塙 保己一 はなわ ほきいち

1746年 - 1821年 江戸時代後期
生没年月日: 延享3年5月5日(1746年6月23日) 〜 文政4年9月12日(1821年10月7日)
出身: 武蔵国(埼玉県本庄市) 国学者、盲目の学者
7歳で失明するという過酷なハンデを背負いながら、常人離れした驚異的な記憶力と凄まじい執念で、日本の歴史的書物を集めた一大エンサイクロペディア『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』を編纂した盲目の超天才学者です!幼い頃に江戸へ出て、盲人が就く一般的な職業であった按摩や鍼灸が上達せず自殺を図るほど絶望しましたが、学問への情熱を燃やし、国学の大家・賀茂真淵に入門。一度耳で聞いた本の内容を絶対に忘れないという超人的な記憶力を発揮し、日本の貴重な文献が失われるのを防ぐため、40年以上の歳月をかけて『群書類従』を完成させました。盲人としての最高位「総検校」にまで上り詰め、幕府の公認を得て「和学講談所」を設立。あの奇跡の人・ヘレン・ケラーも「幼い頃から私の目標でした」と深く尊敬した、世界に誇る不屈の偉人のストーリーです!
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7歳での失明と江戸への旅立ち

1746年、武蔵国(現在の埼玉県本庄市)の農家に生まれました。幼い頃は病弱で、7歳の時に胃腸の病気が原因で視力を完全に失ってしまいます。しかし、「学問をして立派な人になりたい!」という強い志を持ち、15歳で江戸へ出て、盲人の職業組合である当道座(とうどうざ)に入りました。
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才能ゼロ?按摩・鍼灸での挫折と自殺未遂

当時の盲人の主な仕事は、お経を読むことや、按摩(マッサージ)、鍼灸、音楽(三味線や琴)でした。しかし、保己一はどれも全く上達せず、師匠からも愛想を尽かされそうになります。「自分には生きる価値がない」と絶望し、なんと井戸に飛び込んで自殺を図りましたが、間一髪で助け出されました。
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開花した才能!一度聞いた本は忘れない

助けられた保己一は、「私には学問しかない!」と決意します。目が見えないため、人に本を読んでもらい、それを耳で聞いて覚えるしかありませんでしたが、彼には一度聞いた内容を絶対に忘れないという「超人的な記憶力(暗記力)」があったのです!まるで頭の中に巨大な図書館があるかのように、膨大な知識を吸収していきました。
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国学の大家・賀茂真淵との運命の出会い

彼の類まれなる才能と情熱は、当時のトップ学者たちの耳に届きます。24歳の時、国学の大家である賀茂真淵(かもの まぶち)に入門を許されました。真淵は保己一の並外れた記憶力と学問への真摯な姿勢を高く評価し、国学や和歌の奥義を徹底的に叩き込みました。
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壮大な夢!『群書類従』編纂の決意

学問を深める中、保己一は「戦乱や火災で、日本の貴重な歴史書や文学書がどんどん失われている」ことに強い危機感を抱きます。「これらを一つの大きな本にまとめて後世に残さなければ!」と決意し、34歳の時に天神様(菅原道真)に『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』の編纂を力強く誓願しました。
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盲人最高の地位「総検校」への上り詰め

学者としての名声が高まるにつれ、当道座(盲人の組織)の中での地位もどんどん上がっていきました。1783年に「検校(けんぎょう)」という高い位に就き、最終的には盲人としての最高位である「総検校(そうけんぎょう)」にまで上り詰め、多大な財力と権威を背景に事業を推し進めました。
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幕府公認!「和学講談所」の設立

1793年、幕府の老中・松平定信の強力な支援を受け、日本の歴史や文学を研究・教育するための公的な機関「和学講談所」を設立しました。単なる私塾ではなく、幕府から土地を与えられた公認の学校であり、保己一はここのトップとして多くの優秀な弟子たちを育て上げました。
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執念の結晶!『群書類従』の完成

目が見えない中、弟子たちに全国から本を集めさせ、朗読させて内容を確認し、分類して木版で印刷するという途方もない作業を40年以上も続けました。そしてついに1819年、全666冊に及ぶ超巨大な百科事典『群書類従』を完成!彼がいなければ、今の日本に残っていなかった書物は数え切れません。
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「目明きとは不自由なものじゃ」の痛快な逸話

ある夜、保己一が弟子たちに『源氏物語』の講義を暗唱で行っていた時のこと。突然風が吹いてろうそくの火が消え、弟子たちが「先生、暗くて本が読めず、メモも取れません!」と慌てふためきました。すると保己一は笑いながら「目明き(目が見える人)とは、暗闇では何もできない不自由なものじゃのう」と痛快なジョークを飛ばしたと言われています。
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ヘレン・ケラーに勇気を与えた世界の偉人

彼の偉業は世界にも届いています。1937年、奇跡の人・ヘレン・ケラーが来日した際、「私は幼い頃に母から塙保己一先生の話を聞き、彼を目標にして困難を乗り越えてきました。先生の銅像に触れることができて本当に幸せです」と語り、深く涙を流しました。障害を乗り越え、世界的な尊敬を集める真の偉人です。
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