江戸幕府の第8代将軍。前の将軍で家康からの血筋が途絶える大ピンチの中、紀州藩から選ばれたスーパーリーダーです!破産寸前だった幕府を立て直すため、享保の改革と呼ばれる大改革を行いました。自ら木綿の服を着て節約し、農業を盛んにして「米将軍」と呼ばれました。一方で、庶民の声を直接聞く箱を作ったり、無料の病院を建てたりと、人々の生活に寄り添う優しさも持っていました。江戸幕府を復活させた「幕府中興の祖」として、テストに超よく出る名君です!
1684年、和歌山県(紀州藩)の藩主の四男として生まれます。お母さんの身分が低く、将軍や藩主になる予定は全くなかったので、周りの農民や町人たちと触れ合いながらとても自由にのびのびと育ちました。この「一般庶民の気持ちや生活がわかる」という特別な経験が、のちの吉宗の政治にめちゃくちゃ役立ちます!温室育ちの他の将軍たちとは一味違う、野生味あふれるたくましい若者の誕生です。ここから彼の大逆転劇が始まります!
お兄ちゃんたちが早くに亡くなり、22歳でまさかの紀州藩主に大抜擢されます!しかし、当時の紀州藩は莫大な借金を抱えて倒産寸前でした。そこで吉宗は、豪華な絹の服を捨てて安い木綿の服を着て、自分から進んで質素倹約(ムダづかいをなくすこと)を徹底します。トップ自らが苦労する姿を見せることで、見事に藩の借金をゼロにしてみせました!この素晴らしい手腕が、やがて江戸城の大人たちの耳にも届くことになります。
1716年、幕府に大事件が起きます。幼い第7代将軍の家継が亡くなり、初代・徳川家康から続いていた徳川宗家の血筋が途絶えてしまったのです!幕府が消滅するかもしれない大ピンチの中、親戚である御三家(紀州藩)から、藩を立て直した実績を持つ吉宗が第8代征夷大将軍としてスカウトされました。江戸城に入ってみると、幕府の金庫もスッカラカン状態。ここから、吉宗の日本を救うための大手術が始まります!
将軍になった吉宗は、日本史のテストで絶対に暗記させられる享保の改革(きょうほうのかいかく)をスタートさせます!まずは大奥(女性たちの部屋)で働く人を大幅にリストラしました。そして「将軍の食事は朝と夜の2回だけ。おかずは1汁3菜まで!」と決め、自分自身が誰よりも節約する姿を日本中に見せつけました。武士から庶民まで、全員に「ゼイタクは敵だ!」と我慢をさせ、瀕死の江戸経済を少しずつ蘇らせていきます。
幕府のお金不足を解消するため、1722年に上げ米の制(あげまいのせい)というウルトラCのルールを作ります。これは大名たちに「幕府に米を寄付してくれたら、江戸に住む期間(参勤交代)を半年間にオマケしてあげるよ!」というものでした。さらに新しい田んぼ(新田開発)をどんどん作らせて、米の値段を安定させるために一生懸命走り回ったため、人々は吉宗のことを親しみを込めて「米将軍」と呼ぶようになりました。
ただ節約させるだけではなく、人々に寄り添う優しい仕組みも作りました。お城の前に目安箱(めやすばこ)という意見ボックスを置き、「困っていることや良いアイデアがあれば手紙を入れてね」と庶民に呼びかけたのです。この箱の鍵は将軍の吉宗本人が持っていて、身分の低い町人の手紙でも、一つ残らず自分で読んでチェックしました。トップが直接国民の声を聞いてくれるなんて、当時の庶民たちにとっては夢のような出来事でした!
目安箱に入れられた手紙の中から、素晴らしい奇跡が生まれます!町医者の小川笙船(おがわ しょうせん)から「貧しくて薬が買えない人のための病院を作ってほしい」という直訴が届いたのです。吉宗は「これは良いアイデアだ!」と即座に採用し、小石川養生所(こいしかわようじょうしょ)という無料の病院を建ててあげました。幕府はお金がなくて苦しい時なのに、身分の低い人たちの命を救うために動いた、本当に優しい名君です。
世の中が複雑になると、「あの裁判官は気分で判決を変えるぞ!」という不満が増えてきました。そこで吉宗は、公事方御定書(くじかたおさだめがき)という、法律や刑罰の基準をまとめたマニュアル本を作らせます。「過去の事件を参考にして、誰が裁判官でも同じようにフェアな判決を出しなさい」と決めたのです。えこひいきのない客観的な裁判の仕組みを作ったことで、現代の法律にも通じる画期的なシステムが生まれました!
実用的(役に立つこと)が大好きな吉宗は、海外の知識にも目を向けます。キリスト教に関係ないものであれば、西洋の素晴らしい本(洋書)を輸入して読んでもOKにしました。さらに、天才学者の青木昆陽(あおき こんよう)に命じて、お米がとれない大飢饉の時でも育つ「サツマイモ(甘藷)」の栽培を大成功させます!このおいしいサツマイモのおかげで、その後の災害で何十万人もの命が救われることになりました。
1745年、吉宗は将軍の座を長男の家重にゆずり、大御所(引退したトップ)になります。家重は言葉がうまく話せない障害がありましたが、吉宗は息子の秘めた頭の良さを信じて裏から支え続けました。そして1751年、崩壊寸前だった江戸幕府を見事に復活させた吉宗は、68歳で静かにこの世を去りました。武力や恐怖ではなく、ムダづかいをなくす努力と、思いやりのある政治で日本を救った、歴史にキラキラと輝く大ヒーローです!