近鉄電車検定 パート2正解:②
解説:田園交響曲は、近鉄けいはんな線の到着・発車で使われています。
正解:①
解説:真菅(ますが)駅は、近鉄大阪線の駅。 耳成(みみなし)駅は、近鉄大阪線の駅で、大阪上本町方面とは逆の、名張・伊勢中川方面の電車(普通・準急)に乗車した場合の、次の停車駅。 新ノ口(にのくち)駅は、近鉄橿原線の駅で、大和西大寺・京都方面の電車(普通)に乗車した場合の、次の停車駅。
正解:①
解説:もともとは「上本町」でしたが、2009年3月20日の阪神なんば線開業の際に、現在の「大阪上本町」へ改称されました。
正解:②
解説:久宝寺口(きゅうほうじぐち)駅は、近鉄大阪線の駅。昭和45年1月に高架化された。
正解:②
正解:④
正解:③
解説:ホーム有効長の関係で、6両編成が最長編成となっています。
正解:③
正解:②
正解:②
正解:④
正解:①
解説:大和西大寺駅では、行き先、種別、時間帯などによっては、平面上での乗り換えができないケースがあります。
正解:①
正解:②
正解:②
解説:学園前は、近鉄奈良線の駅。快速急行は、学園前を発車後、生駒、鶴橋の順で停車します。高の原は、京都線急行(および一部の特急)に乗車した場合の、次の停車駅。新大宮は、奈良線の駅で、近鉄奈良ゆきの電車(特急以外)に乗車した場合の、次の停車駅。
正解:③
正解:①
解説:以前はありましたが、2014年9月高架化完了にともない、構内踏切はなくなりました。
正解:③
解説:しまかぜの洋風および和風個室は、3名(おとな、こどものどちらでもOK)以上の購入でないと発売されません。近鉄株主優待乗車券は、乗車券のみなので、別途特急券・しまかぜ特別車両券および個室券を購入する必要があります。また、名阪まる得きっぷは、名阪特急(大阪難波〜近鉄名古屋間の特急)の乗車券・特急券への引換えとなるので、しまかぜの特急券・特別車両券へは引換えできません。
正解:①
解説:近鉄大阪線今里駅と大阪市営地下鉄千日前線今里駅とは、約800メートル離れており、乗換は通常、隣の鶴橋駅などで行います。
正解:①
解説:近鉄道明寺線(道明寺〜柏原)は、狭軌(1067?)線。他は標準軌(1435mm)線。
正解:①
解説:伏屋(ふしや)駅は、名古屋市中川区にある近鉄名古屋線の駅。伏見は、京都府にある近鉄京都線の駅。名張、近鉄長島は、ともに三重県にあります。
正解:③
解説:伊勢市は、近鉄山田線の駅
正解:④
正解:③
解説:京都線準急は、京都〜新田辺間で朝夕を中心に運行されています。停車駅は、東寺、竹田、近鉄丹波橋と近鉄丹波橋〜新田辺間の各駅です。伏見は、竹田と丹波橋の中間にある駅で、普通のみ停車。他の3駅は、近鉄丹波橋〜新田辺間にある駅で、準急が停車します。
正解:①
正解:④
正解:②
解説:鮮魚列車は「伊勢志摩魚行商組合連合会」の貸切車両として昭和38年9月21日から運行を開始しました。上り列車は、宇治山田→大阪上本町の設定で、途中停車駅は、伊勢市・松阪・伊勢中川・榊原温泉口・ 伊賀神戸・桔梗が丘・名張・榛原・桜井・大和八木・大和高田・鶴橋となっています。
正解:③
解説:八戸ノ里(やえのさと)は、近鉄奈良線の駅。他の駅は、土師ノ里(はじのさと:南大阪線)、榛原(はいばら:大阪線)、長谷寺(はせでら:大阪線)。
正解:①
正解:②
解説:同志社前駅は、JR西日本学研都市線の駅で、興戸駅とともに、同志社京田辺キャンパスへの最寄り駅。設問が近鉄線の駅のため、同志社前駅は誤答とします。三山木駅には、同志社京田辺キャンパスへのバスが発着していますが、最寄り駅の扱いではありません。
正解:③
解説:東海道編第七番より。
正解:③
解説:東海道編第十番より。
正解:③
解説:東海道編第十一番に「支線をあとに立ち返り 渡る相模の馬入川 海水浴に名を得たる 大磯見えて波涼し」とあります。馬入川は現在の相模川を指し、後半『大磯は海水浴で有名である』と謳っているので、大磯海水浴場が正解です。
正解:②
解説:今川と織田の戦である桶狭間の戦いは真っ先に候補から除外。 壇ノ浦の戦いでは平家は“逃げる”ではなく“滅亡している”のでこれも除外。 残る一ノ谷の戦いも源氏の奇襲で有名ですが、東海道編第十八番に「鳥の羽音に驚きし 平家の話は昔にて」とあるので、正解は富士川の戦いです。
正解:②
解説:Googleマップで測ったらそうでした() 東海道編第三十五番に「養老の 滝は今なお大垣を 三里隔てて流れたり」とあります。一里=約4kmですので、ここからも大垣より約12km離れているという事が分かります。
正解:③
解説:東海道編第六十二番に「神戸は五港の一つにて」とあります。 日米修好通商条約で開かれた5つの港を覚えていれば楽勝な問題ですね。
正解:②
解説:山陽九州編第三十番に「馬関条約結びたる 春帆楼の跡といて」とあります。 下関条約は講和の地の通称馬関をとって、馬関条約と呼ばれました。 詳しくはこちら→http://www.shunpanro.com/about/history.html
正解:④
解説:山陽九州編第三十九番に「天橋立三保の浦 この箱崎を取りそえて 三松原と呼ばれたる」とあります。三大松原もいくつかの組み合わせがありますが、どれにも粟津の松原は入っていません。
正解:④
解説:三名園と言えば「偕楽園・兼六園・後楽園」 山陽九州編第十一番に「水戸と金沢岡山と 天下に三つの公園地」と歌われています。
正解:①
解説: 山陽九州編第四十二番、四十三番で菅原道真のことについて歌われています。 それぞれをかみ砕いて言えば、 42番『千年前、太宰府はここに置かれた。祀られている菅原道真の事を話してあげよう。』 43番『醍醐天皇の初期、惜しくも左大臣の藤原時平に嫉妬され、えん罪をでっち上げられて太宰府に左遷されてしまいました。』 醍醐天皇は先代の宇多上皇に「道真を大臣に信任せよ」と言われ道真を右大臣にしましたが、それが周りの反感を買い、後々昌泰の変の原因になったともいわれています。