貌は銀座の夜の街にもよく似合い、「文壇随一のダンディ」として女性たちから非常に高い人気を誇りました。
1990年代から2000年代初頭にかけての平成の歌舞伎界において、元祖三之助の息子世代にあたり、そのルックスと確かな実力で新たな若いファンを開拓し、歌舞伎ブームを牽引した3人の御曹司の総称です。
元祖三之助(十二代目團十郎)の長男で、市川海老蔵を経て現在は十三代目市川團十郎白猿を襲名しています。圧倒的な目力とスター性を持ち、NHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』の主演などテレビでも大活躍し、平成の歌舞伎ブームの最大の立役者となりました。
元祖三之助(七代目菊五郎)の長男で、現在も尾上菊之助として第一線で活躍しています。気品あふれる美しさを持ち、蜷川幸雄演出の舞台や、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジーX』などを企画・主演し、歌舞伎の新たな可能性を切り開いています。
元祖三之助(初代辰之助)の長男で、現在は四代目尾上松緑を襲名しています。父を早くに亡くした苦労人ですが、力強い立役の芸風を受け継ぎ、ダイナミックな荒事や舞踊で高い評価を得ています。三之助の中では重厚な存在感を放つ実力派です。
1990年代後半から2000年代にかけて、「Jホラー」というジャンルを確立し、じわじわと迫りくる心理的な恐怖演出でハリウッドでもリメイクされた3つの傑作映画の総称です。
鈴木光司の小説を中田秀夫監督が映画化した、Jホラーの火付け役にして金字塔です。「見ると一週間後に死ぬ」という呪いのビデオの恐怖と、テレビ画面から這い出してくる怨霊・貞子(さだこ)の圧倒的な絶望感は、日本のみならず世界中のホラー映画に多大な影響を与えました。
清水崇監督によるビデオ版から口コミで恐怖が広がり、劇場公開された作品です。強い怨念を抱いて死んだ者の呪いが家に染み付くという設定で、伽椰子(かやこ)と俊雄(としお)という強烈なビジュアルの怨霊が、時間や場所を問わず理不尽に襲い掛かってくる直接的な恐怖が特徴です。
鈴木光司の短編集を中田秀夫監督が再び映画化した作品です。薄暗いマンションを舞台に、天井のシミや蛇口から滴る泥水といった「水」を恐怖のモチーフとして使い、じわじわと迫る怪異と、母と娘の切ない絆を描いた、情緒的で心理的な恐怖を煽るJホラーの傑作です。
日本発祥のテレビゲームシリーズの中で、独自の恐怖演出や世界観が国内外で極めて高く評価されている、代表的な3つのサバイバルホラー作品の総称です。
ソニー・コンピュータエンタテインメント(現SIE)から発売されたシリーズです。日本の土着的な信仰や閉鎖的な寒村を舞台にした、ねっとりとしたジャパニーズホラー特有の恐怖を描いています。敵の視界を盗み見る「視界ジャック」という独自のシステムと、非常に高い難易度で知られています。
コナミから発売されたシリーズで、霧に包まれた不気味な街や、錆と血に塗れた「裏世界」と呼ばれる空間を舞台にしたサイコロジカル(心理的)ホラーです。人間のトラウマや狂気を反映したストーリー展開と、クリーチャーのグロテスクで芸術的な造形が世界中で熱狂的な支持を集めています。
カプコンから発売され、現在のサバイバルホラーというジャンルを確立した歴史的シリーズです。ゾンビやB.O.W.(有機生命体兵器)が蔓延する絶望的な状況下で、限られた弾薬やアイテムを駆使して生き延びる恐怖と興奮を描き、ハリウッドで実写映画化されるなど世界的メガヒットを記録しています。
日本の国際貿易において、輸出入の貨物取扱量や貿易額が特に大きく、日本経済と世界の物流を結ぶ重要な拠点となっている3つの巨大港湾の総称です。
愛知県名古屋市などを中心とする伊勢湾に位置し、背後に世界的な自動車産業を擁するため、輸出額および総取扱貨物量において長年にわたり日本一を独走しています。日本のものづくり産業を支え、世界と直結する国内最大の国際物流ゲートウェイです。
千葉県の東京湾岸に広がる、日本最大の港湾区域面積を持つ港です。京葉工業地域の中核をなし、原油やLNG(液化天然ガス)などのエネルギー資源の輸入や、鉄鋼、化学製品の輸出が非常に盛んであり、首都圏の産業活動を支える極めて重要なエネルギー・素材拠点です。
神奈川県横浜市にある、1859年の開港以来、日本の近代化と貿易を牽引してきた歴史ある国際貿易港です。京浜工業地帯の物流拠点として多種多様な貨物を取り扱い、世界各地と結ばれる日本を代表する巨大なコンテナターミナルを擁しています。
日本各地のお盆の時期に行われる盆踊りの中で、独自の踊りのスタイルや衣装、生演奏の熱気があり、全国から多くの踊り手や観光客が集まる3つの代表的な祭りの総称です。
「亡者踊り」とも呼ばれる、非常に幻想的でミステリアスな盆踊りです。顔を隠す黒い「彦三頭巾」や、美しい「端縫い」の衣装を着た踊り子が、野性的なお囃子と哀愁漂う歌声に合わせて、流れるように美しく静かに踊り続ける姿は、見る者を幽玄の世界へと誘います。
江戸時代から続く盆踊りです。身分や階級を問わず誰もが参加できる「輪踊り」が基本であり、8月のお盆期間に行われる「徹夜おどり」では、全国から集まった何万人もの踊り子が、下駄の音を鳴らしながら一晩中熱狂的に踊り明かします。
日本を代表する情熱的な盆踊りです。二拍子の軽快なリズムに乗って、男たちは法被姿でダイナミックかつユーモラスに、女たちは編み笠に下駄姿で上品かつしなやかに踊ります。街全体が踊りの熱気と三味線や鉦(かね)の音色に包まれる一大カーニバルです。
日本全国で行われている数多の祭りの中で、古くからの伝統と歴史格式を持ち、都市の熱気とともに規模や観客動員数が最大級を誇る3つの代表的な祭礼の総称です。
京都の八坂神社の祭礼で、平安時代に疫病退散を祈願した「祇園御霊会」を起源とする1000年以上の歴史を持つ祭りです。7月の1ヶ月間にわたって様々な神事が行われ、特に豪華絢爛な装飾が施された巨大な山や鉾(ほこ)が京の街を練り歩く「山鉾巡行」は圧巻です。
大阪の大阪天満宮の祭礼で、菅原道真公の霊を慰めるために行われます。1000年以上の歴史を持ち、市中を練り歩く「陸渡御」に加え、大川(旧淀川)に100隻以上の船が行き交い、かがり火と奉納花火が水面を照らす「船渡御(ふなとぎょ)」が最大の見どころであり、火と水の祭典と呼ばれます。
東京の神田明神の祭礼で、江戸時代には将軍が上覧する「天下祭」として幕府の庇護を受け、江戸の総鎮守として最大の盛り上がりを見せました。現在でも2年に1度の大祭では、大小約200基の神輿が秋葉原などの氏子町会を勇壮に練り歩き、江戸っ子の粋と熱気を感じさせます。
海や湖、川などに隣接し、その水を直接堀に引き込んで軍事的な防御や水上交通の要衝として巧みに利用した「水城(海城)」の中で、特に代表的な3つの城の総称です。
香川県高松市にある、瀬戸内海に面して築かれた水城で「玉藻城」とも呼ばれます。生駒親正によって築城され、海水を引き込んだ広大な堀には現在でも鯛などの海水魚が泳いでおり、船に乗って内堀を巡る「城舟体験」が人気です。
愛媛県今治市にある、築城の名手である藤堂高虎が瀬戸内海沿岸に築いた城です。日本最大級の広大な海水堀を持ち、海から船で直接城内に出入りできるよう設計された、海上交通と水軍の拠点としての機能美が最大の特徴です。
大分県中津市にある、天才軍師・黒田孝高(官兵衛)が周防灘と中津川の河口を利用して築いた城です。本丸を中心に扇形に堀が巡らされており、潮の満ち引きによって堀の水位が変化するなど、自然の力を最大限に利用した防御がなされています。
戦国時代に豊臣秀吉(羽柴秀吉)が行った城攻めの中で、周囲の地形を利用して長大な堤防を築き、川の水をせき止めて城を水没させるという奇抜で大規模な3つの戦術の総称です。
1582年(天正10年)、秀吉が毛利方の清水宗治が守る備中高松城(岡山県)を攻めた戦いです。周囲が沼地で攻めあぐねた秀吉は、黒田官兵衛の献策により周囲に約3kmの巨大な堤防を築き、足守川の水をせき止めて城を完全に水没させ、降伏に追い込みました。
1585年(天正13年)、秀吉による紀州征伐において、雑賀衆などが立て籠もる太田城(和歌山県)に対して行われました。秀吉は紀の川などの水を引き込むために総延長約6kmもの堤防をわずかな期間で築き上げ、城を水没させて城兵を飢えと疲労で降伏させました。
1590年(天正18年)、小田原征伐の一環として、石田三成らが北条方の成田氏長が守る忍城(埼玉県)に対して行った水攻めです(映画『のぼうの城』の舞台)。利根川などの水を利用するため「石田堤」を築きましたが、堤防が決壊して自軍に被害が出るなど、完全に陥落させることはできませんでした。
日本の発展を支えてきた重要な港湾都市において、港への感謝と市民の親睦を目的として盛大に開催される3つの代表的な市民参加型の祭りの総称です。
港町・神戸の発展を目的として開催される、関西を代表する初夏のイベントです。サンバやジャズなどの音楽に合わせて色鮮やかな衣装で踊る大パレードや、神戸港での海上イベントなど、国際色豊かで開放的な神戸らしい、エネルギッシュな港のカーニバルです。
横浜港の開港を記念して毎年6月に行われる大規模な市民祭です。「みなとみらい」エリアを中心に、海上での大迫力の花火や光と音のショー、ステージイベント、様々な船舶の一般公開などが行われ、海への感謝と横浜の歴史を感じることができる活気あふれるお祭りです。
福岡県の門司区で開催される、九州を代表する港祭りです。門司港レトロ地区を中心に、昭和初期の華やかな時代を彷彿とさせる「ミスポート門司」のお披露目パレードや、市民による総踊り、ブラスバンドの演奏などが行われ、かつて国際貿易港として繁栄した歴史を伝えます。
北極星や北斗七星を神格化した「妙見菩薩」を祀り、厄除けや開運、眼病平癒などの霊験あらたかな神仏習合の信仰拠点として全国的に有名な3つの寺社の総称です。
大阪府と兵庫県の府県境にある妙見山(標高660m)の山頂に位置する日蓮宗の霊場で、正式には無漏山真如寺境外仏堂といいます。能勢氏の篤い信仰を受け、関西における妙見信仰の中心地として、「能勢の妙見さん」と親しまれています。
福島県の相馬地方(相馬中村神社、太田神社、小高神社の三社)で信仰される妙見菩薩です。相馬氏の氏神として武力や馬の守護神として崇敬され、毎年7月に行われる国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追」は、この妙見信仰と深く結びついた壮大な祭りです。
熊本県八代市にある八代神社のことで、かつては妙見宮と呼ばれていました。亀と蛇が合体した「亀蛇(きだ・ガメ)」に乗って妙見菩薩が渡来したという伝説があり、秋に行われる「八代妙見祭」では巨大な亀蛇の出し物が街を練り歩き、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。
古くから日本各地の庶民の生活や労働、風土の中から生まれ、現在でも全国的に広く歌い継がれ、盆踊りなどでも親しまれている代表的な民謡の総称です。(※4つ挙げられます)
茨城県大洗町などの沿岸部で歌い継がれてきた民謡です。「水戸を離れて東へ三里」という出だしで始まり、太平洋の荒波に揉まれる漁師の力強さや生活の哀歓を歌い上げます。盲目の三味線弾きによって洗練され、全国的な人気を誇る座敷唄として定着しました。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ」でおなじみの阿波踊りの際に歌われる民謡(お囃子)です。「よしこの」と呼ばれる軽快でリズミカルな唄い回しと、三味線、太鼓、鉦などが一体となった熱狂的な伴奏が特徴で、日本で最も情熱的な民謡の一つです。
岐阜県郡上市の盆踊り「郡上おどり」で歌われる代表的な民謡です。「郡上の八幡出てゆく時は…」という情緒あふれる歌詞と、哀愁を帯びつつもテンポの良いリズムが特徴です。生歌と生演奏に合わせて踊り明かす、地域に深く根ざした参加型の民謡です。
山形県で夏に行われる「花笠まつり」で歌われる民謡です。「ヤッショ、マカショ」という威勢の良い掛け声と、紅花をあしらった笠を回しながら踊る姿が特徴です。治水工事の土方作業の土突き唄が発展したもので、東北を代表する元気の出る民謡として親しまれています。
江戸時代に大名によって造営された大名庭園の中で、造園手法や景観の美しさが特に優れているとされる3つの代表的な日本庭園の総称です。
加賀藩前田家が長年にわたり造り上げた、金沢市にある広大な廻遊式庭園です。宋の時代の書物に基づく「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望」の六勝を兼ね備えていることから命名されました。徽軫灯籠(ことじとうろう)や冬の雪吊りなど、四季折々の美しい景観で知られています。
岡山藩主の池田綱政が造営した、岡山市にある広大な庭園です。岡山城を借景とし、広い芝生と池、築山、茶室が園路や水路で結ばれた明るく開放的な景観が特徴です。「先憂後楽(天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに遅れて楽しむ)」という儒教の精神から名付けられました。
水戸藩第9代藩主の徳川斉昭が、「領民と偕(とも)に楽しむ場」として造営した茨城県水戸市にある庭園です。他の二園とは異なり、梅の名所として全国的に有名であり、早春には約100品種3000本の梅が咲き誇ります。好文亭からの千波湖の眺望も見事で、独特の趣を持っています。
江戸時代に参勤交代などを通じて諸大名から徳川将軍家へ献上され、茶席の菓子としても高く評価された、日本を代表する歴史ある高級和菓子の総称です。(※4つ目を含む場合があります)
新潟県長岡市にある老舗和菓子店「大和屋」が江戸時代から作り続けている伝統的な銘菓です。越後名産の良質なもち米の粉(寒梅粉)に、阿波の和三盆糖を合わせて作られる押し物(落雁の一種)で、口に含むと雪のようにホロホロと儚く溶けていく上品な甘さが特徴です。長岡藩主に献上され、その口どけから名付けられました。
石川県金沢市の老舗「森八」で作られている、加賀藩前田家の御用菓子です。四国特産の和三盆糖と、北陸の良質なもち米の粉などを木型で打ち出した落雁で、茶の湯の文化が盛んな金沢を象徴する最高級の干菓子です。名前は後水尾天皇の筆によるものと伝えられ、300年以上にわたり変わらぬ製法で気品ある味わいを保っています。
島根県松江市の老舗「風流堂」が、不昧公(松江藩主・松平治郷)の御好み菓子として復刻させた銘菓です。赤(薄紅)と白の対になったしっとりとした落雁で、表面の凹凸が山と川の風景を表しています。茶人として名高い不昧公が詠んだ「散るは浮き、散らぬは沈む紅葉の、影は高尾の山川の水」という歌に由来しています。
福岡県の博多で江戸時代から伝わる南蛮菓子(ポルトガル伝来の菓子)です。熱く煮立てた濃厚な糖蜜の中に、溶いた卵黄を細く流し込んで素麺状に固めたもので、黄金色に輝く見た目と、卵の濃厚なコク、そして強烈な甘みが特徴です。黒田藩の御用菓子として幕府にも献上され、長らく松屋菓子舗がその製法を受け継いでいました。
江戸時代初期(17世紀)において、武断政治(力による支配)から文治政治(学問と法による支配)への転換期に見事な藩政を行い、領民から深く慕われた3人の優れた大名(君主)の総称です。
第2代将軍・徳川秀忠の庶子として生まれ、会津藩主となりました。異母兄である第3代将軍家光から深く信頼され、第4代将軍家綱の時代には幕政の最高責任者として「玉川上水の開削」や「明暦の大火後の江戸復興」など数々の優れた政策を実行し、江戸幕府の安定に絶大な貢献をしました。
水戸藩の第2代藩主であり、テレビ時代劇『水戸黄門』のモデルとして全国的に有名な人物です。全国から優秀な学者を集めて日本の歴史書である「大日本史」の編纂事業を開始し、水戸学の基礎を築きました。また、領内の水道整備や寺社の保護など、学問を重んじる文化的な治世を行いました。
岡山藩の初代藩主で、陽明学者の熊沢蕃山を登用して儒教の道徳に基づいた理想的な政治(仁政)を目指しました。日本最古の庶民の学校とされる「閑谷学校(しずたにがっこう)」を創設し、身分を問わず教育の機会を提供したほか、領内の治水や新田開発にも尽力した名君として讃えられています。
明治時代の初期に創設され、西洋の学問や実学を取り入れた先進的な教育を行い、近代日本の発展に寄与する有能な人材を数多く輩出した3つの代表的な私立学校の総称です。
福澤諭吉が江戸に開いた蘭学塾を起源とし、明治元年に「慶應義塾」と命名されました。イギリスのパブリックスクールをモデルに「独立自尊」を掲げ、実学を重んじる教育を行い、現在の慶應義塾大学として日本を代表する名門私学へと発展しました。
啓蒙思想家であり、『西国立志編』の翻訳などで知られる中村正直が東京・小石川に創設した私塾です。英語教育や西洋の近代思想の普及に極めて大きな貢献をし、多くの優秀な人材を輩出しましたが、中村の死後しばらくして廃校となりました。
海軍兵学寮の教官であった近藤真琴が創設した私塾です。当初は海軍軍人を育成するための予備校的な役割を担っていましたが、のちに土木や工学といった理数系教育に力を入れ、日本の近代化を技術面から支える人材を育成し、現在の攻玉社中学校・高等学校へと続いています。
江戸時代以降の城郭建築において、その規模、縄張り、歴史的価値などが特に優れていると評価される代表的な名城の総称です。(※一般的に4つの城から3つが選ばれます)
加藤清正によって築城された、堅牢な石垣「武者返し」で知られる名城です。美しい黒と白のコントラストを持つ天守閣が特徴であり、西南戦争でも西郷隆盛軍の猛攻を退け、難攻不落の城であることを証明しました。
徳川家康が天下統一の総仕上げとして築城し、尾張徳川家の居城となりました。天守閣に輝く金の鯱(しゃちほこ)がシンボルであり、国宝に指定されていた豪華絢爛な本丸御殿(現在は復元)など、近世城郭の最高峰です。
白漆喰総塗籠造りの白亜の城壁が美しく、「白鷺城」とも呼ばれます。現存する最大の天守を持ち、非常に複雑な防御機能を持つ迷路のような縄張りが特徴です。日本で初めてユネスコの世界文化遺産に登録されました。
豊臣秀吉が築いた壮大な城を、江戸時代に徳川幕府がさらに大規模な石垣を用いて再建したものです。現在は巨大な石垣や広大な堀が残り、昭和に復興された天守閣が大阪のシンボルとして世界中の観光客に親しまれています。
日本酒の醸造において、優れた水源と良質な酒米に恵まれ、高度な醸造技術(杜氏の技)によって古くから酒造りが盛んであった3つの代表的な産地の総称です。
兵庫県の神戸市から西宮市にかけての沿岸部に広がる「灘五郷」と呼ばれる地域です。六甲山系から湧き出るミネラル分が豊富な硬水「宮水(みやみず)」を使用するため、発酵が力強く進み、キレのある辛口の日本酒に仕上がります。そのしっかりとした骨格の味わいから、灘の酒は古くから「男酒」と呼ばれています。
京都府京都市南部の伏見区一帯の酒造地です。かつて「伏水」と書かれたほど地下水が豊富で、名水百選にも選ばれた「御香水」などに代表される、口当たりの柔らかい中硬水〜軟水を使用して酒造りが行われます。この水で仕込まれた酒は、なめらかで優しく、ふくよかな甘みを持つため「女酒」と称され、灘と双璧をなします。
広島県東広島市の西条地区周辺の酒造地です。西条の水は発酵が進みにくいとされる「軟水」でしたが、明治時代に三浦仙三郎が「軟水醸造法」を開発したことで、軟水の弱点を克服し、むしろ米の旨味と華やかな香りを最大限に引き出す吟醸造りを確立しました。酒蔵通りには白壁や赤レンガ煙突の美しい街並みが残っています。
日本の庭石や観賞石として古くから非常に高く評価され、現在では採掘量が減少し希少価値が極めて高い3つの代表的な名石の総称です。
新潟県の佐渡島で産出される、鉄分を含んで鮮やかな赤色を呈する石英質の石です。磨くと非常に美しい光沢が出るため、古くから観賞用の水石や庭石、あるいは勾玉などの装飾品として珍重されてきました。現在では天然記念物に指定され採掘が禁止されているため、非常に希少で高価な幻の石となっています。
兵庫県神戸市の六甲山系周辺(御影地区)でかつて産出されていた、淡い桜色を帯びた美しい花崗岩です。石質が硬く、磨くと上品な艶が出るため、高級な墓石や建築材、石灯籠などとして全国に名を知らしめました。現在では採掘が終了しており、流通しているもののほとんどが既存の石を再利用した大変希少なものです。
鳥取県鳥取市(旧佐治村)を流れる佐治川流域で産出される、深い青黒さ(蒼黒)と変化に富んだ表面の凹凸(石肌)が特徴の石です。水に濡れるとその黒さがより一層引き立ち、わび・さびを感じさせることから、日本庭園の景石や水石として最高級品とされてきました。こちらも現在は採掘が禁止され保護されています。
日本の推理小説(探偵小説)に登場する数多くの架空の探偵の中で、卓越した推理力と強烈な個性を持ち、後世のミステリー作品に多大な影響を与えた3人の代表的な名探偵の総称です。
江戸川乱歩の作品『D坂の殺人事件』で初登場した名探偵です。当初はボサボサ髪の書生風でしたが、後にダンディな紳士へと変貌しました。怪人二十面相との対決や、少年探偵団を率いての活躍など、日本の探偵の代名詞として現在でも様々なメディアで親しまれています。
横溝正史の作品『本陣殺人事件』で初登場した名探偵です。ボサボサの頭を掻きむしり、よれよれの袴にチューリップハットという風采の上がらない出で立ちですが、旧家で起こる凄惨な連続殺人や、血縁のドロドロとした人間関係に潜む難事件を天才的なひらめきで解決に導きます。
高木彬光の作品『刺青殺人事件』で初登場した名探偵です。東大医学部所属で、語学や芸術にも堪能、さらには美男子という「天才肌の探偵」の典型です。圧倒的な論理的思考と神がかった直感で、不可能犯罪や密室殺人の謎をエレガントに解き明かす「日本のシャーロック・ホームズ」です。
日本国内で生産される緑茶の中で、歴史や品質、生産量において古くから高い評価を受け、「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と謳われる3つの産地の総称です。
静岡県で生産される緑茶で、気候と風土が茶の栽培に適しているため、日本の緑茶生産量の約4割を占める日本最大の産地です。鎌倉時代に聖一国師が宋から茶の種を持ち帰ったのが始まりとされ、深蒸し煎茶など多様な製法が発達しました。「色は静岡」と謳われるように、鮮やかな緑色と豊かな風味が特徴です。
京都府の宇治市周辺で生産されるお茶で、鎌倉時代から続く日本茶の高級ブランドです。特に覆い下栽培(日光を遮って育てる方法)による「抹茶」や「玉露」の品質は日本最高峰とされ、千利休をはじめとする茶人たちに愛されてきました。「香りは宇治」と謳われる通り、覆い香と呼ばれる独特の高貴な香りが特徴です。
埼玉県西部(入間市や狭山市など)で生産されるお茶で、関東地方を代表する銘茶です。比較的寒冷な気候で育つため、葉に厚みがあり、栄養分をしっかりと蓄えています。製造工程において「狭山火入れ」と呼ばれる独特の強めの焙煎を行うことで、「味は狭山でとどめさす」と称される深いコクと強い甘みが引き出されます。
日本の仏教建築の中で、釈迦の遺骨(仏舎利)を祀るために建てられた五重塔のうち、その歴史的価値や建築様式の美しさが特に際立っている3つの国宝の塔の総称です。
奈良県の法隆寺にある、飛鳥時代(7世紀)に建立された「世界最古の木造五重塔」です。安定感のある美しいシルエットを持ち、初層の内部には釈迦の生涯を描いた精巧な塑像群(塔本四面具)が安置されています。日本の仏教建築の原点であり、国宝および世界遺産に登録されています。
京都府京都市伏見区の醍醐寺にあり、平安時代(951年)に村上天皇が建立した京都府で最も古い木造建築物です。高さ約38メートルで、屋根の上の相輪(そうりん)が塔全体の3分の1を占めるという特徴的なプロポーションを持ち、力強くも優雅な平安時代の建築美を今に伝えています。
山口県山口市にある瑠璃光寺の境内に、室町時代(1442年)に大内義弘の供養のために建立された塔です。檜皮葺(ひわだぶき)の屋根の反りが非常に美しく、細部まで精巧な造りが施されています。西の京と呼ばれた山口で花開いた大内文化の最高傑作として、国宝に指定されています。
日本の仏教建築において、1階が四角形で2階が円形の独特の二層構造を持つ「多宝塔」の中で、規模の大きさや建築的価値から最高傑作とされる3つの国宝の塔です。
和歌山県岩出市の新義真言宗総本山・根来寺にある大塔(多宝塔の一種)です。室町時代(1547年)に完成した日本最大の木造多宝塔で、高さは約40メートルにも及びます。豊臣秀吉の紀州征伐の際の弾痕が現在も壁に残されており、国宝に指定されている威風堂々たる名塔です。
大阪市天王寺区にある勝鬘院(愛染堂)の多宝塔です。聖徳太子が建立した四箇院の一つ「施薬院」を起源とし、現在の塔は桃山時代(1597年)に豊臣秀吉によって再建された大阪市内最古の木造建造物です。華やかな桃山建築の装飾が施されており、国宝に指定されています。
大阪府泉佐野市にある真言宗の寺院・慈眼院(じげんいん)の多宝塔です。鎌倉時代(1271年)に建立されたとされ、現存する多宝塔としては石山寺に次いで日本で2番目に古く、また日本で最も小さい(高さ約10メートル)多宝塔として知られています。その優美なプロポーションから国宝に指定されています。
江戸時代中期の明和年間(1764〜1772年)に、浮世絵師・鈴木春信の美人画のモデルとなり、江戸中の評判を集めてアイドル的な人気を誇った3人の町娘の総称です。
谷中の笠森稲荷の門前にあった水茶屋「鍵屋」の看板娘です。鈴木春信が彼女を描いた錦絵が爆発的に売れ、お仙を一目見ようと江戸中から男たちが殺到しました。手ぬぐいや手ぬぐい掛けなどの関連グッズまで売れるという、日本最初のアイドルと言える存在です。
浅草の浅草寺観音堂の近くにあった小間物屋・楊枝屋「柳屋」の看板娘です。お仙と人気を二分するほどの美貌の持ち主で、春信の錦絵にも度々描かれました。銀杏返しの髪型がよく似合い、清楚で愛らしい魅力が江戸の町人たちの心を掴みました。
浅草寺の奥山にあった水茶屋「蔦屋」の看板娘です。お仙、お藤に続いて評判となった美少女であり、鈴木春信の『明和三美人』という浮世絵では、この3人が一緒に描かれています。彼女たちの存在は、江戸の町人文化の成熟と浮世絵の発展を象徴しています。
日本の金融再編を経て誕生した、巨大な資産規模と全国・世界規模の強固な収益基盤を持つ、日本を代表する3つの巨大銀行グループの総称です。
東京三菱銀行とUFJ銀行の合併により誕生した、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の中核を担う日本最大の銀行です。圧倒的な総資産額と広範な海外ネットワークを持ち、グローバルな金融市場で強い影響力を持っています。国内でも大企業から個人まで盤石な顧客基盤を誇るリーディングバンクです。
住友銀行とさくら銀行(三井銀行の流れを汲む)の合併により誕生した、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)の中核銀行です。旧住友銀行時代から続く「強烈な営業力」と「徹底した合理化・効率性」に定評があり、スピード感のある経営戦略と高い収益率を誇る、極めて強固な金融機関です。
第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の3行が統合して誕生した、みずほフィナンシャルグループの中核銀行です。旧財閥の枠組みを超えた日本初のメガバンクとして誕生しました。全国すべての都道府県に支店を持つ幅広いネットワークや、宝くじの発行業務、国や自治体との強いパイプ(公金取扱)などが特徴です。
1970年代から日本の音楽シーンに登場し、洋楽のエッセンスを取り入れた緻密で美しいメロディラインを構築し、J-POPの基礎を築き上げた3人の天才的な男性音楽家の総称です。
はっぴいえんどのメンバーとして活動後、ソロとして『A LONG VACATION』などの歴史的名盤を発表しました。アメリカのポップスやロックンロールを深く研究し、「ナイアガラ・サウンド」と呼ばれる何層にも音を重ねた分厚く美しいメロディと録音技術によって、日本のポップスを芸術の域へと高めた巨匠です。
フォークグループ「オフコース」のリーダーとして『さよなら』などを大ヒットさせ、ソロ転向後も『ラブ・ストーリーは突然に』などの歴史的ミリオンセラーを生み出しました。年齢を重ねても全く衰えない透明感のあるハイトーンボイスと、聴く者の琴線に触れる極めて美しく切ないメロディラインが最大の特徴です。
シュガー・ベイブのメンバーとして活動後、ソロとして『クリスマス・イブ』や『RIDE ON TIME』など、日本のポップス史に残る名曲を多数生み出しました。アカペラでの多重録音など、異常なまでのこだわりを持った「音の職人(サウンド・アルチザン)」であり、日本のシティ・ポップを代表する世界的なメロディーメーカーです。
日本国内において、独自の「やきとり」文化が根付き、市民のソウルフードとして店舗が密集している3つの代表的な都市の総称です。
北海道室蘭市の「室蘭やきとり」は、名前に「とり」と付きますが、実際には豚肉(豚精肉)を使用するのが最大の特徴です。長ネギの代わりにタマネギを間に挟み、甘辛い醤油ダレで焼き上げた後、洋ガラシをつけて食べるのが室蘭流です。鉄鋼業などで働く労働者のための安価で栄養のあるスタミナ食として昭和初期に定着しました。
埼玉県東松山市の「東松山やきとり」も、鶏肉ではなく豚肉、特に「豚のカシラ肉(頭部の肉)」を使用します。炭火でじっくりと焼き上げた豚肉に、ニンニクや唐辛子、複数のスパイスをブレンドした各店秘伝の特製「みそだれ」をたっぷり塗って食べるのが特徴です。独特の歯ごたえと辛味噌の風味がクセになる郷土の味です。
愛媛県今治市の「今治やきとり」は、鶏肉を使用しますが「串に刺さず、鉄板で焼く」という非常に珍しいスタイルです。傾斜のついた鉄板の上で鶏肉を焼き、上から「プレス(重し)」と呼ばれる鉄板で押し付けて短時間で一気に焼き上げます。せっかちな今治人の気質に合わせて早く提供するために生まれた独自の文化と言われています。
人々の病気平癒や現世利益を叶えてくれる仏様である「薬師如来」を本尊として祀る全国の寺院の中で、特に霊験あらたかとして信仰を集める3つのお寺の総称です。
島根県出雲市にある「一畑寺(いちばたじ)」の通称で、眼病平癒にご利益がある「目のお薬師様」として全国的に有名です。宍道湖を見下ろす山の上にあり、お茶で目を洗う信仰や、1300段余りの石段マラソンなどでも知られ、現在も多くの祈願者が訪れます。
愛媛県新居浜市にある山田薬師(正法寺)です。四国霊場の一つとして古くから信仰を集め、病気平癒や厄除けの祈祷が行われています。地域の人々に深く根付いた信仰の場であり、お遍路さんや参拝客に心の安らぎを与えています。
福岡県久留米市にある柳坂山永勝寺の薬師如来です。天武天皇の勅願によって建立されたと伝わる非常に歴史のある古刹であり、秋には境内が紅葉で真っ赤に染まる「もみじ寺」としても有名です。地元の人々からは健康長寿をもたらすお薬師様として親しまれています。
日本の夜景スポットの中でも、特に都市の光と自然の地形が織りなすスケールが大きく、美しさが際立つ3つの代表的な展望地の総称です。
標高334mの函館山から見下ろす夜景で、函館湾と津軽海峡に挟まれたくびれた扇形の地形が特徴です。街のあたたかなオレンジ色の灯りと、イカ釣り漁船の漁火、そして漆黒の海のコントラストが絶妙な美しさを生み出しており、「100万ドルの夜景」として世界的に有名です。
六甲山系の摩耶山(標高702m)にある展望広場「掬星台(きくせいだい)」から望む夜景です。「手で星を掬(すく)えるほど美しい」という由来の通り、神戸の市街地から大阪湾、関西国際空港までを一望する大パノラマが広がります。圧倒的な光量は「1000万ドルの夜景」と称されます。
標高333mの稲佐山から見下ろす長崎市の夜景です。長崎港を囲むすり鉢状の斜面に家々が密集しているため、足元から山の頂上付近まで立体的に光が連なる、他の都市にはない独特の景観を作り出しています。世界新三大夜景にも認定されるなど、その美しさは高く評価されています。
日本の山岳地帯に築かれた城(山城)の中で、標高の高さや規模、防御施設の完成度、歴史的価値において特に代表的とされる3つの名城の総称です。
岐阜県恵那市にある、標高717mの峻険な地形を利用して築かれた山城です。江戸時代まで存続した山城としては日本一の高所に位置し、霧が発生しやすい地形から「霧ケ城」とも呼ばれ、女城主・おつやの方の悲劇の伝説でも知られます。
奈良県高取町にある、標高583mの高取山山頂に築かれた大規模な山城です。城内の面積が非常に広く、山中に幾重にも連なる白漆喰の櫓と石垣の圧倒的な光景は「巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城」と謳われました。
岡山県高梁市の臥牛山(標高430m)の山頂付近に築かれた山城です。現存する天守を持つ山城としては日本一高い場所にあり、秋から冬にかけて発生する濃い雲海の上に浮かび上がる幻想的な姿から「天空の城」として有名です。
日本のパチンコ・パチスロ産業において、長年にわたり革新的な筐体や人気タイトルの遊技機を開発・供給し続けている3つの大手メーカーの総称です。
パチンコ業界において初めてドラム式の大当たりシステムである「フィーバー」機を開発し、パチンコブームの火付け役となった最大手メーカーの一つです。数多くのアニメや特撮作品とのタイアップ機(エヴァンゲリオンやマクロスなど)をヒットさせ、業界をリードしています。
1949年に創業した歴史あるパチンコ・パチスロメーカーです。かつては「ブラボー」シリーズなどで一時代を築き、現在でも「ルパン三世」などの強力な版権シリーズや、「戦国乙女」などのオリジナル人気コンテンツを多数抱え、ゴルフ事業(PGM)とともに安定した経営を行っています。
大手ゲームメーカーのセガと、遊技機メーカーのサミーが経営統合して誕生した巨大エンターテインメント企業です。特にサミーブランドで展開するパチスロ「北斗の拳」シリーズは、パチスロ史上最大の販売台数を記録する社会現象となり、業界に絶大な影響力を持ち続けています。
日本に自生する植物の中で、誤食すると致命的な中毒症状を引き起こすほど強い毒性を持つ、代表的な3つの猛毒植物の総称です。
日本固有種の落葉低木で、山地や河川敷などに自生しています。初夏に赤から黒紫色に熟す果実は甘みがあり美味しそうに見えますが、コリアミルチンなどの猛毒を含んでいます。誤って食べると激しい痙攣や呼吸困難を引き起こし、死に至る危険性が非常に高い植物です。
水辺や湿地に自生する多年草で、春の七草であるセリに非常によく似ているため誤食事故が絶えません。シクトキシンという猛毒成分を全体に含んでおり、特に根茎の毒性が強いです。摂取すると嘔吐や激しい痙攣、意識障害を引き起こし、最悪の場合は死に至ります。
美しい紫色の花を咲かせるキンポウゲ科の植物ですが、アコニチンという非常に強い神経毒を持っています。特に根の部分の毒性が強く、古くは狩猟用の毒矢にも用いられていました。春の若葉が食用のニリンソウなどに似ているため、山菜採りでの誤食による死亡事故が後を絶ちません。
夜間にライトアップされたり、提灯の明かりに照らされたりすることで、昼間とは異なる幻想的な桜の美しさを楽しめる3つの代表的な名所の総称です。(※一般的に有名な5つを記載)
新潟県上越市の高田城址公園は、日本三大夜桜の筆頭として知られています。広大な敷地に約4000本の桜が咲き誇り、夜になると約3000個のぼんぼりに火が灯されます。ライトアップされた三重櫓と、満開の桜がお堀の水面に映り込むシンメトリーの景観は息を呑むほどの美しさであり、幻想的な世界が広がります。
青森県弘前市の弘前城跡にある公園で、ソメイヨシノを中心に約2600本の桜が植えられています。夜になると天守閣や桜のトンネルがライトアップされ、北国の遅い春を華やかに彩ります。特にお堀の水面が散った桜の花びらで埋め尽くされる「花筏(はないかだ)」の夜景は、死ぬまでに一度は見たい絶景として有名です。
東京都台東区にある、江戸時代からの桜の名所です。寛永寺の境内であった時代から庶民の花見の場として賑わい、現在でも約800本の桜が植えられています。春になると1000個以上の雪洞(ぼんぼり)が点灯され、高層ビル群の夜景を背景に、都会のど真ん中で幻想的で熱気あふれる夜桜を楽しむことができます。
京都府京都市東山区にある公園で、京都随一の桜の名所です。特に公園の中央にそびえ立つ巨大な「祇園しだれ桜(一重白彼岸枝垂桜)」のライトアップが有名です。篝火(かがりび)やライトに照らし出された優美な枝垂れ桜が夜空に浮かび上がる姿は、京都の春の夜を象徴する妖艶で圧倒的な美しさを持っています。
長崎県長崎市の丸山町に位置し、かつて江戸時代に日本三大遊郭の一つと呼ばれた丸山遊郭の入り口にあった公園です。現在でも春になると美しい桜が咲き誇り、長崎の歴史的な街並みや提灯の明かりとともに、情緒あふれる夜桜を楽しむことができる、地元の人々に愛される花見スポットとなっています。
公認会計士や司法試験、公務員試験などの難関国家資格の取得を目指す社会人や学生向けに、専門的な講座を全国展開している3つの大手資格予備校の総称です。
「資格の学校」として全国に校舎を展開する大手予備校で、特に公認会計士や税理士などの会計系資格、および公務員試験対策に強いことで知られています。実務家講師陣による質の高い講義と、試験傾向を徹底分析した充実のオリジナルテキストによるカリキュラムが最大の特徴です。
司法試験や司法書士、行政書士といった法律系の難関資格指導からスタートした大手予備校(東京リーガルマインド)です。法律系資格において圧倒的な実績とノウハウを持ちますが、現在では宅建士や公務員、労務系など、幅広い国家資格の試験対策講座を網羅する総合資格スクールとなっています。
「本気になったら大原」のキャッチフレーズで知られる専門学校および資格予備校です。簿記や税理士、公認会計士などの会計分野において長年の歴史と圧倒的な合格実績を誇ります。徹底した反復演習システムと、熱心な講師陣による手厚いサポート体制が受講生から広く支持されています。
日本の大学受験産業において、長年にわたり圧倒的な生徒数と全国的な知名度を誇り、大規模な全国模擬試験(模試)を主催している3つの大手予備校の総称です。
愛知県名古屋市発祥の大手予備校で、自習室などの環境設備が整っていることから「机の河合」とも称されます。受験者数が日本最大規模である「全統模試」を主催しており、その精度の高いデータ分析とバランスの取れた問題設定は、全国の受験生にとって最も重要な指標となっています。
「生徒の駿台」と称され、特に理系学部や難関国立大学、医学部受験において圧倒的な強みと実績を持つ大手予備校です。アカデミックで質の高い講義とハイレベルなテキストが特徴であり、主催する「駿台全国模試」は非常に難易度が高く、上位層の受験生の実力判定に定評があります。
「講師の代ゼミ」と称され、個性豊かで圧倒的な実力を持つ名物スター講師陣の熱気あふれる授業が最大の魅力だった大手予備校です。かつては全国に多数の校舎を展開し、浪人生から絶大な支持を集めていました。現在は事業規模を縮小しつつも、多様な教育事業を展開し存在感を保っています。
日本の民間ラジオ放送において、全国の地方局と番組やニュースを共有・配信する体制を構築している、代表的な3つの放送網(系列)の総称です。
1965年にTBSラジオをキー局として発足した、AMラジオを中心とする全国ネットワーク(Japan Radio Network)です。TBSが持つ強力な報道・制作力を活かし、全国に質の高いニュース番組や情報・トーク番組を供給しています。多くの地方局において、下記のNRNとのクロスネット(両方に加盟)体制がとられています。
1965年にニッポン放送と文化放送の2局をキー局として発足したAMラジオのネットワーク(National Radio Network)です。プロ野球などのスポーツ中継や、「オールナイトニッポン」に代表される若者向けの深夜音楽・バラエティ番組の全国ネット配信に強みを持ち、エンターテインメント色の強い系列です。
1981年にエフエム東京(TOKYO FM)をキー局として発足した、FMラジオ局による全国ネットワーク(Japan FM Network)です。音楽を高音質で放送できるFMの特性を活かし、音楽番組を中心とした洗練されたプログラムを全国の加盟局に配信しており、他の2つのAM系列とは異なる独自のリスナー層を獲得しています。
日本各地のご当地ラーメンの中で、特に知名度が高く、全国のラーメン文化に多大な影響を与えた3つの代表的なラーメンの総称です。
北海道札幌市発祥のラーメンで、一般的には濃厚な「味噌ラーメン」を指します。豚骨などをベースにしたコクのあるスープに、炒めた豚肉やモヤシ、タマネギなどの野菜をたっぷりと乗せ、スープが絡みやすい太めの「ちぢれ麺」を使用するのが特徴です。寒い地域ならではの、ラードでスープの表面を覆って保温性を高める工夫もあります。
福岡県福岡市(博多)発祥のラーメンで、白濁した濃厚な「豚骨スープ」と、極細のストレート麺が最大の特徴です。忙しい市場の労働者のために茹で時間が短くて済む極細麺が採用されたと言われています。麺だけを追加注文できる「替玉(かえだま)」のシステムや、麺の硬さ(バリカタなど)を選べる文化を全国に広めました。
福島県喜多方市発祥のご当地ラーメンで、人口あたりのラーメン店舗数が非常に多いことで知られます。豚骨や鶏ガラをベースに煮干しを効かせた透明感のある「あっさりとした醤油スープ」と、「平打ちの太ちぢれ麺」を使用するのが特徴です。ツルツル、モチモチとした多加水麺の食感が良く、朝からラーメンを食べる「朝ラー」の文化もあります。
明治から大正時代にかけての大日本帝国陸軍において、強い影響力を持ち、長州閥の支配に対抗するなど軍内部の派閥抗争において重要な役割を果たした名前に「太郎」が付く3人の軍人の総称です。
長州藩出身で、陸軍の軍制を確立し大将まで登り詰めました。軍人としてだけでなく政治家としても極めて有能であり、内閣総理大臣を3度務め、日英同盟の締結や日露戦争の勝利など、明治時代の日本の国際的地位の向上に絶大な功績を残した巨人です。
佐賀県出身の陸軍大将で、長州閥が支配する陸軍内部において、非長州出身者による派閥(宇都宮派)を形成して対抗しました。情報収集や謀略に長けており、軍部内の権力闘争において暗躍した、非常に政治的な動きを得意とする軍人でした。
愛媛県出身の陸軍中将で、非常に優秀な頭脳を持つ理論家でした。宇都宮太郎らとともに反長州閥の形成に動き、のちに軍を退いてからは衆議院議員となり、軍部の政治介入を批判するなどリベラルな政治活動を行ったことでも知られています。
戦前の旧制高等学校などの学生寮において、学生たち自身の手で作詞・作曲され、世代を超えて現在でも広く愛唱されている3つの代表的な学生寮歌の総称です。
1902年(明治35年)の第12回記念祭に際して作られた旧制第一高等学校の寮歌です。気高く純粋な理想を追い求めるエリート学生たちの気概と熱い思いを歌い上げ、その哀愁を帯びた美しいメロディとともに、全国の旧制高校生たちに広く愛唱され、寮歌の代名詞的な存在となりました。
1904年(明治37年)に作られた旧制第三高等学校の寮歌です。京都の吉田山(神楽岡)の美しい春の情景を描きつつ、若き日の情熱や高い理想、そして寮生たちの固い友情をロマンチックに謳い上げた名曲であり、「逍遥の歌」として現代の学生たちにも長く歌い継がれています。
1912年(明治45年)に作られた北海道帝国大学予科(恵迪寮)の寮歌です。北の大地の雄大な自然と、厳しい冬を越えてついに巡り来る春の喜びを、非常に格調高い歌詞と壮大なメロディで綴っており、「日本一美しい寮歌」とも評される、北海道大学の精神的シンボルとも言える名曲です。
日本国内の海上交通において、フェリーや客船の乗降客数が特に多く、長距離フェリーの拠点として人々の移動を支えている3つの代表的な港の総称です。
東京都に位置し、首都圏と北海道、四国、九州、そして伊豆諸島や小笠原諸島などの離島を結ぶ旅客船・長距離フェリーの一大拠点です。竹芝客船ターミナルや東京国際クルーズターミナルなどを擁し、観光から帰省、ビジネスまで多様な海上移動のニーズに応えています。
兵庫県神戸市にあり、古くから瀬戸内海航路の中心として栄えてきました。現在でも四国や九州、沖縄方面へ向かう長距離フェリーが多数発着しており、西日本の海上交通のハブとして機能しています。また、豪華なクルーズ客船が寄港する国際的な観光港としての側面も持っています。
福岡県北九州市にある港で、特に新門司フェリーターミナルは西日本における長距離フェリーの最大の拠点です。関西地方(大阪・神戸)や関東、四国と九州を結ぶ物流と旅客の大動脈となっており、マイカーやトラックとともに移動する多くの乗船客で連日賑わいを見せています。
日本の山岳信仰において、古くから神聖視され、特に信仰を集めてきた3つの名山(富士山、立山、白山)の総称です。修験道の聖地としても知られ、日本の象徴的な自然遺産です。
日本最高峰であり、古くから霊山として信仰を集め、浅間神社の総本宮があります。2013年に世界文化遺産に登録され、国内外から多くの登山者が訪れます。活火山としての畏れと美しさから、芸術の源泉ともなってきました。
飛騨山脈(北アルプス)北部にある立山連峰の主峰。古くから立山修験の霊山として知られ、山頂には雄山神社峰本社があります。立山黒部アルペンルートの開通により、現在では多くの観光客や登山者が訪れる人気の山岳エリアとなっています。
両白山地の最高峰であり、白山信仰の御神体です。全国の白山神社の総本宮である白山比咩神社が鎮座します。高山植物の宝庫としても知られ、ハクサンコザクラなど「ハクサン」の名を冠する植物が多数自生しており、ユネスコエコパークにも登録されています。
日本国内において、古くから神仏が宿る神聖な場所として開山され、修験者たちの厳しい修行の場や、人々の魂の救済を願う祈りの聖地として発展した3つの代表的な霊山の総称です。
青森県の下北半島に位置する活火山で、カルデラ湖(宇佐美湖)と硫黄の匂いが立ち込める荒涼とした岩場が地獄の風景を思わせます。慈覚大師円仁が開山したと伝えられ、イタコによる死者の口寄せが行われるなど、古くから死者の魂が集まる「あの世」への入り口として信仰されています。
京都と滋賀の県境にそびえる山で、最澄が開いた天台宗の総本山・延暦寺があります。平安時代以降、日本仏教の中心として数々の名僧(法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など)を輩出した「日本仏教の母山」です。千日回峰行などの壮絶な荒行が現在も行われている厳格な修行の場です。
和歌山県の標高約800mの山上に広がる盆地で、弘法大師空海が開いた高野山真言宗の総本山・金剛峯寺を中心とする巨大な宗教都市です。奥之院には現在も空海が生きて瞑想を続けているとされる御廟があり、大名から庶民まで無数の墓標が並ぶ、日本最大級の祈りと弔いの聖地です。
火山ガスや硫黄の蒸気が吹き出し、草木が生えない荒涼とした岩肌の風景が広がることから、仏教で説かれる「地獄」に例えられ、畏怖と信仰の対象となった3つの場所です。
富山県の立山連峰は、古くから立山修験の聖地として信仰されてきました。特に室堂周辺にある「地獄谷」は、火山ガスが噴出し煮えたぎる熱湯が湧き出す荒涼とした風景が広がり、立山曼荼羅に描かれた地獄そのものとして恐れられ、人々は極楽往生を願って登拝しました。
青森県の下北半島にある霊場で、硫黄臭と火山性ガスが立ち込める荒涼とした岩場(地獄)と、美しい宇佐美湖の白い砂浜(極楽浜)が隣り合う特異な景観を持ちます。古くから死者の魂が行き着く場所として信じられ、風車を持った地蔵尊が並ぶ光景は見る者の心を強く打ちます。
秋田県湯沢市にある、強酸性の温泉と火山ガスが噴出する草木一本生えない灰白色の岩肌が広がる場所です。その凄まじい光景はまさに地獄絵図のようであり、かつては罪人が落とされる場所と恐れられました。周辺には酸性が強すぎて目に入ると激痛が走る「川原毛大湯滝」などの秘湯があります。
天守と複数の小天守などを渡櫓(わたりやぐら)で環状に繋いだ、極めて高い防御力と格式を誇る「連立式天守」を持つ代表的な3つの平山城の総称です。
大天守と東・西・乾の3つの小天守が渡櫓で完全に結ばれた、連立式天守の最高傑作です。どの方向からの敵にも十字砲火を浴びせることができる実践的な防御力と、幾重にも重なる千鳥破風が織りなす白亜の美しさを兼ね備えています。
伊予松山城も本壇の上に大天守と小天守、櫓が四方を囲むように配置された堅固な連立式天守を持ちます。江戸時代末期に火災から再建されたものであり、現在まで当時の木造のまま残る貴重な城郭建築群として高く評価されています。
紀州徳川家の居城であり、和歌山市の中心にある虎伏山に築かれた平山城です。大天守と小天守、多聞櫓などが円を描くように連立する壮大な構造になっており、現在は昭和時代に鉄筋コンクリートで外観復元された天守が市のシンボルとなっています。
日本の神社建築において、2階建てで屋根があり、1階部分に屋根の張り出し(ひさし)がない壮大な門(楼門)のうち、特に規模と格式において傑出している3つの門の総称です。
熊本県の阿蘇神社にある高さ約18メートルの巨大な二層楼門(重要文化財)です。神社でありながら仏教寺院の建築様式を取り入れた非常に珍しく重厚な造りが特徴です。2016年の熊本地震で全壊するという甚大な被害を受けましたが、全国からの支援により2023年に見事な復旧を遂げました。
茨城県の鹿島神宮にある、高さ約13メートルの鮮やかな朱塗りの楼門(重要文化財)です。寛永11年(1634年)に水戸藩初代藩主の徳川頼房によって奉納されました。東国三社の一つである鹿島神宮の威厳を示す壮麗な門であり、「鹿島神宮」の扁額は東郷平八郎の揮毫によるものです。
福岡県の筥崎宮にある、文禄3年(1594年)に毛利輝元が建立したとされる壮大な楼門(重要文化財)です。屋根が大きく反り返った雄大な姿から「伏敵門」とも呼ばれます。楼門の中央には、元寇の際に亀山上皇が奉納したとされる「敵国降伏」の力強い扁額が掲げられています。
日本の和歌の歴史において、並外れた才能で和歌の道を極めたとして、後世の歌人たちから「神(和歌明神)」として崇拝・祭祀されるようになった代表的な人物の総称です。(※諸説あり)
『万葉集』の第一期を代表する宮廷歌人です。長歌と短歌を組み合わせた複雑な構成で、天皇を讃える荘厳な歌や、妻を悼む深い悲しみの歌を残し、後世から「歌聖」として絶対的な崇敬を受けました。和歌三神の筆頭として、多くの神社(人丸神社など)で祀られています。
『万葉集』の第二期を代表する宮廷歌人です。柿本人麻呂と並んで「歌聖」と称されます。「田子の浦ゆうち出でて見れば…」に代表されるように、自然の美しさをまるで絵画のように鮮やかに切り取る叙景歌(風景を詠んだ歌)の天才として、後世の歌人のお手本となりました。
『日本書紀』などに登場する古代の皇女で、その美しさが衣を通して輝き出たことから名付けられました。非常に優れた和歌を詠んだとされ、紀貫之が『古今和歌集』の序文で彼女の和歌を高く評価したことから、和歌三神の一柱(玉津島明神)として和歌の守護神とされました。
第14代仲哀天皇の皇后で、三韓征伐などの伝説を持つ力強い古代のヒロインです。和歌三神の人選には諸説あり、住吉明神(住吉大社)を三神に数える場合、住吉神と縁の深い神功皇后が和歌の道を切り開いた神として、和歌の守護神の一つに数えられることがあります。
平安時代の優れた学者であり政治家です。漢詩だけでなく和歌にも極めて優れ、「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花…」などの名歌を残しました。天神様として学問全般の神として信仰されるとともに、和歌三神の一柱として文芸や和歌の道を志す人々からも篤く信仰されています。
日本の古典文学史において、編纂された時代を代表する最高の歌集であり、その後の日本の和歌や文学の発展に決定的な影響を与えた3つの和歌集の総称です。
奈良時代末期に成立したとされる、日本に現存する最古の和歌集です。大伴家持などが編纂に関わったとされ、天皇や貴族から防人や農民まで、あらゆる階層の人々が詠んだ約4500首が収められています。素朴で力強く、飾り気のない「益荒男ぶり(ますらおぶり)」が特徴です。
平安時代初期(905年)、醍醐天皇の命により紀貫之らが編纂した日本で最初の「勅撰和歌集(天皇の命で作られた歌集)」です。知的な技巧や掛詞、縁語を駆使し、優美で繊細な「たをやめぶり」と呼ばれる新しい和歌のスタイルを確立し、その後の国風文化の基礎となりました。
鎌倉時代初期(1205年)、後鳥羽上皇の命により藤原定家や藤原家隆らが編纂した第8番目の勅撰和歌集です。本歌取りや体言止めなどの高度な技巧を用い、言葉には表れない深い余情や美しさ(幽玄・有心)を追求した、中世和歌の最高到達点と評価される芸術性の高い歌集です。
世界史の偉大な天才や哲学者たちの妻の中で、気性が非常に激しかったり、夫の思想と対立したりしたことで、後世に「悪妻」として名を残した女性たちの総称です。(※一般に4人が挙げられます)
古代ギリシャの哲学者ソクラテスの妻です。夫に対して口やかましく、怒鳴り散らして頭から水をかけたという逸話から、西洋において悪妻の代名詞とされています。しかし実際は、働かずに街頭で議論ばかりしている風変わりな夫を支え、家庭を守った苦労人という側面が強いです。
天才作曲家モーツァルトの妻です。悪妻や悪評の多い女性として描かれることが多かったですが、近年ではモーツァルトの死後に彼の遺稿や楽譜を熱心に整理・出版し、その音楽と名声を正当に後世に残すための優れた実務家・マネージャーとして極めて高く再評価されています。
ロシアの文豪レフ・トルストイの妻です。夫の膨大な原稿(『戦争と平和』など)を何度も清書して創作を支えましたが、晩年のトルストイが宗教的・極端な禁欲主義に傾倒し、全財産や著作権を放棄しようとしたことに猛反対し、激しい夫婦喧嘩の末に夫が家出して客死する原因となりました。
フランスの皇帝ナポレオン・ボナパルトの最初の妻(皇后)です。社交界の華であり絶世の美女でしたが、極めて激しい浪費癖があり、ナポレオンが遠征中にも度々不倫を繰り返して彼を深く悩ませました。後継ぎが生まれなかったため離婚されましたが、ナポレオンが終生愛した女性です。
世界の歴史において、強大な絶対権力を握り、自らの欲望や政治的野心のために凄惨な粛清や弾圧を行い、国家や民衆を巻き込んで壮絶な恐怖政治を強いた代表的な3人の女性の総称です。
16世紀のイングランド女王です。カトリックの熱烈な復興を目指し、プロテスタントの信者を徹底的に弾圧して数百人もの人々を火炙りの刑などで処刑したことから、「ブラッディ・メアリー(血まみれのメアリー)」と恐れられました。カクテルの名前の由来としても有名です。
中国の政治家であり、毛沢東の4番目の妻です。1960年代からの「文化大革命(文革)」において権力の中枢に座り、「四人組」の筆頭として伝統文化を破壊し、数百万人に及ぶ知識人や政敵を容赦なく迫害・虐殺に追い込みました。毛沢東の死後に逮捕され、最後は獄中で自殺しました。
ルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスク大統領の妻であり、自らも第一副首相として政権の実権を握りました。極めて強欲で、国民が極度の飢餓と貧困に苦しむ中で贅沢の限りを尽くし、冷酷な秘密警察を使って国民を監視しました。1989年の革命の際、夫とともに銃殺刑に処されました。
第二次世界大戦後に各国で開発され、その信頼性の高さや革新的な設計から、世界の軍隊や紛争地帯で最も広く普及し、歴史に名を残した代表的な自動小銃の総称です。
旧ソ連のミハイル・カラシニコフが設計した、人類史上最も多く製造されたと言われる自動小銃です。泥や砂にまみれても決して動作不良を起こさない極限の耐久性と、誰でも扱える単純な構造が特徴であり、東側諸国や世界中の紛争地帯に広まり歴史を変えた銃です。
アメリカ軍がベトナム戦争期に採用した自動小銃です。プラスチックとアルミ合金を多用して近未来的で軽量な設計とし、弾薬を小口径化(5.56mm)することで命中精度と携行弾数を飛躍的に向上させました。初期の不良を克服し、現代のアサルトライフルの基本設計(西側の標準)となりました。
冷戦期において、M16が普及する前に西側諸国で標準的に使用された傑作ライフルです。ドイツのヘッケラー&コッホ社が開発した高精度な「G3」と、ベルギーのFN社が開発し「自由主義陣営の右腕」と呼ばれた「FAL」が双璧をなし、大口径の強力な威力を誇りNATO軍を支えました。
日本のサブカルチャー(アニメ・特撮番組)において、主人公や視聴者に対して「男の生き様」や「不屈の意地」を背中で語り、圧倒的な存在感と男気からネット上などで「兄貴」とリスペクトされるキャラクターです。
アニメ『天元突破グレンラガン』に登場する、主人公シモンの兄貴分です。地下の世界から地上を目指し、圧倒的な熱量と「俺を誰だと思っていやがる!」の決め台詞で仲間たちを引っ張る、アニメ界を代表する熱い「アニキ」の象徴であり、彼の生き様は作品の根幹を支えています。
アニメ『スクライド』に登場する、主人公たちの先輩格にあたる能力者(アルター使い)です。極度のスピード狂であり、言葉を早口で捲し立てるコミカルな面を持ちながらも、いざという時には命を懸けて主人公たちに「男の意地と生き様」を背中で教える、最高に格好良い兄貴分です。
特撮番組『仮面ライダーカブト』に登場するキャラクターです。当初は完璧な調和を重んじるエリート指揮官(ザビー)でしたが、挫折して地獄に落ち、闇の力をまとった「キックホッパー」として復活、弟分の影山を「相棒」と呼び、独自のダークな兄貴像(地獄兄弟)を確立しました。
世界各国で開催される国際映画祭の中で、最も長い歴史と高い格式を持ち、受賞結果が世界の映画産業に絶大な影響を与える代表的な映画祭の総称です。
毎年5月にフランス南部のリゾート地カンヌで開催される、世界で最も有名で華やかな映画祭です。最高賞は「パルム・ドール」と呼ばれ、芸術性と商業性のバランスがとれた世界中の優れた作品が集まり、世界最大の映画見本市としても機能しています。
毎年2月にドイツの首都ベルリンで開催される映画祭です。三大映画祭の中では最も社会派・政治的なメッセージ性が強い作品が評価される傾向にあり、最高賞はベルリンのシンボルである熊をモチーフにした「金熊賞」です。
毎年8月末から9月初旬にかけてイタリアの水の都ヴェネツィアで開催される、世界最古の歴史を持つ映画祭です。芸術性を重んじる傾向があり、最高賞はヴェネツィアの守護聖人サン・マルコの象徴である有翼のライオンをかたどった「金獅子賞」です。
カナダ最大の都市トロントで毎年9月に開催される映画祭で、三大映画祭に加えて四大映画祭とも呼ばれます。審査員による賞ではなく、一般観客の投票で決まる「観客賞(ピープルズ・チョイス・アウォード)」が最高賞であり、アカデミー賞の行方を占う最重要の前哨戦です。
20世紀のSF(サイエンス・フィクション)文学の黄金期において、科学的根拠に基づいた壮大な世界観を構築し、SFというジャンルを確立・発展させた3人の偉大な小説家の総称です。
ロシア出身のアメリカの作家・生化学者です。ロボットが人間に危害を加えてはならないとする「ロボット工学三原則」を提唱した『われはロボット』や、銀河帝国の興亡を描いた壮大な歴史絵巻『ファウンデーション(銀河帝国興亡史)』シリーズなど、論理的で知的なパズルとしてのSF作品を数多く残しました。
イギリス出身の作家・科学解説者です。静止衛星のアイデアを考案するなど、確かな科学的知見に基づいたハードSFの巨匠です。スタンリー・キューブリック監督とともに映画化した『2001年宇宙の旅』や、『幼年期の終り』などで、人類の進化と宇宙の神秘を哲学的に描き出した圧倒的なビジョンで知られます。
アメリカ出身の作家で、「SF界の長老」とも呼ばれました。『夏への扉』のようなロマンチックなタイムトラベル物から、『宇宙の戦士』などのミリタリーSF、そして政治や社会制度を痛烈に風刺した哲学的な作品まで幅広い作風を持ち、SF文学が一般の読者にも広く受け入れられる土壌を作り上げました。
1960年代のエレキギター・ブームを世界的に牽引し、ボーカルを伴わない「インストゥルメンタル(演奏のみ)」でサーフ・ロックなどのジャンルを確立した3つの代表的なバンドの総称です。
アメリカで結成されたエレキ・インストバンドの最高峰です。「テケテケテケ…」というエレキギター特有のグリスダウン奏法で日本に空前の「エレキブーム」を巻き起こしました。『パイプライン』や『ダイヤモンド・ヘッド』などの名曲で、日本の音楽シーンに決定的な影響を与えました。
イギリスでクリフ・リチャードのバックバンドとして活躍した後、単独でも数々の大ヒットを飛ばしたバンドです。『アパッチ』などの名曲で知られ、ハンク・マーヴィンのディレイ(エコー)を効かせた透明感のある美しいギターサウンドは、ヨーロッパを中心に絶大な支持を集めました。
スウェーデンで結成されたバンドで、バンド名の通り「宇宙服」を着て演奏する奇抜なパフォーマンスで話題を呼びました。『霧のカレリア』や『空の星』など、北欧特有の哀愁を帯びたロマンチックでメロディアスなギターサウンドが特徴であり、特に日本で高い人気を誇りました。
聖書などの宗教的な題材を合唱と独唱、オーケストラによってドラマチックに演奏する大規模な声楽曲(聖譚曲)の中で、西洋音楽史に燦然と輝く3つの歴史的傑作の総称です。
G.F.ヘンデルが作曲した、キリストの降誕から受難、復活に至る生涯を描いたオラトリオの最高峰です。特に第2部の終曲である「ハレルヤ・コーラス」は世界中で最も有名な合唱曲の一つであり、初演時にイギリス国王ジョージ2世が感動のあまり起立したという伝説を生みました。
F.J.ハイドンが晩年に作曲した大作です。旧約聖書の「創世記」とミルトンの叙事詩「失楽園」を題材に、神が混沌とした宇宙から光や自然、動物、そして人類(アダムとイヴ)を創造していく壮大な過程を、古典派の完成されたオーケストレーションと圧倒的な合唱の力で明るく喜びに満ちて描き出しています。
F.メンデルスゾーンが作曲した、旧約聖書に登場する預言者エリヤの劇的な生涯を描いた傑作です。異教の神との対決や、干ばつと奇跡の雨、そして火の馬車に乗って天へ昇るシーンなどが、ロマン派の豊かな和声とドラマチックな音楽で描かれており、バッハの『マタイ受難曲』と並び称される声楽の大作です。
世界中に存在する無数の交響楽団の中で、その長い歴史、独自の美しい音色、そして世界中の音楽ファンを魅了する圧倒的な演奏レベルを誇る最高峰のオーケストラの総称です。
オーストリアのウィーン国立歌劇場の団員から選抜される世界最高峰のオーケストラです。特定の常任指揮者を置かず、代々受け継がれてきた伝統的なウィーン式の楽器を使用することで生まれる、黄金のように甘美で優雅な「ウィーンの音」は世界中の音楽ファンの憧れです。
ドイツのベルリンを本拠地とする、世界最強の機能性と圧倒的なパワーを誇るオーケストラです。フルトヴェングラーやカラヤンといった世紀の大指揮者たちに鍛え上げられ、個々の団員の超絶的な技術と、一糸乱れぬ重厚なアンサンブルは他を寄せ付けない圧倒的な存在感があります。
オランダのアムステルダムを本拠地とする名門オーケストラです。優れた音響で知られる本拠地ホール(コンセルトヘボウ)とともに発展し、その響きは「ビロードのよう」と称賛されます。木管楽器や弦楽器の豊かなブレンド感と、温かく人間味あふれる音楽性で高く評価されています。
アメリカのイリノイ州シカゴを本拠地とする、アメリカを代表するオーケストラです。特にゲオルグ・ショルティの時代に築かれた「鉄壁のブラス(金管楽器)」と称される輝かしく圧倒的なパワーを持つ金管セクションは世界一と評され、三大に次ぐ四大オーケストラに数えられます。
第二次世界大戦期において、圧倒的な数の戦艦や航空母艦を保有し、世界の海洋覇権を争いながら地球規模の海戦を繰り広げた3つの強大な海軍組織の総称です。
アメリカ合衆国の海軍で、第二次世界大戦時には圧倒的な工業力と資源を背景に、エセックス級航空母艦などを次々と大量建造し、二大洋(大西洋と太平洋)で同時に戦うことができる世界最大の軍事組織へと成長しました。戦後から現在に至るまで絶対的な覇権を握っています。
イギリスの海軍で、大航海時代からトラファルガーの海戦を経て、「七つの海を支配する」と言われた長い伝統と誇りを持つ世界最強の海軍でした。第二次世界大戦ではUボートの脅威から大西洋のシーレーンを防衛し、連合国の勝利に極めて重要な役割を果たしました。
近代化からわずか半世紀で米英に肩を並べる規模に成長した日本の海軍です。世界最大の戦艦「大和」を建造する一方で、真珠湾攻撃において世界に先駆けて空母機動部隊による大規模な航空攻撃を成功させるなど、優れた戦術と猛訓練によって太平洋の覇権を争いました。
人類の歴史において、国家や帝国の存亡、あるいは世界の覇権の行方を決定づけ、その後の世界史の展開を大きく塗り替えたとされる大規模な海戦の総称です。(※5つ挙げられます)
ナポレオンのイギリス侵攻を阻止した歴史的海戦です。ネルソン提督率いるイギリス艦隊が、フランス・スペイン連合艦隊を撃破しました。この勝利によりイギリスは19世紀における「七つの海」の絶対的な覇権を確立し、大英帝国の黄金時代を築くことになります。
地中海の覇権を懸けて行われた、ガレー船(手漕ぎの軍艦)による世界最後にして最大の海戦です。無敵を誇ったイスラム教のオスマン帝国艦隊を、キリスト教国の神聖同盟(スペインやヴェネツィアなど)の艦隊が打ち破り、ヨーロッパのイスラム化の危機を救いました。
日露戦争の帰趨を決定づけた近代海戦です。東郷平八郎率いる日本の連合艦隊が、はるばるヨーロッパから回航してきたロシアのバルチック艦隊を一方的に殲滅しました。大国ロシアに対するアジアの小国の勝利は、欧米の植民地支配に苦しむ世界中の人々に希望を与えました。
第一次世界大戦中に北海で発生した、大艦巨砲主義の頂点を象徴する戦艦同士による史上最大の艦隊決戦です。イギリスの大艦隊とドイツの大洋艦隊が激突し、戦術的にはドイツが善戦しましたが、戦略的にはイギリスが北海の制海権を死守し、ドイツの海上封鎖を維持しました。
古代ギリシャの存亡を懸けた戦いです。アテナイの将軍テミストクレスの計略により、圧倒的多数のペルシア帝国艦隊を狭いサラミス水道におびき寄せて撃破しました。この勝利によってギリシャ文明はペルシアの支配から守られ、その後の西洋文明の基礎を決定づけました。
西洋の民間伝承や19世紀の近代ゴシックホラー小説を起源とし、映画や文学を通じて世界的なアイコンとなり、恐怖と怪奇の象徴として大衆文化に根付いている3つの代表的な怪物の総称です。
満月の夜になると人間の姿から恐ろしい狼の怪物へと変身し、理性を失って人々を襲うという、ヨーロッパの伝承(ワーウルフ)に基づく怪物です。銀の弾丸でしか倒せないという弱点が有名であり、古くから数多くの怪奇小説や映画の題材として世界中で愛されてきました。
夜な夜な墓から蘇り、生きている人間の首筋に牙を立ててその血液を吸い尽くし、血を吸われた者もまた吸血鬼にしてしまうという東欧の民間伝承に由来する怪物です。ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』によって決定的イメージが確立され、ホラーの王座に君臨しています。
メアリー・シェリーのゴシック小説『フランケンシュタイン』に登場する怪物です。天才科学者が死体の継ぎはぎから作り上げ、電気によって命を吹き込みました。名を持たない怪物の孤独と悲哀、そして生みの親への復讐を描いた近代SF・ホラー文学の傑作です。
世界の推理小説(ミステリー)の歴史において、数多くの作家によって生み出された架空の探偵キャラクターの中で、圧倒的な知名度と個性で世界中の読者を魅了する代表的な探偵の総称です。
アーサー・コナン・ドイルが生み出した、ロンドンのベーカー街221Bに住む世界で最も有名な名探偵です。パイプをくゆらせながら、わずかな証拠から持ち前の「演繹的推理力」で難事件を解決します。相棒のワトソン医師とともに、推理小説の探偵の決定的な原型(プロトタイプ)を作り上げました。
「ミステリーの女王」アガサ・クリスティが生み出したベルギー人の名探偵です。立派な口髭と卵型の頭が特徴で、自らの頭脳を「灰色の脳細胞」と呼びます。現場の証拠を駆け回って探すのではなく、容疑者たちの心理を巧みに読み解く心理学的なアプローチで『オリエント急行の殺人』などの難事件を解決します。
アメリカの従兄弟同士の作家コンビ(エラリー・クイーン)が生み出した、著者と同名の探偵です。ニューヨーク市警の警視を父に持ち、読者に対して「読者への挑戦状」を突きつけるなど、フェアプレイの精神と緻密な論理的パズル(本格ミステリ)によって事件を解き明かす、非常に理知的な青年探偵です。
G.K.チェスタトンが生み出した、風采の上がらないカトリックの神父探偵です。人間の罪深さや魂の弱さを深く知る宗教者ならではの洞察力(直観)によって、不可能犯罪や奇妙な事件の真相を逆説的(パラドックス)な論理で解き明かします。
レイモンド・チャンドラーが生み出した、ロサンゼルスを拠点とする私立探偵です。「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」という名言に代表される、非情な社会の中で独自の美学と正義を貫く「ハードボイルド」探偵の最高峰です。
クラシック音楽(主にオペラやバレエ)を上演する世界中の劇場の中で、その歴史、格式、所属する管弦楽団のレベルが極めて高く、世界のオペラ界の頂点に君臨する劇場の総称です。(※5つ挙げられます)
オーストリアのウィーンにある歌劇場(シュターツオーパー)です。世界最高峰のオーケストラであるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の母体であり、モーツァルトやワーグナーなどの名演が繰り広げられる、まさに音楽の都ウィーンを象徴する最高権威の殿堂です。
イタリアのミラノにある歌劇場で、イタリア・オペラの絶対的な中心地です。ヴェルディやプッチーニといった巨匠たちの作品が数多く初演されてきました。観客の耳が世界一厳しいことでも知られ、ここで成功を収めることがオペラ歌手にとって最高のステータスとなります。
アメリカのニューヨーク、リンカーン・センターにある歌劇場(通称メト)です。ヨーロッパの伝統的な劇場とは異なり、最新の舞台装置と世界最大級の収容人数(約3800席)を誇り、豊富な資金力で世界中のトップスター歌手を集めて豪華絢爛なステージを展開します。
フランスのパリにある、ネオ・バロック様式の極めて豪奢な装飾が施された歌劇場(パリ・オペラ座)です。シャガールが描いた美しい天井画があり、小説『オペラ座の怪人』の舞台としても有名です。オペラだけでなく、世界最高峰のバレエ団の本拠地としても知られます。
ドイツのミュンヘンにある歌劇場で、ワーグナーの楽劇(『トリスタンとイゾルデ』など)や、R・シュトラウスのオペラが数多く初演された、ドイツ・オペラの中心的な殿堂です。バイエルン州立管弦楽団の重厚なサウンドと、格調高い上演演目で世界的な評価を受けています。
世界中で栽培されている南国(熱帯・亜熱帯)のフルーツの中で、その圧倒的な甘さや、滑らかな食感、上品な香りが「王様」や「女王」に例えられるほど美味しいとされる3つの果物の総称です。
インドから東南アジアを原産とする、「果物の王様」と呼ばれるトロピカルフルーツの代表格です。世界中で数百種類以上が栽培されており、鮮やかなオレンジ色や黄色の果肉は、とろけるような滑らかな舌触りと、特有の芳醇な香り、そして非常に濃厚な甘味を持っています。
東南アジア(マレー半島など)を原産とする、「果物の女王」と称賛されるフルーツです。分厚く硬い赤紫色の果皮を割ると、中からニンニクのような形をした真っ白で瑞々しい果肉が現れます。上品な甘みと爽やかな酸味のバランスが絶妙で、ヴィクトリア女王が愛したという伝説もあります。
南米のアンデス山脈の標高の高い冷涼な地域を原産とする果物です。ウロコ状の緑色の果皮を持ち、中の白い果肉は非常に滑らかで、スプーンですくって食べると、バナナやパイナップル、イチゴを混ぜたような上品な甘さと酸味があり、その食感から「森のアイスクリーム」と呼ばれています。
地球上を流れる河川の中で、その長さや流域面積、および大陸の地理や文明の発展に与えた影響が極めて大きい、世界を代表する3つの大河の総称です。
南アメリカ大陸を横断して大西洋に注ぐ巨大な河川です。全長ではナイル川とトップを争いますが、流域面積(約705万平方km)と流量においては他を圧倒する世界トップの大河です。熱帯雨林(セルバ)を育み、地球の酸素供給や多様な生態系の維持に計り知れない役割を果たしています。
アフリカ大陸の東部を北上し、地中海に注ぐ全長約6,650kmを誇る世界最長の大河です(アマゾン川最長説もあります)。定期的な氾濫がもたらす肥沃な土壌の恩恵により、古代エジプト文明という世界最古の文明の一つを育んだ「母なる川」として、人類の歴史に深く刻まれています。
北アメリカ大陸の中央部を北から南へ縦断し、メキシコ湾に注ぐ大河川です。ミズーリ川などの巨大な支流を含めた水系は世界第3位〜第4位の規模を誇ります。アメリカ合衆国の農業や内陸水運の大動脈として経済発展を支え、文学(マーク・トウェインなど)や音楽(ブルース)の舞台にもなりました。
世界各地において、その地域に大量に自生する植物の開花期に飛散する花粉によって引き起こされ、多くの人々が目のかゆみやくしゃみなどのアレルギー症状に悩まされる、代表的な3つの花粉症の総称です。
主に日本において、春先に大量に飛散するスギの木の花粉によって引き起こされる季節性アレルギーです。戦後の拡大造林政策によって全国に大量植林されたスギが成長したことが原因であり、現在では日本の人口の数割が悩まされる「国民病」とも言われています。
主にヨーロッパにおいて、初夏(5月〜7月)に飛散するイネ科の雑草「カモガヤ(オーチャードグラス)」などの花粉によって引き起こされる代表的な花粉症です。ユーラシア原産で牧草として広く栽培されているため、ヨーロッパにおける花粉症の最大の原因となっています。
主に北米(アメリカやカナダ)において、秋口(8月〜10月)に飛散するキク科の野生植物「ブタクサ」の花粉によって引き起こされる、アメリカで最も一般的な花粉症です。非常に強いアレルギー性を持ち、日本にも明治時代以降に外来種として侵入し、秋の花粉症の原因となっています。
世界中の樹木(花木)の中で、樹冠を覆い尽くすように極めて色鮮やかで美しい花を大量に咲かせ、熱帯や亜熱帯地域の風景を象徴する、観賞価値の高い3つの代表的な樹木の総称です。
西アフリカ原産の常緑高木で、樹高は20メートル以上になります。熱帯地域の街路樹としてよく植えられ、一年中(特に乾季)、枝の先端にチューリップのような形をした鮮やかな炎のように真っ赤な花を燃え上がるように咲かせることから「火焔木(カエンボク)」の名が付けられました。
南米(アルゼンチンなど)原産の落葉高木です。春から初夏にかけて、葉が出る前に鐘の形をした青紫色の美しい花を樹冠いっぱいに咲き誇らせます。地面に散った花びらが紫色の絨毯のようになり、桜のように儚くも幻想的な風景を作り出すため、世界中の温暖な地域で熱狂的に愛されています。
マダガスカル原産の落葉高木で、樹高は10〜15メートルほどになり、傘のように大きく横に枝を広げます。初夏に、燃えるような朱赤色やオレンジ色の美しい花を樹冠を覆うように咲かせます。シダのような繊細な葉と強烈な赤花のコントラストが美しく、鳳凰が羽を広げたような優雅な姿から名付けられました。
日本において、遣唐使の時代から中国(唐)を経て東南アジアなどからもたらされた、極めて硬く重く、美しい光沢を持つ希少な高級輸入木材(唐木)の代表的な3種類の総称です。
主にタイやラオスなどの東南アジア原産の広葉樹(ローズウッドの仲間)です。心材は赤褐色から暗紫色をしており、黒い縞模様が入る美しい木目を持ちます。非常に硬く重い木材で、磨くと美しい光沢が出るため、正倉院の宝物である琵琶や、現代の高級仏壇、お箸、和楽器などに古くから使われてきました。
インドネシアやスリランカなどを原産とする広葉樹(エボニー)です。名前の通り、心材が漆黒(真っ黒)または黒と茶色の縞模様をしており、木材の中で最も硬く重い部類に入ります。釘を打つことも難しいほど硬く耐久性が高いため、高級仏壇やピアノの黒鍵、チェスの駒、印鑑の素材として最高級の評価を得ています。
東南アジア原産の広葉樹で、木目がはっきりとした黒褐色と黄褐色の美しい縞模様(矢羽模様)を持っています。「鉄の刀のように硬い木」という漢字の通り、非常に重くて硬く、ノコギリの刃が欠けるほど加工が困難な木材ですが、磨くと独特の美しい艶が出るため、高級家具や数珠、ステッキなどに珍重されています。
世界中の都市の中で、歴史的建造物や文化、美食などの圧倒的な魅力により、海外から訪れる外国人観光客の数が毎年トップクラスを争う3つの代表的な都市の総称です。
フランスの首都であり、ルーヴル美術館やエッフェル塔、ノートルダム大聖堂など、世界有数の観光名所がひしめく「芸術の都」です。街全体が美術館のような美しい景観を持ち、長年にわたり世界で最も多くの観光客を惹きつける不動のトップ都市です。
イギリスの首都であり、大英博物館やバッキンガム宮殿、ロンドン塔など、大英帝国の長い歴史と伝統を感じさせる名所が集中しています。英語圏の中心地であるという強みもあり、ヨーロッパのみならず世界中から数多くの観光客が訪れる都市です。
タイの首都であり、東南アジア最大の観光ハブ都市です。黄金に輝く美しい寺院(ワット・プラケオなど)や活気あふれる水上マーケット、美味しい屋台料理が手頃な価格で楽しめることから、欧米やアジアのバックパッカーから高級志向の旅行者まで絶大な人気を誇ります。
世界的に非常に有名であり観光客の期待値が高いにもかかわらず、実際に訪れてみると予想以上にサイズが小さかったり、周囲の景観が残念だったりして拍子抜けしてしまう3つの観光名所です。
シンガポールの象徴である、頭がライオンで体が魚の像です。かつては口から水を出しておらず、海側を向いていたため正面から写真を撮ることが難しい地味な存在でしたが、現在はマーライオン公園が整備され、ポンプで水を噴き出す立派な観光名所へと大幅に改善されています。
デンマークのコペンハーゲンの海岸にある、アンデルセン童話の『人魚姫』をモチーフにしたブロンズ像です。全長が約1.25メートルと意外に小さく、岩の上にポツンと座っているだけの姿や、背景が工業地帯であることなどから、がっかり名所の筆頭としてよく挙げられます。
ベルギーのブリュッセルの市街地の路地角にある、放尿する少年のブロンズ像(マネケン・ピス)です。身長が約60センチと非常に小さく、想像とのギャップに驚く観光客が多いです。しかし、世界中から贈られた様々な衣装を着せられるなど、街の愛らしいシンボルとして親しまれています。
1910年代から1920年代のアメリカ・ハリウッドの無声映画(サイレント映画)黄金時代において、体を張った独自のスラップスティック・コメディで世界中を爆笑させた3人の天才コメディアンの総称です。
山高帽に窮屈な上着、だぶだぶのズボンにステッキという「放浪者(チャーリー)」のキャラクターで世界的なアイコンとなった天才です。『街の灯』や『モダン・タイムス』など、爆笑の中に社会風刺と深い人間愛、ペーソス(哀愁)を織り込んだ作品は映画史の最高傑作として不滅です。
「偉大なる無表情(The Great Stone Face)」と称され、どんなに危険なスタントや異常な事態が起きても絶対に顔の表情を変えずに立ち向かうという独自のスタイルを確立しました。特撮を使わず、計算し尽くされた驚異的なアクロバットと映像トリックは現代の映画監督にも多大な影響を与えています。
丸ぶちのロイド眼鏡にカンカン帽という、どこにでもいる「少しおっちょこちょいな都会の青年」のキャラクターで人気を博しました。『ロイドの要心無用』で時計台の針にぶら下がるシーンに代表されるような、高層ビルでのハラハラドキドキするアクロバティックな笑いで一時代を築きました。
長い年月にわたる風雨の浸食作用によって、脆い地層が削り取られ、硬い部分だけが残って形成された「土柱(砂岩や礫岩の塔)」が林立する、特異で奇抜な世界の3つの絶景地形の総称です。
日本の徳島県阿波市にある国の天然記念物です。約100万年前の砂礫層(砂や小石が固まった地層)が、水に削られやすい断層に沿って風雨で浸食され、数十本の巨大な土の柱となって林立しています。夜間にライトアップされると、荒々しい土の柱が幻想的に浮かび上がります。
イタリア北部、アルプス山脈の南チロル地方(レノン地域など)にある土柱群です。氷河期に形成されたモレーン(氷河によって運ばれた土砂)が浸食されてできたもので、数十メートルもの高さの細長い土の塔の頂上に、帽子のように大きな石が乗っている独特で不思議な景観が特徴です。
アメリカのユタ州にあるブライスキャニオン国立公園などの広大なエリアに見られる地形です(フードゥーと呼ばれます)。赤い砂岩が霜や雨によって極度に浸食され、まるで巨大な円形劇場の底に無数の尖塔や土柱の森が広がっているかのような、圧倒的なスケールと色彩の絶景を誇ります。
歴史上の極めて重要な海戦で旗艦を務め、輝かしい勝利の象徴として解体されずに保存され、国家の誇りとして現在も博物館として公開されている3つの歴史的軍艦の総称です。(※アヴローラを含む場合もあります)
イギリスのポーツマスに保存されている、現存する世界最古の現役軍艦(名目上)です。1805年のトラファルガーの海戦において、ネルソン提督が座乗した旗艦であり、激しい砲火を浴びてネルソンが戦死した甲板もそのまま保存され、大英帝国の栄光の象徴となっています。
アメリカのボストンに保存されている、世界最古の航行可能な木造帆走フリゲート艦です。「オールド・アイアンサイズ(古い鉄の船)」の愛称で呼ばれ、1812年の米英戦争においてイギリスの軍艦を撃破し、新興国アメリカの海軍力を世界に知らしめた誇り高き軍艦です。
日本の神奈川県横須賀市に保存されている、日露戦争における連合艦隊の旗艦です。東郷平八郎司令長官が座乗し、日本海海戦においてバルチック艦隊を撃滅しました。日本の存亡の危機を救った象徴として、世界三大記念艦の一つとして大切に保存・公開されています。
ロシアのサンクトペテルブルクに保存されている軍艦で、日本海海戦にも参加して生き残った数少ない艦です。1917年のロシア十月革命の際、冬宮殿への砲撃の合図となる空砲を放ったことで共産主義革命の象徴とされ、歴史的記念艦として保存されています。
古生物や恐竜の化石発掘の世界的拠点に建設され、恐竜の全身骨格などの貴重な標本を圧倒的な数と質で展示している、世界を代表する3つの巨大な恐竜専門博物館の総称です。
カナダのアルバータ州にある、恐竜の化石が大量に発掘される「バッドランド」に位置する巨大な博物館です。T-レックス(ティラノサウルス)の完全な全身骨格「ブラック・ビューティー」など、世界最大級の圧倒的なコレクションを誇る古生物学の世界的拠点です。
中国の四川省自貢市にある博物館です。この地で大規模な恐竜化石群(ダシャンプ古生物化石群)が発見されたため、発掘現場の上にそのまま博物館が建設されました。発掘中の化石をそのまま見学できる独自の展示手法と、アジア有数の恐竜コレクションを誇ります。
日本の福井県勝山市にある、国内最大の恐竜専門博物館です。銀色の巨大な卵型のドーム建築が特徴で、フクイラプトルなどの地元で発掘された新種恐竜の全身骨格や、動く巨大な恐竜のジオラマなど、子どもから大人まで楽しめる最先端の展示が世界的にも高く評価されています。
東洋および西洋の美術史・彫刻史において、その卓越した技術と芸術性で各時代の頂点を極め、後世の芸術に計り知れない影響を与えたとされる3人の伝説的な天才彫刻家の総称です。
日本の奈良時代を代表する仏師(彫刻家)です。百済からの渡来人の家系とされ、聖武天皇の発願によって造立された「東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)」の造物長として、当時の国家の総力を挙げた世界最大級の金銅仏の鋳造という超大事業を技術的なトップとして見事に指揮・完成させました。
古代ギリシャの古典期(紀元前5世紀)を代表する最高の彫刻家です。アテネの指導者ペリクレスの命を受け、パルテノン神殿の造営における彫刻群(神々の彫像など)を総監督しました。また、古代の世界七不思議の一つである「オリンピアのゼウス像」を制作したことでも知られる、古代西洋美術の頂点です。
イタリアの盛期ルネサンスを代表する、レオナルド・ダ・ヴィンチと並び称される天才です。自らを「彫刻家」と自負し、『ダヴィデ像』や『ピエタ』など、人間の肉体美と内面的な苦悩を大理石から極限まで引き出した圧倒的な傑作を残し、西洋美術の歴史において神のごとき存在とされています。
国連の定義による人口1000万人以上の都市(メガシティ)の中でも、近郊の都市圏を含めた人口集積が2000万人〜3000万人を優に超え、地球上で最も人口が密集している代表的な巨大都市です。
日本の首都であり、東京都心から神奈川、埼玉、千葉を含む「東京都市圏(Tokyo Metropolis)」としての人口は約3700万人に達し、長年にわたり地球上で最も人口が多い巨大都市圏として世界第1位に君臨しています。その経済規模(GDP)も一国を凌ぐ圧倒的な世界トップです。
インドの首都ニューデリーを含む広大な首都圏(デリー首都圏)です。急激な経済成長と地方からの人口流入により爆発的に人口が増加しており、現在約3000万人を超え、近い将来に東京を抜いて世界一の人口を抱える都市になると予測されている、活気とカオスが入り交じるメガシティです。
ブラジル南東部に位置する、南半球および南米大陸で最大の人口(都市圏で約2200万人以上)を抱える巨大都市です。ブラジル経済の心臓部であり、超高層ビル群が立ち並ぶ近代的なビジネス街と、貧困層が暮らす広大なファベーラ(スラム街)が混在する、経済格差を象徴するメガシティでもあります。
20世紀の建築界において、装飾を排した機能主義や鉄筋コンクリート・ガラスといった新素材を駆使し、現代建築の基礎と新しい空間の概念を確立した巨匠の総称です。(※4人挙げられることもあります)
スイスで生まれフランスで活躍した巨匠です。ピロティ(柱)、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面という「近代建築の五原則」を提唱しました。代表作の「サヴォア邸」や日本の「国立西洋美術館」など、彼の建築作品群はユネスコの世界文化遺産に一括登録されています。
アメリカ出身の巨匠で、建築はその周囲の自然環境と一体化すべきであるという「有機的建築」を提唱しました。滝の上に張り出すように建てられた名作「落水荘(カウフマン邸)」や、日本における旧帝国ホテルの設計など、自然の造形を取り入れた美しい空間設計で世界中に影響を与えました。
ドイツ出身の巨匠で、「Less is more(より少ないことは、より豊かなことである)」という名言を残しました。鉄骨とガラスを多用した、装飾を極限まで削ぎ落とした「ユニヴァーサル・スペース」の概念を確立し、現代のガラス張りの超高層ビル(シーグラム・ビルなど)の原型を作り上げました。
ドイツ出身の建築家で、上記の3人に加えて「四大近代建築家」と呼ばれることもある巨匠です。近代デザインの教育機関である「バウハウス」を創設し、芸術と大量生産技術の融合を目指したモダニズム建築とデザイン教育において、20世紀の産業デザインに決定的な影響を与えました。
国際的な金融取引(株式、債券、外国為替など)の中心地であり、世界中の銀行や証券会社などの金融機関が集中して多額の資金が動く、世界の金融市場を統括する3つの大都市です。
イギリスの首都ロンドンの「シティ(City of London)」は、歴史的に世界の金融の中心として発展してきました。ニューヨークが株式市場の規模でトップであるのに対し、ロンドンは外国為替取引(FX)やデリバティブ取引において世界一のシェアを握り、国際金融の心臓部として機能しています。
アメリカのニューヨークの「ウォール街」は、ニューヨーク証券取引所(NYSE)やNASDAQを擁し、上場企業の時価総額で他を圧倒する世界最大の株式市場です。世界中の巨大な投資マネーが集まり、ここで決まる株価(ダウ平均など)が世界中の経済に直接的な影響を与えます。
中国の特別行政区である香港は、極めて低い税率や透明性の高い自由市場経済、そして英語が公用語であるという強みを活かし、アジア最大の国際金融ハブとして発展しました。(東京やシンガポールとともに)巨大な中国市場と世界を結ぶ重要なゲートウェイとして、多くの多国籍金融機関が拠点を置いています。
1960年代にイギリスの伝説的なロックバンド「ヤードバーズ」に在籍した経験を持ち、ブルースを基盤とした圧倒的な演奏技術でロックギターの歴史を創り上げた3人のカリスマ的なギタリストの総称です。
「ギターの神様」と称される、ブルースに深い愛情を持つギタリストです。「スローハンド」と呼ばれる流れるような美しいプレイスタイルが特徴で、クリームやデレク・アンド・ザ・ドミノス(『いとしのレイラ』)、ソロ活動を通じて世界中の音楽ファンを魅了し続ける生ける伝説です。
常にギターの新しい可能性を追求し続けた孤高の天才ギタリストです。トリッキーなアーミングや、ピックを使わずに指先だけで弦を弾く独自のスタイルから生み出される感情豊かな「泣きのギター」は誰にも真似できず、ジャンルを超えた「音色の魔術師」としてミュージシャンから尊敬を集めました。
レッド・ツェッペリンのリーダーであり、ヘヴィメタルやハードロックの基礎を築いた偉大なギタリスト兼プロデューサーです。バイオリンの弓を使ってギターを弾くボウイング奏法や、『天国への階段』でのドラマチックなギターソロなど、スケールの大きな圧倒的なリフ作りとアレンジ能力でロック界に君臨しました。
世界の海洋において、寒流と暖流がぶつかる潮目(潮境)や広大な大陸棚が存在し、プランクトンが豊富で多種多様な魚介類が大量に漁獲される3つの海域の総称です。
日本の三陸沖から千島列島、オホーツク海、ベーリング海にかけての海域です。北からの冷たい親潮(千島海流)と南からの温かい黒潮(日本海流)がぶつかる潮目があり、世界最大級の漁獲量を誇ります。サンマやサケ、タラ、カニなど豊かな海の幸に恵まれています。
ヨーロッパの北海からアイスランド、ノルウェー沖にかけての海域です。暖流の北大西洋海流と寒流が交わり、ドッガーバンクなどの広大な浅瀬(大陸棚)が広がっています。古くからタラやニシンなどの漁場として栄え、ヨーロッパの食文化を底辺から支えてきました。
カナダのニューファンドランド島周辺からアメリカ東海岸にかけての海域です。暖流のメキシコ湾流と寒流のラブラドル海流がぶつかる「グランドバンク」と呼ばれる浅瀬があり、タラやオヒョウなどの好漁場として知られていますが、近年は乱獲による資源減少が課題となっています。
19世紀前半の産業革命期において、資本主義がもたらした労働者の貧困や格差を批判し、理想的な協同社会の建設を提唱した3人の初期社会主義思想家の総称です(マルクスが命名)。
フランスの貴族・思想家です。産業社会の到来をいち早く予見し、働かない貴族や地主ではなく、科学者や技術者、生産者が社会を主導して計画経済を行うべきだという「産業主義」を唱えました。後の社会主義思想や社会学の発展に強烈な影響を与えました。
フランスの思想家です。資本主義の無秩序な競争や労働の非人間性を激しく批判し、人々が感情を満たしながら自給自足の共同生活を営む理想社会「ファランジュ(協同組合的共同体)」の創設を提唱しました。彼の思想は後世の協同組合運動の精神的な土台となりました。
イギリスの近代紡績工場の経営者であり、社会改革家です。自らの工場で労働時間の短縮や児童労働の禁止、世界初の幼稚園の設置を実行し、労働環境の改善が生産性を高めることを実践証明しました。のちにアメリカに渡り「ニューハーモニー」という理想の協同社会の建設を試みました。
世界各地の伝統的な保存食(発酵食品)の中で、発酵の過程で生み出される強烈な刺激臭(アンモニア臭など)を持ち、数値(Au=アラバスター単位)でも世界トップクラスとされる強烈な食べ物です。
スウェーデンの伝統的なニシンの塩漬けの缶詰で、圧倒的な「世界一臭い食べ物」です。缶の中で発酵が続くためガスで缶がパンパンに膨らみ、開けた瞬間に強烈な腐敗臭と硫化水素の臭いが爆発的に広がるため、屋外で水の中で開缶することが推奨されています。
韓国の全羅道地方の郷土料理で、ガンギエイの切り身を壺に入れて発酵させたものです。エイが体内に持つ尿素が発酵によって強烈なアンモニアに変化するため、食べると鼻や目にツンとくる激しい刺激臭と痛みを伴いますが、マッコリ(お酒)と合わせると絶品とされる高級珍味です。
ニュージーランドで作られる、熟成が進みすぎたチーズを缶詰にしてさらに数年間発酵させたものです。缶の中で乳酸菌などが発酵を続けるため、開けた時には強烈な発酵臭と酸っぱい臭いが放たれます。一部の愛好家にはたまらないコクがあるとされています。
グリーンランドやカナダ北部のイヌイットの伝統的な冬の保存食です。アザラシのお腹の中にアパリアス(ウミツバメ)という小鳥を数十羽詰め込み、地中に埋めて数ヶ月間発酵させます。鳥の肛門から液状になった強烈な発酵臭の内臓をすする、極寒の地を生き抜くためのビタミン源です。
日本の伊豆諸島(新島など)の特産品です。魚を何百年も継ぎ足して使われている発酵液「くさや液」に漬け込んで天日干しにした干物です。焼く際に強烈な臭いが周囲に漂いますが、食べると独特の深い旨味と塩気があり、日本酒や焼酎の最高のおつまみとして愛されています。
自転車ロードレースにおいて、欧州の国を舞台に約3週間にわたって開催される、最も過酷で権威のある3つの世界的なステージレース(多段階レース)の総称です。
毎年7月にフランスを中心に開催される、世界最大の自転車ロードレースです。約3500kmのコースを21日間かけて走り抜き、アルプスやピレネーの厳しい山岳地帯での過酷な戦いが繰り広げられます。個人総合時間賞の選手は「マイヨ・ジョーヌ」という栄光の黄色いジャージを着用します。
毎年5月にイタリアを舞台に開催されるグランツールです。ツール・ド・フランスに次ぐ格式を持ち、ピンク色のリーダージャージ「マリア・ローザ」を目指して激しい戦いが行われます。ドロミテなどの険しい山岳ステージの厳しさと、美しいイタリアの街並みのコントラストが魅力です。
毎年8月から9月にかけてスペインを舞台に開催されるグランツールです。過酷な急勾配の山岳ステージが多く設定されることで知られ、灼熱の太陽の下でのサバイバルレースとなります。個人総合時間賞の選手は「マイヨ・ロホ」と呼ばれる真紅のリーダージャージを着用して走ります。
世界の都市の経済力を比較した指標(都市のGDPや、グローバル企業の集中度、金融市場の規模など)において、世界経済のエンジンとして機能しているトップ3の大都市です。
世界最大の経済大国アメリカの中心であり、ウォール街に代表される世界一の金融市場(NYSE)を擁しています。多国籍企業の本社が密集し、世界中の富と人材、情報が集結する、世界経済を動かす絶対的な司令塔です。
東京都市圏全体で生み出すGDP(国内総生産)は、一国全体(カナダや韓国など)の経済規模を上回り、都市圏としては世界一の経済規模を誇ります。日本を代表する大企業の本社が集中し、アジアにおけるビジネスの最重要拠点として極めて強固な経済基盤を持っています。
ブレグジット(EU離脱)を経てもなお、外国為替取引で圧倒的な世界一のシェアを誇る「シティ・オブ・ロンドン」を擁するヨーロッパ経済のハブです。独自の金融法制や英語圏という強みを活かし、グローバルな金融・経済都市としての地位を確固たるものにしています。
両側の橋脚から腕を伸ばし、その中央に別の橋桁を架け渡す「ゲルバートラス構造」を用いた鉄橋の中で、支間長(橋脚と橋脚の間の長さ)が世界トップクラスを誇る3つの巨大な橋の総称です。
カナダのケベック州を流れるセントローレンス川に架かる、全長987メートル、中央の支間長が549メートルの世界最長のゲルバー橋です。建設中に二度の大きな崩落事故を起こし多数の犠牲者を出しましたが、1917年に完成し、現在もカナダの国定史跡として利用されています。
イギリスのスコットランド、エディンバラ近郊のフォース湾に架かる全長2528メートルの鉄道橋です。1890年に完成した歴史的建造物であり、巨大な赤い鋼鉄のトラスが連なるその姿は「鋼の恐竜」とも称され、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。
日本の大阪府大阪市にある、港区と南港(人工島)を結ぶ全長980メートルの巨大な赤い鉄橋です。中央の支間長は510メートルで世界第3位の規模を誇り、大型のコンテナ船が下をくぐれるように海面からの高さが50メートル以上確保された、大阪港のシンボルです。
アメリカの音楽誌『ローリング・ストーン』が、エリック・クラプトンなどの次世代を担う2000年代以降の世界のトップギタリストとして表紙で特集し、大きな話題となった3人の天才ギタリストの総称です。
ロックバンド「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」の黄金期を支えたギタリストです。派手な速弾きではなく、感情を剥き出しにした枯れた音色のカッティングや、心をかきむしるようなエモーショナルなソロプレイが特徴であり、90年代以降のオルタナティブ・ロック界でカリスマ的な人気を誇ります。
卓越したブルース・ギターのテクニックと、グラミー賞を何度も受賞する極めて高いポップなソングライティング能力を併せ持つ天才ミュージシャンです。甘い歌声を持つシンガーソングライターとして大成功を収める一方で、エリック・クラプトンらレジェンドからもギターの腕前を絶賛されています。
オールマン・ブラザーズ・バンドなどで活躍した、ガラスの筒などを指にはめて弦を滑らせる「スライドギター」の現代最高峰のプレイヤーです。ブルースやジャズ、インド音楽までを取り入れた非常に表現力豊かで歌うようなギターのトーンは、若くしてすでに生ける伝説としてリスペクトを集めています。
コンピューターゲームや最新のゲーム機(ハードウェア)に関する新作発表が行われ、世界中のゲームファンやメディアの熱狂的な注目を集める3つの巨大な展示会の総称です。
アメリカのロサンゼルスで開催されてきた、世界最大のコンピューターゲーム見本市です。ソニー、任天堂、マイクロソフトなどのプラットフォーマーが、年末商戦に向けた新型ゲーム機や超大型タイトル(AAAタイトル)を全世界に向けて発表する、業界で最も影響力のあるイベントでした。
毎年9月に日本の幕張メッセで開催される、アジア最大規模のゲームの祭典です。日本国内のゲームメーカー(カプコンやスクウェア・エニックスなど)の新作発表の場として機能するほか、近年はインディーゲームやeスポーツの大会、コスプレイヤーの参加などでも大きな盛り上がりを見せます。
イギリスのロンドンで開催されていたヨーロッパ最大のゲーム展示会(ECTS)です。欧州市場に向けた重要な見本市でしたが2004年に終了し、現在ではドイツのケルンで開催される「gamescom(ゲームズコム)」が世界最大規模の動員を誇る欧州の祭典として三大展示会の一角を担っています。
スイスの時計産業の歴史を牽引し、極めて複雑な機械式機構と芸術的な美しさを併せ持つ「雲上ブランド」として、世界中の富裕層から絶対的なステータスとして認められている3社の総称です。
1755年にスイスのジュネーヴで創業した、一度も途切れることなく継続している時計メーカーとしては世界最古の歴史を誇る名門です。マルタ十字のロゴで知られ、精緻な複雑機構(コンプリケーション)と、貴族のように洗練された優美なデザインの時計を少量生産し続けています。
1875年にスイスのル・ブラッシュで創業した名門です。世界初のミニッツリピーター腕時計など複雑機構のパイオニアです。1972年に発表した、八角形のベゼルとビスが特徴的な「ロイヤル オーク」は、高級スポーツウォッチという新たなジャンルを確立し、世界的な大ヒットとなりました。
1839年にスイスのジュネーヴで創業した、世界最高峰の時計ブランドです。「永久修理」を保証しており、世代を超えて受け継がれる資産としての価値を持ちます。ヴィクトリア女王やアインシュタインなど歴史上の偉人が愛用し、オークションで史上最高額で落札されるなど絶対的な王者の地位にあります。
西洋クラシック音楽の歴史に輝く無数の交響曲の中で、特に知名度が高く、メロディの美しさや劇的な展開で世界中の人々に親しまれている3つの大傑作の総称です。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲した、クラシック音楽史上最も有名な交響曲です。「ダダダダーン」という衝撃的な「運命の動機」で幕を開け、苦悩から歓喜へと向かう力強く劇的な構成は、後世の音楽家に決定的な影響を与えました。
アントニン・ドヴォルザークがアメリカ滞在中に作曲した交響曲です。アメリカの黒人霊歌や先住民の音楽にインスピレーションを受けつつ、故郷ボヘミアへの郷愁(家路)が込められており、第2楽章の美しいイングリッシュホルンの旋律が世界中で愛されています。
フランツ・シューベルトが作曲した交響曲です。通常は4楽章構成である交響曲が、第2楽章までしか完成していない(第3楽章はスケッチのみ)にもかかわらず、その底知れぬ美しさとロマンチックな旋律の完成度の高さから、最高傑作の一つとして演奏され続けています。
世界の民間航空機(旅客機)および軍用機に搭載されるジェットエンジンの市場において、圧倒的な技術力と巨大なシェアを誇り、世界の空の輸送を支えている3つの巨大企業の総称です。
トーマス・エジソンが創業したアメリカの巨大複合企業(ゼネラル・エレクトリック)の航空部門です。世界最大の航空機エンジンメーカーであり、ボーイングやエアバスの大型旅客機に搭載される高推力・高効率のターボファンエンジン(GE90など)で圧倒的な市場シェアを握っています。
アメリカのコネチカット州に本社を置く大手エンジンメーカーです。民間機向けのエンジンだけでなく、F-15やF-35などの最新鋭ステルス戦闘機に搭載される軍用ジェットエンジンの開発において世界トップクラスの技術と実績を持ち、アメリカの国防を技術面から強力に支えています。
高級車ブランドから独立したイギリスの航空機エンジンメーカー(ロールス・ロイス・ホールディングス)です。Trent(トレント)シリーズに代表される、静粛性と燃費効率に優れた独自の3軸式ターボファンエンジンに強みを持ち、エアバス機やボーイング機に広く採用されている名門です。
世界の広告・クリエイティブ業界において最高峰の栄誉とされ、世界中から秀逸なアイデア、デザイン、キャンペーンが集まる3つの国際的な賞の総称です。
1973年にアメリカの非営利団体「ワンクラブ」によって設立された広告賞です。広告のアイデアの卓越性や、クリエイター(コピーライターやアートディレクター)のクリエイティビティそのものを極めて厳格に審査・評価することで世界的に知られています。
正式名称は「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」です。カンヌ映画祭から独立した広告祭で、世界中の広告代理店や企業が参加する業界最大級のイベントです。時代を反映したPRやデジタル、社会課題解決型のクリエイティブが評価されます。
1959年にアメリカで設立された国際広告賞で、テレビCMやデザイン、プリント広告など多岐にわたる部門を持ち、「広告界のオスカー」とも称されます。創造性とイノベーションを高く評価し、受賞者に贈られる美しい女神像のトロフィーでも有名です。
世界中で生産される紅茶の茶葉の中で、気候や標高などの特殊な自然環境によって生み出される、他に類を見ない独特の高貴な香り(フレーバー)を持つ3つの最高級銘柄の総称です。
インド北東部のヒマラヤ山脈の麓、標高2000m近い急斜面で栽培される紅茶です。寒暖差と霧が生み出す「マスカテルフレーバー」と呼ばれるマスカットのような爽やかでフルーティーな香りが最大の特徴で、その水色の美しさと高貴な味わいから「紅茶のシャンパン」と称賛されています。
スリランカ(セイロン)南東部の高地で栽培される紅茶(ハイグロウンティー)です。モンスーンがもたらす乾燥した風によって茶葉の水分が奪われることで、「ウバ・フレーバー」と呼ばれるメントール(ミント)のような爽快で刺激的な香りと、心地よい渋み、深い赤色の水色を生み出します。
中国の安徽省(あんきしょう)祁門県で栽培される、世界三大紅茶の中で唯一の中国茶です。松の薪で燻製(くんせい)にする伝統的な製法から生まれるスモーキーな香りと、蘭の花やリンゴに例えられる甘くエキゾチックな香りが特徴で、イギリスのヴィクトリア女王が愛飲したことでも知られます。
地球上の人類の生命を維持するための主食(カロリー源)として、また家畜の飼料として、世界中で最も大量に生産され消費されている3つの重要な農作物の総称です。
中南米を原産とするイネ科の植物で、現在の世界の穀物生産量で第1位を誇ります。人間が直接食用とするだけでなく、牛や豚などの家畜の飼料(エサ)として、またコーンシロップ(甘味料)やバイオエタノール燃料の原料として、現代社会を底辺から支える極めて重要な作物です。
中東(メソポタミア)を原産とし、寒冷地や乾燥地でも比較的育ちやすいため、世界で最も広く栽培されている穀物です。粉に挽いて小麦粉とし、パンやパスタ、うどん、ピザなど、西洋を中心に世界中の人々の主食として欠かせない食材であり、国際的な取引量も最大です。
アジア(長江流域など)を原産とするイネの種子で、高温多湿なモンスーン気候の地域を中心に栽培されています。主に粒のまま炊いたり蒸したりして食べられ、東アジアや東南アジアの人々の最も重要な主食です。人口密集地域のカロリー源として人類の生存を支えています。
世界の食文化において、主食である米(ライス)に様々な肉や魚介、野菜などの具材と出汁(スープ)を加え、米そのものに旨味を吸わせて調理する代表的な米料理の総称です。
スペインのバレンシア地方発祥の米料理です。「パエジェーラ」と呼ばれる平底の専用のフライパンを使用し、オリーブオイルで米と肉(ウサギや鶏)や魚介類、野菜を炒めた後、サフランで黄色く色付けしたスープを加えて炊き上げます。おこげ(ソカラ)の香ばしさが魅力のパーティー料理です。
トルコや中近東、中央アジアを中心に広まった米料理で、パエリアやリゾットの起源とも言われています。生米をバターや油で透き通るまで炒めた後、ブイヨン(スープ)や香辛料、肉、野菜などを加えて炊き上げることで、米粒がパラパラとした食感に仕上がるのが特徴です。
イタリア(特に北部)の代表的な米料理です。オリーブオイルやバターで生米とタマネギを炒め、白ワインを加えた後、熱いブイヨンを少しずつ足しながら、米の表面のデンプン質を溶かしてクリーミーに煮込みます。米の芯に少し歯ごたえが残る「アルデンテ」の状態に仕上げるのが本場の特徴です。
中国料理を代表する米料理(炒飯)で、炊きあがったご飯を卵やネギ、チャーシューなどの具材とともに、強い火力で油と絡めながら手早く炒めたものです。米粒一つ一つが油でコーティングされた「パラパラ」の食感と、中華鍋の高温が作り出す香ばしい風味が世界中で愛されています。
世界で生産されるコーヒー豆の中で、栽培できる地域や条件が極めて限られており、特有の豊かな香りと絶妙な味わいのバランスから最高級品として評価される3つの銘柄の総称です。
ジャマイカのブルーマウンテン山脈の標高800m〜1200mというごく限られたエリアでのみ栽培される最高級品です。「コーヒーの王様」と呼ばれ、苦味、酸味、甘味、コクのすべてが完璧なバランスで調和し、なめらかな舌触りと芳醇な香りを持ちます。収穫量の多くが日本に輸出されています。
アフリカ大陸の最高峰、タンザニアのキリマンジャロ山の斜面で栽培されるアラビカ種のコーヒー豆です。アフリカの大地を思わせる野性味あふれる豊かな香りと、フルーツのようなスッキリとした強い「酸味」、そしてしっかりとした深いコクが特徴で、日本では非常に人気の高い銘柄です。
アメリカのハワイ島西岸にあるコナ・コーストという狭い地域でのみ栽培されるコーヒー豆です。火山の肥沃な土壌と特有の気候によって育てられ、生産量が世界のコーヒーの1%未満という非常に希少な高級豆です。苦味が少なく、トロピカルフルーツのような華やかな酸味と柔らかな甘みが特徴です。
ヨーロッパのプロサッカーリーグにおいて、資金力、競技レベル、スター選手の数において世界最高峰に位置づけられるトップリーグの総称です。(※一般的にセリエAを加えて四大リーグと呼ばれます)
イングランドのトップリーグであり、世界で最も人気と資金力があるリーグです。マンチェスター・ユナイテッドやアーセナルなどを擁し、テレビ放映権料の莫大な収益を背景に世界中からトップ選手が集まります。フィジカルの強さとスピーディーで激しい試合展開が特徴です。
スペインのトップリーグで、レアル・マドリードとFCバルセロナという世界的なビッグクラブが覇権を争っています。伝統的に高度な個人技と流麗なパスワーク(ポゼッションサッカー)を重んじるプレースタイルが特徴であり、長年にわたり欧州の国際大会で圧倒的な強さを誇ってきました。
ドイツのトップリーグで、バイエルン・ミュンヘンが絶対的な強さを誇ることで知られます。クラブの財務健全性が高く、スタジアムの平均観客動員数は世界中のサッカーリーグで第1位を誇る熱狂的な環境です。若手選手の育成に優れ、規律正しく力強い組織的なサッカーを展開します。
イタリアのトップリーグで、ユヴェントス、ACミラン、インテルなどの名門クラブが所属しています。1990年代には世界最強のリーグとして黄金期を築きました。「カテナチオ」の伝統を受け継ぐ強固な守備と、緻密で高度な戦術(タクティクス)が要求される知的なリーグとして知られています。
クラシック音楽の歴史において、いずれもドイツ出身であり、西洋音楽の基礎の確立から深化、そして最高峰の大成に貢献した、名前に「B」を持つ3人の絶対的な巨匠の総称です(ドイツ音楽の3B)。
バロック時代を代表する作曲家で、「音楽の父」と称されます。教会音楽やオルガン曲、対位法を極限まで洗練させた『マタイ受難曲』『ブランデンブルク協奏曲』などを多数残し、西洋音楽の基礎(調性や和声のルール)を確立したクラシック界最大の巨人です。
古典派からロマン派への架け橋となった、音楽史上最も偉大な作曲家(楽聖)です。20代後半から聴力を完全に失うという悲劇に見舞われながらも、それを乗り越えて『運命』や『歓喜の歌(第九)』など、人間の不屈の精神と歓喜を表現した壮大な傑作を数多く生み出しました。
19世紀ドイツのロマン派を代表する作曲家です。バッハ、ベートーヴェンに次ぐ「3B」の最後の一人です。当時の新しい流行(叙情主義)に流されず、古典的な強固な形式美を重んじながらも、深い情熱と内省的な美しさを湛えた4つの交響曲や室内楽、歌曲を大成させました。
世界中のサーカス団の中で、空中ブランコや猛獣ショーなどの伝統的な曲芸において最高峰の技術を持ち、大規模な巡業で世界中を魅了した3つの巨大サーカス団の総称です。
1902年に日本で創立された、世界でも稀有な120年以上の歴史を持つ巨大サーカス団です。象やホワイトライオンなどの猛獣ショーや、大車輪、オートバイの曲芸など、伝統的なサーカスの演目を赤い大テントで披露し、年間動員数で世界一を記録することもある名門です。
ロシアのサーカスの総称であり、事実上ロシアの「国立サーカス」として高い芸術性と身体能力を誇ります。クラウン(道化師)の豊かな演技や、熊などの動物を使った高度な曲芸、そして人間業とは思えない空中ブランコなど、世界最高峰の技を世界中に発信しています。
19世紀末にアメリカで誕生し、「地上最大のショウ」というキャッチフレーズでアメリカのエンターテインメントの象徴として一時代を築いた巨大サーカスです。動物愛護の高まりによる象ショーの廃止などの影響を受け、2017年に約146年の歴史に惜しまれつつ幕を下ろしました。
20世紀前半から中盤のクラシック音楽の黄金期において、オーケストラを統率し、それぞれの圧倒的なカリスマ性と音楽的解釈によって世界の音楽界に君臨した3人の歴史的大指揮者です。
イタリア出身の大指揮者です。「楽譜に忠実」であることを極限まで追求する即物主義的なアプローチを確立し、オーケストラに対して一切の妥協を許さない猛烈なリハーサルを行うことで、完璧に引き締まったクリアで客観的な音楽を構築し、20世紀の指揮法の近代化に絶大な貢献をしました。
ドイツ出身の大指揮者で、ベルリン・フィルの常任指揮者などを務めました。トスカニーニとは対極的に、テンポを自在に揺らして音楽の精神性やドラマチックな感情を極限まで引き出す主観主義的な演奏スタイル(フルトヴェングラー・マジック)で、聴衆を熱狂の渦に巻き込んだカリスマです。
ドイツ出身の大指揮者で、マーラーの直弟子としても知られます。温厚で誠実な人柄がそのまま音楽に表れたような、叙情的で温かく、優美で歌心にあふれる演奏スタイルが特徴です。ナチスの迫害から逃れてアメリカに渡った後も、コロンビア交響楽団との録音などで至高の芸術を残しました。
人類の歴史の中で発見され、特有の香りや風味、またはカフェインなどの成分による覚醒・リラックス効果を求めて世界中で日常的に愛飲されている代表的な飲料です。
コーヒーノキの種子(コーヒー豆)を焙煎し、挽いた粉を湯や水で抽出した飲料です。特有の苦味と豊かな香り、そしてカフェインによる覚醒作用を持ち、世界中のカフェ文化や人々の朝の目覚め、仕事の合間のリフレッシュに欠かせない、世界で最も飲まれている嗜好品の一つです。
チャノキの葉を完全に発酵(酸化)させてから乾燥させた茶葉をお湯で抽出した飲料です。イギリスのティータイム(アフタヌーンティー)の文化とともに世界中へ広まりました。華やかな香りと美しい赤褐色の水色が特徴で、ストレート、ミルク、レモンなど多彩な飲み方で親しまれます。
南米(アルゼンチンやブラジルなど)を原産とするモチノキ科の植物の葉や枝を乾燥させて作るお茶です。ビタミンやミネラルを豊富に含み、肉食中心の南米の人々にとって「飲むサラダ」として欠かせない飲料です。ひょうたん型の容器(マテ)と金属製のストロー(ボンビージャ)で飲むのが伝統的です。
中南米原産のカカオ豆を焙煎してすり潰したカカオマスから、脂肪分(ココアバター)の一部を取り除いて粉末状にし、お湯や牛乳に溶かして飲む飲料です。古代アステカでは神の飲み物として珍重されました。チョコレートの甘い香りとテオブロミンのリラックス効果で、三大飲料に加えて世界中で愛されています。
発祥した地域や特定の民族の枠組みを超えて、世界中の多様な人々に信仰され、人類の歴史や文化、道徳観に最も大きな影響を与えている3つの普遍宗教の総称です。
1世紀にパレスチナでイエス・キリストの教え(愛と赦し)から誕生した宗教です。新約聖書を教典とし、カトリック、プロテスタント、正教会などに分かれながらも、ヨーロッパから南北アメリカ、アフリカまで広く普及し、約24億人という世界最大の信者数を誇ります。
7世紀にアラビア半島のメッカで預言者ムハンマドが神(アッラー)の啓示を受けて創始した宗教です。コーラン(クルアーン)を教典とし、中東から北アフリカ、東南アジア(インドネシアなど)にかけて急速に広まり、約19億人の信者を抱え、現在世界で最も信者数が増加している宗教です。
紀元前5世紀頃にインドで釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が悟りを開いて創始した宗教です。輪廻転生や因果応報、慈悲の教えを説き、厳しい修行や信仰によって苦しみからの解脱(悟り)を目指します。インドから中国、日本、東南アジアへと広まり、東洋の精神文化の基礎となりました。
世界の歴史的な建築物の中で、祈りや信仰のために造られ、その圧倒的なスケールと神聖な美しさによって、現代でも訪れる人々に強い畏敬の念を抱かせる3つの宗教建築の総称です。
キリスト教(カトリック)の総本山であるバチカン市国に建つ、世界最大級の教会堂です。ミケランジェロやベルニーニといったルネサンスとバロックの巨匠たちが設計や装飾に携わった壮麗な大天蓋(クーポラ)や広場は、荘厳な祈りの空間として信者たちを圧倒します。
ギリシャの首都アテネのアクリポリスの丘に建つ、古代ギリシャの都市の守護神アテナを祀る神殿です。紀元前5世紀に建てられたドーリア式建築の最高傑作であり、視覚的な錯覚を計算し尽くしたエンタシス(柱の膨らみ)などの高度な建築技術が、完璧な調和と美しさを生み出しています。
日本の奈良県にある、推古天皇と聖徳太子によって創建されたと伝わる仏教寺院です。現存する世界最古の木造建築群(金堂や五重塔)であり、飛鳥時代の仏教文化と大陸からの建築技術を今に伝える、静寂に包まれた日本を代表する神聖な宗教空間として世界遺産に登録されています。
古代インドの「チャトランガ」を起源とし、東西へ伝播していく中でそれぞれの文化に合わせて進化・発展した、代表的な3つの盤上遊戯(ボードゲーム)の総称です。
古代インドからペルシャや中東を経てヨーロッパに伝わり、洗練された西洋の将棋です。世界で最も競技人口が多く、国際的な頭脳スポーツとして認知されています。クイーンの強力な動きや、相手のキングを追い詰める「チェックメイト」という概念が特徴で、美しい駒の造形も魅力です。
古代インドから中国へ伝わり、独自の発展を遂げた中国の将棋です。駒を線の交点に置き、盤の中央には「楚河漢界(川)」と呼ばれるエリアがあり、一部の駒は川を渡れないという独自のルールがあります。「大砲(炮)」のように他の駒を飛び越えて攻撃する特殊な動きの駒が存在します。
日本に伝来し、独自の高度な進化を遂げた将棋です。世界中の将棋系ゲームの中で唯一、「相手から取った駒を自分の持ち駒として盤上に打って再利用できる」という極めて複雑で奥深いルールを持ちます。このルールにより、終盤に向かうほど駒が減らずに選択肢が増えるというスリリングな展開を生みます。
世界各国の金融市場の中で、そこに株式を上場しているすべての企業(上場企業)の時価総額の合計が圧倒的に大きく、世界の資本市場をリードするトップ3の証券取引所です。
アメリカのウォール街に位置する、名実ともに世界最大にして最高の権威を誇る証券取引所です。厳しい上場基準を持ち、コカ・コーラやウォルマート、ジョンソン・エンド・ジョンソンなど、世界経済を牽引する歴史ある超巨大多国籍企業が数多く上場しており、時価総額は他を寄せ付けません。
アメリカにある世界最大の新興企業(ベンチャー)向け株式市場です。実体のある取引所(立会場)を持たず、コンピューターネットワークシステムのみで取引を行う先駆的な市場として誕生しました。アップル、マイクロソフト、アマゾンなど、現代のIT・ハイテク産業を牽引する巨大企業が多数上場し、NYSEに次ぐ時価総額を誇ります。
日本の東京・兜町に位置する、日本取引所グループ(JPX)の中核をなす日本最大の証券取引所です。トヨタ自動車やソニーグループなど日本の名だたる大企業が上場しており、アジアで最大級、世界でもアメリカの2大市場に次ぐ第3位(または第4位)の巨大な時価総額を持ち、アジアの資本市場の中心として機能しています。
世界の金融市場において、日々取引される株式の売買代金(取引額)が突出して多く、市場の流動性と活発さにおいて世界トップ3を占める巨大な証券取引所です。
アメリカのウォール街にある、世界最大かつ最も伝統のある証券取引所です。時価総額だけでなく、日々の売買代金においても他を圧倒しており、世界中の巨大な投資マネーが集中するグローバル資本主義の絶対的な中心地として機能しています。
アメリカの全米証券業協会が開設した、世界最大の新興企業向け株式市場です。アップルやGoogle(アルファベット)などの巨大IT企業が上場しており、非常に活発な売買が行われるため、売買代金においてNYSEに次ぐ世界第2位の規模を誇ります。
中国の上海市にある証券取引所です。急速な経済成長を背景に、中国国内の巨大な投資資金が集結しており、売買代金においては日本の東京証券取引所などを抜き、アメリカの2大市場に次ぐ世界第3位の巨大な流動性を持つ市場へと成長しました。
世界の美術史において、単に人物の顔形を写し取るだけでなく、その人物の内面や性格、社会的地位、さらには時代の空気までもを絵筆で完璧に表現し尽くした3人の偉大な画家の総称です。
17世紀のスペイン黄金時代を代表する宮廷画家です。国王フェリペ4世一家を描いた『ラス・メニーナス(官女たち)』などの傑作で知られ、客観的で冷徹な観察眼と、対象の質感や空間の空気までを表現する圧倒的な筆致で、のちのマネやピカソなど多くの巨匠たちから「画家の中の画家」と尊敬されています。
17世紀のオランダ黄金時代を代表する巨匠です。「光と影の魔術師」と称され、『夜警』などの集団肖像画において、劇的な明暗法(キアロスクーロ)を用いて人物のドラマチックな内面を描き出しました。また、生涯にわたり自身の自画像を描き続け、人間の老いと精神の深淵を追求した画家でもあります。
日本の江戸時代(寛政年間)に突如として現れ、わずか10ヶ月の間に約140点の浮世絵を残して忽然と姿を消した正体不明の天才絵師です。歌舞伎役者の顔の極端なデフォルメ(大首絵)を通じて、役者の個性や人間の滑稽さ、内面的な性格までを強烈に描き出す斬新なスタイルは、世界的にも極めて高く評価されています。
世界中に数ある植物園の中で、広大な敷地、数十万種に及ぶ膨大な植物・菌類のコレクション、そして世界最高峰の植物学研究の拠点として機能している植物園の総称です。
イギリスのロンドン南西部にある王立植物園(ロイヤル・ボタニック・ガーデンズ・キュー)です。世界最大級の植物標本(数百万点以上)を誇り、世界の植物学研究の最高峰のメッカです。歴史的な温室や美しい景観からユネスコの世界文化遺産にも登録されています。
アメリカのニューヨーク・ブロンクスにある、北米最大級の広大な植物園です。敷地内には歴史的なビクトリア調の温室(エニド・A・ハウプト温室)や広大な森林が残り、植物の多様性研究やDNA分析、環境保全活動の世界的なリーダーとして機能しています。
ドイツの首都ベルリンにある、ヨーロッパ最大規模の植物園です。世界各地の地理的環境(熱帯、砂漠、高山など)を精密に再現したエリアや、世界最大級のガラス温室を擁しています。2万種以上の植物が集められた、欧州を代表する最先端の植物学研究施設です。
カナダのケベック州モントリオールにある世界有数の規模を誇る植物園で、四大植物園の一角に数えられます。広大な敷地に「日本庭園」「中国庭園」「先住民庭園」など、世界の文化と植物を融合させた10の展示温室と30のテーマ庭園があり、秋のランタンフェスティバルが有名です。
世界の歴史や神話、英雄の活躍などを韻文(詩の形式)で壮大に語り継いできた長編の物語詩の中で、人類の文学遺産として特に重要とされる代表的な作品の総称です。
古代ギリシャの盲目の詩人ホメロスが作したとされる、西洋文学の最古にして最大の叙事詩です。トロイア戦争におけるギリシャ軍の英雄アキレウスの怒りや、神々が入り乱れる壮絶な戦いと悲劇を描いており、『オデュッセイア』とともに後世のヨーロッパ文学や芸術に決定的な影響を与え続けています。
古代インドの詩人ヴァールミーキが編纂したとされる、ヒンドゥー教の二大叙事詩(もう一つはマハーバーラタ)の一つです。コーサラ国の王子ラーマが、誘拐された愛妻シータを魔王ラーヴァナから奪還するために猿の将軍ハヌマーンらと大冒険を繰り広げる物語で、東南アジア全域の文化に絶大な影響を与えました。
フィンランドの医師エリアス・リョンロートが、民間伝承や神話の歌(ルノ)を収集・編纂して19世紀に完成させた国民的叙事詩です。天地創造から英雄ワイナミョイネンらの魔法や冒険を描いたこの作品は、フィンランド人の民族意識を目覚めさせ、作曲家シベリウスをはじめとする多くの芸術家に霊感を与えました。
日本のアイヌ民族に古くから口承で語り継がれてきた英雄叙事詩(神謡)です。文字を持たなかったアイヌの人々が、独特のメロディとリズムに乗せて、自然の神々(カムイ)や人間の英雄の冒険物語を記憶し語り継いできたものであり、世界的に見ても極めて貴重な無形文化遺産です。
人類の歴史における天才数学者たちの中で、数学の新しい分野を切り開き、物理学や天文学などの科学全般に不滅の足跡を残した、最高峰の数学者たちの総称です。
古代ギリシャ(シラクサ)の天才数学者・物理学者です。浮力の法則(アルキメデスの原理)を発見し、浴槽から裸で飛び出して「エウレカ(分かった)!」と叫んだ逸話が有名です。また、円周率の精密な計算や球体の体積の公式など、現代の微積分の先駆けとなる高度な業績を残しました。
17世紀イギリスの物理学者・数学者です。天文学の計算などのために「微積分法」を独自に開発し、数学に最大の革新をもたらしました。また、万有引力の法則や運動の三法則を提唱した『プリンキピア』を著し、近代科学の扉を開いた歴史上最も影響力のある偉人の一人です。
18〜19世紀のドイツの天才数学者で、「数学の王(数学界の巨人)」と称されます。わずか19歳で正十七角形の定規とコンパスによる作図法を発見し、整数論の大成、非ユークリッド幾何学の先駆、天文学の軌道計算など、数学のあらゆる分野に圧倒的な足跡を残しました。
18世紀のスイス出身の数学者で、歴史上最も多くの論文を書いた多作の天才です。解析学、幾何学、数論など多岐にわたる分野で活躍し、世界で最も美しい数式とされる「オイラーの等式(e^iπ + 1 = 0)」や、関数記号f(x)などの現代の数学記号を数多く導入しました。
古代ギリシャのアレクサンドリアで活躍した数学者で、英語名の「ユークリッド」として広く知られています。それまでの古代の数学的知識を論理的に体系化した、人類史上最も読まれた教科書とされる『原論』を著し、平面幾何学(ユークリッド幾何学)の基礎を確立しました。
世界中で数十億人がテレビ観戦し、開催国に莫大な経済効果をもたらす、地球規模で熱狂を生み出す巨大なスポーツの祭典の総称です。(※一般的に上位3〜5大会が挙げられます)
国際オリンピック委員会(IOC)が主催し、4年に1度開催される世界最大の総合スポーツ競技大会です。夏季大会は200以上の国と地域からトップアスリートが集結し、全世界で数十億人が視聴する圧倒的な影響力と平和の象徴としての意味を持っています。
国際サッカー連盟(FIFA)が主催し、4年に1度開催されるサッカーの世界一決定戦です。単一競技のスポーツイベントとしては世界最大であり、テレビの累計視聴者数はオリンピックを凌ぐとも言われ、国を挙げた熱狂と興奮が地球規模で巻き起こります。
4年に1度開催されるラグビーユニオンの世界一決定戦です。オリンピック、サッカーW杯に次ぐ「世界三大スポーツイベント」の第3の大会として規模を拡大しており、スタジアムの熱気と紳士的なファン文化、そしてノーサイドの精神が世界中で高く評価されています。
毎年7月にフランスを中心に約3週間かけて行われる、世界最大の自転車ロードレースです。アルプスの山岳地帯などを越える過酷なコースを走り抜き、沿道には熱狂的な観客が詰めかけ、美しいヨーロッパの風景とともに世界約190カ国でテレビ放送されます。
国際自動車連盟(FIA)が主催する、四輪モータースポーツの最高峰に位置する世界選手権です。世界各国のサーキットや市街地コースを舞台に、最先端の技術を搭載したマシンと天才的なドライバーたちが限界のスピードで争い、世界的な人気を誇る巨大な興行です。
世界各国の伝統的なスープ料理の中で、その国や地域の気候風土を反映した独自の複雑な旨味と風味を持ち、国際的に極めて評価の高い代表的なスープの総称です。
タイを代表するスープで、「トム(煮る)」「ヤム(混ぜる)」「クン(エビ)」という意味です。レモングラスの爽やかな酸味、唐辛子の強烈な辛味、ココナッツミルクなどの甘味が複雑に絡み合い、エビの旨味が溶け出した、一度食べたら癖になるエキゾチックな味わいが特徴です。
中国料理を代表する最高級スープです。サメのヒレ(ふかひれ)自体には味はありませんが、金華ハムや丸鶏などを何日も煮込んで作った極上の上湯(シャンタン)スープの旨味を、ふかひれのゼラチン質がたっぷりと吸い込み、とろけるような滑らかな食感と深いコクを生み出します。
ロシアやウクライナなど東欧を代表する伝統的なスープです。「ビーツ」という赤カブの一種をメインの野菜とし、牛肉やキャベツ、タマネギなどを長時間煮込んで作ります。ビーツ由来の鮮やかな深紅色が特徴で、食べる直前にサワークリーム(スメタナ)を溶かして酸味とまろやかさを加えます。
フランスのマルセイユ名物の海鮮スープです。元々は地元の漁師が売り物にならない魚をごった煮にしたのが始まりですが、現在ではカサゴやホウボウ、エビ、カニなどの魚介類を、サフランやニンニク、ハーブなどで煮込んだ、地中海の豊かな海の幸の旨味が凝縮された濃厚なスープです。
フランス料理の基本にして究極と言われる澄み切ったスープです。「完成された」という意味を持ち、牛肉や鶏肉、野菜を長時間煮込んだブイヨンから、卵白を使って不純物を完璧に取り除くという非常に手間と時間のかかる工程を経て作られる、黄金色の美しさと奥深い旨味を持つ芸術的なスープです。
歴史上の重要な戦争や反乱において、キリスト教の神への信仰と正義を掲げ、軍隊の精神的支柱として掲げられたとされる3つの有名な軍旗(陣中旗)の総称です。
日本の江戸時代初期に起きた「島原の乱」において、キリシタンの総大将であった少年・天草四郎時貞の軍勢が掲げた陣中旗です。中央に聖杯と秘跡が描かれ、天使が祈りを捧げる図案が描かれており、弾圧に苦しむ農民と信者たちの最後の心の支えとなりました。
百年戦争において、神の啓示を受けた少女ジャンヌ・ダルクがフランス軍を率いてオルレアンを解放した際に掲げていた軍旗です。白地に百合の花が散りばめられ、キリストと天使が描かれていたとされ、劣勢だったフランス軍に奇跡的な士気と勝利をもたらす象徴となりました。
中世ヨーロッパにおいて、イスラム教徒から聖地エルサレムを奪還するために編成された「十字軍」が掲げた旗です。白地に赤い十字(あるいはその逆)が描かれたシンプルなデザインは、神の兵士としてのアイデンティティを示し、後の各国の国旗(イングランドなど)の起源にもなりました。
人類の精神史と思想史において、その教えが宗教や哲学の根本となり、何千年にもわたって数え切れないほどの人々の生き方に影響を与え続けている偉大な思想家の総称です。(※ソクラテスを加えて四聖とも呼ばれます)
紀元前後に活動し、神への絶対的な愛と隣人愛(アガペー)を説いた人物です。権力者による十字架での処刑と、その後の復活という生涯はキリスト教の教義の根本となり、彼が説いた赦しと愛のメッセージは、西洋文明の精神的支柱として世界中に広まりました。
紀元前5世紀頃のインドの小国の王子として生まれましたが、人間の生老病死の苦しみを解決するために出家しました。菩提樹の下で深い瞑想の末に悟りを開き(仏陀)、執着を捨てて八正道を実践することによって苦しみから解放されるという真理を説きました。
紀元前6世紀の中国の春秋時代に活躍した思想家です。争いの絶えない乱世において、思いやりの心である「仁」と、社会の秩序を保つ「礼」を重んじる道徳的な政治(徳治主義)を説きました。彼の言行録である『論語』は、東アジア全域の道徳と教育の絶対的な基盤となりました。
世界の歴史と宗教において、神聖な出来事が起こった場所として特別な意味を持ち、何百万人もの巡礼者が祈りを捧げるために訪れる、代表的な3つの宗教的中心地の総称です。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの世界的宗教が共通して聖地とみなす世界で唯一の都市です。ユダヤ教の「嘆きの壁」、キリスト教の「聖墳墓教会」、イスラム教の「岩のドーム」が狭い旧市街に密集しており、祈りと激しい紛争の歴史が交錯する場所です。
イタリアのローマ市内にある、キリスト教カトリック教会の総本山(独立国)です。初代教皇とされる聖ペテロの墓の上に建てられた「サン・ピエトロ大聖堂」があり、全世界のカトリック信者の精神的指導者であるローマ教皇が居住する、西洋世界で最も権威ある宗教都市です。
サウジアラビアにある、イスラム教の創始者ムハンマドの生誕地であり、イスラム教における最高の聖地です。中心にあるカーバ神殿に向かって、世界中のイスラム教徒が毎日礼拝(礼拝のキブラ)を行い、一生に一度は巡礼(ハッジ)に訪れることが義務とされています。
キリスト教の歴史において、国家の威信と最高の建築技術を結集して建てられ、巨大なドームや壮麗な装飾で参拝者を圧倒する、世界を代表する規模の大聖堂の総称です。(※4つ挙げられることが多いです)
バチカン市国にある、キリスト教の建築物としては世界最大級の規模を誇るカトリックの総本山です。ミケランジェロが設計に携わった高さ約132メートルの巨大なクーポラ(大円蓋)や、ベルニーニによる壮麗な天蓋など、ルネサンス・バロック建築の最高峰です。
スペインのセビリアにある、世界最大のゴシック建築の大聖堂です。イスラム教のモスクの跡地に建設されたため、イスラム建築の名残である「ヒラルダの塔」とキリスト教建築が融合した独特の美しさを持ちます。コロンブスの墓があることでも有名です。
イギリスのロンドンにある、英国国教会の大聖堂です。1666年のロンドン大火の後に、建築家クリストファー・レンによって再建されました。古典主義様式の美しい巨大なドーム屋根を持ち、ダイアナ妃の結婚式など、イギリスの国家的な重要行事が行われる場所です。
イギリスのロンドンにある、ゴシック様式の壮麗な教会です。1066年のウィリアム征服王以来、歴代のイギリス国王の戴冠式が行われる場所であり、ニュートンやダーウィンなどイギリスの歴史的偉人が多数埋葬されている、英国の歴史そのものと言える聖堂です。
世界の歴史において、圧倒的な軍事力や騎馬戦術、宗教的情熱によって、短期間のうちに大陸を横断する広大な領土を占領・支配し、世界の民族地図や文明のあり方を一変させた3大征服活動の総称です。
意気盛んなマケドニア王アレクサンダー大王が、ギリシャからエジプト、強大なペルシア帝国を滅ぼし、インダス川流域にまで至る大遠征を敢行した覇業です。この征服によりギリシャ文化とオリエント文化が融合し、東西文化が融合した「ヘレニズム文化」が誕生しました。
預言者ムハンマドの死後、正統カリフやウマイヤ朝のもとでアラブ人のイスラム軍が急速に拡大した大征服活動です。東ローマ帝国やササン朝ペルシアを圧倒し、中東から北アフリカ、イベリア半島に及ぶ広大な「イスラム世界」を形成し、世界の宗教地図を塗り替えました。
13世紀にチンギス・ハンとその子孫たちが、圧倒的な騎馬軍団を率いてユーラシア大陸の大半を席巻し、人類史上最大の連続した領土を持つ「モンゴル帝国」を築き上げた遠征です。この征服により東西の交通網が安全に確保され、「パクス・モンゴリカ(モンゴルの平和)」をもたらしました。
第二次世界大戦において、大艦巨砲主義の到達点として日・米・独の各国の持てる最高の工業力と技術を結集して建造された、史上最大級の3つの戦艦(艦級)の総称です。
大日本帝国海軍が極秘裏に建造した、人類史上最大で最強の戦艦です。他国の追随を許さない圧倒的な46センチ主砲9門と、いかなる砲撃にも耐える強固な装甲を備えていました。しかし航空機主体の戦術に時代が移り変わり、その真価を発揮することなく沖縄特攻で海に沈みました。
アメリカ海軍が建造した、太平洋戦争における高速空母機動部隊に随伴できる高速戦艦です(アイオワ、ミズーリなど)。大和型に次ぐ40.6センチ主砲を持ち、高い機動力と最新のレーダー技術による精密射撃を誇りました。戦後も近代化改修を受け、湾岸戦争まで長く現役にとどまりました。
ドイツ海軍が建造した、ナチス・ドイツの威信を懸けた巨大戦艦です。重厚な装甲と優れたダメージコントロール能力を持ち、「不沈艦」と恐れられました。初陣でイギリスの誇る巡洋戦艦フッドを轟沈させましたが、その後イギリス海軍の総力を挙げた包囲網により壮絶な最期を遂げました。
国際自動車連盟(FIA)が主催する四輪モータースポーツの世界選手権(ワールドチャンピオンシップ)の中で、特に歴史と権威があり、世界最高峰とされる3つのカテゴリーの総称です。
フォーミュラカー(タイヤとコクピットが露出した1人乗りのレーシングカー)による世界最高峰のレースシリーズです。最先端の空力技術とハイブリッドエンジンを搭載したマシンを使用し、世界各国のサーキットを転戦して世界最速のドライバーとコンストラクターを決定します。
市販車をベースに改造されたラリーカーを使用して、舗装路(ターマック)、未舗装路(グラベル)、雪道など、世界各地の過酷な公道を舞台にタイムを競う世界選手権です。ドライバーとコ・ドライバー(助手)の連携が不可欠であり、大自然と戦う過酷でダイナミックなレースです。
プロトタイプスポーツカーおよびGTカーを使用して、数時間から24時間という長時間の耐久レースを行い、年間チャンピオンを争う世界選手権です。ル・マン24時間レースをシリーズの最高峰に位置づけており、各国の自動車メーカーが最新のハイブリッド技術などを投入して競い合います。
世界中の樹木の中で、樹形が極めて美しく整い、庭園や公園、広い敷地のシンボルツリーとして植栽するのに最も適しているとされる3つの代表的な針葉樹の総称です。
南米やオセアニア地域を原産とする常緑針葉樹です。幹がまっすぐに伸び、枝が放射状に規則正しく輪生(同じ高さから四方に広がる)するため、非常に幾何学的で左右対称の美しい樹形となります。熱帯から温帯の大きな公園や植物園で、存在感のあるシンボルツリーとしてよく植えられています。
日本特産の常緑針葉樹で、和歌山県の高野山に多く自生していることが名前の由来です。葉は柔らかく艶があり、円錐形の端正で気品ある樹形に育つため、日本の庭園や寺院の植栽として古くから愛されてきました。水に強いため、木風呂(高野槙風呂)の高級素材としても非常に有名です。
ヒマラヤ山脈西部からアフガニスタンを原産とする常緑針葉樹(マツ科)です。成長が早く、枝が水平に広がりながら先端がやや下垂し、全体として非常に美しい円錐形の樹形を作り出します。世界中の公園や学校、大通りの並木などに植えられており、巨大な松ぼっくり(シダーローズ)を落とすことでも知られています。
世界の歴史的な大都市において発生した都市災害(火災)の中で、強風や木造建築の密集などの悪条件が重なり、都市の大部分を焼き尽くして都市計画や歴史を大きく変えた3つの大火災の総称です。
1657年に江戸で発生した、日本史上最大の大火災で「振袖火事」とも呼ばれます。猛烈な冬の強風によって火の手が広がり、江戸城の天守閣をはじめ江戸市街の約7割が焼け野原となり、死者は10万人を超えました。この大火を機に、江戸の都市計画が抜本的に再編されました。
西暦64年にローマ帝国の首都ローマで発生した大火災です。市街地の大部分が数日間にわたって燃え続け、壊滅的な被害を出しました。当時の皇帝ネロが自ら放火したという噂が流れ、ネロはその不満をそらすためにキリスト教徒を迫害・大量処刑する大弾圧を行いました。
1666年にイギリスの首都ロンドンで発生した大火災です。パン屋の失火から始まり、旧市街(シティ)の約8割が焼け野原となりました。しかし、この大火によって当時ロンドンで大流行していたペスト(黒死病)を媒介するネズミやノミが全滅し、ペストが終息する歴史的転換点となりました。
スポーツカーによる耐久レースにおいて、レース時間が24時間に及ぶ過酷な条件のもとで開催され、歴史的権威とステータスが世界的に認められている3つのレースの総称です。
フランスで開催される耐久レースの最高峰であり、世界三大レースの一つにも数えられます。ユノディエールと呼ばれる超ロングストレートを含むサルト・サーキットを舞台に、昼夜を問わず24時間走り続ける過酷なレースであり、自動車メーカーの威信を懸けた戦いが繰り広げられます。
アメリカのフロリダ州にあるデイトナ・インターナショナル・スピードウェイで毎年1月末から2月初旬に開催される、アメリカ最大の24時間耐久レースです。オーバルコースとインフィールドのテクニカルセクションを組み合わせたコースで、優勝チームにはロレックスの高級時計が贈られます。
ベルギーの伝統あるスパ・フランコルシャン・サーキットで開催される24時間耐久レースです。「オールージュ」と呼ばれる急勾配の高速コーナーが有名で、天候が非常に変わりやすい「スパ・ウェザー」に翻弄されながらの過酷なサバイバルレースが展開されることで知られています。
クラシック音楽において、独奏チェロの深い音色とオーケストラの響きが美しく調和する「チェロ協奏曲」の中で、最高傑作として世界中で演奏され愛されている3作品の総称です。
ドヴォルザークがアメリカ滞在の晩年に作曲した、チェロ協奏曲の最高傑作(王様)とされる名曲です。チェロの豊かな表現力を極限まで引き出し、望郷の念に駆られる哀愁を帯びた美しいメロディと、オーケストラの壮大な響きが見事に融合した非常にスケールの大きな作品です。
フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが作曲したとされるチェロ協奏曲(第2番)です。長らく別の作曲家の偽作と疑われていましたが、のちにハイドンの真作と確認されました。優雅で軽快な古典派らしい構成美と、独奏チェロの華やかな技巧が存分に楽しめる、明るく美しい名曲です。
ロベルト・シューマンが作曲した、ロマン派を代表するチェロ協奏曲です。全3楽章が切れ目なく連続して演奏される独特の形式を持ち、シューマン特有の詩的で内省的な感情やファンタジーにあふれる幻想的な旋律が、チェロの深みのある音色によって見事に歌い上げられます。
自動車を独自のスタイルに改造・ドレスアップしたカスタムカーやチューニングカー、および関連パーツの展示に特化した、世界最大規模の3つの祭典の総称です。
毎年1月に日本の幕張メッセで開催される、世界有数のカスタムカーの祭典です。チューニングショップだけでなく、トヨタや日産などの大手自動車メーカーも公式のカスタマイズカーを出展し、コンパニオンの華やかさとともに数十万人を動員する巨大イベントです。
毎年11月末からドイツのエッセンで開催される、ヨーロッパ最大級のチューニングカーおよびモータースポーツの展示会です。ヨーロッパの有名チューナー(ブラバスやアルピナなど)が集結し、洗練されたデザインと高性能を両立させた美しいカスタムカーが多数展示されます。
毎年秋にアメリカのラスベガスで開催される、世界最大の自動車アフターマーケット用パーツの巨大見本市です。業界関係者向けのトレードショーですが、アメリカらしいド派手なカスタマイズカーや巨大なピックアップトラックなどが無数に展示され、世界のカスタムの流行を発信します。
世界の中で、病気が少なく、100歳を超える高齢者(センテナリアン)が人口に対して極めて高い割合で健康に暮らしていることから、世界中の医学者や地理学者から注目された3つの秘境の総称です。
黒海とカスピ海に挟まれたカフカース(コーカサス)地方です。澄んだ空気と豊かな湧き水、自家製のヨーグルトや乳製品(ケフィア)を中心とした伝統的な食生活、そして生涯にわたり農作業などで働き続ける健康的なライフスタイルにより、驚異的な長寿者が多いことで有名です。
南米エクアドルのアンデス山脈にある標高約1500mの美しい谷の村で、「長寿の谷」として知られます。年間を通じて温暖で平穏な気候、果物や野菜を中心とした無農薬・低カロリーの食生活、ミネラルが豊富な純粋な自然の水が、住民の健康長寿の要因とされています。
パキスタン北部のカラコルム山脈の標高約2500mに位置する秘境の谷で、「風の谷」のモデルとも言われます。アプリコット(あんず)や雑穀を中心とした自然の食生活、氷河から溶け出す冷涼な水、そして急な斜面での日常的な農作業が、健やかな高齢化社会を形成しています。
地球上に生息する哺乳類の中で、その生息数が極めて少なく絶滅が危惧されていることや、進化の過程における特異で風変わりな生態・容姿を持つ3つの代表的な動物の総称です。
中国の四川省などの限られた山岳地帯に生息するクマ科の動物です。白と黒の独特の毛並みと愛らしい仕草で世界的な人気を誇ります。主食が竹や笹であるという非常に特異な生態を持ち、一時期は絶滅の危機に瀕していましたが、徹底した保護活動が行われています。
アフリカのコンゴ民主共和国の深い熱帯雨林にのみ生息する、キリン科の動物です。脚にシマウマのような美しい白黒の縞模様があるため誤解されやすいですが、頭部の小さな角や長い青色の舌などキリンの原始的な特徴を色濃く残しており、「生きた化石」とも呼ばれます。
西アフリカ(リベリアなど)の森林や沼地にひっそりと生息するカバ科の動物です。一般的なカバの10分の1ほどの大きさ(体重約200kg)しかなく、夜行性で単独で行動するという警戒心の強い生態を持ちます。生息地の破壊や密猟により、絶滅が極めて危惧されています。
ヨーロッパの食文化、特にフランスの高級宮廷料理などにおいて、その希少性の高さと極めて独特で芳醇な風味から、最高級の食材として珍重されてきた3つの食品の総称です。
主にカスピ海などに生息するチョウザメの卵を塩漬けにしたもので、「黒い真珠」とも呼ばれます。プチプチとした食感と、濃厚でクリーミーな磯の風味が特徴です。ベルーガ、オセトラなどの種類があり、乱獲によるチョウザメの激減で現在では極めて高価な超高級食材となっています。
「黒いダイヤ」とも呼ばれる、カシやナラの木の根元の地中で育つキノコの一種です。人工栽培が非常に難しく、豚や訓練された犬の嗅覚を使って地中から探し出します。特有の強烈で官能的な香りが最大の魅力であり、料理に削りかけるだけで信じられないほどの風味を与えます。
ガチョウ(グース)やアヒル(ダック)に大量のエサを与えることで、肝臓を人工的に肥大させて作るフランスの高級食材です。口の中でとろけるような滑らかな舌触りと、バターのように濃厚で芳醇なコクが特徴で、テリーヌやソテーなどに調理してワインとともに楽しまれます。
世界の外国為替市場において、取引量が圧倒的に多く、国際的な決済や各国の外貨準備金として広く利用され、世界経済に絶大な影響力を持つ3つの主要な通貨の総称です。
アメリカ合衆国が発行する、世界経済の中心となる「基軸通貨」です。原油や金などの国際的な資源取引の多くがドル建てで行われ、世界中の国々が最も多く外貨準備として保有している、圧倒的な信頼性と流通量を持つ最強の通貨です。
欧州連合(EU)の多くの加盟国で導入されている単一通貨です。1999年に誕生して以来、ドルに次ぐ世界第2位の決済通貨および外貨準備通貨として急成長し、ヨーロッパの巨大な経済圏を背景に、ドルに対抗しうる重要な基軸通貨の一つとしての地位を確立しています。
日本が発行する通貨で、ドル、ユーロに次ぐ世界第3位の取引量を誇る世界の主要通貨(メジャーカレンシー)です。日本の経済規模や社会的信用の高さから、世界経済が不安定になった際に投資家の資金が逃げ込む「安全資産(有事の円買い)」として買われやすいという独特の特徴を持っています。
世界の海戦史において、国家の存亡を懸けた絶望的な戦いを卓抜した戦術と統率力で勝利に導き、自国の救国の英雄として歴史に名を刻んだ3人の偉大な海軍指揮官の総称です。
アメリカ独立戦争において活躍した海軍の英雄です。圧倒的に強力なイギリス海軍に対し、自艦が沈没寸前になりながらも「私はまだ戦い始めたばかりだ!」と叫んで敵艦に乗り移り勝利を収めるなど、不屈の闘志でアメリカ海軍の創設と独立に多大な貢献を果たしました。
日露戦争において日本の連合艦隊司令長官を務めた提督です。日本海海戦において、圧倒的脅威であったロシアのバルチック艦隊に対し、「丁字戦法」などの巧みな戦術と猛訓練で完璧な勝利を収め、国難を救った英雄として「東洋のネルソン」と世界中から賞賛されました。
ナポレオン戦争期のイギリス海軍の英雄です。右目と右腕を失いながらも最前線で指揮を執り、トラファルガーの海戦ではフランス・スペイン連合艦隊を「ネルソン・タッチ」と呼ばれる斬新な戦術で打ち破りました。自らは戦死しましたが、イギリスをナポレオンの侵略から救いました。
1990年代から2000年代にかけて、クラシック音楽の枠を超えて世界的な社会現象を巻き起こした、圧倒的な美声とカリスマ性を持つ3人のトップ・オペラ歌手(テノール)の総称です。
イタリアが生んだ「神に祝福された声(キング・オブ・ハイC)」を持つ天才テノール歌手です。その巨体から放たれる太陽のように明るく圧倒的な声量と美しい高音で、オペラ・アリアの『誰も寝てはならぬ』を世界中で大ヒットさせ、クラシック音楽を大衆の娯楽へと押し上げました。
スペイン出身のテノール歌手で、「オペラ界の帝王」と称されるほどの圧倒的な演技力とレパートリーの広さを誇ります。テノールだけでなくバリトンの役柄や指揮者、劇場の芸術監督まで務めるなど、極めて多才でエネルギッシュな音楽活動で世界のオペラ界を牽引し続けています。
スペイン(カタルーニャ)出身のテノール歌手です。甘く繊細で情熱的な美声で人気絶頂の最中に白血病に倒れましたが、過酷な闘病生活を経て奇跡の復活を遂げました。この復活を祝うためにパヴァロッティとドミンゴが集結したことが「三大テノール」誕生のきっかけとなりました。
大自然の風雨や河川の浸食作用によって、長い年月をかけて岩石の中央部がくり抜かれ、まるで人工の橋のようなアーチ状の地形となった世界を代表する3つの巨大な奇岩の総称です。
チェコ共和国のボヘミアン・スイス国立公園にある、ヨーロッパ最大の砂岩の天然橋です。幅約26メートル、高さ約16メートルの巨大なアーチが森の中にそびえ立つ姿は非常に神秘的であり、映画『ナルニア国物語』のロケ地としても使用された絶景スポットです。
アメリカのバージニア州にある、シーダー・クリーク川の浸食によって形成された石灰岩の巨大なアーチです。高さ約66メートルという圧倒的な規模を誇り、かつてはアメリカ独立宣言の起草者であるトーマス・ジェファーソンがこの土地を個人的に所有していたことでも有名です。
日本の広島県庄原市にある帝釈峡(たいしゃくきょう)のハイライトであり、日本一の規模を誇る天然橋です。石灰岩が渓水の浸食によってくり抜かれたもので、全長約90メートル、高さ約40メートルの堂々たる姿は国の天然記念物に指定されています。
現代の世界において、金融、経済、政治、メディア、文化、エンターテインメントなどあらゆる面で絶大な影響力を持ち、グローバル経済の中心的な司令塔として機能する3つの巨大都市です。
アメリカの東海岸に位置する、事実上の「世界の首都」と呼ばれる都市です。ウォール街を抱える世界最大の金融センターであり、国連本部が置かれる国際政治の中心、そしてブロードウェイやタイムズスクエアに代表される世界最高峰の文化とエンターテインメントの発信地です。
イギリスの首都であり、古くから大英帝国の中心として世界を支配した歴史を持ちます。現在でも「シティ・オブ・ロンドン」はニューヨークと並ぶ世界最大の金融センターとして機能しており、英語という言語の優位性を活かし、国際的なビジネス、教育、文化のグローバルハブとなっています。
フランスの首都であり、古くからヨーロッパにおける政治と芸術、ファッションの絶対的な中心地として君臨しています(三大都市を東京とする指標もありますが、歴史的・文化的な総合力でパリが入る事が多いです)。ルーヴル美術館やエッフェル塔など、比類なき文化資本とブランド力を誇る都市です。
世界各国の国立図書館などの中で、蔵書数や歴史的・学術的なコレクションの質が圧倒的に高く、人類の知識の宝庫として機能している3つの巨大な図書館の総称です。
アメリカの首都ワシントンD.C.にある、アメリカ合衆国の事実上の国立図書館です。蔵書数や資料の数は1億6000万点以上と言われ、間違いなく世界最大の規模を誇ります。トマス・ジェファーソンの個人蔵書を基礎として発展し、世界中のあらゆる言語や分野の文献を網羅しています。
イギリスのロンドンにある国立図書館で、大英博物館の図書部門が独立して設立されました。マグナ・カルタ(大憲章)の原本や、レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿、シェイクスピアの直筆原稿など、イギリスのみならず世界の人類の歴史的遺産と言える極めて貴重な資料を多数所蔵しています。
フランスのパリにある国立図書館で、歴代フランス国王の王室文庫を起源とする非常に歴史のある図書館です。現在はフランソワ・ミッテラン館などの近代的な施設を持ち、中世の美しい装飾写本から最新のデジタル資料まで、フランスの文化的記憶をすべて保存する「知の殿堂」です。
イギリスの哲学者フランシス・ベーコンが提唱した、古代から中世の暗黒時代を終わらせ、ヨーロッパのルネサンス(文芸復興)と近代社会の幕開けを決定づけたとされる3つの極めて重要な技術的発明の総称です。
古代中国で発明された方位を知るための磁石の技術が、イスラム世界を経てヨーロッパに伝わり改良されました。これによって船が陸地から離れた外洋でも正確な方角を把握できるようになり、コロンブスやマゼランらによる「大航海時代」の幕開けと、世界の一体化を強力に推し進める原動力となりました。
同じく古代中国で不老不死の薬を研究する過程で偶然発明されたとされる黒色火薬が、ヨーロッパに伝わって銃や大砲などの火器として軍事利用されました。これにより、それまでの剣や弓、堅固な城に依存していた重装の「騎士階級」を没落させ、戦争の形態とヨーロッパの封建社会の構造を根本から破壊しました。
15世紀半ばにドイツのヨハネス・グーテンベルクが実用化した技術です。鉛の活字を組み合わせて印刷機で大量の書物を刷る技術により、それまで修道士の手書き(写本)で非常に高価だった聖書や知識が安価で爆発的に普及し、宗教改革や科学革命、思想の自由を大衆に広める最大の情報革命となりました。
海岸の地形や海流、強い季節風などの条件が重なり、防波堤を越えるほどの巨大で荒れ狂う波(波濤)が日常的に打ち寄せることで有名な、世界の3つの港の総称です。
インドの東海岸(ベンガル湾)に面する港町マドラス(現在のチェンナイ)です。サイクロン(熱帯低気圧)の通り道になりやすく、また遠浅の地形であるため波が巨大化しやすく、非常に激しい高波が海岸線や港湾施設に打ち寄せることで古くから恐れられてきました。
イギリスのスコットランド北端に位置する港町ウィックです。北海と大西洋の荒波を直接受ける厳しい環境にあり、冬の嵐の際には数万トンものコンクリートの防波堤が波の力によって破壊され動かされたという、大自然のすさまじい破壊力を示す記録が残されています。
日本の北海道北西部、日本海に面した留萌港です。特に冬の季節風(シベリア寒気団)が吹き荒れる時期には、数十メートルの高さに達する巨大な波濤(波の花)が防波堤を乗り越えて港に押し寄せ、時には灯台を破壊するほどの猛威を振るう厳しい海域として知られます。
豚のモモ肉を長期間塩漬けにし、乾燥・熟成させることで作られる生ハム(ドライキュアードハム)の中で、世界最高峰の品質と歴史的価値を誇る3つの伝統的な銘柄の総称です。
イタリアのエミリア・ロマーニャ州パルマ近郊で作られる生ハムです(パルマハム)。パルマ産の厳選された豚肉と海塩のみを使用し、特有の乾燥した風に当てて長期間熟成させることで、透き通るような美しいピンク色と、塩分が控えめで甘くまろやかな極上の風味が生まれます。
スペインの山岳地帯で作られる伝統的な生ハムで、「山のハム」を意味します。主に白豚のモモ肉を使用し、皮を剥いで塩漬けにするため、肉の水分が抜けやすく肉質がやや硬めに仕上がります。噛めば噛むほどに凝縮された肉の強い旨味と塩気が広がる、スペインのタパス(小皿料理)に欠かせない逸品です。
中国の浙江省金華市で作られる伝統的なハムです。金華豚と呼ばれる特別な品種の豚のモモ肉を塩漬けにし、天日干しと発酵を繰り返して作られます。西洋の生ハムのようにそのまま食べるのではなく、主に中華料理の極上のスープ(上湯)をとるための出汁の材料や、炒め物の風味付けとして使われます。
クラシック音楽において、独奏ヴァイオリンとオーケストラが競演する協奏曲(コンチェルト)の中で、最も演奏機会が多く、最高傑作とされる作品の総称です。
ベートーヴェンが完成させた唯一のヴァイオリン協奏曲です。独奏ヴァイオリンの超絶技巧を見せつけるだけでなく、オーケストラとの壮大でシンフォニックな対話が特徴であり、古典派協奏曲の最高峰、あるいは「ヴァイオリン協奏曲の王者」と称賛されています。
メンデルスゾーンが作曲した、クラシック音楽の中で最も親しまれているヴァイオリン協奏曲です。冒頭から独奏ヴァイオリンが奏でる哀愁を帯びた旋律はあまりにも有名であり、華やかで美しい構成は「ヴァイオリン協奏曲の女王」とも呼ばれます。
ブラームスが作曲した、非常に重厚で渋い魅力を持つヴァイオリン協奏曲です。オーケストラと独奏楽器が対等にぶつかり合い、技術的にも極めて難易度が高く、演奏者には深い音楽的解釈と圧倒的なスタミナが要求される、ロマン派を代表する大作です。
チャイコフスキーが作曲した名曲で、四大ヴァイオリン協奏曲の一角を担います。作曲当初は「演奏不可能」と酷評されましたが、後に独自のロシア的な哀愁を帯びた美しいメロディと、輝かしくスリリングな超絶技巧が正当に評価され、大人気曲となりました。
地球上の滝の中で、落差、幅、水量の規模が圧倒的に大きく、その大自然の驚異的な迫力と美しさから世界的な観光地となっている3つの巨大な滝の総称です。
アルゼンチンとブラジルの国境にある、世界最大の水量を誇る滝です。大小270以上の滝が連なり、最大落差80m以上、全体の幅は約2.7kmにも及びます。最も水量の多い「悪魔の喉笛」と呼ばれる大瀑布は、轟音とともに水煙を天高く巻き上げ、見る者を圧倒する大自然の驚異です。
ザンビアとジンバブエの国境にあるザンベジ川の滝です。幅約1.7km、落差約108mの大地がスパッと割れたような巨大な裂け目に、川の水が一気に吸い込まれていく様子は圧巻です。現地語で「雷鳴の轟く水煙(モシ・オア・ツンヤ)」と呼ばれ、乾季と雨季で全く異なる表情を見せます。
カナダとアメリカ合衆国の国境にある、世界で最も有名な滝の一つです。落差こそ他の2つに劣りますが、エリー湖からオンタリオ湖へ流れる膨大な水量が、カナダ滝(馬蹄滝)とアメリカ滝からダイナミックに流れ落ちます。観光開発が進んでおり、船で滝壺に近づくツアーが絶大な人気を誇ります。
1970年代後半にイギリスで勃発したパンク・ムーブメントにおいて、音楽シーンや若者文化に最も大きな衝撃と影響を与えた伝説的なロックバンドの総称です。
1976年にロンドンで結成されたパンクバンドです。単なる反体制だけでなく、レゲエやダブ、スカなどの幅広い音楽要素を取り入れた音楽性と、政治的・社会的な強いメッセージ性で絶大な支持を集め、「ロンドン・コーリング」などの歴史的名盤を残しました。
1976年にデビューし、世界のパンク・ムーブメントの最大の火付け役となったバンドです。反王室を歌った「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」などの過激な楽曲と、シド・ヴィシャスらの破滅的な言動は、短い活動期間ながらロックの歴史を永遠に変えました。
1976年にロンドンで結成され、イギリスのパンクバンドとして史上初のシングル(「ニュー・ローズ」)とアルバムをリリースした先駆者です。後年のゴシック・ロックにも多大な影響を与え、スピーディーでアグレッシブな演奏で今なお根強い人気を誇ります。
世界中の博物館や美術館に収蔵されている人類の歴史的遺産の中で、極めて高い芸術的価値と知名度を持ち、奇跡的な発見や歴史的背景から「至宝」と称賛される3つの作品です。
1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーターによって、エジプトの王家の谷でほぼ盗掘を逃れた完全な状態で発見された、古代エジプトの少年王ツタンカーメンのミイラに被せられていた純金製のマスクです。色鮮やかな宝石が象嵌された、古代エジプト美術の最高傑作です。
1820年にギリシャのミロス島で農府によって発見された、古代ギリシャの愛と美の女神アプロディーテー(ヴィーナス)の大理石彫刻です。両腕が欠損していることが逆に想像力をかき立て、完璧なプロポーションと神秘的な美しさを持つ彫刻芸術の最高峰として絶賛されています。
ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた、世界で最も有名で価値のある油彩画です。「スフマート」と呼ばれる輪郭線をぼかす技法で描かれた謎めいた微笑み(アルカイックスマイル)と、背景の幻想的な風景が調和し、西洋美術史の頂点に君臨する永遠の傑作です。
世界中に数ある港湾都市の中で、深く入り組んだ湾の地形と周囲の山々、そして人工的な都市の建造物が絶妙に調和し、息を呑むような美しい景観を作り出している代表的な港の総称です。(※一般的には3つですが、サンフランシスコ等を加えて称されることもあります)
オーストラリア最大の都市シドニーにある、世界最大級の天然の良港です。ヨットの帆のような白く美しい屋根を持つ「オペラハウス」と、巨大な鉄橋「ハーバーブリッジ」が青い海と空に見事に映え、近代的で洗練された都市と美しい海辺のコントラストが世界有数の美しさを誇ります。
イタリア南部の港町で、「ナポリを見て死ね」という諺があるほどの美しさで知られます。青く澄んだ地中海(ティレニア海)の海岸線に沿って広がるカラフルな市街地と、その背後にそびえる雄大なベスビオ火山のシルエットが織りなす牧歌的で絵画のような風景は、古くから多くの人々を魅了してきました。
ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにあるグアナバラ湾一帯の港です。ポン・ヂ・アスーカル(巨大な一枚岩の山)などの奇岩が海から突き出し、コルコバードの丘から巨大なキリスト像が港を見下ろすという、大自然のダイナミズムと都市が見事に融合した特異な美しさは世界文化遺産に登録されています。
アメリカ西海岸のカリフォルニア州にある港です。湾の入り口に架かる深紅の「ゴールデンゲートブリッジ(金門橋)」や、アルカトラズ島、そして起伏の激しい坂道に広がる都市の景観が、しばしば発生する幻想的な霧(サマーフォグ)に包まれる様は、三大美港に並ぶ美しさとして高く評価されています。
中国の香港島と九龍半島の間にあるヴィクトリア・ハーバーです。海峡を行き交うスターフェリーやジャンク船のレトロな風景と、両岸にそびえ立つ超高層ビル群のコントラストが特徴です。特に夜になると、ビル群が一斉にライトアップされる「100万ドルの夜景」は世界屈指の美しい港の光景です。
世界各国で作られる酒類(醸造酒)の中で、原料の風味を極限まで引き出す高度な醸造技術が用いられ、料理との相性が良く、世界中の美食家から高く評価されている3つの名酒の総称です。
ブドウの果汁を発酵させて造る醸造酒です。原料となるブドウの品種や、土壌・気候(テロワール)、そして生産者の技術によって、赤、白、ロゼ、スパークリングなど無限の味わいを生み出します。食事と合わせる(マリアージュ)文化とともに、ヨーロッパを中心に世界中で発展してきました。
米と米麹、水を原料とし、世界でも極めて複雑で高度な「並行複発酵」という技術を用いて造られる日本の伝統的なお酒です。特に精米歩合を高めて低温でじっくりと発酵させた「純米吟醸酒」や「大吟醸酒」は、フルーツや花のような華やかな吟醸香と、米本来の繊細な旨味を持つ芸術品です。
中国の浙江省紹興市で作られる、もち米と麦麹を原料とした黄酒(醸造酒)の一種です。甕(かめ)に入れて何年も(時には何十年も)長期熟成させることで、琥珀色に色づき、アミノ酸の深い旨味と芳醇で複雑な香りが生まれます。中華料理の濃厚な脂や味付けを見事に引き立てる美酒です。
世界中に数ある美術館の中で、古代から近現代に至るまでの収蔵品の数が桁違いに多く、質も人類の至宝と呼ぶにふさわしい最高峰のコレクションを誇る3つの巨大な美術館の総称です。
アメリカのニューヨーク・マンハッタンにある世界最大級の美術館です。王室のコレクションを基礎とせず、民間からの寄付によって設立されたのが特徴です。古代エジプトの神殿からアメリカ現代美術まで、約300万点にも及ぶ人類のあらゆる時代の芸術を網羅しています。
フランスのパリにある、歴代フランス国王の宮殿(ルーヴル宮殿)を利用した国立美術館です。「モナ・リザ」や「ミロのヴィーナス」「サモトラケのニケ」など、世界で最も有名で価値のある芸術作品を多数所蔵しており、年間来場者数も世界一を誇る美術の殿堂です。
ロシアのサンクトペテルブルクにある、かつてのロシア帝国ロマノフ王朝の宮殿(冬宮殿など)を利用した国立美術館です。エカチェリーナ2世のプライベートコレクションから始まり、ダ・ヴィンチやレンブラントの名画など約300万点を所蔵する、非常に豪華絢爛な美術館です。
世界の歴史や神話において、その圧倒的な美貌と魅力により、一国の最高権力者や歴史そのものを動かしたとされる、洋の東西を代表する美しい女性たちの総称です。
古代エジプトの女王です。知性と美貌、そして類稀なる外交手腕を兼ね備え、ジュリアス・シーザー(カエサル)やマルクス・アントニウスといったローマの最高権力者たちを魅了しました。最後はローマとの戦いに敗れ、コブラに胸を噛ませて自害したと伝えられます。
中国・唐代の玄宗皇帝の寵妃で、「傾国の美女」の代名詞です。玄宗皇帝が彼女の美しさに溺れて政治をおろそかにしたことが、唐の国力を揺るがす大反乱「安史の乱」を引き起こす最大の原因となりました。最期は不満を持つ兵士たちを鎮めるために首を吊って悲劇的な死を遂げました。
ギリシア神話に登場する最高神ゼウスの娘であり、人間界で最も美しいとされた女性です。彼女がトロイアの王子パリスに魅了されて連れ去られた(あるいは駆け落ちした)ことが引き金となり、古代ギリシャの英雄たちが総出で戦った10年間に及ぶ伝説的な「トロイア戦争」が勃発しました。
日本の平安時代初期の女流歌人で、六歌仙の一人です。日本国内においては「クレオパトラ・楊貴妃・小野小町」が世界三大美女として定着しています。「花の色はうつりにけりないたづらに…」の和歌に代表されるように、優れた才能と数々の浮名流す伝説を後世に残しました。
西洋のクラシック音楽の歴史とともに歩み、最高級の素材と熟練の職人技によって、世界中の有名ピアニストや主要なコンサートホールで圧倒的に支持されている3つの至高のピアノブランドの総称です。
ドイツからの移民がアメリカ・ニューヨークで創業(現在はハンブルクにも拠点)した、世界中のコンサートホールの9割以上で導入されている圧倒的なトップブランドです。輝かしくパワフルな音色と、どんなに大きなホールでも隅々まで響き渡る圧倒的な音量(遠達性)を誇ります。
オーストリアのウィーンで創業した歴史あるメーカーで、「至福の音色」と称賛されます。低音域の鍵盤を標準の88鍵より増やした「インペリアル(97鍵)」モデルが有名です。楽器全体を共鳴箱のように響かせる独自の製法による、深く温かみのあるウッディな音色が特徴で、現在はヤマハの傘下にあります。
ドイツのベルリンで創業した名門メーカーです。フランツ・リストやクロード・ドビュッシーといった歴史的な大作曲家たちから熱狂的に愛されました。一音一音が濁ることなくクリアに分離して立ち上がる透明感と、オーケストラのような多彩な音色を表現できる繊細な響きが最大の特徴です。
世界のファッション業界において、トレンド(流行)の発信地として巨大な影響力を持ち、毎年大規模なコレクション(ファッションウィーク)が開催される代表的な都市の総称です。
アメリカ最大の都市であり、世界四大ファッション・ウィークの先陣を切る都市です。ラルフ・ローレンやカルバン・クラインなどに代表されるように、ビジネスや都会的なライフスタイルに即した、実用的でスポーティ、かつ商業的に洗練された「リアルクローズ」を発信する強みを持っています。
イギリスの首都であり、伝統的なテーラリング(紳士服の仕立て)の歴史を持つ一方で、1960年代のスウィンギング・ロンドンや70年代のパンクなど、若者のサブカルチャーから生まれる前衛的(アバンギャルド)で反逆的なストリートファッションを常に世界へと発信し続ける刺激的な都市です。
アジア有数の国際都市であり、長きにわたり西洋と東洋の文化が交差する結節点として機能してきました。ラグジュアリーブランドのアジア市場への巨大なショーケースであり、独自の活気あるストリートスタイルも混在する、アジアにおける重要なファッションのハブ都市の一つです。
ファッションの世界的な最高峰であり、「モードの都」として君臨しています。シャネルやディオールなどの高級注文服(オートクチュール)の伝統を持ち、芸術的でエレガントな最高のクリエイションが集結する、ファッション界で最も権威のある絶対的な中心地です。
イタリアの経済中心地であり、アルマーニやプラダなどに代表されるラグジュアリーブランドの本拠地です。イタリア全土の最高級の素材(皮革やテキスタイル)と、熟練の職人技(アルティザン)に裏打ちされた、セクシーでゴージャスなファッションを世界に発信しています。
牛乳や羊乳を原料とし、内部に青カビを繁殖させて熟成させる「ブルーチーズ」の中で、特有の強い刺激臭と濃厚な旨味を持ち、世界中で愛されている3つの銘柄の総称です。
イタリアのロンバルディア州などで作られる、牛乳を原料としたブルーチーズです。青カビが少なく甘みのあるクリーミーな「ドルチェ」と、青カビが多めでピリッとした辛味のある「ピカンテ」の2種類があり、パスタやリゾットのソースなど料理にも非常に使いやすいことで人気です。
フランス南部のロックフォール・シュル・スールゾン村で作られる、羊の乳を原料としたブルーチーズです。コンバルー山の天然の洞窟で熟成させることが法律(AOC)で厳格に義務付けられています。羊乳特有の濃厚なコクと、青カビのシャープで強烈な刺激が特徴で、「ブルーチーズの王様」と呼ばれます。
イギリスで作られる牛乳を原料としたブルーチーズで、円筒形で作られるのが特徴です。水分が少なめでホロホロと崩れやすい組織を持ち、ナッツのような芳醇な香りと、穏やかながらも深いコクと塩味のバランスが絶妙です。エリザベス女王が愛したチーズとしても知られ、ポートワインと合わせるのが伝統的です。
世界文学の歴史において、人間の本質や普遍的なテーマを極めて高い芸術性をもって描き出し、時代や国境を越えて人類の精神文化に絶大な影響を与え続けている3人の偉大な文学者の総称です。
16世紀末から17世紀初頭のイギリス・ルネサンス演劇を代表する、世界最高の劇作家・詩人です。『ハムレット』『マクベス』『ロミオとジュリエット』など、人間の愛憎、嫉妬、権力欲などの複雑な心理を鮮やかなセリフ回しで描き出した彼の戯曲は、現在でも世界中で最も多く上演され続けています。
13世紀から14世紀のイタリアを代表する詩人・哲学者です。最大の傑作である叙事詩『神曲』(地獄篇・煉獄篇・天国篇)は、中世のキリスト教的な世界観と哲学、古代神話の要素を壮大なスケールで統合したものであり、イタリア語の基礎を築くとともに、ルネサンスへの架け橋となった西洋文学の金字塔です。
18世紀から19世紀のドイツを代表する詩人・小説家であり、政治家や自然科学者としての顔も持つ万能の天才です。『若きウェルテルの悩み』でヨーロッパ中に嵐を巻き起こし、生涯をかけて完成させた戯曲『ファウスト』では、人間の果てしない欲望と救済という壮大なテーマを描き切り、近代文学の最高峰とされています。
1980年代までの世界のプロレス界(特に北米)において、権威と影響力を持ち、日本のプロレスファンからも世界最高峰のベルトとして憧れの的であった3つのチャンピオン王座の総称です。
全米のプロレスプロモーターの連合体であるNWAが認定していた、プロレス界で最も歴史と権威のあるタイトルです。ルー・テーズやハーリー・レイス、リック・フレアーといった本物の実力者がベルトを巻き、世界各地のテリトリーを巡業して防衛戦を行う真の世界チャンピオンでした。
バーン・ガニアが設立したAWAが認定していたタイトルです。NWAに対抗する巨大な勢力としてアメリカ中西部から北部を拠点に権威を誇りました。ニック・ボックウィンクルなどの名レスラーが君臨し、日本のプロレス団体(全日本プロレスなど)とも深い関係を築いて数々の名勝負を生み出しました。
ニューヨークを中心とするWWF(現在のWWE)が認定していたタイトルです。ブルーノ・サンマルチノやハルク・ホーガンらが長期間チャンピオンとして君臨し、後にビンス・マクマホン・ジュニアの強力な推進力によって全米を制覇し、プロレスを世界的な「スポーツエンターテインメント」へと押し上げました。
人類の文明の歴史において、国家の統治、市民社会の権利義務、裁判の基準などを体系的に明文化し、後世の世界各国の法制度に決定的な影響を与えた3つの偉大な法典の総称です。
紀元前18世紀頃、バビロン第1王朝のハンムラビ王が発布した世界最古級の成文法典です。「目には目を、歯には歯を」のフレーズで知られる同害報復の原則が有名ですが、身分による刑罰の差や、当時の最先端の商業、家族、労働のルールを記した貴重な史料です。
6世紀に東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌス1世が、古代ローマ法以来の膨大な法学者の学説や勅法を体系的に編纂させた法典の集大成です。この法大全は中世ヨーロッパで再発見され、近世・近代のヨーロッパ大陸法(フランス法やドイツ法)の発展の直接的な基盤となりました。
1804年にナポレオンによって制定された民法典です。私有財産の不可侵、法の前の平等、信仰の自由、契約の自由など、フランス革命の成果を法律に明文化したものであり、近代市民社会の法の絶対的な規範として、日本民法を含む世界各国の近代法の基礎となりました。
アルプス山脈において、日照が少なく氷と雪に覆われた切り立った険しい垂直の絶壁(北壁)のうち、登頂が極めて困難であり、多くの登山家の命を奪いながらも挑戦者を引きつけてやまない3つの岩壁の総称です。
スイスのベルナーアルプスにあるアイガーの北壁です。標高差約1,800mの切り立った岩壁は、常に日陰で極寒であり、急激な天候変化と絶え間ない落石がアルピニストを襲います。三大北壁の中で最も困難とされ、登頂に成功するまでに数多くの命が失われたことから「死の壁」と恐れられています。
スイスとイタリアの国境に位置し、天を突くピラミッドのような孤高の美しい姿で知られるマッターホルンの北壁です。標高4478mの山頂に向かってそびえ立つ標高差約1200mの絶壁は、硬い岩盤と厳しい気象条件に阻まれ、1931年にシュミット兄弟が初登頂を果たすまで難攻不落とされていました。
フランスとイタリアの国境、モンブラン山塊にあるグランド・ジョラスの北壁です。約1,200mの標高差を持つ垂直の岩壁で、ウォーカー側の絶壁などはルートが非常に長く、高度なロッククライミング技術と過酷なビバーク(岩壁での露営)が要求される、真のアルピニストのみが挑む領域です。
風水都市としての深い歴史、あるいは西洋と東洋の文化が入り交じり、光と影のコントラストが強く、人を惹きつけてやまない妖しくも魅惑的な雰囲気を持つ3つの都市の総称です。
イギリスの首都ロンドンは、産業革命によって急速に発展した一方で、霧に包まれた薄暗い路地や切り裂きジャックなどの犯罪のイメージ、さらにはオカルトやゴシックホラーの舞台としての「ダークな側面」を色濃く持つことから、魅惑的な魔都として描かれます。
日本の京都は、四神相応の風水に基づいて設計された千年の都であり、華やかな貴族文化の裏で、百鬼夜行や陰陽師、怨霊伝説といった魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈するオカルト的な伝承を数多く持つ、神秘的で魔術的な魅力にあふれた古都です。
中国の上海は、1920年代から30年代にかけて列強諸国の「租界(外国人居留地)」が置かれ、「東洋のパリ」と呼ばれるほど華やかに繁栄しました。一方でマフィアが暗躍し、富と貧困、東洋と西洋の文化がカオスに入り交じる妖しく危険な香りのする魔都として知られました。
レストランの評価を星の数で表す世界的権威「ミシュランガイド」において、星を獲得した飲食店の総数が世界の都市の中で上位を独占している、日本の3大美食都市の総称です。
ミシュランガイドにおいて、三つ星、二つ星、一つ星を獲得したレストランの総数が、本場フランスのパリを大きく引き離して長年にわたり「世界第1位」を独走している世界最高の美食都市です。最高峰の江戸前寿司やフレンチから、星を獲得するラーメン店まで、食の多様性と質の高さは圧倒的です。
東京、パリに次いで、あるいは世界トップクラスの星の数を誇る日本の古都です。何百年も続く老舗の料亭や、洗練された技術と美意識で四季を表現する「京料理(懐石料理・割烹)」の店が数多く星を獲得しており、日本の伝統的な食文化の最高峰が集積する都市として世界的な評価を得ています。
「食い倒れの街」として知られる大阪も、ミシュランガイドで世界トップクラスの星の数を獲得しています。高級フレンチや日本料理の名店はもちろんのこと、たこ焼きや串カツなどの大衆食(ビブグルマン)に至るまで、安くて美味しいものを徹底的に追求する大阪独自の食文化のレベルの高さが証明されています。
世界中で産出される木材の中で、木目の美しさ、色合い、耐久性、加工性の良さが極めて優れており、古くから高級家具や楽器、内装材として最高級品として珍重されてきた3つの樹種の総称です。
主に北米(ブラックウォールナット)などで産出されるクルミ科の広葉樹です。重厚感のある深い焦げ茶色(紫褐色)と、滑らかで不規則な美しい木目が特徴です。衝撃に強く、狂いや反りが少ないため、高級家具やグランドピアノ、ライフルの銃床などに使われる、モダンで非常に人気の高い木材です。
東南アジア(ミャンマーやインドネシアなど)を原産とする広葉樹です。木材に天然の良質な油分(タール)を豊富に含んでいるため、水や湿気、虫の害に極めて強く、腐りにくいという最強の耐久性を持ちます。そのため、豪華客船の甲板(デッキ)や高級屋外家具、最高級の内装材として重宝されています。
中南米(ホンジュラスなど)原産の広葉樹で、「黄金の木」とも称されます。光の当たり方で縞模様が輝いて見える「リボン杢」という美しい木目と、赤褐色で上品な色合いが特徴です。軽量で加工しやすく、乾燥後の狂いも少ないため、ヨーロッパの宮廷家具や高級ギター、バイオリンの材料として歴史的に珍重されてきました。
複数の巨大な都市圏(大都市)が交通網で繋がり、帯状に連なって一つの極めて広大な都市集積地帯を形成している、世界の3つの代表的な超巨大都市帯の総称です。
アメリカ東海岸の、北はボストンからニューヨーク、フィラデルフィア、ボルティモアを経て、南のワシントンD.C.に至る全長約1000kmの都市帯です。アメリカの政治、経済、情報の中枢がこの帯状の地域に完全に集中しており、世界最大のメガロポリスを形成しています。
日本の関東地方から九州北部にかけて、太平洋や瀬戸内海の沿岸に沿って連なる巨大な都市帯です。特に東京から名古屋、大阪を結ぶ「東海道メガロポリス」は、新幹線などの高速交通網で緊密に結ばれており、日本の人口と産業の大部分が集中する心臓部です。
ヨーロッパにおいて、イギリスのロンドンからライン川沿いのドイツ、スイスを経てイタリア北部(ミラノ)に至る、三日月型(バナナ型)に曲がった都市と産業の密集地帯です。宇宙から見ると青く光って見えることから名付けられ、EU経済の強固な背骨として機能しています。
世界の自動車メーカーが最新の市販車や未来のコンセプトカーを発表し、世界の自動車産業のトレンドを決定づける3つの最も権威ある国際自動車展示会の総称です。
日本自動車工業会が主催し、幕張メッセや東京ビッグサイトで開催されてきた国際モーターショーです。ハイブリッド車やEV、燃料電池車など、日本の得意とする最新の環境技術や先進的なコンセプトカーが世界に向けて発表される重要な舞台です。
ドイツのフランクフルトで隔年開催されてきた(現在はミュンヘン等へ移行)、世界最大規模の自動車展示会です。メルセデス・ベンツやBMW、フォルクスワーゲンなど、地元ドイツの巨大自動車メーカーが威信を懸けて巨大なパビリオンを設営し、圧倒的なスケールで新車を発表します。
アメリカの自動車産業の中心地であるミシガン州デトロイトで開催される歴史あるモーターショーです。GM、フォード、クライスラー(ビッグスリー)のお膝元であり、北米市場向けの大型車やピックアップトラック、最新のスポーツカーなどが華々しく発表されます。
世界中の都市の中で、海や湾を囲む地形と、傾斜地に密集する都市の明かりが融合し、展望台から見下ろした際の夜景が圧倒的に美しく、世界的にも高い評価を受けている代表的な都市の総称です。
イタリア南部の港町ナポリの夜景です。ポジリポの丘などから見下ろすと、弓なりに弧を描く海岸線に沿ってオレンジ色に温かく輝く街の灯りが広がり、月明かりに照らされたベスビオ火山の黒いシルエットが背後に浮かび上がるという、ロマンチックで情緒あふれる美しさを持っています。
日本の北海道函館市にある函館山(標高334m)から見下ろす夜景です。函館港と津軽海峡に挟まれた独特の「くびれた扇形」の地形が最大の特徴であり、漆黒の海との境界線がくっきりと浮かび上がります。街のあたたかな光とイカ釣り漁船の漁火が織りなす「100万ドルの夜景」の代名詞です。
中国・香港のヴィクトリア・ピークから見下ろす夜景です。ヴィクトリア・ハーバーを挟んで、香港島と九龍半島にひしめき合う超高層ビル群の窓明かりやネオンサインが、圧倒的な光量と密度で迫ってくる大パノラマです。東洋と西洋の活気が入り交じる、世界有数のダイナミックな夜景です。
アメリカのニューヨーク・マンハッタンの夜景です。エンパイア・ステート・ビルやトップ・オブ・ザ・ロックなどの超高層ビル群の展望台から見下ろすと、碁盤の目のように整然と光り輝く街路と、無数の摩天楼の窓明かりが織りなす、資本主義の中心地を象徴する圧倒的なエネルギーと宝石箱のような輝きを楽しめます。
アメリカ西海岸のロサンゼルスの夜景です。映画『ラ・ラ・ランド』の舞台にもなったグリフィス天文台などから見下ろす景色が有名です。東京や香港のような高層ビルの立体的な夜景とは異なり、広大な平野の地平線の彼方まで、街の光の絨毯が無限に広がっていくような、スケールの大きな美しさが特徴です。
第二次世界大戦の開戦から終結にかけて、圧倒的な兵力、優れた戦車や火砲、または強靭な精神力によって陸上戦闘において世界最強クラスの力を見せつけた3つの国の陸軍組織です。
当時のソビエト連邦が保有していた巨大な陸軍(赤軍)です。緒戦ではドイツ軍に大敗を喫しましたが、広大な国土と「冬将軍」を味方につけ、無尽蔵の兵力とT-34などの優秀な戦車を大量生産して反撃に転じ、数千万人の犠牲を払いながらもナチス・ドイツを単独で打ち破るほどの強大な軍隊となりました。
ナチス・ドイツが誇った、当時世界最高の質と戦術を持っていた陸軍です。戦車と急降下爆撃機を組み合わせた「電撃戦」という画期的な戦術で、ヨーロッパ諸国を瞬く間に制圧しました。ティーガーやパンターなどの高性能な重戦車を擁し、連合国軍に最後まで多大な出血を強いました。
明治維新以降、ドイツ式の軍制を取り入れて近代化し、日清・日露戦争を経てアジア最強となった陸軍です。物量や機械化では欧米に劣りましたが、過酷な訓練による極めて高い規律、夜襲や銃剣による白兵突撃、そして「玉砕」に代表される絶対的な精神力で太平洋の島々で米軍を苦しめました。
地球上の活火山の中で、玄武岩質の非常に粘り気が低くサラサラとしたマグマ(溶岩)を噴出するため、爆発的な噴火ではなく、溶岩が川のように穏やかに流れ出る特徴を持つ代表的な3つの火山の総称です。
アメリカのハワイ島にある、世界で最も活動的な活火山の一つです。マグマの粘り気が極めて低いため、赤い溶岩がドロドロと川のように海へ向かって流れ落ちる様子(ハワイ式噴火)を間近で観察できることで有名であり、ハワイの火の女神・ペレが住む神聖な場所として信仰されています。
イタリアのシチリア島北方にあるエオリア諸島の火山島です。数千年にわたって、数十分から数時間の間隔で小規模なマグマのしぶきを噴き上げる穏やかな噴火(ストロンボリ式噴火)を規則正しく繰り返しており、夜間には赤く光る噴煙が遠くから見えるため「地中海の灯台」と呼ばれています。
日本の東京都伊豆大島の中央にそびえる活火山です。日本の火山の多くは粘り気の強い安山岩〜デイサイト質ですが、三原山は珍しく粘り気の低い玄武岩質マグマを噴出します。1986年の大噴火の際には、流れ出た溶岩流が市街地に迫り、全島民が一斉に島外へ避難した歴史があります。
世界の古代文明において、王や皇帝などの絶対的な権力者を埋葬するために造営された、建造物・遺跡としての面積や体積が桁違いに巨大な3つの墓の総称です。
エジプトのギザにある、古代エジプト第4王朝のクフ王の墓とされる巨大な四角錐の建造物(大ピラミッド)です。完成時の高さは約146メートルにも及び、数千年にわたって世界で最も高い建造物でした。その正確な石積み技術は現代の科学でも完全には解明されていない古代のミステリーです。
中国の陝西省西安市にある、中国大陸を初めて統一した秦の始皇帝の巨大な陵墓です。広大な地下宮殿が造営され、その周囲には始皇帝を守るために作られた実物大の兵士や馬の陶器の像「兵馬俑(へいばよう)」が数千体も埋められており、古代中国の圧倒的な権力を今に伝えています。
日本の大阪府堺市にある、第16代仁徳天皇の陵墓とされる日本最大の前方後円墳です。墳丘の全長は約486メートルで、三重の濠を含めた総面積においてはピラミッドや始皇帝陵をしのぐ世界最大級の広さを誇ります。鍵穴型の美しい形状は古代日本の大王の権力の象徴です。
長い歴史の中で宮廷料理などを通じて高度に洗練され、多彩な調理法や豊富な食材を持ち、世界中の食文化に多大な影響を与えてきた3つの国の料理の総称です。
四千年の歴史と広大な国土、気候の違いから生み出された多種多様な食材と調理法(炒める、揚げる、蒸すなど)を持つ料理です。「医食同源」の思想に基づき、北京、上海、四川、広東の四大菜系をはじめ、世界中に華僑によって広まり最も身近に親しまれています。
イタリアのメディチ家から伝わった技術をベースに、ブルボン朝などの宮廷文化の中で極限まで洗練された西洋料理の最高峰です。バターやクリーム、出汁(フォン)を使った複雑で芸術的な「ソース」が特徴であり、ミシュランガイドなど現代の美食の絶対的な基準となっています。
ヨーロッパとアジアの十字路である地理的条件と、強大なオスマン帝国の宮廷で洗練された食文化です。羊肉を使ったケバブや、ヨーグルト、オリーブオイル、豊かなスパイスを多用し、ピラフ(ピラウ)やロールキャベツなどの起源とも言われる多様性に富んだ料理です。
中世から前近代の時代において、命がけで未知の大陸や国々を旅した人物によって著され、当時のアジアや世界の地理、風俗、政治状況を伝える第一級の歴史史料となった3つの有名な旅行記の総称です。
唐の僧侶である玄奘(三蔵法師)が、仏教の聖典を求めてインドへ旅した17年間に及ぶ見聞を、太宗皇帝の命によって編集した地理・旅行記です。中央アジアからインドに至る138カ国の風土、宗教、政治が極めて正確に記録されており、のちの『西遊記』のモデルとなりました。
ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロが、アジア(モンゴル帝国・元)を訪れ、皇帝クビライ・ハンに仕えた24年間の旅の体験を口述筆記させた旅行記です。黄金の国ジパング(日本)の伝説などが紹介され、中世ヨーロッパ人の大航海時代への冒険心を激しくかきたてました。
日本の平安時代の僧侶・円仁(慈覚大師)が、遣唐使とともに唐へ渡り、9年間にわたって仏教の教えを求めて各地を巡礼した旅を克明に記録した日記です。当時の唐の政治、社会、生活、そして武宗による仏教弾圧(会昌の廃仏)の様子が生々しく記録された、世界的な超一級史料です。
キリスト教(カトリック)の死者のためのミサ曲(鎮魂歌)の中で、音楽的な美しさと劇的な表現が極まり、現在でも世界中のコンサートホールで頻繁に演奏される3つの最高傑作の総称です。
W.A.モーツァルトが死の直前に作曲に取り掛かり、完成を見ずにこの世を去った絶筆(未完の傑作)です。謎の使者から作曲依頼を受けたという逸話とともに、死の恐怖と神への祈りが交錯する深く悲痛な旋律は、弟子のジュスマイヤーらによって補筆完成され、人類の至宝として歌い継がれています。
イタリア・オペラの巨匠であるG.ヴェルディが、文豪マンゾーニの死を悼んで作曲したレクイエムです。「怒りの日(ディエス・イレ)」における、大太鼓と合唱が天地を揺るがすような恐ろしくも大迫力の音響をはじめ、まるでドラマチックなオペラ作品のような壮大なスケールと情熱に満ちた傑作です。
フランスの作曲家G.フォーレが作曲したレクイエムです。他のレクイエムにあるような「死の恐怖」や「最後の審判の恐ろしさ」を強調する部分を意図的に外し、死を「永遠の安息への喜ばしい解放」として捉え、全編を通して優しく包み込むような天国的な美しさと安らぎに満ちた、極めて静謐な名曲です。
世界のモータースポーツ(四輪レース)において、最も長い歴史と伝統を持ち、ドライバーにとってこのレースで優勝することが究極の栄誉とされる3つの特別な大レースの総称です。
アメリカのインディアナポリス・モーター・スピードウェイで毎年5月に開催される歴史あるオーバル(楕円)コースのレースです。観客動員数は約30万人を超え、平均時速350km以上で至近距離のバトルを繰り広げる、世界で最も危険でエキサイティングな大レースです。
F1世界選手権の一戦として、モナコ公国のモンテカルロ市街地の公道を封鎖して行われる最も華やかなレースです。コース幅が極端に狭く、ガードレールが迫る過酷なレイアウトのため「モナコでの1勝は他のレースの3勝に値する」と言われるほどドライバーの腕が試されます。
フランスのル・マン市近郊のサルト・サーキットで毎年6月に開催される、世界で最も有名な耐久レースです。3人のドライバーが交代しながら、昼夜を問わず24時間連続で走り続け、その走行距離を競います。自動車メーカーの技術力と耐久性が極限まで試される舞台です。
1960年代にイギリスで結成されて以来、世界のポピュラー音楽の歴史を根底から変革し、現在に至るまで計り知れない影響力を持ち続ける3つの伝説的なロックバンドの総称です。
ジョン・レノンやポール・マッカートニーらが1962年にデビューし、わずか8年の活動期間で世界中を熱狂(ビートルマニア)させた史上最大のロックバンドです。美しいメロディ、画期的なコード進行、スタジオ録音技術の革新など、現代のポップ・ミュージックのあらゆる基礎を築き上げた絶対的な頂点です。
ミック・ジャガーとキース・リチャーズを中心に1962年に結成され、現在も第一線で活動を続ける「世界最高のロックンロール・バンド」です。ブルースをルーツにした粘り気のある骨太なサウンドと、反逆的でセクシーな不良っぽさで、ビートルズの対極の魅力としてロックのもう一つの王道を確立しました。
ジミー・ペイジを中心に1968年に結成されたバンドです。ヘヴィなギターリフ、ロバート・プラントの金切り声、ジョン・ボーナムの重戦車のようなドラムが奇跡的に融合し、ハードロックやヘヴィメタルの原点を作り上げました。アルバムのトータルセールスで世界記録を持つ、圧倒的なスケールを誇るバンドです。