日本の歴史上、主君や親の無念を晴らすために行われた数多くの「仇討ち(敵討ち)」の中で、そのドラマ性から歌舞伎や浄瑠璃の題材となり、庶民から絶大な人気を集めた3つの事件です。
1702年(元禄15年)、赤穂藩の旧家臣である大石内蔵助ら四十七士が、主君・浅野内匠頭の仇である吉良上野介の屋敷に討ち入り、本懐を遂げた事件です。『仮名手本忠臣蔵』として芝居化され、武士の忠義の象徴として日本で最も有名な仇討ち物語となりました。
1634年(寛永11年)、渡辺数馬が義兄である剣豪・荒木又右衛門の助太刀を得て、弟の仇である河合又五郎を伊賀国上野で討ち取った事件です。荒木又右衛門が「三十六人斬り」という超人的な活躍をしたという誇張された伝説が広まり、講談などで大人気を博しました。
1193年(建久4年)、曾我十郎・五郎の兄弟が、父の仇である工藤祐経を富士の巻狩りの際に討ち取った事件です。見事に仇を討ちながらも悲劇的な最期を遂げた兄弟の物語は「曾我物語」として語り継がれ、武士の鑑として後世の能や歌舞伎の重要な題材となりました。