古くから暗殺用の毒薬として恐れられてきた危険な元素です。しかし、ごく少量をシリコンなどに混ぜると優秀な半導体に変身し、スマホなどの最先端機器を支える重要な役割を果たしています。致死性の猛毒と現代テクノロジーの要という、光と影の二面性を持つ劇薬です。
ギリシャ語で強い男性を意味する言葉や、ペルシャ語で金色の顔料(雄黄)を意味する言葉が語源だと言われています。鮮やかな黄色の鉱物は、古代から絵の具や錬金術の材料として珍重されました。
無味無臭で飲み物に混ぜてもバレないため、中世ヨーロッパでは遺産相続のための暗殺薬として継母の毒などと呼ばれました。長期間盛られると病死に見せかけられるため、大変恐れられました。
セントヘレナ島で亡くなったナポレオンの遺髪から、大量のヒ素が検出されました。暗殺説も出ましたが、当時の緑色の壁紙に使われていたヒ素系の顔料からカビの働きで毒ガスが発生したという説が有力です。
猛毒ですが、使い方によっては薬にもなります。20世紀初頭に日本の秦佐八郎らが開発したサルバルサンは、不治の病だった梅毒を治す魔法の弾丸として、抗生物質ができるまで世界中で多くの命を救いました。
純粋なシリコンは電気を通しませんが、そこにヒ素をごく微量だけ混ぜると、電子が余って自由に動き回り、電気を通すN型半導体に変身します。パソコンやスマホの頭脳を作るための魔法のスパイスなのです。
ガリウムとヒ素を結びつけたヒ化ガリウムは、赤色の光を放つ発光ダイオード(LED)の材料になります。リモコンの先端から出る目に見えない赤外線も、このヒ素の化合物によって作られています。
世界の特定の地域(バングラデシュなど)では、井戸水に天然のヒ素が大量に溶け込んでおり、それを飲み続けた人たちが深刻な中毒症状を起こすという大規模な環境問題が現在も起きています。
銅や鉛を精製する際に出てくる煙のチリから大量に回収できるため、1グラム数円程度と非常に安価です。毒性が強いため一般人が購入することは法律で厳しく制限されています。
地球上の多くの生物にとって猛毒ですが、なんとヒ素を呼吸に使って生きている深海のバクテリアが存在します。常識を覆すこの発見は、地球外生命体の可能性を広げる宇宙生物学の大ニュースになりました。
アガサ・クリスティなどの古典的なミステリー小説では、紅茶にヒ素を盛って殺害するトリックが頻繁に登場します。毒殺事件の代名詞として、フィクションの世界でも長年にわたり暗躍しています。