明治時代以降から第二次世界大戦の戦前期にかけて、焼失した京の大仏に代わり、日本を代表する三大仏の一つとして数えられた大仏を含む総称です。
奈良時代から日本の国家鎮護の象徴として圧倒的な存在感を放つ東大寺の盧舎那仏です。戦前期においても、修学旅行生や国内外の観光客が必ず訪れる日本の最高峰の仏教美術および信仰の中心であり、大仏といえば奈良という確固たる地位を維持し続けていました。
鎌倉の露座の大仏として親しまれる阿弥陀如来像です。明治時代の廃仏毀釈の嵐を乗り越え、詩人与謝野晶子が「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」と詠んだように、近代以降もその芸術的価値と美しさが多くの文人墨客から高く評価されました。
兵庫県神戸市の能福寺に、明治24年(1891年)に豪商・南条荘兵衛の寄進によって建立された像高約8.5メートルの大仏です。京の大仏が焼失した後、新たな三大仏として親しまれましたが、昭和19年(1944年)に太平洋戦争の金属類回収令によって国に供出され、一度姿を消す悲劇に見舞われました。