江戸幕府の第11代将軍・徳川家斉のもとで老中首座となった松平定信を支え、「寛政の改革」という厳格な幕政改革を協力して推し進めた3人の重要人物の総称です。
白河藩主であり、田沼意次の後を受けて老中首座に就任しました。天明の飢饉で疲弊した幕府財政と乱れた社会風紀を立て直すため、祖父である徳川吉宗の享保の改革を理想とし、極めて厳格な「寛政の改革」を断行した中心人物です。
陸奥国泉藩の藩主で、老中として松平定信の改革を強力に補佐しました。財政再建や農村復興の政策立案に深く関与し、特に経済面での手腕を発揮しました。定信が将軍の父の処遇を巡る「尊号一件」で対立して失脚した際にも、共に幕府を去るという忠義を見せました。
伊勢国八橋藩(のちの三河国八橋藩)の藩主で、若年寄として松平定信を支えました。定信とは個人的にも親交が深く、学問を重んじる思想を共有していました。文武の奨励や風紀の引き締めなど、定信の理想とする政治の実現に向けて実務面で多大な貢献をしました。