1949年(昭和24年)の夏に、日本国有鉄道(国鉄)の人員整理を巡る激しい労働争議のさなかに相次いで発生した、現在も謎が多く残る3つの未解決・怪事件の総称です。
1949年7月5日朝、出勤途中の国鉄の初代総裁・下山定則が突然失踪し、翌日未明に常磐線の線路上で轢死体となって発見された事件です。自殺か他殺かについて警察の捜査や法医学者の見解が真っ向から対立し、GHQの関与を疑う陰謀論も飛び交いましたが、最終的に真相が明らかになることなく迷宮入りしました。
下山事件のわずか10日後、1949年7月15日に中央線の三鷹駅構内で起きた事件です。無人の電車が突然暴走して車止めを突き破り、脱線・転覆して多数の死傷者を出しました。労働組合の組合員らが起訴されましたが、裁判で1人を除く全員が無罪となり、有罪とされた1人も無実を訴え続けたまま獄死するなど、背後関係に深い謎が残されています。
三鷹事件から約1ヶ月後の1949年8月17日、東北本線の松川駅〜金谷川駅間で、線路のレールが故意に外され、旅客列車が脱線・転覆し乗務員が死亡した事件です。当初は労働組合員ら多数が逮捕され死刑判決も出ましたが、弁護団の執念の調査によりアリバイが証明され、最終的に全員の無罪が確定しました。真犯人は現在も不明のままです。