卑弥呼が登場する前の日本(当時は「倭」と呼ばれていました)は、たくさんの小さな国々に分かれて激しい戦争を繰り返していました。これを「倭国大乱(わこくたいらん)」と呼びます。男の王様たちが何十年も争い続け、国の中はボロボロに荒れ果てていました。「このままではみんな滅びてしまう!」と危機感を持った人々は、新しいリーダーを立てることを決意します。
そこで人々に選ばれたのが、まだ若かった女性の卑弥呼でした。彼女は「鬼道(きどう)」と呼ばれる不思議な占いやまじないの力を持っており、神様の声を聞いて人々に伝えることができる特別な巫女(みこ)でした。なんと、彼女が女王になった途端に何十年も続いていた戦争がピタリと止まり、約30もの国々が邪馬台国を中心に一つにまとまったのです!
女王になった卑弥呼ですが、人前に姿を現すことはほとんどありませんでした。高い壁と見張り台に囲まれた巨大な宮殿の奥深くに引きこもり、たった一人の弟だけが食事を運んだり、彼女の言葉を外の役人たちに伝えたりしていました。1000人ものお世話係(女の奴隷)がいたと言われていますが、その生活は謎のベールに包まれており、まさにミステリアスなカリスマ女王だったのです。
卑弥呼のことが詳しく書かれているのが、中国の歴史書である『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』です!当時の日本にはまだ文字がなかったため、日本の記録には卑弥呼の名前は一切出てきません。中国の歴史家が「海の向こうの倭という国には、不思議な力を持つ女王がいるらしいぞ」と記録を残してくれたおかげで、私たちは卑弥呼の存在を知ることができるのです。テストに絶対出る超重要キーワードです!
239年、卑弥呼は当時の中国の超大国である「魏(ぎ)」に使い(使者)を送ります。目的は「魏の皇帝と仲良くして、日本の王様としてのパワーを認めてもらうこと」でした。この作戦は大成功!魏の皇帝はとても喜び、卑弥呼に対して「親魏倭王(しんぎわおう)」という素晴らしい称号と、黄金のハンコ(金印)や100枚のピカピカの銅鏡をプレゼントしてくれました。
魏からプレゼントされた銅鏡は、当時の日本にはない最新のテクノロジーで作られたものでした。太陽の光を反射してキラキラと輝く鏡を見た日本の人々は、「女王様は太陽の光を操る神様のような存在だ!」とひれ伏したと言われています。卑弥呼は、中国の強力なバックアップと、誰も見たことのない最先端のアイテムを使うことで、自分の権力をさらに絶対的なものにしていきました。
邪馬台国は平和になったものの、南の方には言うことを聞かない「狗奴国(くなこく)」というライバルの国がありました。狗奴国の男の王様(卑弥弓呼:ひみここ)とは非常に仲が悪く、ついに激しい戦争が始まってしまいます。卑弥呼は「魏の皇帝様、助けてください!」と使いを送りますが、魏からはアドバイス役の役人が来ただけで、直接的な軍隊の支援はもらえませんでした。
狗奴国との厳しい戦いが続く中、248年頃に卑弥呼はこの世を去ってしまいます。ちょうどこの頃、太陽が隠れて真っ暗になる「日食」が起きたという天文学の計算もあり、太陽の巫女であった卑弥呼の力が衰えたために亡くなったのではないかというミステリーも残されています。人々は悲しみ、直径100歩(約150メートル)もある巨大な丸いお墓を作って彼女を葬りました。
卑弥呼が亡くなった後、男の王様が選ばれましたが、国中の人々は全く言うことを聞かず、再び1000人以上が死ぬ内乱(戦争)が起きてしまいました。「やっぱり女王じゃないとダメだ!」と気づいた人々は、卑弥呼の親戚である13歳の少女「台与(とよ)」を新しい女王に選びます。すると、ウソのように争いはピタリと収まり、邪馬台国に再び平和が戻りました。
卑弥呼が治めた邪馬台国ですが、実は「日本のどこにあったのか」が今でもわかっていません!『魏志倭人伝』の行き方の通りに進むと海の上に出てしまうため、九州地方にあったとする「九州説」と、奈良県などにあったとする「畿内説(きないせつ)」という2つの強力なグループが、現代の歴史学者たちの間でも激しい論争を続けています。歴史のロマンが詰まった最大のミステリーです!