室町幕府の第8代将軍・足利義政の奥さん(正室)です!自分の息子を次の将軍にするために強引な政治を行い、日本を真っ二つに割る大戦争である`応仁の乱`のキッカケを作った人物として「日本三大悪女」の一人と呼ばれることもあります。しかし、政治に興味をなくした夫の代わりに、天才的なビジネスセンスで関所(料金所)を作ってお金をドンドン稼ぎ、ボロボロになった京都の復興や`室町幕府`の財政を裏からガッチリと支えた、超やり手のスーパーキャリアウーマンでもあったのです!
1440年、代々将軍の奥さんを輩出してきた名門の貴族・日野家に生まれました。16歳の時、`室町幕府`の第8代将軍である足利義政(あしかが よしまさ)と結婚して正室(トップの妻)になります。最初はとても仲の良い夫婦でしたが、なかなか男の子(跡継ぎ)が生まれなかったため、「誰を次の将軍にするか」という問題が、やがて日本中を巻き込む大事件へと発展していくことになります。
夫の足利義政は、政治よりも文化や芸術(のちに`銀閣`を建てる東山文化)が大好きでした。政治のゴタゴタが嫌になった義政は、「男の子も生まれないし、もう将軍を辞めたい!弟の足利義視(あしかが よしみ)に将軍を譲る!」と言い出します。富子は最初は反対しませんでしたが、なんとその直後に、待望の男の子である足利義尚(あしかが よしひさ)が奇跡的に誕生したのです!
「私の可愛い息子を絶対に次の将軍にしたい!」と強く願う富子は、有力な守護大名である山名宗全(やまな そうぜん)に協力を頼みます。一方、将軍になる約束をされていた弟の義視には、細川勝元(ほそかわ かつもと)という別の大名が味方につきました。「義尚チーム」vs「義視チーム」という、幕府を真っ二つに割る最悪の跡継ぎ争いが、ついに火蓋を切ってしまったのです。
1467年、将軍の跡継ぎ争いに大名同士の権力争いも合わさり、ついに京都を舞台にした大戦争`応仁の乱`(おうにんのらん)が勃発します!全国の武士たちが「東軍」と「西軍」に分かれて、なんと11年間もダラダラと戦い続けました。この戦争によって美しい京都の町は燃やされて焼け野原になり、日本は実力で上の者を倒す「下克上(げこくじょう)」の戦国時代へと突入していくことになります。
京都が戦火に包まれる中、なんと富子はお金を貸して利子を取る「高利貸し」のビジネスを始めます!しかも、敵であるはずの西軍の大名にも平気でお金を貸し付け、莫大な利益を上げていました。「戦争でお金が必要な武将たちからガッポリ稼ぐ」という、当時の女性としてはあり得ないほどたくましく、そして計算高い、天才的なビジネスセンスを発揮して幕府の金庫をパンパンに潤していきました。
さらにお金を稼ぐため、京都に入るための7つの主要な道路に「関所(せきしょ:料金所)」を作り、そこを通る商人たちから通行料(税金)を強制的に取り立てました。これには商人や農民たちが「ふざけるな!」と大激怒し、土一揆(つちいっき)を起こして関所を壊そうとします。しかし富子は全く動じず、武力で一揆を鎮圧して、ますます自分の財産を増やし続けていきました。これが「悪女」と呼ばれる理由の一つです。
お金の亡者のように見えますが、実は富子には大きな目的がありました。夫の義政が政治を放棄してお寺(`銀閣`)の建築などにお金を使いまくっていたため、幕府は超ビンボーだったのです!富子は自分が稼いだ莫大なお金を使って、戦争で焼け落ちた天皇の住まい(内裏)をピカピカに立て直したり、お祭り(祇園祭)を復活させたりと、ボロボロになった京都の町の復興と幕府の立て直しに全額をつぎ込みました。
富子の執念と政治力のおかげで、1473年、ついに息子の足利義尚が第9代将軍に就任します!念願を叶えた富子でしたが、義政は完全に政治から引退してしまい、若い義尚をサポートするために、富子が事実上の「将軍の代わり」として幕府の政治を一人で取り仕切るようになります。女性でありながら、日本全国の武士たちに命令を出すトップリーダーとして君臨したのです。
しかし、成長した息子の義尚は「お母さんは口出ししないで!」と富子を煙たがるようになり、親子関係は最悪になってしまいます。さらに悲劇は続き、義尚は自ら軍を率いて戦いに出た先で、病気によりわずか25歳で亡くなってしまいました。人生のすべてを懸けて将軍にした愛する息子を失った富子の悲しみは計り知れず、将軍の権力を守るための彼女の孤独な戦いはさらに苦しいものになっていきました。
息子の死後も、富子は幕府を守るために次の将軍選びに奔走しますが、1496年に57歳でこの世を去りました。「戦争を引き起こした金の亡者」「日本三大悪女」と長年批判されてきましたが、最近の歴史研究では「夫がニート状態の中で、一人で幕府の財政と京都を支え抜いた超優秀なスーパーウーマンだった!」と高く評価し直されています。歴史のピンチを逞しく生き抜いた、強くて賢い女性の姿がそこにあります。