平安時代初期において、中国の唐の優れた書風(王羲之や顔真卿など)を深く吸収し、日本独自の新しい書の基礎を築いた、極めて書道に秀でた3人の達人の総称です。
平安京の基礎を固めた第52代天皇であり、漢詩文や書を愛好し、宮廷における唐風文化の隆盛を強力に推し進めました。空海らとも親交が深く、残された『光定戒牒(こうじょうかいちょう)』などの書には、堂々とした力強さと天皇としての気品あふれる筆致が表現されています。
真言宗を開いた平安時代を代表する天才仏教者であり、「弘法筆を選ばず」の諺で知られる書の絶対的な天才です。遣唐使として中国で最新の書や密教を学び、『風信帖(ふうしんじょう)』などに代表される、変幻自在でダイナミック、かつ芸術性の極めて高い書体を数多く残しました。
空海や最澄とともに遣唐使として中国へ渡った平安時代初期の貴族です。唐で書の技術を高く評価され「橘秀才」と呼ばれました。残された確実な真筆は少ないものの、『伊都内親王願文(いとないしんのうがんもん)』の筆者と推定されており、力強さと躍動感に満ちた優れた書風を伝えています。