日本の山岳地帯において、地震や豪雨などによって発生した大規模な山体崩壊(地すべりや土砂崩れ)の中で、特に規模が大きく歴史に記録されている3つの場所の総称です。
1858年(安政5年)に発生した飛越地震によって、富山県と長野県の県境にある立山連峰の鳶山(とんびやま)が大規模に崩壊した現象です。この崩壊によって大量の土砂が常願寺川を堰き止めて天然ダムを形成し、その後数回にわたって決壊(土石流)を引き起こしました。富山平野に甚大な被害をもたらし、現在も大規模な砂防工事が続けられています。
1911年(明治44年)に、長野県小谷村にある稗田山(ひえだやま)の北側斜面が、長雨による地下水の増加によって突如として大規模に崩壊した地すべり災害です。崩壊した土砂は浦川を堰き止めて巨大な天然ダムを形成し、それが決壊して姫川の下流域に大洪水をもたらしました。日本の20世紀における最大規模の土砂災害として知られています。
1707年(宝永4年)に発生した日本最大級の地震である宝永地震によって、静岡市の南アルプス南部、大谷嶺(おおやれい)の山体が大規模に崩壊した現象です。日本最大級の崩壊地として現在でも荒々しい山肌がむき出しになっており、崩落した土砂は安倍川を流下して静岡平野を形成する要因の一つとなりました。現在も土砂の流出が続いています。