⚖️ 三中老 さんちゅうろう

安土桃山時代において、豊臣秀吉の死後に政権の運営を担った「五大老」と「五奉行」の間で意見が対立した際に、その仲裁や調整を行うために置かれたとされる3人の大名の総称です。

  • ⚖️ 生駒親正(いこま ちかまさ) いこまちかまさ 讃岐国高松城主

    豊臣秀吉の古くからの家臣で、四国の讃岐国に広大な領地を与えられていました。温厚な性格で知られ、三中老の一人として五大老(徳川家康など)と五奉行(石田三成など)の間の対立を調停する役割を期待されましたが、関ヶ原の戦いでは西軍に属し苦境に立たされました。

  • 🕊️ 堀尾吉晴(ほりお よしはる) ほりおよしはる 遠江国浜松城主

    秀吉の若い頃からの側近であり、「仏の茂助」と呼ばれるほど温和で誠実な人柄で人望が厚かった武将です。中老として豊臣政権の崩壊を防ぐために奔走しましたが、関ヶ原の戦いの直前に襲撃を受けて重傷を負い、本戦には参加できませんでした(息子が東軍に参加)。

  • 🏯 中村一氏(なかむら かずうじ) なかむらかずうじ 駿河国府中城主

    秀吉の家臣として、鉄砲隊などを率いて数々の武功を挙げた武将です。駿河国の要衝を任され、三中老に名を連ねました。関ヶ原の戦いの際には徳川家康(東軍)への合流を決めましたが、合戦の直前に病死してしまったため、実際に調停役として活躍することは少なかったとされます。

スポンサーリンク