鉄にほんの少し混ぜるだけで、強烈な硬さと粘り強さを与える魔法のスパイスのような金属です。車のエンジン部品や工具などに使われ、産業を力強く支えています。富士山麓のミネラルウォーターの成分として健康志向の人々に愛飲されるなど、工業から食卓まで意外なところで活躍する元素です。
化合物が赤や緑など非常に美しく色鮮やかだったため、北欧神話の愛と美の女神バナジス(フレイヤ)にちなんで名付けられました。無骨な工具の金属というイメージとは裏腹に、とても華やかな名前を持っています。
1801年にメキシコで発見されましたが、他の科学者からすでに知られているクロムと同じものだと否定され、発見者のデル・リオは自信をなくしてしまいました。その約30年後に別の科学者によって再発見され認められました。
鉄にクロムとバナジウムを混ぜたクロムバナジウム鋼は、極めて硬いのに力を加えてもポキッと折れない強い粘り気を持ちます。ホームセンターで売られているスパナやレンチなどの丈夫な工具には欠かせない素材です。
富士山の周辺で採水されるミネラルウォーターには、バナジウムが多く含まれています。富士山を形作る玄武岩という岩石の中を雨水や雪解け水が何十年もかけて通り抜ける間に、このミネラルがじっくりと溶け出すためです。
バナジウムには血糖値を下げるインスリンと似た働きがあるという研究結果があり、健康食品として注目されました。しかし人間での明確な効果や安全性はまだ完全に証明されておらず、飲み過ぎは体に良くないとされています。
海のパイナップルと呼ばれる海産物のホヤは、海水中からバナジウムを大量にかき集めて自分の血液の中に溜め込むという、極めて不思議な性質を持っています。なぜそんなことをするのかは、現代の生物学でも完全な謎です。
生産されるバナジウムの約90パーセントは、鉄鋼を強化するための添加剤として消費されています。工業用に大量に精製されているため合金としては比較的安価ですが、純度100パーセントの金属を取り出すのは少し面倒です。
太陽光や風力で発電した電気をためておくバナジウムレドックスフロー電池という大型の蓄電池が実用化されています。バナジウムが溶けた液体を循環させる仕組みで、寿命が半永久的という素晴らしいエコなシステムです。
自動車の歴史を変えたアメリカのT型フォードは、いち早くバナジウム鋼を部品に採用しました。おかげで車体が軽くても頑丈で壊れにくくなり、悪路をガンガン走れる大衆車として世界中で爆発的な大ヒットを記録しました。
硬くて粘り強いという性質から、ファンタジー小説やRPGゲームなどでは、ミスリルやオリハルコンと並んで、戦士が振るう特殊なバナジウム鋼の剣や強固な盾の材料として、その名前がかっこよく使われることがあります。